REPORT
2024.08.26
2021年、8月。茅原実里と私たちは河口湖ステラシアターにいた。それは当時、年内での無期限の音楽活動休止を発表していた彼女にとって、13年続いた河口湖での“最後”のライブとなるはずだった。そしてその年末には、彼女は宣言どおり自身の音楽活動に一旦のピリオドを打った。あれから3年の月日が経った2024年。茅原実里と私たちは再び河口湖ステラシアターにいた。自身の音楽活動20周年を記念したライブ「茅原実里 20th Anniversary Live“Historical Parade”」にて、“いつもとはちがう夏”を迎えることとなった。歓喜に溢れた再会、20年というキャリアを巡る歴史、そして茅原実里という音楽と歌――それらが1つになった瞬間、彼女の胸に去来したものは何だったのか。祝福の2日間の模様をレポートしよう。
TEXT BY 澄川龍一
PHOTOGRAPHY BY 草刈雅之
3年ぶりとなる茅原実里の山梨・河口湖ステラシアターでのライブ。その間には2023年に行われた音楽活動再開後初となるライブ「富士河口湖町制20周年記念花火大会 茅原実里 LIVE 2023 “We are stars!”」があり、その後は“ANIMAX MUSIX 2024 SPRING”などのフェス出演……と、この日まで音楽活動が展開されていった。それらを経てのこの日の河口湖ステラシアターという“ホーム”でのライブとなると、その期待感も格別だ。薄い紗幕が降りているステージを前にして、ざわざわとした声が会場のところどころから聴こえる。観客の声出しが禁じられていた3年前にはなかった久々の光景だ。
そんななか、茅原実里登場の瞬間が訪れる。それまで開演前BGMとして鳴っていた茅原実里の1stアルバム『HEROINE』からの音源が止むと、ピアノの旋律が聴こえてくる。2008年にリリースされたアルバム『Parade』の1曲目「透明パークにて」がインストで流れていく。およそ2分弱の楽曲が壮大な展開を見せてエンディングを迎えると、一瞬のブレイクのあとに鳴らされたのは、2007年リリースのアルバム『Contact』から、表題曲「Contact」の“S.I.G.N.A.L.”のリフレインだ。紗幕には茅原のシルエットが映し出されるなか、クールなビートと共にバンド演奏が開始され、観客も白いペンライトを手に歓声を送る。そして曲が終わりを迎える次の瞬間、そのまま間を置かずに次の曲「詩人の旅」が始まるというアルバム通りの展開を見せる。同時にステージを覆っていた紗幕が降り、ステージ上があらわになる。そこには茅原実里バンド=CMBと共に、情熱的な赤い衣装を見にまとった茅原が立っていた。そして彼女の「みんなー! いくよー!」の号令と共に、3年ぶりとなる河口湖ステラシアターでのライブが幕を開けた。
そこで聴こえた音は、紛れもない“茅原実里の音楽”だ。強靭なCMBによるサウンドに乗せて茅原の歌声は変わらず張りのある力強さを誇っている。そして爆発的な歓声が加わって完成される茅原実里サウンドは、長いブランクを一切感じさせない息のあったものだった。3年の空白を埋めるにはあまりにも美しく力強い「詩人の旅」が披露されたあと、茅原はその余韻に浸る間もなく、一目散にステージ下手へと駆け出す。続く「美歌爛漫ノ宴ニテ」は、会場の1階席と2階席の間の客席通路で歌い上げる。この、河口湖ステラシアターの特性を活かしたステージングだ。そんな開放感のなか、閉じられていた天井がオープンになり、真夏の青空が広がる。そう、目の前には“茅原実里の夏”を思わせるシーンが広がっていった。
