棗 いつき、初のライブツアーで打ち明けた胸中とファンへの感謝の言葉――“棗 いつき 1st LIVE TOUR「TRAVEL2U」”ファイナル公演レポート

涙ながらに素直な気持ちと願いをぶつけたアンコール

アンコールはシャッフルリズムの華やかなポップチューン「My Entertainer」で幕開け。ライブ本編では熱くかっこいい一面を中心に見せてきた棗だが、この楽曲ではアイドル風のかわいらしい振り付けも交えながら、甘味たっぷりのキャンディーボイスでファンを魅了していく。終盤ではミラーボールも回転して、まさにエンターテイナーぶりを発揮したステージだった。

その後の記念撮影コーナーでは、観客に呼び掛けて、リズムに合わせてペンライトが七色に切り替わっていく景色を360度カメラで撮影することにチャレンジ。ファンとの交流を楽しむ。彼女は今回のツアーが心から楽しかったようで、「あー、終わっちゃう、やだ～！」「こんなに終わるのが寂しいと思ったライブは初めてです」と、素直な気持ちを告白。そしてライブを重ねることで変化してきた自分の思いについて、ときに涙声になりながらも、しっかりと語り始める。

他人とコミュニケーションを取ることに苦手意識を持ちながら生きてきたという彼女。そんななか、2ndワンマンライブでは、自身が表現したい世界観を演出するために、ライブ本編はあえてMCなしの構成にしたのだが、そのとき、たくさんのファンを目の前にしながらMCでコミュニケーションを取らなかったことに、初めて物足りない感覚を味わったのだという。苦手なりにもっとちゃんとみんなと向き合いたい。そんな気持ちに気付かせてくれたのは、自分に一歩踏み出す勇気をくれたのはファンのみんなのおかげだと、彼女は心からの感謝の言葉を口にする。

そしてツアーを共にしてきたバンドメンバーに向けて、恐る恐るながらも勇気を出して「また私と一緒にライブしてくれますか？」と質問する棗。メンバーはさも当たり前のように「あたぼうよ！」と返答し、棗は感極まった表情を見せる。さらに彼女はファンに向けて、どんなに好きな気持ちも素敵な思い出もいつかは色褪せてしまうが、自分のライブもそういうものでいいと前置きしつつ、それでも今まで言えなかった本当の気持ちをここで吐露する。それは「忘れないでほしい」という願い。彼女の「みんな、ずっとずっと、私のことを覚えていてくれますか？」という問いかけに、ファンは大きな声で「あたぼうよ！」と約束し、会場は温かな拍手に包まれる。

ホッとした表情を浮かべる棗は、こうしたコミュニケーションが正解かはわからないと語りながらも、「わからないままでいいから、みんなで一緒に進んでいこう」という気持ちを込めて、この日、最後のナンバーを歌い始める。その楽曲のタイトルは「天気雨の旅」。本ツアーのテーマ曲として制作された、堀江晶太が作詞・作曲・編曲を手掛けたナンバーだ。エモーショナルに広がっていくメロディに乗せて届けられるのは、出会いの喜びといつか訪れるかもしれない別れに対する恐れ、その二律背反の感情がないまぜになったような想い。まさに晴れと雨が一緒にやってくる天気雨のようだ。だが、棗の歌は、その複雑な感情のすべてを受け止める逞しさに溢れている。“君に、伝えなくちゃ”と決意し、“また会おうね。”と約束の言葉を交わし、ラストは渾身の歌声で“物語よ往け、往け！”と歌い上げ、初めてのツアーを完走した。

最後に、「幸せな旅をありがとうございました」「このツアーはここで終わりますが、私たちの旅は、まだまだこれからも続いていきます。一緒にこれからも旅をしていきましょう！」と挨拶し、名残惜しそうにステージを後にした棗。本ツアーを経て、ファンやバンドメンバーと共に各地を巡りながら、その場限りのライブを作り上げる楽しさを知ったことにより、今後、彼女の描く“物語”には大きな変化がもたらされることだろう。それがどんなものになるのか。棗いつきとの次のトラベルを楽しみにしたい。

■“棗いつき 1st LIVE TOUR「TRAVEL2U」”
2024.09.07＠Club eX
＜セットリスト＞
M1.八月の風が吹く頃
M2.Limitless
M3.トレードオフ
M4.PRIMARY STAR Band ver.
M5.UNNAMED
M6.青のすみか
M7.青と夏
M8.Mela!
M9.ストラゴヴィゴス
M10.ハッピーエンフォーサー
M11.Son macabre
M12.夏の残り香
M13.Mirror
M14.プロパガンダ
M15.ANAMNESIS Band ver.
M16.SEEK for MYSELF
EN1.My Entertainer
EN2.天気雨の旅