アーティスト活動8年目を迎えた声優・水瀬いのり。8月21日に発売された1stハーフアルバム『heart bookmark』は、7曲という収録曲数ながら、フルアルバムにも匹敵するほどの濃い楽曲が並ぶ力作である。収録された新曲には、これまで歩んできた道のりを一旦振り返り、アーティストとして大事にしているものを再確認するような飾らない言葉がズラリと並んでいる。今回のアルバムにはどういった思いが込められているのか?思いの丈を存分に語ってもらった。
INTERVIEW BY 北野 創
TEXT BY河瀬タツヤ
――今回の新作『heart bookmark』はハーフアルバムという形態でのリリースです。ミニアルバムともまた違う、あまり聞き慣れないワードですね。
水瀬いのり 単純にフルアルバムの半分という意味になります。これまで私はフルアルバムとシングルという形態でしかリリースしていなかったので、8年目にして1stハーフアルバムという新たな1枚目を作れるというのは、まだまだ新しい挑戦があるんだなと嬉しくなりました。ハーフアルバムではありますが、「これ本当にハーフアルバム?」と思うぐらい聴き終わった後の満足感がすごくて、じわーっと余韻が抜けなかったです。
――今回のタイトル「heart bookmark」は水瀬さんが付けたとお聞きしました。
水瀬 経緯としては、今回リリースするにあたってどういったテーマで制作していくか色々考えていくなか出てきたのが、“来年10周年を迎える現状に対する感謝の気持ち”でした。直近にリリースした「スクラップアート」や「アイオライト」は世界観を作り込んでいる楽曲なのですが、自分の今の心境としてはあまり飾り付けをせず、自分らしい感性がシンプルに伝わる言葉で表現したかったんです。輝いていたい気持ちや日常のキラキラをイメージして(4thアルバムを)『glow』と名付けたときのように。今回の場合は、まもなく9周年という数字を見て「1年目から色々なことがあったな」と振り返りモードになった時に、これまでの活動を本に例えると、たくさんの思い出を栞として心のノートに挟んできたように感じるので、そこから“心の栞をこれからも大切にしていきたい”という気持ちで、“心=heart”と“栞=bookmark”を組み合わせて「heart bookmark」というタイトルに決めました。
――まずは表題曲の「heart bookmark」についてお聞きしていきたいのですが、この曲の作曲は武田将弥さんで、水瀬さんとは『五等分の花嫁∬』OPテーマ「五等分のカタチ」でご一緒されていますね。
水瀬 この曲はコンペで選んだのですが、私はコンペの時にはあまり先入観を持ちたくないので、誰が書いた曲なのかわからない状態で聴くんです。自分としてはこの曲1択という感じで選んで、蓋を開けてみたら武田さんの作曲だったので、ご縁があるんだなと思いました。コンペで選んだ時点ではタイトル曲にすることはまだ決まっていなかったのですが、そこから何度も聴いていくうちに、ただ単にハッピーなだけではない、色んな時間や経験を感じさせるメロディに聴こえてきたんです。“それならタイトル曲に相応しいんじゃないか”となり、この曲のタイトルも「heart bookmark」に決まりました。
――作詞は水瀬さんの楽曲でもお馴染みの岩里祐穂さんが手がけられています。
水瀬 岩里さんは、(2ndアルバム収録の)「BLUE COMPASS」や(4thアルバム収録の)「glow」など、自分が迷った時やここぞという時に詞を介して常に自分に寄り添ってくれているんです。今回も岩里さんならすごく素敵な歌詞を書いてくださるだろうと思って、「heart bookmark」に決まったいきさつをお話ししたうえで書いていただきました。歌詞をいただいたのは、今作のジャケットやMVの撮影でパリに訪問していたときで。バラ園からの帰りのマイクロバスの中で初めて目を通したのですが、外が大渋滞だったことも気にならないくらい岩里さんの詞の世界に入り込んで、思わず泣いてしまいました。
――どんなところがグッときたポイントだったんでしょうか?
水瀬 あまりにも自分を映し出すような言葉たちが並んでいて、この9年間の活動に対して「頑張ったね」「意味のないことはないよ」と言ってもらえたような気がする歌詞だったのがすごく胸に刺さったんです。岩里さんから私に向けた思いが言葉の節々から伝わってきて、こんなに一気に言葉をいただくとは思っていなかったのでグッときてしまって……。多分、活動1年目では感じられなかった言葉の重みや意味があると思うんです。
――それはどういった部分でしょうか?
