菅野・佐々木鼎談の際にも話題に上がり、May’nのボーカリスト人生において大きな転機となったボイストレーナーとの出会い。「歌の先生」がそこまで大きな存在感を示したのはなぜだろうか。第3回は、様々なアーティストに指導を施す、音楽業界で名を轟かせる佐藤涼子(通称、りょんりょん先生)を迎え、May’n自身から、時に母のように、時に姉のように、時に親友としてMay’nの心と身体と歌を支えてきたりょんりょん先生の魅力を解説してもらった。2人の対談によって、“太陽”のような現在のMay’nが誕生した裏側が見えてきた。
PHOTOGRAPHY BY 堀内彩香
TEXT BY 清水耕司(セブンデイズウォー)
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――最近はMay’nさんに取材すると「ボイトレの先生」が頻出単語になっていますが、そのりょんりょん先生こと佐藤先生との出会いについて、まずは教えてもらえますか?
May’n すごく素敵なボイトレの先生がいるというお話はうちのスタッフさんからずっと伺っていたんですけど、10年前に両側声帯ポリープの手術をした時に、リハビリが必要なこと、復帰のライブがすでに決まっていたことから、いい機会なのでお世話になることにしたのが最初でした。
――その時のことを佐藤先生は覚えていらっしゃいますか?
佐藤涼子 覚えています!「かわいい子が来たな」という感じで。その、May’nちゃんのスタッフというのは私が昔に専門学校の講師をしていたときの生徒さんで「3ヵ月後にライブが決まっているので」ということで直接連絡が来ました。私のところには、手術したあとにどうやってライブに復帰していけばいいのかわからない方がたくさん来るので、ストレッチしたり運動したりする時期など、色々なノウハウがあります。喉って休ませすぎてはいけないんですよね。ただ、ライブに向けてのレッスンという時、いつも無理なスケジュールをセッティングされていて。本当はゆっくり(喉を)立ち起こしたいところですけど、May’nちゃんも少し早めに優しく歌い始めていきました。徐々に使い出さないとライブをするなんて無理なんですよね。
May’n 3ヵ月って長いようで本当にギリギリというタイミングなので。ただ最初は、歌が戻るように、さらに良くなるように、というご指導をたくさんいただいていましたけど、徐々にテクニック以前の人間力や愛情、あとは普段の話し方といったことが大事だと教わりました。そのすべてが歌に通じているということを学んだんです。だから、リハビリきっかけで始まりましたけど気づけば10年、ずっとお世話になっています。
――当時、アドバイスをしてくれる方は周囲にもいたと思いますが、佐藤先生に特別の信頼を寄せるようになったきっかけはあったんですか?
May’n 何か言ってくれる方はいましたけど、先生ほど深くアドバイスされたことは正直なくて……。
佐藤 なかなか言わないよね。
May’n はい。スタッフさんにしてもマネージャーさんにしても、喉の調子が良くなかった時、「ライブの1、2曲目はあんまり声が出てなかったから気を付けなさい」と言ってくれることはあっても、「じゃあ、どうすればいいんだろう!」みたいな。「ちゃんとMCしなさい」と言われても「ちゃんとしたMCって?」と思って、何をすればいいのかわからずじまいでした。
佐藤 私は具体的に、どうしたらいいかについて細かく喋るものね。
May’n そうなんです。
――当時、佐藤先生がリハビリと同時に治療すべき点として感じたところはありましたか?
佐藤 彼女のライブを観ていたらいつでも大きな声で歌っていたので、そこは直さなければいけないというのはありましたね。
May’n 先生に「いつも500%で(声を)出しているから大変だね」って言われたことがあります(笑)。伝えたいことを考えて、伝えたいことの前後は少し抜いてもいいんじゃないか、って。
佐藤 「アクセントをつけると、その前後の力を抜くことができるよ」とかね。
May’n はい。あと、開けた扉を閉めない歌い方をしているとも言われました。
――「開けた扉を閉めない」?
