――夏川さんのこれまでの作品群から感じる明確な武器は「持たざる者ゆえの強み」というイメージがあるんです。持っていないから身軽で、持っていないからこそ強気になれる部分があったり。ただ今回の『「 later 」』は持っていた人がそれを手離す歌で、少なくとも表題曲においては珍しいなと感じました。
夏川 それでいうと私は持っていない側なんですけど、持っている人を観察するのが好きなんですよ。性格悪いんですけど、持っている人の失敗談で酒を飲みたい(笑)。
――インタビューの意図とは違うものが返ってきましたが、非常に面白そうな話ですね。
夏川 簡単に友達を作れる人とか、簡単に感情が動く人とか……簡単に感動できる人っているじゃないですか(笑)。「この映画で泣く!?」「え、それをエモいって思う!?」みたいな、すごくいい言葉で言えば感受性のとても豊かな人たち。受け取るものがすごく多い人ですね。そういう人の感じ方とか世界の捉え方を聞くのと、それを考察するのが好きなんですよ。私は物や他人への執着で浮き沈みするタイプではないので、例えば恋愛体質の人の話は全然理解できないからこそ面白かったり。
――感受性の高い人や依存性の高い人は、感情が上振れしやすいからこそ同じだけ下振れもするんですもんね。すごく好きなものがあるから同じだけしんどくもなるという。
夏川 そう、感情のレンジが常に上下に広い人たちなんですよ!「この映画面白い!」とか「好きな人に冷たくされて悲しい!」とかが大きく振れる人に比べて、多分私は上下ともにその半分くらいしかレンジがなくて。安定してるということでもあると思うんですけど。それが私の思う「幅広いレンジを持つ者」と「持たざる者」で、感情のレンジが広い人が見ている世界がすごく羨ましくて。大きく上下に感情が振れた経験があるからこそ、その……紋切り型の恋愛映画で共感して泣けるわけじゃないですか(笑)。
――「これ私もあった!」みたいに代入できる経験が存在しちゃうんですもんね。
夏川 映画とかってある程度自分を投影できる対象がいないと没入しにくいですけど、レンジが狭い人間ってそれが少ないんですよ。没入できる映画が限られてくるんですよね。だから自分の中で「これは本当にいい映画だったな」と思うまでのハードルがすごく高くて。逆に感情のレンジが広い人は共感の幅も広いから、自己投影がしやすいんだと思うんですよね。
――レンジの狭さってそのまま自我の屈強さだと思うので、自分の知らない感情への共感できなさが如実に出てしまう気がします。
夏川 そう。そうですね。うん……そうです(笑)。共感できない感情がありすぎて、逆にそれに対して一喜一憂している人を観察するのが楽しくなっているんですよ。人と人との諍いも、筋の通っていない主張も、わからないから面白い。で、そういう意味で『「 later 」』はレンジが広めの人というか……うわべだけでも人付き合いができる人なんですよ、多分この曲の主人公は。それは私にはないものなんです。見た目が好き、学校が同じ、ちょっと趣味が合う、とかその程度でもすごく仲良くなれる……なれた気になれる人。相手のことを何も知れていないのに、プロフィール的な情報だけで仲良くなれる人っていると思うんですよ。この曲はそういう人が何かを失うときの感覚を想像して書いたものなんだと思います。
――歌詞の内容も表現方法も違うのですが、以前にインタビューで「自分ではない誰かの心情を想像して書いた」と伺った「だりむくり」との類似性を感じていて。すごい精度で「そういう人」の感情の動きを描けているんだと思います。
夏川 自分の経験ではないにせよ、その感情の動きにちょっと憧れもあるので。そういう人たちに対するちょっとした見下しと、羨ましさが同時にあるんです。
――持たざる者が持つ者を見下している、といういびつな構図はとても好きなテーマです。「そんなに持ちすぎてどうするんですか」みたいな。
夏川 そうそうそう、すごく書きづらそうな話ばかりしちゃいましたけど(笑)。実体験ではもちろんないけど、こういう人っているよね、こういう別れってあるよねというのを私なりに情緒たっぷりに表現してみましたって感じですね。
――実体験ではないにしても、架空と断ずることはできないくらいの実在感がある曲だと思います。
夏川 『「 later 」』と同じ状況にある人に対して、私は「よくもまあそんなに都合よくエモく解釈して浸れるな」と思ってしまうわけですよ、自分で書いておいて。
――感情のレンジが上下に広い人は、すなわち自分に酔える人だったりしますからね。自分が主人公だと思える人。
夏川 大前提として、私はそれがすごく羨ましいんです。でもその渦中にいる人はこれを書けないと思うから。持たざる者から見た持つ者たちの世界の生ぬるさ、ですね。
――カップリングの「ライクライフライム」はHAMA-kgn氏の作編曲。こちらの作詞作業はいかがでしたか?
