米津玄師と常田大希 (King Gnu / millennium parade)のタッグで生まれたOPテーマ「KICK BACK」、そして週替わりのEDテーマ楽曲でも話題を集めるTVアニメ『チェンソーマン』。この第4話EDテーマを担当したのがVOCALOIDクリエイター・john によるソロプロジェクト、TOOBOE(トオボエ)だ。EDテーマに書き下ろされた「錠剤」はアニメ第4話のエピソードに特化した楽曲とのことだが、この中に彼のポリシーが遺憾なく発揮されている。同曲を通して、TOOBOEが見た『チェンソーマン』の世界や、彼の人生哲学を探っていった。
INTERVIEW & TEXT BY 沖 さやこ
――2020年9月にTOOBOE名義での活動を発表されてから2年が経ちましたが、この期間で音楽家としてどんな変化がありましたか?
TOOBOE 人間的な感情を楽曲に乗せることは日に日に重要視するようになっていますね。あと最近は楽曲提供をさせていただく機会もあって、提供先のアーティストさんが持っている技術の中で、どこまで魅力的なもの作れるかを考える面白味もあります。だからTOOBOEを始めてから、作り方がだいぶ増えました。その結果ボカロで新しいことができたり、TOOBOEにもその経験が反映されるようになってきて。色んなことをやるのは好きなので全然苦でもないですし、やるたびに新しい発見があるので楽しいです。
――TOOBOEさんはよくインタビューなどで「邦楽の世界」という言葉をお使いになりますが、J-POPシーンとVOCALOIDシーンに隔たりを感じることも多いのでしょうか。
TOOBOE ボカロは違うクリエイターが作っても同じ歌声が使われていることが多いぶん、歌詞やメロディ、アレンジといった「曲」そのものに個性がフォーカスされるんですけど、邦楽の世界だと曲よりも「人間」が前に出ると思っていて。そういう意味では隔たりを感じることは多かったです。でも最近はYOASOBIやAdoさんが邦楽の世界で受け入れられていたり、職業作家さんがボカロを始めたりと、邦楽とVOCALOIDの世界が混ざり合うようになってきているなとは感じていますね。
――この感覚はアニメのテーマソングも同様でしょうか?
TOOBOE 今は邦楽アーティストがアニメのテーマソングに積極的に取り組んでいるので、アニソンの世界と邦楽の世界の境目もなくなってきていると思います。僕は『ONE PIECE』の「ウィーアー!」、『デジモンアドベンチャー』の「Butter-Fly」みたいな、アニメのために書き下ろされたアニソンを、アニソンシンガーと呼ばれる方が歌うものもめちゃくちゃ好きなんです。だから自分が書き下ろすうえでも、アニメの原作ファンの方が喜んでくれる曲、アニメを盛り上げる役割を果たすことが何より大事だなと思っています。原作者の先生が喜んでくれるようなものとか、ファンの方がちょっとニヤッとできるようなものとか、コアファンが好きな1節を拾いたいんです。
――そして今回TOOBOEさんが書き下ろしたのが、TVアニメ『チェンソーマン』の第4話EDテーマ「錠剤」。公式にアップされたコメントを拝見する限りでも、藤本タツキ先生の作品はかなりお好きなようですね。
TOOBOE 『ファイアパンチ』の頃からずっと追っています。もともと映画ならではの静寂の表現がすごく好きで、藤本先生の描くマンガはそれがすごく綺麗に表現されてるなと当時から思っていました。そういう質感に加えて、『チェンソーマン』は主人公・デンジくんの精神性や「ルーザー感」にも共鳴しましたね。デンジくんは作中で「犬」と言われていますが、TOOBOEも「負け犬の遠吠え」から取った名前なので。
――ご自身は負け犬であると?
TOOBOE 子供の頃からずっと、陽気なほうではなかったので(笑)。本当に家で映画ばっか観ていたんです。調子に乗ったりもできなくて、自分がちょっと軌道に乗れたとしても「上には上がいるからなあ」って思っちゃうんですよ。それが僕にあるルーザー感の根底というか。
――だからかもしれませんが、TOOBOEさんの楽曲はVOCALOID時代から、怒りが宿っているのに攻撃性を感じないんですよね。それを他者にぶつけるわけではなく、ユーモアに昇華している。
TOOBOE 怒りが根源になっていても対象の誰かがいるわけではないし、ルーザーであることを受け入れているので「ルーザー的状況を打破してやろう」や「頑張ろうぜ」という曲はあまり作れないんです。それよりは「勝てるかはわかんないけど、とりあえずちょっとやってみるか」「負けてっけど、それはそれでいっか」ぐらいの感じが僕の精神性で。「拳を振り上げたものの、下ろしどころがわからん」みたいな人が、僕の曲を聴いて「あ、同じこと考えてる人がいるんだな」と思ってくれたらいいなと思っています。
――ちなみに、「錠剤」は「心臓」(2022年4月リリースのシングル)と似たワードや音が入っていますが、これは意識的なものですか?
TOOBOE 「心臓」と「錠剤」は作った時期が近くて、イメージしているコンセプトが近い感じですね。僕が『チェンソーマン』のEDテーマを担当した第4話は、デンジくんの相棒であるパワーちゃんがメインのエピソードの締めくくりなので、(アニメーション制作を手がける)MAPPAさんからも「パワーちゃんのイメージソングに近いものを作りたい」「クレイジーな曲調」というオーダーをいただきました。だからパワーちゃんの生活感とかキャラクターも出せるように――敢えてこういう言い方をするんですけど、安っぽい効果音とかもめちゃくちゃ入れて。
――そうですね。電子レンジの音が入っていたり。
TOOBOE パワーちゃんは嘘ばっかり言うし(笑)、どこまでが嘘なのかわかんないし、支離滅裂な子なのでその感じを出したくて。狂気と王道をバランスよく組んでいきました。……あと、MAPPAさんが第4話のEDテーマを僕に依頼してくれたことそのものがすごく衝撃だったんですよ。パワーちゃんは女性だし、彼女のイメージソングなら女性ボーカルのアーティストに依頼するのが定石だと思うんです。だからそれを僕に敢えて依頼してくださった意図をものすごく考えて……やっぱり、行きついた先は「初音ミク」だったんですよね。
――なるほど。ご自身の楽曲を初音ミクという女性シンガーに歌ってもらってきているTOOBOEさんならではの視点で、パワーちゃんのイメージを楽曲に落とし込むべきだと思われたと。
TOOBOE だからパワーちゃんそのものの視点だけでなく、「TOOBOEから見たパワーちゃん」や「デンジくんが見ているパワーちゃん」が大事なんだろうな、書くべきなんだろうなと。それを大事に作っていきました。だからデンジくんが性欲に突き動かされる感じ、生死を超えた性欲への衝動を歌詞には反映させています。もともと原作を読み込んでいたのもあって、第4話のエピソードに対してピンポイントで作るのも楽しかったですね。マンガやアニメに関する小ネタもいっぱい入れられました。
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