観客とのコール&レスポンスもたっぷりに、コブシを効かせた熱っぽい歌唱でサマーアンセムを聴かせたあとは最初のMCへ。「“Hystorical Parade”へようこそ!」と叫んだあとは、「茅原実里の音楽と歌を思う存分楽しんでいってください。みんな、今日は最高のパレードにしましょう!」と宣言してすぐさまライブを再開。タイトな演奏の「Defection」、ヘビーな導入の「書きかけのDestiny」とパワフルな楽曲が続く。この日の茅原実里のサウンドを支えるバンドのメンバーは、須藤賢一(key)、馬場一人(g)、岩切信一郎(b)、岩田ガンタ康彦(ds)というお馴染みのメンバーに加え、初の女性ギタリストとなる瀬川千鶴(g)というラインナップ。そんな茅原とバンドの熱量の高いパフォーマンスのあとは、茅原の「フラッグ用意」という号令と共に、茅原実里ライブではお馴染みの旗曲「Lush march!!」へ。観客が一斉に小さなフラッグを茅原に合わせて振る光景は相変わらず圧巻だ。「Lush march!!」を1コーラスだけ披露したあとは、こちらも旗曲「Best mark smile」へと続く。そこから再び「Lush march!!」へと戻るメドレー形式で観客との一体感をより演出していった。
CMBのメンバー紹介を含むMCでは「今日はありったけの思いを込めて歌わせていただきます!」と宣言したのち、彼女と縁の深い京都アニメーション制作による、ライブのキービジュアルについて触れる。「思えば、2007年に歌手活動を本格的にスタートできたのも、『涼宮ハルヒの憂鬱』(京都アニメーション製作)のキャラクターソングがきっかけでした」と話したあとに披露されたのは、茅原が演じた『涼宮ハルヒの憂鬱』の長門有希のキャラクターソング「SELECT?」だった。“>yes>enter”と茅原が長門の声で発すると、客席からどよめきが起こる。ゆったりとしたリズムでクールダウンさせたあとは同じく長門キャラソンである「雪、無音、窓辺にて。」へと続く。彼女が語るように、2007年以降の茅原実里の音楽の原点でもある楽曲のあとには一転して、2021年発表の現在のところ最新作となる『Re:Contact』から切れ味抜群な「a・b・y」を披露(彼女のキャリアに大きな影響を与えたシンガー・奥井雅美による作詞だ)。まさに20年の道のりを一気に辿るような構成で、ライブ前半戦を終えた。
茅原がステージを去ったあとはCMBによるバンドインストのコーナー。普段ならオリジナル曲であるこのコーナーだが、この日は『涼宮ハルヒの憂鬱』から「ハレ晴レユカイ」、『D.C.II~ダ・カーポII~』から「桜笑み君想う」、『デート・ア・ライブ』から「My Treasure」と、茅原のキャラソンがインストで演奏される。そしてライブ後半戦は、音楽活動を本格化させることとなった2007年にリリースしたシングル「純白サンクチュアリィ」で幕を開ける。会場が一瞬にして純白に染まるなか、茅原はステージ上ではなく、またしても1階席と2階席の間の客席通路から登場。白い衣装を身にまとい、河口湖ステラシアターの中心で彼女の“はじまりの歌”を歌い上げた。そこから2ndシングル「君がくれたあの日」が披露されると、茅原は客席の間を抜けてステージへと躍り出る。そこから「会いたかった空」と、代表曲を続けざまに聴かせていった。
MCを挟んでライブもいよいよ終盤戦。まずはマイクスタンドを手に「向かい風に打たれながら」をロッキンに歌い、こちらも彼女の代表曲の1つである「TERMINATED」で会場のボルテージを上げていく。そしてそのまま、デビュー15周年記念ソングでもある「We are stars!」へ。この曲のキモである観客とのコール&レスポンスがライブで達成されたのは昨年の無料ライブ“We are stars!!”が初となるが、そこにCMBのバンドが加わるという完全体での披露はこの日が初めて。とてつもないアグレッションのなか速射砲のような茅原のラップを含むパフォーマンスは圧巻の一言だ。最後は“ということで続きはこの先で…”というフレーズを、“ということで続いてはこの曲”と替え、客席前方から投げられたフレディマイクスタンドをキャッチすると「Paradise Lost」へ続く。茅原実里を代表する大アンセムに観客も、火柱がのぼるステージに向けて大歓声を送る。20年を彩るこの日のクライマックスにふさわしい瞬間となった。
