水樹奈々の進化が止まらない――。声優界の歌姫・水樹奈々による2年半ぶりとなるニューアルバム『CONTEMPORARY EMOTION』は、歌手活動25周年イヤーをさらに盛り上げるような爆発力のある1枚であり、ボカロPとのコラボ楽曲やこれまでとは異なる制作スタイルなど、彼女の貪欲な姿勢が改めて示された挑戦的な1枚となった。25周年の節目で彼女は何を伝えたかったのか。今回のアルバムに懸けた想いとともに、存分に語ってもらった。
INTERVIEW BY 北野 創
TEXT BY 河瀬タツヤ
――今回のアルバムも新曲が盛りだくさんですが、どれくらい前から制作を始めたのでしょうか?
水樹奈々 実は、リリースが2025年になるのは(2022年リリースの)前作『DELIGHTED REVIVER』を出した直後に決まっていたんです。プロデューサーの三嶋(章夫)さんから、「歌手デビュー25周年イヤーにアルバムを出す」とお達しがあって。アルバムはいつも半年くらいの期間でかなりタイトに制作していたので、25周年の節目に相応しい1枚にするためには時間が必要だと思い、「2025年に出すことが決まっているなら、じっくりと作り込んでみたい」と三嶋さんに相談し、約2年半かけて作っていきました。吟味を重ねてブラッシュアップにも時間かけた、“入魂”の1枚です。
――そうやって時間をかけたことで、今までと違う手応えは感じられましたか?
水樹 これからもこのスタイルでやりたいと思いました(笑)。ファンの皆さんが求めるものも年々高くなっているし、それに応えつつサプライズも仕掛けたいとなると、やっぱりちょっとやそっとの曲じゃダメなんですよね。かといって奇をてらいすぎてもいけなくて、水樹奈々としてこれまで培ってきたものを大事にしながら発展させていきたい。だから新しいものを生み出すのはとてもエネルギーがいる作業なんだと改めて感じています。
――タイトルの「CONTEMPORARY EMOTION」はどういった思いで付けられたのでしょうか?
水樹 今回のアルバムは、今の時代を象徴するようなエッセンスがすごく揃っている気がしたんです。ボカロPの方々とのコラボ曲や、ラップが入った曲など、これまでとは構成が変わったジャンルレスな曲が多く収録されている。ちょうどこの2年半の間は、音楽だけでなく世の中の流れとしても様々な境界線がなくなって、よりごちゃ混ぜな感じが強くなっていますよね。面白い時代に突入したなと思ったんですけど、そのときアニソンはいち早くそういった存在だったなと改めて感じたんです。
――確かに
水樹 なので、自分の原点であるアニソン、そして自分の血肉になっている演歌や歌謡曲の要素をベースに新しいアレンジを合体させて新たなものを生み出したら水樹ならではの面白いものになるのではないかと。今の時代と自分が大事にしているルーツの融合、そして今湧き上がる感情というコンセプトで「CONTEMPORARY EMOTION」と名付けました。
――ここからはアルバム新曲についてお話を伺っていきます。まず、先ほど話題にも挙がった、Gigaさんと堀江晶太(Kemu)さん2人のボカロPによるリード曲「拍動」。この曲は4月から放送開始のアニメ『#コンパス2.0』のOP主題歌になっています。このアニメの元となったスマホゲーム『#コンパス 戦闘摂理解析システム』はボカロPが多く参加していますが、そもそも今回どういった流れでこの曲が作られたのでしょうか?
水樹 まず、『#コンパス2.0』の制作チームから主題歌のオファーをいただき、その時点で作品のコンセプトとしてボカロPの方とコラボして曲を作ることが決まっていたんです。ボカロPの方々の曲ってすごく面白いメロディ構成が多いですし、以前から機会があったらご一緒したいと思っていたので、ぜひとお返事したところ、制作チームからGigaさんとKemuさんのタッグはどうかとご提案があって。このお2人がタッグを組むことは初めてだそうで、それを私が歌うことでどんな化学反応が起きるのかをぜひ見てみたいと。
――実際の制作はどういう形で進んでいったのでしょうか?
水樹 まず、アニメ制作チームから“メジャー展開の爽快な楽曲にしてもらいたい”というリクエストを受けて、お2人が作ってくださったものを聴かせていただきました。その時点で素晴らしいものが出来上がっていたのですが、もう少しサビを攻めたいなと思ったんです。そこで更に熱いメロを入れてサビに展開をつけてほしいとお願いしたところ、快くブラッシュアップしてくださり、3パターンもサビを考えてくださいました。その中から2つのバージョンをミックスして2段構えのサビにするのはどうかと提案したところ、OKをいただいて今の形になりました。
――サウンド的にもすごく攻めていますよね。ダンスミュージック調でありながら、途中でロックやラップパートも出てくる、一言では表せない楽曲です。やはりラップは挑戦でしたか?
