INTERVIEW
2024.11.24
fhánaの佐藤純一が主宰するプライベートレーベル「NEW WORLD LINE」が発足。これまで『Re:ゼロから始める異世界生活』シリーズや『スパイ教室』など数々の人気アニメの主題歌を担当してきたnonocが、第1弾アーティストとしてオリジナル曲「ドアの向こう」を発表した。
レーベル発足の背景には、nonocの才能を世に知らしめる目的に加え、長年アニソンを主軸に活動を続けてきた佐藤の中に芽生えたある「危機意識」も影響しているという。
nonocと佐藤純一から、現在の活動とアニソンシンガーを取り巻く状況について語ってもらった。
INTERVIEW & TEXT BY 冨田明宏
冨田明宏 佐藤(純一)さんと配信番組でご一緒した際に、「アニソンシンガーが置かれている危機的状況」について話したことがあったのですが、今回nonocさんの新曲「ドアの向こう」を佐藤さん主宰のプライベートレーベル「NEW WORLD LINE」からリリースされたことも、まったく無関係ではないと思っていて、このような対談の場を設けさせていただきました。改めてnonocさんに伺いますが、アーティスト事務所として「NEW WORLD LINE」に所属することになった今年2月、初めから「NEW WORLD LINE」が音楽レーベルとしても活動していくと聞かされていましたか?
nonoc はっきりとは聞かされていませんでしたね。ただ、入る前から音楽制作の話もちょこちょことはしていて。音楽家が代表をやっている事務所に入るのだから、「一緒に音楽制作もやるんだろうな」と漠然と思っていた、と言うのが正解ですかね……?
佐藤純一 まあ、そうですね。僕の立場的には、DIALOGUE+における田淵(智也)さんの立ち位置が近い……と言うとわかりやすいかな?総合プロデューサー的なポジションで関わろうと思っていたんですよ。僕が作る曲もありつつ色々なクリエイターとコラボレーションして、様々なシナジーを生み出していきたい、最初はそんなイメージでいたんです。そして今年nonocが北海道から上京してきた。音楽的なやり取りをしているうちに、良い意味でnonocに裏切られたというか。
冨田 裏切られた?
佐藤 音楽的なポテンシャルがものすごく高くて、それが今までしっかりと表で表現できていなかった、ということに気づかされたんですよ。これまでも彼女の曲はアニメタイアップを中心に聞いてきましたけど、そもそもアーティストとしてのポテンシャルが非常に高くて、アニソンだけでは伝わらない魅力がものすごくあるんだと徐々に気づかされたんです。僕の中で、解像度が上がっていったというか。元々素晴らしいと思っていたから今一緒に活動しているんですけど、「まだまだ世に出ていない魅力、才能があるじゃないか」と。もっというと、対等に向き合うことで僕自身の音楽家としての引き出しも増えていきそうな、そんな予感すらしたんです。
冨田 一方的なプロデュースというよりも、nonocさんのアーティスト性が佐藤さんからも新たな音楽性を引き出すことになると。
佐藤 ぶっちゃけて言うと、そんな彼女の才能にあてられてしまい、思わずプライベートレーベルを立ち上げてしまった……という部分も大きいんですよね(笑)。
nonoc 私もアニソンを歌うことは好きですし、アニメも好きだし、主題歌を任されることに責任を持って取り組んできたつもりですが、アニソンシンガーになる前の自分って、もっと自由に好きな音楽と向き合ってきたわけで。世代的にニコニコ動画の「歌ってみた」が大好きで、ボカロPが作る様々な音楽性や世界観に魅かれて今があるんです。アニソンを歌うということは、アニメ作品毎に様々な世界に触れることができて、色々な世界と関わり合いながら歌が歌えるということじゃないですか。だから私はアニソンシンガーになろうと思えたんですよ。でも、私の根本にあるのは、ボカロも好きだし、J-POPのアーティストやJ-Rockのバンドも洋楽も好きだし、様々な世界観と自分自身の解釈やアーティスト性を混ぜ合わせて独自の世界を歌いたい……ということで。
冨田 これまでもご自身でセルフプロデュースをされたり、MVのプロデュースをされたり、作詞もされたりしていましたが、そもそもクリエイター的な志向が強いということでしょうか?
