INTERVIEW
2025.04.04
時代を超えて世界中から愛されるモンゴメリ著・村岡花子訳「赤毛のアン」シリーズ(新潮文庫刊)。それを原作にした4月放送(予定)のアニメ『アン・シャーリー』エンディング・テーマ「heart」を手掛けたのが、3人組バンド・Laura day romanceである。
2018年に全国デビューし、同年夏には国内外のアーティストが出演する音楽フェスティバル“SUMMER SONIC”へ出演。メインソングライターである鈴木 迅(gt)の作り出す芸術性とポップネスを併せ持つ楽曲、それに深みを持たせる井上花月(vo)の柔らかなボーカルと礒本雄太(ds)の多彩なドラムが織り成す音色はミュージックラバーたちの心を掴み、音楽で着実に信頼を積み重ねてきた。
初めてのアニメタイアップの書き下ろしに、メンバー3人はどう向き合ったのだろうか。音楽を作るうえでのポリシーやアニメという表現手法についての見解を聞きながら、「heart」の世界を探っていった。
INTERVIEW & TEXT BY 沖さやこ
――Laura day romanceは2017年の結成以降、海外のインディーロックやギターポップからの影響を受けた、芸術性の高い楽曲を発信し続けている印象があります。皆さんそれぞれが音楽を作るうえで大事にしていることとはどんなことでしょうか?
井上花月 元々そのアーティストならではの芸術性を大切にしたうえで、誠実に作り上げている音楽を好きになる傾向があって。自分もそんな作り方がしたいし、しているつもりです。これまでも流行に振り回されず、自分の好きなものを選んで生きてきた感覚がありますが、これからもそうありたいですね。Laura day romanceの音楽も自分たちが好きな音楽と並んだ時に堂々といられるものでありたいと思っています。
礒本雄太 その時その時の自分たちの琴線に触れるものを取り入れたいというのは大きいですね。あとは偶発性を大事にしています。ミスしたフレーズが想定していたものよりも良くて、それを音源に採用するケースが多くて。音楽は人によって感じ方も違うし、他の表現よりも自由度が高いとも思うんです。しっかりと想定通りに作るというよりは、自分たちが意図しないところで曲が良くなることを愉しんでいますね。
鈴木 迅 あとは奇跡的に全世代の人に刺さる可能性があるものにしたいなとは思っています。音楽表現はどんどん「この層の人たちには絶対刺さるけど、この層の人たちには絶対に聴かれないだろうな」と思うような、極端なものになっている印象があるんです。もちろん極端だからこそ生まれる表現はあるけれど、その姿勢はターゲットとしていない人たちのことを諦めているようにも感じていて。自分は普遍性を持っている音楽が好きなので、そこを諦めたくはないんですよね。
――音楽通の人も唸るサウンドデザインと、お茶の間にも届くポップネスを併せ持っているのは、皆さんのそういう考え方も影響しているのでしょうか。
鈴木 色んな要素を取り入れるためにもどこかに偏らず全部の中間にいたいし、曲によって取り入れる要素のバランスを変えて、自分たちのセンスで形にしていきたくて。そのうえで誰でも受け取りやすい音楽を意識するようにはしていますね。そしたら僕らの音楽をきっかけに、聴いてくれた人のフィールドが広がるんじゃないかなと思うんです。
井上 だからこそ多くの人に聴いてもらうことが私たちにとっては大事なんですよね。自分たちの琴線に触れる音楽の要素を入れたうえでポップスとして成立するものを作りたいし、でも絶対にそのジャンルが本当に大好きなコアなファンの人たちの心も掴めるものであるべきだとも思っています。
――そんな皆さんの美学が反映されているのが、2025年2月リリースのフルアルバム『合歓る- walls』だと思います。このアルバムは2部作の前編にあたるそうですが、他媒体のインタビューを拝見したところ、題材がかなりヘビーで驚きました。というのもテーマに反して、サウンドは軽やかなんですよね。
鈴木 それは僕の作家性に起因するものかもしれない。自分はどうしようもないくらい絶望したうえで、「それでも」とポジティブに持っていくメンタリティを楽曲に落とし込むことが多くて。
井上 迅くんは自分1人で考えて考えて、噛み砕きまくったものを再構築して曲にすることが多いです。1回噛んだくらいのものは絶対に人前には出さない。
礒本 牛レベルの反芻だね(笑)。
井上 本当にそう(笑)。不完全なデモを聴かせることはまずないし。
鈴木 絶望している状態の精神を誰かにあらわにすることが、元々の人間性からあまり上手くできなくて(苦笑)。だから楽曲も結果的にポップなもの、軽快なものになりがちですね。
――今回Laura day romanceは初のアニメタイアップ曲「heart」を書き下ろしました。ちなみに皆さんはどんなアニメやマンガを好きになる傾向にありますか?