水瀬 例えば“ダイヤモンドみたいな瞬間が“せーの”で降り注ぐ“という部分は、1年目の私だったらファンの皆さんの声だけにフォーカスを当ててしまっただろうけれど、今はファンの皆さんだけでなくチームのみんながいて、決してソロアーティストは1人ぼっちではないということを知っている。“降り注ぐ”という言葉も1粒じゃなく絶え間なく降り注いでくるものなので、たくさんの人たちが自分と出会ってくれたことで、 私の思い出が反射するように降ってきているのだろうなと思うと、苦しかったことや悲しかったことにもちゃんと意味があって今に繋がっていると感じられて。それを『heart bookmark』の制作のために訪れたパリで聴くという状況も含めて、自分の中ですべてがエモい感じで繋がってしまって、感情がバーッとなってしまいました(笑)。
――そのダイヤモンドのフレーズのあとにある“ありがとうが言いたくて あせって 悔やんで 笑って”も琴線に触れるポイントだと思います。
水瀬 アーティスト活動をしているにも関わらず、目立つことに対してポジティブになれない恥ずかしがり屋な自分がいつまでもいることに、いいのかなと迷う部分が未だにあるんです。でも、みんなへのお礼をどんな形でも伝えたいという気持ちはずっとあって。私は「ありがとう」を完璧なスマイルで言える人ではないので、だからこそ“あせって 悔やんで”がすごく自分を映し出しているなと思いました。「あのときは焦ってありがとうと言ってしまったな」とか、逆に「上手くありがとうと言えなくて悔やんだこともあったな」とか、歌詞のフレーズ1つ1つに思い当たる節がたくさんあって、それも自分だなと思えるような9年を迎えられる幸せを今噛み締めています。
――このフレーズは岩里さんが水瀬さんの活動をしっかり見ていないと書けないフレーズだと思うので、そういった面でもすごく素敵ですよね。
水瀬 私自身ですらこの歌詞を読んで気づかされる私の一面があるので、私の先を行く岩里さんには未来の私がどう見えているのでしょうね? “未来のわたしは今日のわたしと歩いてる”というフレーズは、アーティスト活動をしていく中で常に感じている部分ではあったので、振り返った時にまさに私の活動がこの「heart bookmark」と思える曲になって本当に幸せです。
――個人的にはサビの“誰も味方がいない日も”という部分は、水瀬さん自身が活動を通して伝えたいことのように感じました。
水瀬 まさにそうですね。私のモットーとして、会場や聴いてくれる人数じゃなくて、そこに1人しかいなくても私は全力で歌うという気持ちをずっと持ち続けているので、“誰も味方がいない日も 味方になれるそんな歌を歌って”という言葉も、私のアーティスト活動をより近くに感じてもらえるフレーズになっていると思います。曲を通して聴いてくれるあなたに「ずっと側にいるんだよ」というメッセージが届いたら嬉しいです。
――ほかにも、2番の“あの日、蕾が開きました。”から始まる一連の歌詞も素晴らしいです。
水瀬 皆さんも歌詞を読んでいただけたら気づくと思うのですが、このフレーズは1stシングルの「夢のつぼみ」と、花が開いた1stアルバムの「Innocent flower」のことです。続けて“青い海”が「BLUE COMPASS」で、“虹の向こう”が「Catch the Rainbow!」、“瞬く光”が「glow」と、今までのアルバム4枚とリンクする言葉が歌詞に入っていて、この「heart bookmark」に繋がっている。しかも“あの日”と“青い”と“いつか”の部分はいわゆるコーラスパートなので、ぜひファンの皆さんにはこの部分を歌っていただいて、みんなで楽曲を完成させたいです。
――まさにライブが楽しみになる曲ですね。
水瀬 歌いながら回復していくような、自分がどんどん前向きになっていく曲だと思ったので、ライブが本当に楽しみになりました。この曲をたくさん歌えることが嬉しくて、あと何回この期間で歌えるのか、1回を大切にしながらブックマークしていきたいですね。
――2曲目のアルバムリード曲「フラーグム」は、水瀬さんもベリーブロッサム(=乃苺佳寿)役として出演しているTVアニメ『アクロトリップ』のOP主題歌として制作された楽曲になります。この曲はどのように作品に寄り添って作られたのでしょうか?
水瀬 まず、この「フラーグム」というタイトルは作詞を担当したカノエラナさんが命名してくださって、「フラーグム」がラテン語で“苺”という意味なので、まさに私の演じる魔法少女のベリーブロッサムを表す言葉になっています。主人公の伊達地図子ちゃんはベリーがとにかく大好きで、ベリーがいるから色んなことが頑張れるという推し/推されという関係性なのですが、抑えようと思っても抑えられない、気づいてしまった憧れがどんどん赤い苺に実がなるように大きくなって弾けていく。そんな世界観が歌詞に落とし込まれています。
――なるほど
水瀬 “好きが自分を変えていく”というのはこの作品のテーマにもなっていて、実際にベリーブロッサムを好きになった地図子は、その「ベリーが好き」という気持ちを原動力に、新しい1歩を踏み出して変わっていく。その進んでいく道自体はベリーとは全然違う方向で、「えっ!?そっちに行くの?」というコメディチックな展開なのですが、同じ道を行かない面白さ、“応援する/される”ことの相乗効果みたいなところも描かれている作品なんです。あと、魔法少女は変身すること自体がテーマなので、「フラーグム」でも主人公の精神面や考え方が変身をして前向きになっていく。そういったところが作品にすごく寄り添った1曲だと思います。
――この曲は “推し“がテーマになっていますが、水瀬さん自身は推しに対してどういう風に考えていますか?
