2024年9月22日に京都劇場で開催された劇伴フェス「京伴祭」でも自身の真骨頂とばかりに『FAIRY TAIL』のテーマソングを轟かせ、会場を熱狂させた高梨康治。2009年から始まったアニメ『FAIRY TAIL』シリーズが2019年に最終回を迎えてから5年。ナツたちの、新たな物語を紡ぐ新シリーズ『FAIRY TAIL 100年クエスト』が放送開始。そんなアニメの13話で、シーンを彩った挿入歌『Beyond The Quest』は世界有数のプレイヤーたちが集結した一曲だ。『FAIRY TAIL』への想い、そして挿入歌に賭けた情熱について高梨本人に聞く。
INTERVIEW & TEXT BY えびさわなち
――2019年9月に第328話をもって本シリーズを終えたアニメ『FAIRY TAIL』。今、振り返ると『FAIRY TAIL』と共に駆け抜けた10年はどんな時間でしたか?
高梨康治 僕のライフワークとなりましたね。2017年にはJASRAC国際賞をこのアニメ『FAIRY TAIL』で頂きましたし、海外の方にもものすごく受け入れていただいたことは僕のなかでとても大きいです。自分のやりたい音楽と『FAIRY TAIL』の世界観のマッチングがよかったんです。それに関係各位、スタッフのみなさんにもとても恵まれたので、思いっきり好きなことをやらせていただいたので、幸せいっぱいの10年でした。
――やりたいことをやらせてもらった、ということですが、オーダーとして細かいものはなかったのでしょうか?
高梨 もちろん細かいオーダーもたくさんありましたが、いただけるオーダーも音響監督のはたしょう二さん、それから石平信司監督からのものについては「そうそう、それって俺がやりたかったやつ!」ということが多くて、相性もすごくよかったんです。だから本当に「楽しい」だけで駆け抜けた10年でした。
――第1期から『FAIRY TAIL』の劇伴制作で音色や世界観などで常に意識したのはどんなことですか?
高梨 ケルトを意識していました。だからケルティックな民族楽器を中心にかなり据えていきましたね。あとは泥臭いところもありました。『FAIRY TAIL』は僕のなかではなんとなく泥くさい魅力があるように感じていましたし、それを音楽的にも反映させています。今でこそみんながやるようにもなったけど、当時はケルティックメタルっぽいことを劇伴でやっている人はいなかったので、それも新しかったかな、とは思っています。
――ケルティックメタルというと、わりとダーク寄りなイメージもありますが、この作品の音楽に落としこんでいくために改めてケルティックメタルに触れられたのですか?
高梨 自分の好きなことでしたし、「こういう世界観の音にしたいな」と学んできたことや見てきたことの集大成としてやれたと思うのですが、それらは『FAIRY TAIL』と出会う以前にインプットしたものを、ここでアウトプットした感じではありました。
――長く続くシリーズだからこそ守ったことなどはありましたか?
高梨 10年続くと、当然曲数も多くなっていきますが、シリーズが「○○篇」と変化していくことでキャラクターや世界観が少しずつ変化してくるんですよね。それによっていろんなことをインプットしていました。でもボトムにあるものをズラさないようにしていたことが『FAIRY TAIL』の音楽にとっては大事なことだったなと思います。でも「○○篇」となったとしてもすべての世界観を変えるのではなく、ボトムは維持したうえで付加していったということが多かったです。
――そのボトムとなるケルティックメタル。どういったところに魅力を感じていらっしゃいましたか?
高梨 みなさんもよくご存じな『NARUTO-ナルト-』の音楽も然りですが、民族音楽は人間の琴線に触れると思っているんです。だからいわゆる、人間が無意識にグッと心を動かすところはそうした人間の営みが生み出す音楽というか。長い歴史のなかで刷り込まれたものってあると思うんですね。民族音楽の根本って、和旋律にしてもそうですが、たとえばケルティックの旋律は中国の旋律にも似ているところがあって、演奏をするとどこか中国の民族音楽を感じさせるものになるんです。民族音楽の根本的なルーツは、12音階が出来る以前の土着的な感覚だと思うんです。専門の研究をされている方からしたら「なにを言っているんだ」ということかもしれないですが、そうした音楽的な魅力はいつも感じています。
――最初のアニメシリーズの楽曲制作時期の思い出をお聞かせください。
高梨 スタートかな?
