INTERVIEW
2021.10.02
多数の海賊が大海原で船を走らせた18世紀ヨーロッパを思わせる世界に「侍」が刀や弓を振るう『海賊王女』は、Production I.Gによる新作オリジナルアニメーション。『B:The Beginning』に続き、中澤一登が原作を企画し、流麗な中澤流異世界を画面に展開させていく今作は、失われつつある冒険譚の良さを現代に最高の形で復活させている。そして、その世界構築に音楽面で大いに貢献しているのが、梶浦由記の音楽だ。二者が互いの才能に感化され、手腕を引き出し、結実した『海賊王女』という世界は、類まれな作品として昇華された。二人の言葉で血沸き肉躍るアニメーション作品『海賊王女』が持つ魅力の一部を解き明かしたい。
――『海賊王女』は中澤監督が原作を務めていますが、どのような形で制作はスタートしたのでしょうか?
中澤一登 まずは僕の方で企画書を何本か用意したんですが、その中で一番大変なものをプロデューサーの黒木さんが選んだところが始まりでした(笑)。
――黒木プロデューサーによると、中澤さんが一番やりたがっていたものだったということですが?
中澤 確かに本命の企画ではありましたが、同時に大変なのは予想がついていて(笑)。でも、黒木さんがやりましょうと言ったことで覚悟を決めました。
――同じく中澤監督が原作を担当した『B:The Beginning』も近現代異世界を舞台とした作品でしたが、そういった世界を描きたい欲求があるのでしょうか?
中澤 とにかく「ファンタジー」がいいとは思っていました。リアルな世界をアニメで描くということにあまり意味を見い出せないというか、「アニメなのにリアルとは?」と考えてしまうんですね。
――たしかに、フルCGで描こうが実在のストーリーだろうが、アニメという手段を用いる段階で虚構を描くことになるとは思います。
中澤 僕が映像を見たり音楽を聴いたりする理由として、やはり「現実逃避」というところはあるんです。だから、それを実現できる世界として描いたのが『-Beginning』であり、『海賊王女』であり。ただ、前者ではダークで「黒」の世界を描きましたが、反対に明るくて美しくて綺麗な「白」の世界を描こうと思ったのが『海賊王女』です。それと、知り合いに必ず「そっちじゃない方」に行くやつがいるんですよ。VHSとβならβを買い、MDとDATならDATを買い、レーザーディスクとVHDならVHDを買い、最終的にはじゃんけんも必ず負けるという人。
――そういう選択をされる方はいますね。
中澤 いますよね。そこから、彼と全く反対の能力もあるのではないかと思ったんです。何かを選ぶと、必ず正解のような方に進むような。そこも作品に反映されてはいます。
――中澤監督の頭の中をどのような形で具現化されていきましたか? 今回、中澤監督以外に、高橋哲也監督、藤井サキ監督という監督3人体制をとられていますが、脚本の窪山阿佐子さんも含めてどのような役割分担だったのでしょうか?
中澤 いや、すべて会議で決めていきましたし、どちらかといえば僕が一番おとなしかったくらいです。最初から「少女漫画」を作ろうとは決めていたので、男性としては強い意見を発することができなかったですし。どうも自分は女心がわかってないらしくて(笑)、「ここはおかしくない?」と発言すると女性陣から「そんなところはどうでもよくないですか」みたいに言われるんです。あとは、作中のイベントに「これは必要?」と疑問を呈しても「何言ってるんですか? 絶対必要ですよ」みたいに却下されるとか。雪丸には多少意見も反映されましたが、フェナと紫檀に関して言えば男性陣の意見はゼロだと思っていただいて大丈夫です(笑)。監督が3人体制なのは単純にスケジュールを円滑に進めるためで、撮影関係は高橋が、音楽や色に関しては藤井が任されているので、誰かがOKを出せばスタッフが動けるという形になっています。脚本の窪山は「やりたい」って言うのでやってもらいました(笑)。
――そういった中で音楽に梶浦さんを起用された意図についても教えてください。
中澤 現代音楽をいろいろと聴いていく中で、誰よりも音の組み合わせが綺麗だと思ったのがきっかけですね。どの音も粒だっているのに流れていくような曲線を描いていて、しかもその角度が大きいんです。全ての音楽に起承転結がありますから、なにしろ絵が浮かびやすいんですね。例えば、部屋の中で音楽を聴いたとき、僕が頭の中でその音楽が流れる景色を完全に描くことができました。ただ、非常に著名な方ですので、「ダメ元でお願いしていただけないか」というところではあったんですが、(フライングドッグ代表取締役社長 )の佐々木(史朗)さんとは若干交流があったので、「久しぶりですね」みたいな感じで裏から少し攻めてみました(笑)。
――中澤監督が描きたい世界に必要な音楽だったわけですね。
中澤 ダメなら似たような曲を作る人に、と言ってしまったくらいですからね(笑)。
――でも、いませんよね。
中澤 いないんですよね。だから、決まったときは震えました。制作において退路を断たれたような気がしたというか、気持ちが引き締まりましたね。
――梶浦さんはオファーが来たとき、『海賊王女』にどのような印象を持たれましたか?
梶浦由記 最初にタイトルとプロットをいただいて。もうタイトルだけで「ズキューン!」って感じでしたね。しかも絵はすごく美しかったですし。それに私は、光が当たる海の上を渡っていく冒険物というものをやったことがなくてですね。比較的、ダークな傾向が多いと言いますか。
中澤 日光のイメージがあまりないですよね(笑)。
梶浦 はい(笑)。光の当たらない場所の音楽をより多く作ってきたので。だから、そこでまずすごくワクワクしました。その後にもいろいろと資料をいただき、最後にものすごく熱量のあるメニューと共に打ち合わせをさせていただいたんですが、ずっと楽しかったですね。大変ではありましたが。
――今回は中澤監督が音響監督も兼ねていますので、メニュー出しは中澤監督が直接出されたのでしょうか?
中澤 はい。組み立ては僕ともう一人で行ったんですが、(どのような曲が欲しいかを説明した)メニューについては気持ち悪いと思われるのを覚悟でたくさん書きました(笑)。
梶浦 でも、その方がイメージ湧きますね。
――ではいつもはそれほど書かないんですか?
中澤 書かないですね。
梶浦 そうなんですか?
中澤 お任せしますで終わることが多いです。でも、音響監督を兼任するのが初めてでしたし、敬意としてそうするべきだという考えはありましたね。
梶浦 お仕事するのも初めてという部分も大きかったですよね。
中澤 とにかくもう「告白」ですよ。ラブレター感覚。「こういうことなんです」って思いを書いて、でも最後は「好きにしてください」「全部無視してもらってもかまいません」って。
梶浦 今でもメニューを見るとその熱量が甦ってきます(笑)。
――梶浦さんは先ほど、「イメージが湧きやすい」と仰いましたが、その音楽メニューに対してはどのような印象を受けましたか?
梶浦 音楽メニューをいただくとき、基本的に脚本もいただいていて、それを読んで音楽の意図を汲み取ってから当日の打ち合わせに臨むんです。でも、いろいろと「可能性」ってあるじゃないですか? 悲しい曲にしてもどれくらい悲しさを前面に出していいのか、場面に合わせるにしても綺麗にまとめた方がいいのか盛り上げた方がいいのか、そういった可能性に関してはお話を伺うんですが、非常にストーリーと明確に密接したメニューでしたので、イメージはすごく湧きやすかったです。
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