水樹 そうですね。2ndシングルの「Heaven Knows」でなんちゃってラップはありましたけど(笑)、今回のラップは早口な上にアクセントがとても大事で。だから家でかなり練習して、「どうか様になりますように」と祈りながらブースに入ったのですが、ディレクションしてくださったKemuさんやチームのみんながすごく盛り上げてくださったおかげで、なんとかやり切りました(笑)。
――曲調的にも躍動感や生命力に溢れた歌という印象を受けましたが、どういった点を意識して歌われたんですか?
水樹 まず、歌の方向性をKemuさんと決めていきました。ボーカロイドのようにクールな方向に寄せるのか、それとも水樹らしく歌い上げるのか。私としてはせっかくのコラボだし、この2つのどちらの表情も楽しめる良いバランスを見つけたかったので、私の特長でもある言葉尻の音にビブラートをかけ少し伸ばす歌い方をAメロ・Bメロではあえてやらず、全部バシっと形にしました。そうすることで、言葉がコロコロ転がって気持ち良く聴こえるようになる。そしてサビは思いきり熱く歌い上げて、いつもの水樹らしさを出していく。歌詞の世界もそんなふうに物語が展開していくんです。もどかしい状況から、「未熟な状態も楽しんじゃおう!」と自分のマインドが内から外へ切り替わっていくので、その視点に合わせて声もパワー感が出ると面白いかなと。あと、『#コンパス2.0』はバディを組んで戦うお話なので、勢いのあるサビで手を取り合って一緒に行こうぜという雰囲気を感じ取ってもらえるかなと思います。自分に足りないものがあることをポジティブに考えて進んでいく描写はとても素敵で、特にサビの“至って不完全体 故に面白くなってきた”の部分は共感しながら歌っていました。
――次に、水樹さん自身が制作に関わっている楽曲についてお聞きします。まずElements Gardenの藤田淳平さんが作編曲を務めた「Moment of Truth」。水樹奈々×エレガサウンドの最新バージョンな1曲になりました。
水樹 「Moment of Truth」と、同じくElements Gardenの藤間 仁さんが作編曲を担当した「Trailblazer」の2曲は、コンペではなくこのお2人に決め打ちで制作していただいた楽曲になります。節目を記念したアルバムにElements Gardenチームの曲が入ってないなんて考えられないと思って。私達からは、“恒例のトンデモ変態曲”と(笑)、“水樹奈々に歌わせてみたいチャレンジ曲”という2つのテーマでお願いしたところ、淳平さんがトンデモ変態曲、藤間さんがチャレンジ曲をそれぞれ制作してくださいました。この2曲は前回のアルバム制作が終了した直後にお願いをして、その後何度もブラッシュアップを重ね、完成に1年近くかけました。特に「Moment of Truth」は、最初はポップで明るい今とは全く雰囲気の違う曲だったので、「ごめんなさい、もうちょっと変態にしたいんです!」とお願いして淳平さんに1から書き直してもらっています。
――「変態にしたい」とはすごい指定ですね(笑)
水樹 そこからもサビを色々と調整していったので、気付けば月日が流れ、結果的に私が作詞する時間がものすごく短くなってしまって、「あれ、おかしいな?」と(笑)。結局私だけいつもの進行でした(笑)。
――もはや水樹さんあるあるですね。「Moment of Truth」は、「自分の人生を大切に生きていこう」という気持ちを表現したメッセージ性の高い楽曲になっています。
水樹 まさに、“周りに流されないで自分の道を行こう”というのがテーマになっています。なんでもありな時代だけど、だからこそ情報も多くて惑わされてしまう。なので、自分の信じた道を恐れずに歩んでいくことがすごく大事だなと。みんなずっとスマホを見ているじゃないですか。デジタルなものは便利だけど、適度な距離感であるべきとアナログ人間としては思ってしまうんです(笑)。「Moment of Truth」はそんな自分が日々感じていることを書いてみました。何事もバランス良くで、自分を大事にしてほしいですね。
――普段思っていることがテーマだからか、出てくる言葉も力強いですね。
水樹 こういったファンタジーロック系の楽曲で日常がテーマの場合、言葉がナチュラルすぎると曲の力強さにフィットしなくて浮いちゃうんです。かといって、あまりにもファンタジーに寄りすぎると感情移入しにくい曲になってしまう。どういった言葉選びをすればいいのか、そのバランスがすごく難しかったです。悶々としたときに、この曲を聴いてストレスを吹き飛ばしてもらえたら嬉しいです。
――先ほど話題に挙がった、藤間さんが担当した「Trailblazer」についても聞かせてください。
水樹 藤間さんはあらゆるジャンルに精通している音楽IQが高い方なので、「Trailblazer」は藤間さんだからこそ出てきたサウンドだと思います。過去の水樹曲も色々分析してくださったうえで、これまでにない部分を攻めてくださいました。ちょっとエキゾチックな雰囲気もありつつ、ダンス要素もあって、サビに入ると王道のロックな展開になっていく。それがすごくお洒落で好きですね。あと、この曲は音域がすごく広いんですよ。低いAメロ・Bメロから、サビでいきなり高いところまで行ってしまう。「Moment of Truth」もサビがめちゃくちゃ高くて、レコーディングエンジニアさんが「上ハモかな?」と思わず言ってしまうぐらいでした(笑)。
