2023年に1万人以上の観客を動員した5周年ライブを大成功に収め、アニバーサリーイヤーを駆け抜けた斉藤壮馬。5周年の先へと踏み出した彼が3年9か月ぶりに放つ3rdフルアルバム『Fictions』はシューゲイザーやUK、USロックといった彼のベースに流れる音楽の源流を感じさせながらも個性豊かにポップセンスを散りばめた音で紡いだ全11曲を収録。多忙な中で作詞作曲を続ける斉藤壮馬がその指から響かせる虚構と現実の揺らぎの渦中にある楽曲群に没入すべく、話を聞く。
INTERVIEW & TEXT BY えびさわなち
――3年9か月ぶりとなるフルアルバム『Fictions』が完成しました。制作はどのように進んだのでしょうか。
斉藤壮馬 昨年5月に5th Anniversary Liveを行いまして、そのライブの映像が9月にパッケージとして発売されたんです。2023年の音楽活動の大きい稼働はこれだけにしようと考えていたのですが、「来年アルバムを作りたい」という気持ちはかなり早い段階からあって。これまでもスケジュールとの兼ね合いなど時間的な制約が大きい中で作っていたのですが、今回は時期を明確にせず「アルバムを作る」という目的を明確にして、曲が出来たら先にレコーディングをしてしまおうという形で制作をしていました。今回の収録曲でいうと「ハンマーガール」や「Sway」はこのアルバムのなかでもかなり早い段階でレコーディングが終わったのですが、この2曲のレコーディングが終わったころに『Fictions』というコンセプトにしようと自分の中では見えたので、3曲目以降はそれに沿って曲をそろえていこうと思いました。今回は新しい曲もあれば、既にあった1コーラスで歌詞のないデモから『Fictions』というタイトルに合うものも選んでいます。
――だとすると「ハンマーガール」と「Sway」という核となる楽曲が生まれたことが大きかったということですか?
斉藤 どちらかというとこの2曲を収録するアルバムを作る、という想定でした。元々「次のアルバムを作るならこういうテーマにしたい」というものは自分のなかにいくつかありましたし、その1つが“フィクション”だったんです。今までもフィクションについてデビューシングルから色んな形で歌ってきたんですけど、ここで『Fictions』というタイトルで表現をしたいと思い至りました。この時期って音楽活動以外にもフィクションというものについて考えることが多かったんです。それこそお芝居もある意味虚構の世界のものですし、文章を読んだり書いたりするお仕事も多いので、そういった色んな側面を持った“フィクション”というものを考えていた時期だったんです。それなら今、自分が思う『Fictions』をテーマに歌おうと思ったのが、最初の2曲が出来たくらいのタイミングでした。
――では1曲ずつお話を伺います。まずはアルバム先行曲として既に配信されている「ハンマーガール」について。
斉藤 自分の作るデモのタイトルは、例えば「USインディ」といった安直なものが多いんです。ちなみにこの「ハンマーガール」のデモには「ナンバーガール」とつけていました。ギターを独学でやっていくなかでナンバーガールに出会って、向井秀徳さんの独特なコードの押さえ方(オレ押さえ)をたまたま僕も自分が好む押さえ方としてやっていたんですね。それでオレ押さえで1曲作れないかという気持ちでギターを弾いていたら、1コーラスがスパッと出来上がったんです。「これは面白いかもしれないな」とアレンジャーのSakuさんにお送りしたら、「今、時間があるからアレンジをしてもいいか」と言ってあがってきたアレンジに今のイントロが入っていて。それを聞いて、「なるほど、マスロックっぽい空気になるな」と思いました。最初は変拍子でもなかったのですが、もっとマスロックに寄せましょうということで僕のデモのオーソドックスなギターロックからは離れていきました。それからもう1つ。斉藤壮馬の曲は長い曲が多いので、短い曲を作ろうと思ったんですよね。3分くらいで終わる、“3ミニッツポップス”をやろうと思って書いた曲でもあったんです。その短い中に展開がギュッと詰め込まれていて、非常にライブ映えするキャッチーな楽曲になったんじゃないかなという想いがあります。