nonoc そうだと思います。クリエイティブに関われているときが、何より楽しいと感じますからね。でもアニソンシンガーって割と受け身というか、与えられたタイアップで、与えられた楽曲を歌うことのほうが多いので、「もし今自分で制作に関われるなら、こういう曲にしたいな」とか、思うことも正直に言うとあって。それを発信したいとはずっと思っていたんです。
佐藤 でもそれが口だけで言っているのではなくて。nonocの活動を間近で見てコミュニケーションを取ることで、彼女のクリエイターとしての才能に気づかされていくんですよ。そこに刺激されたのが、今回の「ドアの向こう」に繋がったという感じです。例えば作詞。これまで彼女が歌ってきた楽曲は作詞家さんが書いたものが大半なんですけど、実際はめちゃくちゃ書けるんですよ。しかもただ書けるだけじゃなく、ものすごく的確にリズムやメロディに落とし込みながら論理的かつ心に訴えかける言葉も持っていて。試しに、僕が別案件で制作途中の歌詞をnonocに見せて「どう思います?」とアドバイスを求めると、ものすごくロジカルに「こうだと思います」と即レスされて。驚いてしまったというか。
nonoc 歌詞を考えるのも書くのも元々すごく好きなので。
冨田 『スパイ教室』のOPテーマ「灯火」でnonocさんが書かれた歌詞を読んだ時に、作品の読み込み方と心理描写と情景描写の上手さに感動したことがあったことを思い出しました。「きっとnonocさんは明確に脳内でビジョンとして見えたものを歌詞に置き換えているんだな」と思える素晴らしく映像的で美しい歌詞で。
nonoc 嬉しいです。まさにそれ、それなんです。私はすべてのイメージが一度映像になって見えてきて、それが物語に変換されていく。その過程を言葉に置き換えていくという書き方なんですよ。これもきっと、ボカロカルチャーの影響なんですよね。ボカロPの曲はMVとセットで楽しむものがほとんどだったので、受け取った音を聞くと先ず映像が見えてくるんです。「この音、世界観に相応しい映像は……」みたいな感じで(笑)。
冨田 だから今回の新曲「ドアの向こう」もとても映像的で、季節感を表現する情景描写とか、登場人物の心理描写が本当に絶妙で。
nonoc ありがとうございます。季節とか気候とか温度とか、音から感じたところからどんどん映像として見えてくるので、それを言葉に変えていきました。この歌詞の書き方、やっぱり好きですね。
佐藤 実はものすごくクリエイター的な脳を持った人だったんですよ(笑)。でもほとんどのアニソンファンはそれを知らないと思うし、nonocのファンだって気づいていないかもしれない。だったら、プロダクションの代表としてもっと伝えなくちゃ……という使命感から今回レーベルを立ち上げることになりました。この才能を眠らせておくには、もったいなさすぎるから。やっぱり「アニソンシンガー」という見られ方って、今は良いことだけではないと思うんです。いわゆる一般的なアーティストと比べると、作家から提供された曲を歌う「ボーカリスト」みたいな印象を、多かれ少なかれ持たれていると思うので。ボーカリストを専門にやられている方々ももちろん素晴らしい。ただ、nonocの場合はできることが伝わりきっていない。もっと独立したアーティストとして存在感を出していきたいな、と。なにしろ、僕自身もnonocがうちに来てから気づいたくらいなので(苦笑)。
nonoc 本当にありがたい環境に身を置くことができたなって思いますね。
冨田 表現者としては理想的なんじゃないですか?
nonoc なんというか、思っていたより硬くないなって(笑)。今nonocの公式YouTubeチャンネルにカバーを公開しているんですけど、これまで私が歌ってきたアニメ主題歌ではない、ボカロの曲やJ-POPもカバーしていて、こういう活動も認めてくださるので。
佐藤 僕にとっても発見がありますからね。
nonoc きっと佐藤さんも、私とやる音楽なら「fhánaの佐藤純一」に捉われない曲作りもできそうじゃないですか。これからもっとお互いに「らしくない」曲とか、一緒にやれるんじゃないかなって。
佐藤 僕はいちクリエイターでもあるので、僕自身の可能性を広げてくれるアーティストだなとは思っています。例えばボカロや2010年代のJ-Rockって、情報としては知っているくらいで、好き嫌いの対象ですらなかったというか。でもnonocは真面目に好きなものとして通過してきたから、そういう要素を僕も取り入れるきっかけにもなっていますよね。改めて良さに気づかされています。実際に最近もfhánaだったり楽曲提供でも、「あの要素入れてみようかな」とか、新しく吸収した音楽的な要素を入れてみたりもしているので。
冨田 「代表と所属アーティスト」という関係性からかなり印象が変わりました。アーティスト同士のセッションというか。
佐藤 nonocのことはバンドメンバーじゃないですけど音楽のパートナーだと思ってますね。
nonoc 確かにそうですね。私としては色々と佐藤さんから学んで、吸収したいなと思っています。佐藤さんのほうが忙しさ的にも先に逝かれてしまうかもしれないし(笑)。
佐藤 そうですね。持たせられるものは持たせておきます。
冨田 なんでツッコまずに優しく受け入れているんですか(笑)。
nonoc もちろん冗談ですから!!
佐藤 長生きしたいし、みんなに長生きしてほしいですよね……。
冨田 なんかシミジミしちゃいましたが(苦笑)、「NEW WORLD LINE」という事務所とレーベルの性質が見えてきた気がします。
佐藤 「遊び場」というと矮小化しすぎな気ももしますけど、すごくクリエイティブなセッションができる環境を自分で作ったという感じです。様々なアーティストやクリエイターが伸び伸びと自由にセッションしたり、出会ったりする場になれれば嬉しいですね。プライベートレーベルならではのフットワークの軽さがありますから。ただnonocに対しては僕の考え方として、プロデュース軸のようなものを持っていないと、やはり伝わるものも伝わらない。散漫な活動に見えてしまうと思うんです。そこはしっかりと方針を持ったうえでプロデュースしていきたいですね。型破りな活動をするにはまず型を作らなければならない。今はまだその段階なのかなって。
nonoc 私もレーベルに対して、私が好きで追いかけている絵師さんや映像作家さんを提案することで貢献ができないかなと考えています。イラストや映像を観ることも本当に大好きなので、音楽以外の面でも何か力になりたいなって思いますね。まだ消費者目線のほうが強いので、ライブグッズとして本当に持っておきたいもの、使いたいものとかも!
佐藤 この辺りの意見もnonocって的確なんですよね。すべてに「私はこう思う」という根拠があるというか。
nonoc 私は女性なので、特に女性ファンが欲しいものはこだわりたいですね。女の子のファンって、ライブグッズを見て「私たちに優しそうなアーティストかな……?」と確認するところが絶対にあるから。誰に対しても開かれている、みんなに優しいnonocライブでありたいので。
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