鈴木 自分が作ってるものと近い空気を纏っているものが多い気がします。例えば松本大洋さんの作品のように、絶望を感じたり痛みを抱えながらも、それでも生きていくというテンションのものに心を打たれがちというか。あとは冨樫義博作品や『寄生獣』『風の谷のナウシカ』とかも好きですね。
礒本 やっぱりアニメやマンガに限らず、好きになるものは自分の性格や考え方と通ずるところはあるなと思います。僕は愛好家の人に比べれば普通に楽しんでいるくらいなんですけど、シュールめいた作品が結構好きで。湯浅政明監督作品とかは『四畳半神話大系』をよく観ていたし、つらつらと語りながら進んでいく作品を好きになりがちです。
井上 高校生くらいまでは昔のレトロなマンガとかをたくさん読んでました。幼少期のドラえもんから始まり、母が子供の頃くらいのマンガや、吉田秋生さんやいくえみ綾さんの作品だったり、「動物のお医者さん」とか……好きなマンガは全体的にものすごく哀愁が漂っていますね。情緒を重んじているものに惹かれがちです。大人になってから少年マンガを観始めて、プライベートですごく病んでいた時期に『僕のヒーローアカデミア』やその時期に流行っていたアニメをひたすら観ていました。ドラマも映画も観られない精神状態だったけど、アニメだけは観れたんですよね。
――確かに、アニメにはそういう許容がありますよね。
井上 アニメはどんな精神状態でも受け入れられる創作物だなと感じます。約30分が本当に一瞬で、次々どんどん観ていましたね。
礒本 「誰かがそのキャラクターを演じている」みたいなことを映画やドラマよりも感じにくいのもあるかもしれないよね。もちろん声優さんはいらっしゃるけど、視覚情報として出てくるのはその物語のためにゼロから作り上げられた登場人物だけだから、キャラクターがまっさらな状態で自分の人生に登場するような感覚というか。それがアニメの没入感に繋がるような気がします。
鈴木 アニメは現実ではあり得ないダイナミックな表現ができるという、道理を無視できるところも強みだと思います。明確な辻褄合わせがなくても疑問を持たない。昔はそれがハマりきれない理由でもあったけれど、ある時を境にそういうことが成立するってすごいことだなと思うようになりましたね。
――「heart」はNHK Eテレで毎週土曜日18時25分放送(予定)のアニメ『アン・シャーリー』のエンディング・テーマです。書き下ろすにあたり、どのように作品と向き合いましたか?
鈴木 まずは原作を読んで「『赤毛のアン』シリーズが長年受け入れられている理由はなんだ?」と考えました。それで大人の僕らからしたら本当に小さな出来事も、アンにとっては1つ1つが大事件なんだなと思ったんです。日々のすべての出来事や、周りの人とのやり取りがアンに影響を与える様子を見ながら、「その人の生活はその人のこれからを変えていくし、これからを作っていく」という小さな積み重ねを書いた物語だと感じたので、それを自分なりに落とし込めたらと思いました。現代でも通用し得る内容なので、結果的に自分が普段書いていることと遠からずなものになりましたね。
――今までのLaura day romanceの楽曲よりも、明確にメッセージ性を感じる歌詞が多いのではないかと思いましたが、いかがでしょうか。
鈴木 いつもは割と小説っぽい書き方をするというか、個人的な感情を書くことが多いんですけど、アンの持っている普遍的な感情を代弁しようとしたら、結果的にメッセージ性が強くなった可能性が高いかな。「heart」は言葉がちゃんと飛び込んでくる、流れていかないものにしたかったし、聞き方によって聞こえ方が変わるものほど作品は厚みを帯びてくると思うので、そういう意味では僕がよく使う手法も取り入れています。
――歌詞の視点の変化も面白いですよね。アン視点で描かれているのかなと思いきや、いつの間にかアンを見守っている誰かの視点にも移り変わっていて、そのあたりの境界線がないのが印象的でした。
鈴木 アンはどうやって世界を見ているんだろう?というところから歌詞を書き始めたら、いつの間にか自分も登場人物のような感覚になってきたんですよね。それだけ親近感を持てるから時代を超えて受け継がれる名作になっているとも思うんです。そしたらアンを見守っている年上の人間としての視点が自然と出てきて、大人になったアンが当時の自分を振り返るような視点も入れたいなと思って。だから視点が移り変わるように感じてくださったのかなと思います。子供を見ている親の目線のようなものがループしていく感じを曲に取り入れたかったし、そうやって「受け継がれていく物語」を表現できたらいいなって。
――その考え方はサウンド面にも影響していますか?老若男女が受け入れやすいカントリーライクなアレンジに、Laura day romanceの一筋縄ではいかないギミックが随所に効いています。
鈴木 原作のスタートが馬車のシーンだったので、ストレートにカントリーテイストのサウンドを基盤にするという選択を取りました(笑)。徐々に彩りが増えていく音を目指しましたね。原作には日々に目を凝らすことで感じられる変化が描かれていたので、それがアレンジのヒントにもなりました。やっぱり映像作品のテーマソングは、その作品のガイドラインや感覚の補助になる要素が大きいと思っていて。登場人物の感情が旋律などからもほのかに伝わってほしかったし、そのうえで自分たちがやる意味はしっかりと入れ込みたかったんです。
礒本 最初に(鈴木の作ったデモを)聴いた時、今までの楽曲と比べるとかなり素直で、作品の持つ要素をそのままきれいに落とし込んでいる印象は受けましたね。お子さんも観るアニメだと思うので、ドラムの音もとにかく素直なものを心掛けました。
井上 私もいつもよりちょっと明るく、優しく歌いました。『みんなのうた』感というか、子どもたちが聴いて一緒に歌いたくなるような感じを目指したところもありますね。家に帰ってきてアニメを観る子たちが覚えてくれたらいいなって。
鈴木 あとは人と人の繋がりの物語なので、バンドで集まってパッと鳴らしたような雰囲気にできればと思っていました。何か1つのパートが目立つというよりは、みんなで鳴らすことで1つの物語が出来上がる雰囲気を出したかったんです。
礒本 ここまで素直でシンプルなアプローチをしているのに、自分たちの作品性が崩れなかったことは自信になりましたね。それがこのタイミングでできたことはすごく大きいと思っていて。
井上 本当にそうだね。迅くんの中にある気持ちもしっかりと書かれてるのに、『赤毛のアン』を読んだらちゃんと準拠されている。これまでも「迅くんはタイアップ曲の書き下ろしは得意なんじゃないか?」と思うことはちらほらあったけど、本当に得意なんだなと思いました。
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