夏川 『「 later 」』における「おたがい」のような、軸になる言葉を見つけるのに苦戦しましたね。メロディ的に韻が制限されていないというか、ハマらない言葉があまりなかったんですよ。どんな言葉でもハマるからこそ選択肢が多すぎて難しくて。この曲も気味の悪さ・居心地の悪さから探そうとしてたんですけど、結果的にサビの一行目の“一生安泰って冗談じゃない!”が書けたときにこの路線でいこうという方針が見えた感じです。『「 later 」』と違って不快感を膨らませるような曲調ではなくて、かといってあまり明るい感じでもなくて。私としても得意な「言葉遊びの中で皮肉る」のが似合いそうな曲だなと思って書き進めていきましたね。
――確かに一聴した印象だと刺々しいサウンドに言葉が詰まっていて夏川さんの代名詞的な作りのように思えるのですが、実はあまり皮肉は言っていないですよね。
夏川 そうですね。
――この方向のときの夏川さんは悩みの渦中の自問自答であることが多いと思うんですが、「ライクライフライム」は結論まで言っていて少し驚きました。親切というか、何を歌ってくれているのかがわかりやすいというか。
夏川 確かに。問題を提起した上で「私はこうするけど」ってところまで投げていますね。あまりそういう曲にしようという意図はなかったんですけどね。
――今まではぼんやりした不安とそれに対するぼんやりした対抗策はあるけど、それに自信が持てない人の歌というのが軸にあったと思うんです。それが今回は現時点での結論まで言ってくれている。
夏川 HAMA-kgnさんの楽曲で皮肉った歌詞をたくさん書いてきたんですよ。だからなるべく新しいことをしたいなとは思っていて。新しいアプローチは意識していたので、その結果生まれたものなのかもしれない。「ステテクレバー」や「烏合讃歌」って、聴いてくれる人への共感が多分あったんですよね。こういうことあるよね、私もあるよ、こうしたらどうかな、こうやってみたらいけるかもしれないね、みたいな。その寄り添いがあったんですけど、「ライクライフライム」はそうじゃない何か別の表現をしようと思った結果、共感よりも主張というか「私こうです!」が主になっているんだと思います。反論受け付けません、みたいな状態(笑)。
――曲調も歌詞のテーマも違いますが表題とカップリングともに強靭というか、どちらももう決まった位置から意見が動かない感じに思えました。
夏川 うんうん、それはそうですね。頑固だ。今まで書いてきたものにある主張の揺らぎは、聴いてくれる人への寄り添いという意味でのちょっぴり優しさというか。お砂糖を置いとくみたいな、鞭がメインだけど一応飴もありますみたいな。今回の2曲は「わかんないならわかんないでいいです」っていう開き直りがあるのかも。2曲とも「なんだこれ」とか「共感なんかできない!」となる人もいそうだなと思いますね、正直。今までも隙間産業でしたけど、さらにそこから夏川に則したスキマの中のスキマになっていて。より自分の考え方が浮き彫りになっている楽曲なのかもしれません。
――「みんなはどう?」が含まれていないですもんね。
夏川 『「 later 」』を書いた後だったからかもしれないんですけど、どっちも自分の中で考えた結果気づいちゃった瞬間の曲なんですよね。これはもう関係性が終わっているんだという気づきもそうだし、そのカップリングになるという意識が同じ志の曲を生んだのかも。
――「気づいてしまってもう動かしようがない」のネガとポジの2点なのかもしれないですね。
夏川 狙ったわけではないですが、やっぱり「ライクライフライム」も時の流れみたいなものはあまり感じないですし。自分の頭の中で考えていた思考の一部をそのまま文字にしました的な曲になっていますね。
――受け取り方は人それぞれだとは思いますが、寄り添いや提案ではなく「主張」が軸にあるこの曲は、聴き手にどう伝わってほしいなどはありますか?
