声優/シンガーソングライターの楠木ともりから届けられた通算5作目のEP『吐露』は、そのタイトルが示す通り彼女自身のむき出しの感情が詰まった作品だ。あまりにも赤裸々で痛みや感傷も伴ったその言葉の数々に、声優としての彼女の活躍ぶりをイメージして聴くと、驚いてしまう人もいるかもしれない。だが、亀田誠治やハルカトミユキらがアレンジで参加した本作収録の4曲としっかり向き合えば、アーティスト・楠木ともりの表現の核となる部分、それでも彼女が音楽を作り続ける理由がわかるはずだ。本作で吐露した想いについて、真っ直ぐな言葉で語ってもらった。
INTERVIEW & TEXT BY 北野 創
――今回のEP『吐露』は、タイトル通り自分の心の内に抱えていた思いを吐き出すような、かなり生々しい作品ですね。
楠木ともり 前作のシングル「シンゲツ」は憧れのTETSUYAさんにサウンドプロデュースしていただいて、セットを組んできれいに作り込んだアートワークも含めて、1つの到達点を感じる作品になったのですが、今回は5枚目のEPということでまた違ったことをやりたい気持ちがありました。
――というのは?
楠木 多分、私のイメージ的にもっと明るくてキラキラした楽曲を期待していた方が多かったと思うのですが、いざ初ライブのふたを開けてみたらカバー曲ばかりでサイリウムはNG、ドレスで着飾ったりもしない。もちろん「意外性があって良かった」という反応もあったのですが、概ねは「ふーん」みたいなリアクションで。なので「このやり方はあまり良くないのかな?」と頭の片隅で考えていた自分がいたんです。その後、もう少し聴いてくれる人に寄り添う音楽にシフトチェンジしていったのですが、私がどういう音楽やライブをやりたいかを理解して、受け止めてくれる方が増えた今であれば、もっと自分の気持ちをぶつけるような楽曲にもう一度チャレンジしてもいいのかもしれない。そう思ったのが、今回のEPの方向性を決めるきっかけでした。
――でも、一度は心の隅に追いやったやり方にもう一度トライすることに恐れはなかったのですか?
楠木 もちろんありました。というか、現時点(※インタビューは10月中旬実施)では「風前の灯火」しか世に出ていないので、どういうリアクションをもらえるのかまだ怖いです。「風前の灯火」は歌詞にポジティブさもありますし、アップテンポでロックな曲調なので、EP収録曲の中ではいちばん聴きやすいと思うんです。だから本当の勝負はこの後の3曲で(笑)。その反応によっては、もしかしたら今後はこのやり方を止めるかもしれないし。怖いけど楽しみでもあります。
――怖さも抱きつつ、それでもチャレンジしたいという思いの根源には何があるのでしょうか。
楠木 結局、私のやりたい音楽がそれなんだと思います。私は昔から「全員に刺さらなくてもいい」と思っているところがあって。それは自分のことを助けてくれた、自分に寄り添ってくれた音楽が、誰もが書けるわけではない唯一無二のもの、「なんでこの人はこんなに自分の気持ちをわかってくれるんだろう」と思えるくらいピンポイントなメッセージ性を持った楽曲だったからで。だから私も、今世界で私と同じような気持ちの人がひとりでもいれば、その人に聴いて欲しいと思える楽曲を作りたい。そういう気持ちが根底にあります。
――だからこそ今回のEPは、より自分自身の気持ちにフォーカスした作品になったわけですね。
楠木 多分、自分が作った楽曲に自分がいちばん共感したいんです。だから自分が思ってもいないことは歌いたくないし、歌詞はなるべく自分で書きたくて。これはスペシャルムービー(※初回限定盤のBlu-rayに収録)でも話しているのですが、今までの楽曲のメッセージには若干の取り繕いがあったと思うんです。例えば、落ち込んでいる人に向けるのであれば、普通であれば「一緒に元気になろうね!」という楽曲のほうがいいと思うけど、自分の気持ちに素直になるのであれば「一度落ち込みきってしまえばいい」と思う部分があって。それはどちらもウソではないのですが、今回は本音のほうを楽曲にしたいと思いました。
――楠木さんはライブのMCでも、そのときの自分の感情をとても真っ直ぐに言葉にする印象があります。ともすればライブレポでどこまで書いていいのか悩むほど赤裸々なときもあって。
楠木 ライブでも、最初の頃はインディーズの経験があったので、ちょっとありきたりな言葉を言っていたのですが、ライブ後のみんなのリアクションを見ていると、意外と私がポロっと言った本音の部分に反応してくれている人がいて。毎回そういう人が増えている実感があったので、だんだんMCでも素直にしゃべれるようになって、弱いところも見せられるようになりました。ライブはある意味、私のことを好きな人だけが来てくれる場所なので、楽曲ではまだ言えないことも言えますし、その流れもあって、今回、楽曲でも素直になれたんだと思います。
