三月のパンタシアが前作『邂逅少女』から約2年半ぶりとなるニューアルバム『愛の不可思議』をリリースした。TVアニメ「魔法科高校の劣等生」第3シーズン「スティープルチェース編」のEDテーマ「スノーノワール」やアニメ「ライザのアトリエ ~常闇の女王と秘密の隠れ家~」のOPテーマ「ゴールデンレイ」、TVアニメ『カッコウの許嫁』のEDテーマ「四角革命」などのシングル曲に加え、新曲5曲を収録した通算5枚目のアルバムの中心にあるのは「愛ってなんだろう?」という問いかけだ。前回のインタビューでも「最近、愛することについて考えることが多い」と語っていたみあは、『愛の不可思議』というタイトルをつけたアルバム製作の過程で、愛とは何か? という問いの答えに辿り着くことができたのだろうか。
INTERVIEW & TEXT BY永堀アツオ
――前回のインタビューの時に「愛すること」について考えているとおっしゃっていましたね。
みあ そうです。既存曲がもう6曲あったので、そろそろアルバムにしようかという話になったんですけど、その時点では構想がまだ何もなかったんですね。どういうアルバムにしようかを考えて、既存曲を振り返ったときに、ほとんどの楽曲の中に“愛”というフレーズが出てくるなと思って。“愛”って概念的にはイメージできるけれど、なかなか難解で正解がなくて。簡単には説明できないものだなと思ったので、「愛するということについて紐解いてみたい」という思いから制作がスタートしました。
――2年半ぶりのフルアルバムが完成して、その謎は解けましたか?
みあ 「愛とはいったい何なのか」「愛するとはどういうことなのか」についての結論を出すアルバムにしたいと思っていたわけではないんですが、今の自分にとって、愛する気持ちがどこに向かっているのか、自分は愛というものをどう捉えているのかは発見できたのかなと思います。
――みあさんの愛はどこに向かっていましたか?
みあ このアルバムを制作するにあたって、まず、自分が愛するもの、自分の愛情、愛する気持ちが今、どこにあるのかを考えました。色んな大切な人の顔も浮かびましたし、思い出を振り返るなかで、心から愛するものは、やっぱり音楽にあるなと思って。愛することは、見返りを求めずに思い続けられる感情なのかなとも思っていて。その思いが迎える場所は、自分にとっては音楽でした。そしてその愛する音楽を受け取ってくれる、ファンへの気持ち。なので、新曲の中では、その思いについて歌った楽曲も多いです。
――音楽と結婚したアルバムだったんですね。
みあ あははは。音楽ともう契りを交わしてしまったかもしれません。
――では、アルバムの新曲について1曲ずつお伺いできますか。様々な愛の形を歌っていますが、「March」では“愛に似た想い”というフレーズがあります。この曲は2023年3月19日に豊洲PITで行われたワンマンライブ“君の海、有機体としての青”の一番最後に新曲として披露しています。
みあ 今だから話ができるんですけど、ちょうどこの曲を制作していた時期にものすごく落ち込んでいて――自分にとってすごく大切な人を失ってしまった時期だったんです。そういったさようならがあって、毎日泣いてばかりで。しばらく何も手につかなくなってしまい、周りの人たちにはたくさん心配をかけてしまいました。どうやったらきちんと前向きな気持ちを持って、みんなの前に立てるのかなと考えたときに、今、抱えている苦しみややるせなさ、喪失感みたいなものを言葉にして、音楽にして歌うことで前に進む力に変えられるんじゃないかと思って制作した曲だったんです。
――当時は三月のパンタシアがここから前に進んでいくための楽曲という認識でした。仄暗さをはらむ新しいブルーポップの幕開けの曲として捉えていました。
みあ それも間違ってはいないんですけど、その内実には、自分の中にそういった感情があって。とにかくいかなくちゃいかなくちゃって、自分で自分の背中を押してるというか。でも、本当に失ってしまったことが悲しくて、とにかくつらくて。ただ、それくらい深い痛みを感じられるのは、それだけ大事に思っていたからだし、胸の中で悔しい、悲しい気持ち、恋しい気持ち、また会いたいと強く願う気持ち――「愛」ってきっと、こういう感情なのかもって。その思いを歌詞にしました。なので、そのくらいの時期から「愛って何なんだろう?」「この感情は愛?」と考える機会はよくあった気がします。
――喪失から愛について考えているんですね。明るくハッピーで幸せな方ではなくて。
みあ 愛する気持ちって言うと、美しくて光に満ちたものを想像する人のほうが多いと思うんですね。もちろん、ピュアで尊い愛の形もあると思う。でも、愛したことで深く傷つくことだってあると思っていて。幸福なだけじゃない、愛したからこそ負ってしまった深い傷や痛みのようなものもある。自分も含めて、そういう経験をしてきた人もたくさんいるんじゃないかなと思うので、色んな人が経験してきた愛について、喜びも痛みもどちらの側面も書き出してみたいなと思ったんです。
――「愛について考える」ことは、これまで掲げてきた「ブルーポップ」とは別のテーマですか?