――ほお。
高梨 まだ打合せをする前に原作を読んで頭のなかに世界観が出来ちゃっていたんです。だから最初の打合せのときに、いきなり「すみません!僕はケルティック音楽がやりたいです」って言ったら、石平監督が「いいね、それ。面白いね」って言ってくださったので、デモを作ってお渡ししたんです。それで最初に作ったのがメインテーマでした。あの世界観をケルティックっぽくしたい、というのは恐れながら俺から提案したものだったんです。結果としていい作用となったなと思っています。それも受け入れてくださったみなさんの許容量の広さ故ですね。少しでも「違うよ」って言われていたら、今のサウンドはなかったので、みなさんに感謝しています。
――アニメ最終話で放送が終わって5年近い時を経て再び物語が紡がれることに。『FAIRY TAIL 100年クエスト』の制作を聞いたときにはどのような感想がありましたか?
高梨 「待ってました!」という気持ちです。本当に待っていましたから。『FAIRY TAIL』はずっとやりたかったんです。だから放送が終わったあとも『FAIRY TAIL』っぽい曲は自分のなかでできてしまうんです。なんだったら次に『FAIRY TAIL』が始まったときのためにこの曲を取っておきたいなって思うことも、この5年間にはありました。個人的にはかなり『FAIRY TAIL』愛が強いので、「待ってたー!」という感じでめちゃくちゃ嬉しかったです。
――劇伴のライブや林ゆうきさん主催の「京伴祭」のMCからもいつも愛が溢れていますよね。
高梨 熱くなります。エルザ推しですしね(笑)。
――100年クエストへと挑戦するナツたちですが、今回の楽曲のオーダーとしてこれまでと変わらなかった部分、そしてこれまでとは違ったところをお聞かせください。
高梨 もちろん新しい部分も取り入れてね、というご意見はありました。それを自分なりにやってもいますが、むしろ“ルーツ回帰”に重点を置きました。始めたころの感じと言いますか…。なので『FAIRY TAIL』が帰ってきたぞってことが大きかったです。僕がいつもどういう曲の作り方をするかというと、まずファンの人、お客さんが一番嬉しいと思うのはどんな音楽だろうって思うんです。それを考えたときに「帰ってきた!」とみなさんが思ってくれるものにしたかった。「変わっちゃった」と感じるよりも「帰ってきた!」と喜んでくれるテイストにすることを重要視しているので、今回はその「帰ってきた」感を盛り込んだつもりです。
――ご自身のなかでの、ある種の『FAIRY TAIL』へのオマージュ的要素も入れている?
高梨 もちろんそうです。
――最初に曲を作られていたのは2007年とか2008年。その当時の楽曲制作するご自身はどんな様子だったと思いますか?
高梨 当時よりも自分もそれなりに進化しているんですね。曲を作っていた10年の中でも。今の技術もさらに発展していますし、音源も進化しているので、そういうテクノロジーの部分も含めて「進化した」という状態がありながら、2024年の今の自分の音楽性を盛り込みながら作っていった部分は多分にあります。
――最初に関わられてから実に15年分の音楽制作の進化がそこにはあるんですね。
高梨 すごいですよね。それでも15年を経ようと、技術が進化しようと、シンプルであるものは不変的だとも思うんです。実はそんなに手の込んだこともしていないですし、ようするにシンプルで印象的なアイコン的なものを常に意識しています。だからこそ『FAIRY TAIL』の音楽、そのボトムにあるものは不変なんじゃないかな。
――シンプルという答えにたどり着くまでは紆余曲折あったのでしょうか。
高梨 むしろ世間のみなさまから「作曲家」と呼ばれるようになる前に、バンドとかいっぱいやったり、作曲家と言われるようになった初期の頃には「なにか難しいことをしないと無能と思われるのではないか」という恐怖感もあったんです。とにかく技術や知識を総動員しないと無能と思われるのではという恐怖感を持つお年頃というのが、どの音楽家にもあるんです。ただそこを通り過ぎると、如何にシンプルに見せるか、聴かせるかというところに帰着すると思うんです。しかもシンプルにするほど難しい。それこそ「音数を減らす勇気」というものが生まれる。たくさん音が入っていないと不安という音楽家さんもいると思います。でも『FAIRY TAIL』は極限まで音を減らしていますから、シンプルに聴きやすく、シンボリックにというのが、僕が『FAIRY TAIL』の音楽で目指しているところです。
――新たなシリーズだからこそこだわったところを教えてください。
高梨 「帰ってきた感」やボトムをブラさないというのはありましたが、新しい要素として「歌もの」を入れたいなって思ったんです。これも大変恐縮ながら、自分から提案をさせていただきました。それもみなさんが快く「いいね」とか「やってみようか」と言ってくださったからこそ実現できたことでした。これも嬉しいなぁ、と思っています。
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