May’n 「開けっ放しにするんじゃない!」って。先生には、発声でも歌い出しに意識がいっていて、語尾を切るのが苦手だということをずっと言われています。
佐藤 歌が雑になるという話なんですけどね。
May’n でも、確かにそういう生活をしているんです。ドアも開けっぱなしだし、鞄も開けっぱなし(笑)。まるで心理テストだと思いました。自分の性格が全部歌に……。
佐藤 そう、出ちゃうんですよ。だから、「歌の立たせたいところのスケッチをしなさい」と言うんです。
May’n 確かにスケッチもしないんです。みんなが鉛筆で書き始めるところをいきなり太い油性ペンでバーンッ!って書くとか(笑)。今でも丁寧さが足りないところはあるので、先生に「丁寧に歌う曲では旅館の女将みたいに」と言われます。
佐藤 旅館の女将って「失礼いたします」ってゆっくりと襖を開けて、丁寧なんですけど少し前のめりで入ってきますよね。あの感じを掴んでほしくて、そう言うんです。ただ、直すべき点というよりもまずは、すべてがメンタルから来ているということをわかってほしいんです。ボーカリストというのはお腹を使う仕事なので腹圧の部分、それに腹を据える、腹を決めるといった心持ちがすごく大事ですけど、むしろそこをしっかりさせれば上半身は緩み、顔の筋肉がよく動き、声もよく出るモードに変わるんです。つまりそれって「心技体」なんですよね。実際には「心体技」が正しいですけど。
May’n あー、なるほど。
佐藤 そう思うでしょ?「声までの順番」というのがあって、心、体、顔、そして最後に声なんです。心と体が健康で歌う気満々ならば声なんてよく出るんですよ。なぜなら表情筋が動くから。皆さん、「発声練習を教えてください」「声帯を鍛えてください」「歌を上手くしてください」という感じで訪ねてきますけど、武器が揃わないと歌が上手くなる技なんて入りません。May’nちゃんはあの時、喜怒哀楽の「怒」が激しかったんですよね。
May’n (笑)。
佐藤 でもボーカリストってみんなそうだから。「怒」がなかったら戦場(=ステージ)に1人で戦いに行くなんてできません。「怖い」「ステージに上がりたくないです」という人はお客さんに向かって、練習したことも愛も配ることはできないですから。だからまず、腹が決まってくれないとダメなんです。それから「ハートの順番」も大事です。私はレッスンで、その子がどういう性格なのか、どういう体質なのか、他人に対してどういう振る舞いをするのか、そこをすごくよく見ます。だって、近くの人から愛されてもいないのに全国的に愛されるはずがないじゃないですか?だから、「マネージャーさんを大事にしなさい」とすごく教えるんですよ。May’nちゃんは優しくて気遣いのできる子でしたけどね。でも、そういう話をたくさんしていたら感動してくれたんです。
May’n 元々、現場でも気遣いのできる子に見られてはいましたけど、悪い言葉で言うと「八方美人」みたいな感じで、10年間活動する中で変に大人になってしまったんですよね。平和に収めようとしていたというか……。
佐藤 だからステージの上でもいい子だったしね。
May’n そう。MCでも「いいこと」を言ったほうがいいと思っていました。でも、先生に「本当のMay’nがわからない」「信用している人には心を見せたほうがかわいいよ」と言われて……。
佐藤 水臭いのが嫌なのよ。
May’n そう、先生は「水臭い」という言葉をすごくおっしゃるんです。その時、「私は仲良くなりたい人に失礼なことをしていたかもしれない」と気づきました。
佐藤 ライブには性格も生き様もすべて出ます。だけど、勝ち気なところや毒っ気もあるのが人間なので、出してしまえばいいんですよ。「もしも辛いことがあるならファンに愚痴れば?」って。落ち込んでいたとしてもみんながライブに集まってくれるから幸せ、という気持ちを伝えることは大切で、そこで泣いてしまってもかまいません。むしろ、本人がステージを楽しみ、自分をさらけ出すことでお客さんに喜んでもらえる。それによって結局は、「ありのままの自分でいいんだ」と自分も浄化されるんですよね。
――逆を言えば、自分のための行為がお客さんをも幸せにする、と。
