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2024.12.12

【エッセイ連載】「伊藤美来のmoi!」第7回:「大人っぽい」

【エッセイ連載】「伊藤美来のmoi!」第7回:「大人っぽい」

声優アーティスト・伊藤美来が日常で感じたことを切り取り、私らしく文章にしていくエッセイ連載「伊藤美来のmoi!」。

「初めましての方や応援してくれている方にも、表面的な私だけではなく自分の頭の中を見てもらう気持ちで書いていきたい。“伊藤美来”がどんな人間か知ってほしい」。

そんなオモイを込めて言葉を綴っていきます。

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大人っぽいことがしたい。私の思う大人っぽいとは、1人で夜中に車を走らせ海に黄昏に行くとか、1人で温泉旅行に行くとか、休みに読書をするためだけに早起きをして、テラスのあるカフェに行くとかだ。なぜか昔から、1人行動こそが大人の証だと憧れを持っていた。お仕事を始めた高校生の頃は、できるだけ大人に見られたくてしょうがなかった。時間ができると、自分ができる大人っぽい(私が思う)1人行動をするために出掛けた。

初めての1人映画館は、大好きなディズニー作品だった。周りは友達グループやファミリーで観に来ている人だらけ。普通の高校生であれば、心細さを感じてもおかしくない場面だが、私はというと、「自分で選んだ作品を、自分で選んだ日に、自分で選んだ席で1人で観ている」ということに優越感を覚えていた。なんでも自分で決められて行動できちゃう、かっこいい私を見て!と言わんばかりのドヤ顔だった。今思えばなんて恥ずかしいことだろう。若い頃の自己顕示欲ほど、今の自分をくすぐってくるものはない。他にも、何も買う予定なんかないのに1人で高級デパートに入ってみたり、1人でサラリーマンばかりの賑やかな焼肉屋に入ったり、制服姿で駅中にある立ち食い蕎麦屋で鴨そばを注文したりした。鴨そばというのがポイント。

しかし着々と年齢が上がるにつれて、1人で行動するのなんか当たり前になったし、むしろ若く見えたほうがいいみたいな風潮もあるし、大人っぽくみられたいという欲も徐々に薄れていった。だってもう実際に大人なんだもんな……と思っていた……のだが……急に来たのだ。20代後半の「大人っぽくなりたい」が!まさか今になってまたこの感情が生まれるとは。理由はわからないが、一度思い出してしまったこの気持ちは抑えられない。今すぐにでも大人っぽいことをしたい。それに私はれっきとした大人になったんだ。当時やっていた「大人っぽい」ことではなく、「大人なこと」をしなければ。レベルアップだ!と意味のわからない使命感が生まれた。大人になったからこそできる大人なこと……そうだ、お酒。お酒はまさに大人の証。私は昔、1人でBARに行くことに憧れていた。洒落たジャズなんかが流れるなか、BARでワイングラスを片手に読み古したお気に入りの文庫本を読む……うん、完璧だ。しかし、私はワインがあまり得意ではない。カクテルでもいいけど、それでは大人感が足りない気がする。そこで自分が今、日本酒に興味があることを思い出した。日本酒なんてめっちゃ大人じゃん!日本酒のBARにしよう。思い立ったらすぐ行動。ちょうど誕生日の前夜に時間が空くという奇跡も重なり、このタイミングでソロ日本酒BARへの初挑戦を決めた。

色々調べ、家から歩いて行ける距離にあった日本酒BARに行くことに。当日お店に連絡し、初めてでも大丈夫か確認した。カウンターのみで日本酒と器にこだわったその店は、ジャズではなく、鳥の鳴き声や風の音が流れていた。早い時間だったからか、客は私だけで貸切状態。接客してくれたのは、マスターというより若い奥様という感じの女性。優しくおっとりとした雰囲気が、ここに来たのが初めてじゃないかのような気持ちにさせてくれた。日本酒に詳しくない私は銘柄を見てもどんな味か想像できず、「お、お薦めをお願いします……」とお願いすると「こちらは辛口でスッキリ、こちらは甘みが強くまろやかです」と落ち着く声で教えてくれた。選んでくださった日本酒は、飲んだことがない味でふわっとクセになった。「よくお一人で飲まれるんですか?」とにっこり聞かれ、私にとっての大人でいくなら「はい、仕事終わりによく。1人のほうが自分に合っていて」なーんて言いたかったところだが、奥様のその柔らかい笑顔を見ていたら「初めて1人でBARに来たんです。すごく緊張して……ソワソワしててすみません……」と白状していた。「そうなんですね。うちを選んでくださりありがとうございます」と嬉しそうに言ってくれた。その言葉にふっと肩の力が抜けて、それから色んな話をした。少しして酔いがまわり「実はこの数時間後には誕生日なんです」と恥ずかしげもなく口走った私にも、奥様は笑顔で「それはおめでとうございます。ジェラートをサービスさせてください」と言ってくれた。

ほろ酔いでお会計をし、秋風に当たりながらゆっくり帰った。自分がやってみたかったことを成し遂げた達成感と、もうすぐ誕生日を迎える特別感に足取りは軽い。家に着いた。さあ自分の誕生日になる瞬間にまた一杯飲んじゃうか。大人だなあ。私はなりたかった大人に近づけたんだろうか。また行けたら常連さんの仲間入り……なんて気が早すぎるか……。はっ、寝落ちした。着替えもせず、メイクも落とさず。気づいたらもう誕生日の瞬間は過ぎていた。鏡に映る深夜のだらしない自分の姿に、私はまだまだ“大人っぽい”なんだよな、と実感させられた28歳の始まりだった。


関連リンク

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