声優アーティスト・伊藤美来が日常で感じたことを切り取り、私らしく文章にしていくエッセイ連載「伊藤美来のmoi!」。
「初めましての方や応援してくれている方にも、表面的な私だけではなく自分の頭の中を見てもらう気持ちで書いていきたい。“伊藤美来”がどんな人間か知ってほしい」。
そんなオモイを込めて言葉を綴っていきます。
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前回の記事で、自分の誕生日を自分でしっかりお祝いをしたいんだ、という話をしたのを覚えているだろうか。私はあの記事を書いていた日の年齢から無事、1つ歳を重ねることができた。結局私が誕生日のお祝いとして何をしてみたのか、moiを読んでくれている皆さんに文章でもお伝えしたい。
まず欲しいもの、やってみたいことを書き出していく。誕生日ということで、大きく特別感のありそうなものから考えてみた。海外旅行に行きたい、ヘリコプターに乗りたい、水上アスレチックがしたい……色々やりたいことは出てきたのだが、予約が間に合わないものや季節感がおかしなものばかり。我ながら計画性に欠けている。もっとずっと身近で、私だからこそときめくもの、やりたかったことを探さないと意味がない。小さなことも思いつく限りたくさん書いた。その中で今の私が特に惹かれるものが出てきた。それは、シナモンロールを焼くこと。フィンランドでは、シナモンロールの日が設定されているくらい日常に溶け込んでいる食べ物らしい。私の中でシナモンロールは、特別な日や頑張った時に食べるイメージがあり、日頃から頻繁に食べるものではなかった。また北欧のシナモンロールは私たちの知っている渦を巻いたカップケーキのような形ではなく、焼く前に中心を潰すので平べったい。本や動画でフィンランドを調べている時に100%出てくるその北欧式シナモンロールが、なんとも美味しそうなこと。考えていると今にも甘く香ばしいスパイスの香りが、鼻を抜けていくようだ。このエッセイのタイトルでおわかりのとおり、北欧の生活に憧れている私にとっては、名前を聞くだけで胸が躍るほど、夢のようなパンとなったのである。買うのもいいが、せっかくなら自分の手で誰の力も借りずに、イチから作ってみたいとずっと思っていた。最初に言っておくと、私は料理が得意ではないしパンなんて作ったこともない。でもだからこそ、この初めての経験を自分への誕生日プレゼントにしようと思った。
誕生日近くの休日。休みの日は相変わらずの雨だったが、私は早起きをしてスーパーに行った。シナモンロール作りに必要な材料を買うためだ。カルダモン、強力粉、ドライイースト……生きてきて初めて手にした材料たちを眺めては、これから大冒険が始まるようでワクワクした。帰って早速作業に取り掛かる。レシピどおりに材料を入れパン生地を作っていく。途中まではレシピの写真通りに上手くいっていたのだが、生地を混ぜてこね始めると、べちゃべちゃで手と板にくっつきまくる。おかしい。このあとには、ツルツルの丸くまとまった生地になっていなくてはならない。でも今のべちゃ生地が、美しい丸になるとは到底思えない。そもそも、くっつきすぎてこねられない。どこかで分量を間違えたのだろうか、これは失敗か?水分を少なくして、もう一度作り直し……そんなの面倒くさすぎる。初めてのパン作りはわからないことだらけ。途端に弱気になった。もうやめちゃおうか……。そんなことが頭をよぎった。でも、誕生日の自分を喜ばせたい。自分に焼きたてのシナモンロールをプレゼントしたい……そうだ、まだ私は5分ほどしかこねてないじゃないか。もしかしたらこねてるうちに、べちゃべちゃがなくなっていくのかも。よし、今日は何時間だってこねてみよう。自分の気が済むまで。ダメだったらその時はその時だ。自分を信じてこね続けること30分、なんと写真どおりの丸くてピカピカな生地が出来上がった。もう手にもくっつかない。諦めずにこね続けることを選んだ自分に拍手。私よ、とても偉かった。
そのあとの工程は順調に進み、発酵も問題なくクリアした。伸ばした生地にシナモンをふりかけ、形を作っていく。憧れのシナモンロールの中心を潰す作業は、顔のニヤニヤが止まらなかった。おとなしく焼き上がるのを待とうと思ったのだが、大事に作った我が子がこんがり焼けていく姿は見逃せないので、ずっとオーブンの中をのぞいていた。部屋全体に甘い香りが充満して幸せだった。ついに出来上がった熱々のシナモンロールを手に取って、そのまま1つ食べると「これは本当に私が作ったのか!」と疑うほど美味しかった。今まで食べた中で一番美味しい。お気に入りのお皿に盛り付け、お気に入りのマグカップにお茶を淹れたら、好きなだけ写真を撮り、ときめくこの日を思い出に残した。そして鼻歌を歌いながらゆっくりと味わった。なんだか1つ成長できた気がする。やったことのないことに挑戦してスキルを得るって、こんなにも尊いことだったんだ。これからも、28歳の誕生日をシナモンの香りと共に過ごしたことは忘れないだろう。満足して食べきれなかった分は冷凍庫で保存した。後日解凍して食べると、あの時の感動や美味しさはほとんどなく、味の薄い硬いパンになっていた。あれは誕生日マジックだったのかな……と思いつつも、愛しい我が子はどう変化しても愛おしく、味の薄ささえ個性だよねと言い聞かせた。
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