――続いてMVも制作された「Sway」です。
斉藤 前回のEPのときには出来ていたものの、収録を見送った1曲ですが、今回の『Fictions』というテーマにはすごく合っているロマンティックな楽曲かなと思っていて。歌詞もそこまで抽象的な表現を使っていなくて、眠れない夜に自転車に乗って、その高揚感のまま外の世界へ漕ぎ出していくようなイメージです。MVはバンドで作っていますが、ずっと「バンドで合宿をしたい」と言っていた念願がかなって今年行くことができたので、その合宿の様子も盛り込みました。今までスタジオライブテイストのMVもやってこなかったので、今回はバンドで楽曲の演奏を楽しんでいるMVにしたいという発注をして出来上がったものでした。今回は全曲個性的だったので、曲順を決めるのがとても難しかったのですが、1曲目に「ハンマーガール」が収まってくれたおかげで、楽曲の流れとしてすごく綺麗だなと思い「Sway」を2曲目に置きました。安心して2番を任せられる楽曲だなと思っています。
――そして、こちらもMVを作られている「ヒラエス」へと続きます。こちらの曲はいかがでしたか?
斉藤 MV、すごく素敵ですよね。ノスタルジックな雰囲気があって。この曲はまさにそういう曲で、まなざしが今や未来ではなく“過去”に向いている楽曲です。過去が100%よかったと思っているわけでもないけれど、今が一番いいとも思えないような状態というか。「ヒラエス」っていうのはウェールズ語で「かつてあったが今はもうない場所」みたいな、何かを失ってしまったときに感じる郷愁のような意味なんです。過去って記憶か記録の中にしか存在しないものですが、それがどんどん自分から遠ざかっていってしまう。それは悲しいことだけど、そこに悲しみだけではない色々な感情を抱いているような楽曲で。リズムが特徴的で、8分の12拍子で、シャッフルビートのように3連符の2個目の音を抜かずにタカタタカタっていう弾き方をしているので、バンド全員で「これ、ライブでやるの難しいよね」って言っています(笑)。
――その次は「ノクチルカ」です。
斉藤 せっかくアルバムを作るのだから少し違う試みもしてみたくて、自分以外の方に曲を書いていただこうとずっと一緒に楽曲制作をしてきたSakuさんにお願いしたら、「ぜひやらせてください」と言ってくださいました。ただ、「俺は壮馬くんみたいな歌詞は書けないから、歌詞は書いてね」と言われて。それも面白いかと思いまして、ご一緒させていただきました。「自分の一番好きな音像で作りました」とのことだったのですが、Sakuさんはメロウな展開でストリングスも入っている楽曲が持ち味の方なので、最初に聴いた段階からとても美しい曲だなって思いました。できることならこの曲でなにかしらかのタイアップが欲しいなって思っています。このインタビューをご覧になった方、ぜひご連絡お待ちしています!それくらい主題歌という立ち位置にふさわしい、美しい楽曲です。
――歌詞についてはいかがですか?
斉藤 最初は、自分の中で勝手にイメージしていた作品があったのですが、その世界観に寄りすぎてしまったので一度すべてを破棄して新たに取り掛かりました。そのときにちょうど夜光虫のことがふっと頭に浮かんで検索してみると、「ノクチルカ」という言葉に出会って。映像的にもインパクトのある光景でしたから、一気に歌詞が浮かびましたt。タイトルも含めて自分からはなかなか出てこない楽曲かもしれないですね。アルバムを聴いてくださる人で「この曲が一番好き」と言ってくださる方も多くて、なおのことタイアップがほしいなと思っています。この曲が4曲目に入ったことでアルバムにリズムが生まれたとも感じるので、Sakuさんには本当に感謝しています。
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