――ちなみに今作は全体のコンセプトやアートワークも含めてセルフプロデュースで作られたらしいですね。
楠木 はい。今までの作品はスタッフさんと話し合いながらどんな方向性の楽曲を作るか決めていたのですが、今回は最初に私がこのEPを通して表現したいこと、どんな4曲にしたいかを文章にまとめて、スタッフさんにプレゼンしました。正直、ちょっと重たい内容なのでそのまま通るとは思っていなかったんですけど、「いいですね!」と言われて自分でも驚きました(笑)。スタッフさんから信頼されていることを感じられてすごく嬉しかったです。
――ここからは各収録曲について詳しく聞いていきます。リード曲の「風前の灯火」は激情的なアップナンバーで、個人的には「遣らずの雨」などに通じる雰囲気を感じました。
楠木 まさしく「遣らずの雨」と関係性のある楽曲にしようと思って作りました。まず自分の名前にちなんだ楽曲を作りたいと思って、友達からのアイデアで「風前の灯火」というタイトルにすることを先に決めたのですが、そこからイメージを膨らませていったときに、「風前の灯火」は今にも消えそうな火のことを指す言葉なので、逼迫しているなかでのギリギリ感を表現したいと思ったんです。「遣らずの雨」は頑張りすぎて消えてしまいそうな人と、それを引き留めようとしている人を描いた、引き留める側が主人公の曲だったのですが、「風前の灯火」は引き留められる側の視点、自分の意志で「いや、私はもう少し頑張りたい」という道を選んで、今にも消えてしまいそうだった火が再び燃え上がる、IFのストーリーのアンサーソングになっています。
――なるほど。対照的な内容になっているんですね。
楠木 「風前の灯火」に“夢路の途中でまた会いましょう”という歌詞があるのですが、それは「遣らずの雨」の“夢路の途中で待ち合わせ”に合わせました。「遣らずの雨」は頑張りたいけど頑張れない葛藤に対して「じゃあ辞めちゃえよ」と言っているような強い考えの楽曲、灯火を消してしまう“水”のような楽曲で、“夢路の途中で待ち合わせ”という歌詞にも「すべてを辞めて楽になった先で会おうよ」というニュアンスを少し込めていて。それに対して「風前の灯火」の“夢路の途中でまた会いましょう”は「再び火を灯して頑張った先でまた会いましょう」というニュアンスで、意味合いは同じでも捉え方が少し違うものになっています。実はMVでも「遣らずの雨」のMVと同じフードを着ているシーンがあって。そういった繋がり、葛藤や消えてしまいそうな儚さもありつつ、でも最後には燃え上がろうとする情熱や意志を入れたくて作った曲です。
――「遣らずの雨」とは対になる、ある種、希望の見えるアンサーにしたのは、楠木さんの中で心境の変化があったのですか?
楠木 もちろんありました。「遣らずの雨」を作ったときは自分もすごく落ちていた時期で、何をするにも終わりがないと頑張れないし、「あとどれくらい頑張ればいいんだろう……?」という気持ちが強かったのですが、今はその果てしないものへ進んで行きたい、それに対してぶつかっていきたい熱意が出てきていて。もちろん苦しいこともあるのですが、未知のことに対して前向きな気持ちになっていると思います。
――その意志の強さは歌声にも表れているように感じました。
楠木 今回のEPは4曲ともきれいに歌う気がまったくなくて、ライブっぽくニュアンス重視でいきたいと思っていたんです。なのでこの楽曲も今までよりも解放的というか、少しがなっているようなアプローチや音程を辿っているようで辿っていない感じで歌いました。やっぱり限界ギリギリのときは、きれいに歌う余裕はないと思うんです。今にもひっくり返ってしまうんじゃないかと感じるくらいの逼迫感を出せたらいいなと思っていました。
――そういったロウなニュアンスもありつつ、逞しさも増していて。
楠木 ありがとうございます。サビの冒頭(“消えないで灯火”)はファルセットで歌っていて、ラスサビの“燃え上がれ灯火”のところだけは地声で歌うプランを自分で考えていたのですが、その箇所を録ったときに、レコ―ディングとサウンドディレクターを担当していただいているタノウエ(マモル)さんに「もうひとギア上げましょう」と言われて。正直、私の中では100パーセントで歌っていたのですが、「ほう、そう聴こえるのであれば本気でいくよ……?」と思って(笑)、120パーセント出したテイクを使っていただいています。
――編曲は「ハミダシモノ」や「back to back」など数々の作品でご一緒してきた重永亮介さんですが、どんなイメージをお伝えしたのですか?