みあ まったく別のものだとは思っていなくて。ただ、いわゆる思春期時代と呼ばれる若い季節の頃は、それこそ愛について考える機会もないと思うんですよね。“好き”っていう感情は知っているけれど、「愛する」とか、「愛してる」って口にする機会も別にない。なので、これまではブルーポップを歌ううえで、「愛」というフレーズはそんなに登場してなかった気がするんですけど、知らないだけで、根底にはやっぱりみんな愛する気持ちや愛されてきた記憶は、幼い頃から持ち合わせてるんじゃないかなと思っていて。なので、ブルーポップの中に描いてきてなかっただけで内包されていた感情なのかなとは思っています。それを、あえて、今回のアルバムでは言葉にしている感じですね。
――先行配信された「薄明」や「春嵐」を聴いたときに、青春時代を終わらせようとしているんじゃないかと感じたんですよ。「薄明」では“夢とか青春とか 愛とか希望とか 掲げなくていいなら”と歌っていますし、デビュー曲「はじまりの速度」からこれまでの軌跡を綴ったような「春嵐」は“きっと、青いままじゃいられないけど”というフレーズから始まるので。
みあ なるほど。確かにそういう聴き方もできますね。今、ちょっと感動しています。
――(笑)。1つの季節が終わって、次に向かっていく感じがして。そこで、今、「March」が空想した物語ではなく、ご自身の経験や感情からできた曲ということですが、アルバムには「フィクション」ならぬ、「ノンフィクション」という新曲もありますし。
みあ はい。私自身が色んな経験を積み重ねたり、年齢を重ねていくことも大きく影響しているのかもしれないです。人生を歩んでいく上で、大きな喪失を感じたり、心から愛したいと思う感情が湧き上がってきたり。青春期には上手く言葉にできなかった感情も歌ってみたいなという気持ちはどんどん膨らんでいる気がしていて。それこそ、“新章”と銘打つ前は、「これは三パシっぽくないね」「少しえぐみが強いかも」と弾いてきたものがたくさんあって。でも、人間ってキラキラしてきれいな部分だけではなくて、むしろ影の部分を抱えながら生きているものだと思うので、その部分についてもより物語にして歌っていきたいという意思はあります。もちろん、青春時代の痛みを暴くっていう、三月のパンタシアの大きなテーマはこれまでも変わらず掲げていくんですが、そこに、より自分自身の等身大の感情も加わる面積が広くなっている手応えはあります。
――アルバムの新曲でいうと、「完璧彼女」と「あいらぶゆー」がえぐみの部分ですか?