そして本編最後のMCでは、改めて20周年を祝うこの日を迎えられたこと、そして河口湖ステラシアターに戻ってこられたことへの喜びを噛み締めながら、ゆっくりと観客に語りかけていった。決して順風満帆ではなかったという20年、しかし「そんな私だから、そんな私だからこそ、みんなの心に、人生に寄り添って、みんなの生きる力や勇気になるような歌をうたっていけたらいいなと思って、今そんなふうに、強く、強く思っています」と力強い言葉にして、「みちしるべ」を歌い始めた。茅原による歌詞、そしてメロディはその言葉の通り聴くものに寄り添うものである。そしてステージ後方の壁が開かれ、そこから漏れる光が茅原に、観客に優しく降り注いでいく美しい光景を見せた。そんな感動的シーンのあとにはアルバム『Parade』から「Voyager train」を披露し、歓喜に満ちたライブ本編を終えた。
アンコールはすっかり日も暮れたなか、「夏を忘れたら」でチルアウトな雰囲気を演出してスタート。続くMCでは、富士河口湖町長の渡辺英之も登場し、改めて富士河口湖町と茅原の深い結びつきを示した。そんなアンコールらしいリラックスした雰囲気のなか、夏のライブには欠かせない「Sunshine flower」を披露し、観客とシンガロングを交えた楽しい時間を過ごした。そして「ずっとずっと歌いたかったこの曲を歌ってもいいですか!?」と言って、この日最後の曲「Freedom Dreamer」へ。河口湖ライブ恒例の花火も交えて、歌詞のとおり全員でジャンプする光景のなか、熱狂のライブ初日は幕を下ろしたのだった。
3年ぶりの河口湖ステラシアターでのライブ。その2日目は、初日を終えた熱気がまだ会場にこもっているかのような雰囲気があった。この日は開演前まで突然の豪雨に見舞われるという天候だったが、開演を迎えるころには雨足も弱くなり、ライブへの機運も高まっていく。そんななかライブは昨日と同じく「透明パークにて」のインストから幕を開ける。初日はそこから「Contact」へと続いていったが、この日は「D-FORMATION」が鳴らされ、そこから「Dream Wonder Formation」が披露されると、観客も一斉に歓声を送る。2012年リリースの4thアルバムにして、原点回帰を掲げた『D-Formation』の冒頭を飾るこの2曲から再びライブが始まるというのも感慨深いものがあるが、デジタルな意匠をまとったオリジナルのサウンドは、ツインギターのCMBによってよりシャープに、分厚い音像に生まれ変わって耳に飛び込んでくる。そして茅原の歌唱は初日と変わらずパワフルだ。そして曲を終えると初日は下手側に走っていった茅原だが、この日は上手側に向かってダッシュし、「美歌爛漫ノ宴ニテ」を堂々と歌い上げる。初日でも感じたことだが、3年のブランクを感じさせないというより、20年というキャリアを経ても変わらずアクティブなステージングを見せる姿は感服させられる。本能的とも感じさせる会場全体を使ったタフなステージを最後まで駆け抜けるその様は、彼女がこのキャリアをライブとともに歩んできたのだと強く感じさせるものだった。
そんなエネルギッシュなライブは、MCを挟んでポップな「SELF PRODUCER」へ。サビの印象的なダンスもキュートに、ここでも終始ステージを動き回りながら安定感のあるボーカルを聴かせる茅原。続く「Perfect energy」でもライブらしい熱量を感じさせるパフォーマンスを展開させていった。その後の旗曲コーナーでは、初日で披露した「Lush march!!」に加えて、この日は「FEEL YOUR FLAG」をメドレーに組み込む。初日は白い旗がはためいた客席が、この日は真っ赤な旗に埋め尽くされていった。その後も初日と同じく「SELECT?」「雪、無音、窓辺にて。」という長門有希のキャラクターソングを聴かせ、「Re:Contact」へ。初日にも披露された「Contact」「詩人の旅」を想起させるこの曲は、彼女の活動休止前最後のアルバムとなった『Re:Contact』に収録されたものだ。「FEEL YOUR FLAG」も初日のこのブロックで披露された「a・b・y」もそうだが、思えば『Re:Contact』とは2021年当時の彼女のキャリアを総括する、いわばキャリアを区切るための作品だった。それが活動再開後の今にこうして鳴らされるのは感慨深いものがある。区切るための音楽たちが再び未来に向かって届けられるのだから、改めて奇跡的な瞬間であることを実感させるし、力強いものがあった。
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