楠木 この曲はアップテンポでキメが多い曲にしたくて。変拍子の部分もあるので、リズムのメリハリが効いていて、聴いていて掻き立てられる感じ。それと情熱的だけど、まだ消えてしまいそうな少しの儚さもあれば、ギリギリ感に繋がると思ったので、そういうテイストを入れていただきました。
――「DOLL」は匂い立つようなメロディーと全体に漂うシックな雰囲気がマッチしたナンバー。歌詞は風刺じゃないですが、かなり皮肉めいた楽曲になっていますね。
楠木 はい、まさしく皮肉の塊です(笑)。私は一人の時間のときに世の中のことを考えることが多くて、自分を含めて今がどういう時代なのかを考えたりするのですが、今はSNSが発達していて、良くも悪くも、直接会ったことのない人にも干渉できる世の中だと思うんです。そんななかで人間は、他人のことを自分の思い通りにできると思ってしまう生き物だと感じることがよくあって。自分も活動をしていて「なんでこうしないの?」みたいなネガティブな意見をもらうことがあるのですが、この曲は、そのネガティブな意見を言ってくる側の視点を表現してみようと思って作りました。かっこいい曲だけど歌詞をよく聴くとハッとなる曲になったと思います。
――それを「DOLL」、いわゆる“人形”になぞらえて表現しているのもパンチが効いています。“飽きたら捨てるけど”っていう。
楠木 人形は思い通りにできる対象でもありますし、基本的には煌びやかなものだし、飽きたら捨ててしまうものでもあるので。そういう色んな意味を込めて「DOLL」にしました。でも“飽きたら捨てるけど”というのは、色んなことに当てはまると思っていて。世の中で何かが問題になって炎上した場合も、そのときはみんなで攻め立てるけど、時間が経てば騒がれなくなるじゃないですか。その意味では何でも飽きたら終わり、いいことも悪いことも結局興味で変わっていくと思うんです。それが良いか悪いかではなく、興味があるかないかっていう。
――この楽曲は亀田誠治さんがアレンジを担当しています。楠木さんがご一緒するのは初めてですよね?
楠木 はい。実は1st EPの頃から、いつかご一緒したい方として亀田さんのお名前を挙げていたのですが、恐れ多くてお声がけできないままでいて。そんな中、この「DOLL」をスタッフさんにプレゼンしたときに、リファレンスの一部として東京事変さんの楽曲を挙げて、ジャジーでワルツっぽい雰囲気の曲にしたいという話をしていたら、スタッフさんが「じゃあ亀田さんにお願いしてみませんか?」と言ってくださって。それでお願いしてみたらお引き受けいただいて、念願が叶いました。
――どんな風にアレンジのイメージをお伝えしたのですか?
楠木 実は今回、亀田さんのスタジオにお邪魔して、直接お話を聞いていただいたのですが、私としては亀田さんの強烈な世界観に触れたい気持ちが強かったので、基本的にはお任せで「亀田さんの思うものが欲しいです」とお伝えしました。そうしたら想像以上に素敵なものが届いたので、インストの時点で素敵すぎて「私の歌が邪魔してはいかん!」とプレッシャーを感じました(笑)。
――この曲はウィスパー系のアプローチで歌っていますね。
楠木 元々は他の楽曲と同じく張って歌う予定だったのですが、亀田さんにお送りしたデモが私の自宅で録ったので、大きな声を出せなくて小さめの声で歌っていたんです。それを聴いた亀田さんから「このテイストがすごく良いので本番のボーカルもこの感じでいきませんか?」とご提案いただいて。最初はアレンジがロックなのでウィスパーだと負けてしまわないかな?と思ったのですが、プリプロで色んな歌い方を試した結果、亀田さんのおっしゃる通りだと思いました。ミックスに関しても、ボーカルが前面に出ていてリバーブがかなり強めの仕上がりになっていたので、「インストがかっこいいから、こんなにボーカルが主張しなくても……」と思って抑えたバージョンも聴かせていただいたら、やっぱり亀田さんが最初に提案してくださったバージョンのほうが合っていて。亀田さんの先を見据える力、プロデュース力を感じて、やっぱり素敵な方だと思いました。
――実際、この少しかすれ気味のウィスパーボイスが、楽曲のどこか退廃的な世界観に合っているように感じました。
楠木 そうですよね。歌っていることは感情的ですけど、歌い方には感情が見えないから、聴きづらくならないというか。心地良いけど歌詞を見ると「あれ?」となるバランス感を保っていただいたように感じます。それこそSNSは文字が中心で相手の表情が見えないものなので、そういったニュアンスも含めて楽曲に合っているなと思いました。ただ歌うのがすごく難しくて、ライブでどうなるかが怖いですね。
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