佐藤 「ライブはデート」なんです。お客さんからお金と時間をいただいておいて、水臭く「私はいつでも明るいですよ」というライブをしたところで誰も感動しません。だからMay’nちゃんのライブを観に行ったとき、人間くささをたくさん出したほうがいいと思うということはかなり言いました。
May’n 私はそれまでの10年間、歌手は普通の人間ではないと思いながら生きていて、ステージに立たせてもらっているからには、喉に不調があっても涼しい顔をするのがプロだと思っていたんです。もちろん、それはプロとして大事な部分ではありますけど、信頼している人には見せてもいいと先生が言ってくれたとき、無理している自分が育ってしまったことに気づいた。自分が今、本当は怒りたいのか、泣きたいのか、辛いのかわからない状態になっていました。その時、先生から「誰にも言わないから私に愚痴を言ってみて」と言われて、ムカついていたことをブワーッと口にしてみたんです。
――菅野さんや佐々木さんとの鼎談でもお話ししていましたね。
May’n はい。そうしたら、自己肯定感がすごく上がった感覚があったことをすっごくよく覚えています。隠しておいたほうがいいと思っていた気持ちを出しても愛してもらえると思えたんです。そのあとにファンの人ともっと仲良くなれた感覚はあるし、アーティストのお友達も増えたと思う。以前はやっぱり、ファン以外の人にも嫌われたくない気持ちがあったし、そこにも想いを届けようと思って、すごく遠くばかりを見つめていた気がします。でも、それではMay’nのことを大好きなファンに対して水臭いし、私が大切にしたい人は近くにいてくれるファンのはずなんです。一番言葉を届けたい人に声をかけていないことに気づいたというか、伝えたい言葉をまず伝えるということを大切に今は活動ができています。
佐藤 だってファンなんだから、何を言ってもいいじゃない。
May’n はい(笑)。
佐藤 大親友とお茶をしながら「ねぇ、聞いてよ」っていうアレ。アレをファンの人にも味わっていただこう、という話ですね。だからそれは売れる法則でもあるんです、お客さんに嘘をつかないということは。かっこつけてばかりで「演じている」と思われている人は、たとえ人気が一瞬上がっても続かないです。それに、そうやって心の解放ができると実は、ライブでもすごく声が出やすくなるんですよね。心の解放=喉の開放なので。風邪をひいて声が出なくなると落ち込むし、1日がすごくブルーになるじゃないですか?
May’n 元気な人ってやっぱり声が大きいですもんね。
佐藤 そうなの。運動不足過ぎる、ご飯を食べない、睡眠をとれていない、という状態は確実に体を悪くする道に通じます。でも、アーティストってそうなりやすいのよ。忙しすぎるし、緊張の連続の中にいるから。ずっと興奮していなさいというのがステージなのでね。ステージから下りても寝るモードになるまでに時間がかかるから睡眠不足に陥る、そうなると食欲も湧かないから鬱に繋がるんです。私も昔、働きすぎて働きすぎて働きすぎて、パニック障害になったことがありますけど、寝ようとしても、お風呂に入っても寝られないんですね。でも、ずっと健康な先生にはそこをわかってあげられないのよね。
May’n 確かに。私は今、ちょっとわからないモードに入っているかもしれないです(笑)。
――心身ともに快調すぎて(笑)。
May’n 「手術後、こんなにも再発しないのはすごい」と病院の先生にも褒められました(笑)。
May’n・佐藤 (2人でハイタッチして)いぇーいっ!(笑)。
May’n でもそれも先生の知識のおかげで。不調の時にどうすればいいかという対応を何十パターンも教えてくれるんです。例えば、ツアーに出ると休みがないので病院行けないとか、地方ではかかりつけの病院に行けないとか、市販の薬が売っていないとか、そういうケースに遭いますけど、「喉の調子が悪いときはこれ」「鼻の通りがちょっと良くないならこれ」のように、しっかりと準備をした上でツアーに出ているので、この10年本当に心強いです。
佐藤 (拍手しながら)ブーラーボーーー!!
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