みあ 特に「完璧彼女」は小説「君のことを知りたい」が先にあって、公募で募集した曲だったので、わかりやすい感情を抱えた主人公にしたほうがいいなと思い、わかりやすく歪んでる女の子の話にしました。歪んでると言っても、色んな感情があると思うんですけど、その狂気ってどんなものがあるのかなと考えたときに、好きな人の携帯を見るのか、見ないのかっていうところで。見れるか見れないかと言ったら、みんな見たいと思うんです。
――僕はまったく見たくないです。知りたくない部分もたくさんありますし。
みあ 女の子のほうが悪口がえげつないので、自分は絶対に見られたくないんですけど。
――他人に見られたくないから、自分も見たくないっていうことなんですけど。
みあ うーん。そこが自分の中では噛み合ってないんですよね。そういう、割と普遍的な、“見たいか、見たくないか”という感情だと思うんですけど、相手のことを好きだからこそ、その人が普段どういう人と交流を持っているのか、異性と交流があるのかとか。そういう不安になってしまう気持ちは理解はできる。SNSで異性とやり取りしてないかなってチェックしちゃうようないじらしさはすごく理解できるなと思っていて。
――浮気を疑っている時に見たくなる気持ちはわかります。
みあ だから、好きだから知りたいっていう感情の結びつきは別にそんな否定されるようなことではないと思うんです。ただ、この曲の主人公の女の子は、知りたい気持ちが行き過ぎて、何でも知りたくなっちゃう。例えば、「今日バイトって言ってたけど本当かな?」と思って、Googleカレンダーを調べたくなっちゃったり、いつも何を調べているのかなとか、相手の思考すらも全部把握したいっていうか。支配に近い感情を持ち始めるところまで発展してしまっている女の子の話なんですけど、本人からしたら、好きだからこそやっている、ただそれだけのことで。これって、愛が故の感情だよねって、自分を肯定しているんですけど、愛しているからこそやっている行為が、結局はその愛を壊してしまっている。多分、この子はバレた瞬間に終わると思うんですけど、そういう愛の空回りですね。
――小説の愛ちゃんが言う「知りたいは愛だ」っていうのは確かってことですよね。その後の「支配こそ自由だ」が限度を超えている。
みあ この子は自分が完璧な彼女になるために、思考も全部知りたいし、趣味嗜好も全部合わせてあげたいって思っていて。
――本当にこれは怖い曲ですけど、歌ってみてどうでしたか。
みあ 楽しかったですね。この主人公の子は愛によって気持ちがちょっと歪んでるかもしれないけれど、弱くはなってなくて、むしろ強くなれていると。愛を盾に自分を肯定しているし、どこまでも1人で向かい風を切って進んでいくような強さを持っている子だなと思って。この狂った感情を前向きに歌い上げるっていうのが、あまり普段は経験できないことだったので、楽しかったですね。
――「あいらぶゆー」はどんな愛ですか?
みあ 友達と話していたときに思ったことが種になっていて。その子はもうずっと好きな人がいて。でも、話を聞いていると、まるでクズな男の人だなって思って。彼女もそれは理解していて、自分が正式に彼女にはなれないっていうこともわかっていて。
――でも、呼ばれたら行くんですよね
みあ そうですね。そこに対する切なさや苦しみはもう通り越している。「なんでそんなに好きなの?」って聞いたら、やっぱりかっこ良くて、憧れに近い感情を抱き続けているからって。
――顔がタイプなのかな。
みあ 顔もそうだし、その人が持つ才能に、どうしても自分の心を引き剥がせないって言っていて。ただ、自分も結婚して幸せになりたい気持ちはあるし、その男の人と付き合ったら絶対に苦労するから付き合いたくはないっていう感情も持っている。だけど、一生で一番その人のことが好きなんだよねって話していて。それが私は、そこまで相手を思い続けられる気持ちってとっても美しいなって思ったんですよね。彼女は彼女で、色んな男の子と付き合ったりしているけれど、どんなときもその人のことが一番好きだって言う。その思いの強さを歌にしてみたいなって思ったのが最初のきっかけなので、歪んでいるというよりも、その愛してる気持ちが自分を強くしている部分もあると思うし。
――相手には愛されてなくてもいいってことですよね。都合のいい女の1人であることに対して怒ったりはしてないんですもんね。
みあ もちろん、最初の頃はそういう葛藤もあったと思うんですけど、その葛藤も苦しみも乗り越えてまで残る愛情があって。愛して幸福になれるのって、お互いに愛して愛されることが必要条件なのかなと思っていたんですけど、愛されるということが伴わなくても、多分この主人公の女の子は、出会えたことにもう意味を感じている。愛されなくても、その人のことを愛し続けることをすごく肯定しているので、多分、この愛は、この子にとっては幸せな愛なんだと思いながら書きました。
――小説「御呪い」にもある“一生で一番好き”って気持ちはきっと変わらないんですもんね。
みあ ただ、それも想像でしかなくて。きっといつかほかの誰かと結婚してもあの人のことが私は一番好きなんだろうなと思っている。でも、それって、青臭い感情というか、幼さからくるものでもあるなと思ったんですね。だから、その幼さをタイトルのひらがなにしてみて。これは、愛してるって言いながら、青臭いものが漂う曲かなと思います。
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