声優アーティスト・伊藤美来が日常で感じたことを切り取り、私らしく文章にしていくエッセイ連載「伊藤美来のmoi!」。
「初めましての方や応援してくれている方にも、表面的な私だけではなく自分の頭の中を見てもらう気持ちで書いていきたい。“伊藤美来”がどんな人間か知ってほしい」。
そんなオモイを込めて言葉を綴っていきます。
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伊藤家は、よく海に行く家族だった。週末になると、お父さんの運転で家族みんな揃って出かける。お父さんは大学生の頃から、ウインドサーフィンという水上のスポーツが趣味で、家族でお出かけといえば、海・川・湖だった。結婚当初は、お母さんもやっていたらしい。ウインドサーフィンをとても簡単に説明すると、サーフボードの上にセイルと呼ばれる帆がついており、その帆が風を切ってボードが波に乗り進んでいく……みたいなマリンスポーツである。簡単にしすぎてお父さんに怒られそう。私も小学生の頃、体験教室に行ったことがあり、何度か経験したことがあるが、これが思った以上にスピードが出るもんで。上手く風と波に乗れるとぐんっと進んでいく。その瞬間は驚きもあるが、風を感じて気持ちいい。まあ、子供の体験なので、実際に進めているのはほんの数メートルだったけれど。それでも体感的には完全に波に乗っていた。
その体験教室が楽しくて、このままウインドサーフィン教室に通うんだ!と張り切っていたが、海への移動時間や、道具の初期費用など現実的に難しいものがあり、諦めることになった。あの時ウインドサーフィンを習っていたら、全然違う人生だったかもしれないな。声優になっていたとしたら、特技の欄に「ウインドサーフィン」って書けたんだろうな。なーんて想像する日もある。
お父さんが海に出ている間、お母さんと私と弟は何をしていたかというと、海に入って遊ぶこともあれば、浜辺に落ちている貝殻や丸くなったガラスを拾ったり、隣接している公園でバトミントンをしたりしていた。時には勝手に1人で海を散歩することも。時間が無限にあるような気がして、日が暮れるまで何も考えず、焦ることもなく、ただただ遊んだ。その中で、同じように時間を持て余す子にもよく出会った。お父さんがサーフィンから帰ってくるまで一緒に砂で遊んで、お互いに知らない学校のことや家族のことを話して、お母さんに「帰るよー」と遠くから呼ばれたら、「また遊ぼうね」と言って、そこでバイバイ。実際、その子たちとまた会えたことは一度もなかった。儚くもその日限りの友情。今でも思い出すことがある。あの時、一緒に堤防の近くまで行ったあの子は、今何をしているんだろう。この浜辺で一番美しい桜貝を私にくれたあの子は、どんな大人になったんだろう。名前も住んでいる場所も知らない、顔だって、今となってはぼんやりと忘れかけてしまっている。それでも友情は確かにそこにあった。
中学生になった頃から、海に行く機会が一気に減ってしまった。休日はクラスメイトと遊ぶことが増えたし、部活の試合に出場しなければならなかった。たまの休みに「海、一緒に行くか?」とお父さんに言われても「いい」と面倒くさがり、家でダラダラした。「大人になったら、もっと海へのハードルが上がるから行っておきなさい!」と当時の私に言いたい。子供たちが海に行かないとなれば、お母さんは家にいなければならないので、お父さんは1人で海に行くことが多くなった。今も風の吹く日は、決まってソロサーフィンを楽しんでいる。本当に元気だ。暑かろうが寒かろうが、風が吹けばすぐさま海に向かう。すごい体力。いつまでもそのままでいてほしい。
海……行きたいな。大人になってから、またそう思うようになった。当時は「また海か」と思っていた車の中も、そこで流れるラジオや音楽も、潮風で体中がベトベトになるのも、今となっては恋しくてたまらない。ウインドサーフィンもちゃんとやってみたいな。私にはサーファーの血が流れているはずなんだ。実はものすごい才能があったりして!夢だけは膨らんでいく。ワクワクしてきた。そうだ。今度のお休みは、お父さんのサーフィンについていこう。免許も取ったし、私が運転してもいい。久々の海だし道具もないので、いきなりウインドサーフィンはできないけれど、また海の周りを散歩したり、貝殻を拾いたい。時間を忘れて海を眺めたりもして。もしかしたら、当時遊んだあの子たちと偶然再会したりして……それは妄想のしすぎか。
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