――結局どちらも変態曲になるんですね。作詞を担当したRUCCAさんは、水樹さんの楽曲は初参加となります。
水樹 RUCCAさんには水樹のこれまでとこれからを感じられるような、25周年イヤーに相応しい歌詞にしたいとお話ししたところ、これまでの水樹曲をたくさん聴いて歌詞を書いてくださいました。タイトルの「Trailblazer」は先駆者という意味ですが、(水樹の代表曲の)「ETERNAL BLAZE」の「BLAZE」にも掛けているんです。水樹らしい攻め感のあるフレーズもたくさん出てきているので、かっこ良くてとてもお気に入りです。
――25周年ならではのルーツと新しさの融合ですね。続いて、水樹さんが作詞作曲を手掛けた「Awesome!」は、デビュー25周年をテーマに制作されたそうで。
水樹 アルバムには私の作曲楽曲が必ず1曲入るんですが、毎回アルバムの楽曲がほぼ出揃ったタイミングで、三嶋さんからお題が来るんですよ。今回も「マイナー調のクールな曲が揃っているから、お奈々はライブで盛り上がれる明るい曲を書いてね!」と言われたのですが、これまでの楽曲と被らない明るい雰囲気で、ライブでも盛り上がれてみんなで歌える曲って1番難しいじゃないですか(笑)。なので、まず制作テーマを決めるところから始めました。今回は25周年イヤーを記念したアルバムなので、これまでのみんなへの感謝の気持ちと、これからも一緒に走っていこうという思いを届けられるような、歌を作りたかった。そこで出てきたのがこのスイング調の曲で、今まで作曲したことがない曲調だったし、みんなで手を振ったりして体も動かせそうだし、これはいいかも!と。
――タイトルの「Awesome!」は“最高!”という意味で、シンプルに楽しさが伝わってくる楽曲になっていますね。
水樹 25周年という節目を迎えられたのはファンの皆さんの応援があったからこそで、この瞬間を迎えられたことが最高に幸せという気持ちが詰まったハッピーソングになっています。他にも、自分自身を更新し続けて常に最高であれるように頑張りたいという思いだったり、壁にぶつかった時に自分を奮い立たせるためにあえてポジティブなワードを使うという意味での“最高!”だったり、色んな意味が込められた“Awesome!”になっています。
――“かかっておいでよ” “暑苦しいくらいで丁度いい”など、水樹さんらしいワードもたくさん並んでいますね。
水樹 アルバム曲はテーマが自由なので、これぐらい砕けて書いてもいいかなと思って(笑)。ライブではみんなで一緒に歌って、帰る時には明日からも頑張ろうという気持ちになってくれたら嬉しいです。
――あともう1曲、水樹さんが作詞で関わった曲がアルバムのラストを飾る「ツバサ」です。この曲は水樹さんにしては珍しく、作曲を手掛けた吉木絵里子さんとの共作詞となっています。
水樹 この曲は、実は収録が決まったのが2024年の12月なんですよ(笑)。本当は別の曲が入る予定だったのですが、今回のアルバムのテーマとは少しズレてしまって。そこで代わりの曲をどうするか話し合ったときに、過去のコンペで三嶋さんがストックしていた中にこの曲があったのを発見して。10年近く前の曲なんですけど、改めて聴いたら「今これが歌いたい!」とビビッときて、急いで吉木さんに「まだこの曲残っていますか!?」と連絡をして快諾いただき、1ヵ月という急ピッチで作り上げました。
――結局いつもと同じ制作ペースになっていますね(笑)。
水樹 「やっぱり最後こうなったね」とチームみんなで言っていました(笑)。「ツバサ」のテーマは“出会いと別れ”で、リリース月の3月は年度の切り替えで環境が変わる方も多いし、学生の皆さんは卒業シーズンでもあるのでぴったりだったんです。吉木さんのワンコーラスのデモに仮歌詞が付いていて、それが曲のイメージにピッタリだったので、そこから私がブラッシュアップして、さらにその続きを書いていく形にしました。
――なるほど。歌詞の冒頭が「柔らかな春の薫り」で始まりますが、まさに“出会いと別れ”の今のシーズンに向けた楽曲になっています。
水樹 そのイメージもあるのですが、実は亡くなった父が4月生まれなんですよ。その時期お墓参りに行くと必ず桜が舞っていて、私の中では春は父の季節なんです。なので、別れは寂しいものだけど、その人との出会いによって、色んなものが自分の中に息づいているということを書けたらいいなと思いました。そして「ツバサ」というタイトルは、“羽ばたいていこう”といった空をイメージするようなワードがあったからなのですが、実は父との別れという繋がりで、(水樹が演じた)『戦姫絶唱シンフォギア』の翼さんのことも意味合いとしてこっそり入れています。
――そうだったんですね。切なさと温かさが同居するような歌声とメロディも相まってグッときます。
水樹 この曲のサビも高い音の連続で大変なんですよ(笑)。でも、高いところギリギリで歌っているからこそ、より切なさが感じられるところがあって。キーを下げて余裕で歌うとこの切なさは出ない。やっぱり切々と歌い上げるのがすごくマッチする世界観だったので、これで行きたいですと。
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