水瀬 地図子ちゃんのように近い存在の憧れの人、私で言うと声優の世界の中での憧れとなると、私にとってはやっぱり水樹奈々さんになります。自分が夢を持ったきっかけの方でもあるので。……ただ、“推し”ってどこか少し無責任じゃないですか。
――たしかに、感情としては随分一方的ではありますよね。
水瀬 相手に拒否権がないというか、近すぎる人に対して推し/推されの関係は難しいなと思ってしまうんです。同じ業界にいながら(水樹)奈々さんのことを推しと言ってしまうと「それはプロとしてどうなんだ」みたいな気持ちにもなりますし、私にとって奈々さんは推しではなくリスペクトする存在という言い方が近くて。とはいえ、この曲の中で歌っている好きの気持ちは、私が学生時代に奈々さんに抱いていた気持ちとシンクロするもので。私は奈々さんがいてくれるからこそ頑張れたこともたくさんありましたし、奈々さんの音楽やライブ、アニメに癒しと感動をもらって、今この業界にいるので、そういった気持ちはこの曲にすごく入っています。
――作曲・編曲は白戸佑輔さんが担当していて、かなりインパクトの強い楽曲になっています。
水瀬 トリッキーですよね。“予想していた音に行かない”というのは私的には白戸さんあるあるで、色んな方向に行くんだけど、それがしっかり1つに繋がっているという遊び心のようなものがすごく巧みで、もはや白戸さんのブランドだなと思います。難しいことをしているはずなのに、聴いた人にとってはなんだかそれが心地良く感じる。白戸さんにしか出せない“心地いい違和感”が本当にすごいなと思います。アレンジの部分でも白戸さんの調理過程がどうなっているのか私には想像がつかないんですよね。材料はよくわからないけどすごく美味しいご飯が出てくる、みたいな感じです(笑)。
――そういった楽曲を歌で表現するにあたって苦労された点はありましたか?
水瀬 白戸さんの楽曲の難しいところは、本線だけでなくハモがえぐいんですよ。ハモれているのか自信がないくらいにゅわんにゅわんした音というか(笑)、「2度は歌えないぞ!」というような音なのに、結果的にそれを合わせるとしっかりハモれているので逆に怖いくらいで。だから本線の歌録りが終わっても試練が割と残っているのが、白戸さんの楽曲のレコーディングで頑張らなくてはいけないポイントです。
――ちなみに歌詞の中でお気に入りのフレーズはありますか?
水瀬 私のお気に入りのフレーズは、(ラスサビの)“もらった愛をかえしたい”のところです。トラックダウンの時に大胆に声のエコーをなくす、ドライと呼ばれる手法を使って、かつオクターブ下の低い音で同じメロディが歌われているテイクを重ねているんです。それによって2人いる感じがするというか、推される側も推す側も“もらった愛をかえしたい”という気持ちをお互い持っているように感じられると思います。それはベリーと地図子だったり、ベリーとマシロウだったり、『アクロトリップ』はキャラクターごとに愛を交換し合っているので、それがすごく作品を表現したフレーズで好きです。
――MVもとても素敵な映像でしたね。
水瀬 熱帯植物園に行ってきました。たくさんのお花と草に囲まれて、マイナスイオンがたくさん出ていて、ちょっと汗をかきながらでしたけど、まだこんなに暑くなる前だったので頑張れました。MVの中では最後に私が変身するんですけど、眼鏡姿から花冠をつけたちょっと大人っぽい赤いドレスにおめかしした姿に変わるので、そこはMVの注目ポイントとして見てもらいたいです。
――水瀬さんの眼鏡姿はMVでは割と珍しいですね。
水瀬 「Catch the Rainbow!」ツアー(“Inori Minase LIVE TOUR 2019 Catch the Rainbow!”)のグッズで7色の色ごとにスタイリングを変えて撮影した際に、眼鏡っ子バージョンの私も撮影したことはありましたが、たしか映像では初めて眼鏡をかけました。でも、私は日常生活では眼鏡をかけているので、割と普段の自分すぎてだいぶ恥ずかしかったです(笑)。あと、美容院に行くシーンがあるのですが、髪が短いのでよく見るとずっと髪を梳かされているだけなのもちょっとかわいい見どころだと思います(笑)。
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