夏川 今その質問をしてもらって初めて気づいたんですけど、こういうふうに思ってほしいなとかはあまり考えてなかったですね。最近でいうと「シャドウボクサー」「労働奉音」、ちょっと前だと「烏合讃歌」なんかは明確に届けたい対象がいる楽曲だったりするんですよ。そういう時は「こういう言葉を使ったほうが届くかな」とか、絶対に頭の中にお客さんがいる状態で作詞をしているんです。反応も想像した上で、ここに気づいてほしいなとか。でもこの2曲はそれがなかったです。常に自分を見つめながら、自分だったらどう思うかな、自分ってこうだよなって考えながら書いた歌詞なので。だからどう届いてほしいかという問いに対しては、「どう届いてもいいです」という感じかも。
――「ただ事実を置きました」という。
夏川 そうですね、だから怖いのかもしれない。これってどうやって受け取ってもらえるんだろうというのが。今までは結構それを考えながら作っているがゆえに、ちょっと予想ができていたというか。こういう歌詞を書いたらきっとヒヨコ群はこういうことを気づいてくれて、こういうところに心が動いてくれたらいいなっていう希望もあったし。今回はそこを気にせず、あまり思い浮かべることもせずに書いてしまったから、「やばい!これ、どんな反応されるんだろう」って(笑)。でもだからこそ発売してどんなふうに受け取ってもらえるのか楽しみです。結局は音楽なので、私は歌詞の意味を考えていますし聴いてくれる人たちも考えてくれたら嬉しいけど、ショートケーキの土台はそこじゃないので。私は歌う側だからその歌にどんなメッセージを込めるか、込められているかは理解しておきたいけど、お客さんは別にいいんですよ。そんなことまで考えなくて良くて。「ベースかっこいいな」「音のハマり方いいな」「この歌い方いいな」とかって、そういうふうに聴いてもらえたらいいので。音を楽しんでもらったうえで、さらにもう少し噛めるところはないかな?って探した結果、歌詞に辿り着くくらいの、そういう立ち位置だと思っています。
――今回のリリース以降はmonaとしてのライブ(LAWSON presents HoneyWorks 10th Anniversary 夏川椎菜 as mona ワンマンライブ#超絶あざといファンサしちゃうぞ♡)や、TrySailの10周年日本武道館ライブなどが控えていますね。
夏川 そうですね、なのでソロ活動としては表立ってというよりかは制作期間に入るんだと思います。今から私も色々と自分が表現したいことってなんだろうというのを改めて考えておかないとなって思いますし、皆さんに楽しみにしていてもらいたいですね。
――言葉尻を捕らえて申し訳ないのですが、「自分が表現したいこと」に枯渇の感覚はまだまったくないですか?
夏川 枯渇の感覚もないんですけど、今目の前にあれやりたいこれやりたいが溢れているわけでもないんです。常に、今回もそうだったんですけど作詞ってまったくの真っ白な状態から始まっていて。それが『「 later 」』でいうと「おたがい」みたいに、本当に些細なワードやきっかけから膨らんでいくことが多いので。現状やりたいことがバーっと広がっているというよりは「ありそう、だな」みたいな。あるかわからない宝探し、無理やり掘ったらダイヤモンドかもしれない。明確にやりたいことがあるときにしか活動しないよりも、ずっと地道に掘り続けてみるほうが大事で。だからこれから始まる制作期間もその1つになったらいいなと思っています。
●リリース情報
『「 later 」』
発売中
【初回生産限定盤(CD+Blu-ray)】
品番:SMCL-920~921
価格:¥2,500(税込)
【通常盤(CD)】
品番:SMCL-922
価格:¥1,500(税込)
<CD>
01. 「 later 」
02. ライクライフライム
03. 「 later 」 -instrumental-
04. ライクライフライム -instrumental-
<Blu-ray>
・『「 later 」』Music Video
・TV SPOT 15sec+30sec
●ライブ情報
「LAWSON presents TrySail 10周年出航ライブ “FlagShip” in ⽇本武道館」
2025年3月1日(土) 開場 16:00 / 開演 17:00
2025年3月2日(日) 開場 15:00 / 開演 16:00
チケット料金
全席指定
グッズ付チケット:¥12,000(税込)
※グッズ内容:TrySail 10周年出航ライブ “FlagShip” in ⽇本武道館 オリジナルグッズ(日替わり)
チケットのみ:¥9,900(税込)
●イベント情報
リスアニ!LIVE 2025
会場:日本武道館
2025年1月24日(金)開場17:00/開演18:00(予定)
2025年1月25日(土)開場15:00/開演16:00(予定)
2025年1月26日(日)開場15:00/開演16:00(予定)
※TrySailは1月26日(日)のSUNDAY STAGEに出演!
詳しくは公式サイトをチェック
https://www.lisani.jp/live/
夏川椎菜 オフィシャルサイト
https://www.natsukawashiina.jp/
夏川椎菜 公式X
https://twitter.com/Natsukawa_Staff
夏川椎菜 公式YouTube
https://www.youtube.com/@Shiina-Natsukawa
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