7月18日(木)東京・Zepp Shinjukuにて、夏川椎菜による<LAWSON presents 夏川椎菜 Revenge Live “re-2nd”>の東京公演が行われた。本公演は以前開催された<LAWSON presents 夏川椎菜 Zepp Live Tour 2020-2021 Pre-2nd>が100%の形で開催できなかったことを受け、時を経て大阪・東京で“リベンジ”するライブ。今回はそのなかでも最終日の昼公演、平日昼・配信なしというクローズドな環境に、精鋭たちが集まりソールドアウトしたライブの模様をレポートする。
TEXT BY 青木佑磨(学園祭学園)
PHOTOGRAPHY BY 江藤はんな[SHERPA+]
2023年春にオープンしたZepp Shinjukuは、2020-2021のツアー時点ではまだ存在しなかったライブハウス。そこに当時のコンセプトに合わせたステージセットが蘇る。グラフィティアートのフキダシのようなデザインで“re-2nd”のタイトルが映し出され、目まぐるしくスクリーンを埋め尽くす。期待と熱狂で満ちた会場に、轟音と共に「逆襲の準備はいいかー!?」と夏川椎菜の叫び声が響いた。
始まりを告げたのは彼女のイメージカラーを掲げた1stアルバム収録曲「イエローフラッグ」。イントロから客席を巻き込んだシンガロングで、夏川椎菜を愛する者たちに名付けられたヒヨコ群(夏川のファンの総称)の強い結束が可視化されてゆく。ホール公演で見慣れた彼女のライブからすると、オーディエンスはもちろんバンドメンバーとの距離も近い。4年前の「Pre-2nd」で予定されていたライブハウスツアーの規模感で、成長したその姿を観られること自体が異質なのである。
“Pre-2nd”ツアー当時と同様のツギハギのカラフルな衣装で、拳を振り上げアジテート。「準備はいいですか!声出していくよ!」と続いたのは「RUNNY NOSE」。ビートが変化するラウドな楽曲も、余す所なく観客は盛り上がり続ける。ヘビーなサウンドで曝け出す、ヒリつくようなかさぶたが夏川椎菜の音楽の真骨頂とも言える。
一転して笑顔で振り返り「ロジックルーパー」で、4つ打ちのビートに乗せて縦揺れに踊り出す。お立ち台の上で1人1人と目を合わせ手を振る姿が印象的で、客席一体となって広げた手を左右に振る様はこれまでに積み上げてきた信頼関係の強固さを感じさせた。
「さすがだね、元気だね。そのまま行くよ!」と始まる「ラブリルブラ」。こちらはチップチューン的なサウンドの原曲が、バンドアレンジにより披露された。パレードが過ぎゆくような楽しげな空気が包み、間奏では「誕生日の人いるかな?みんなでいくよ、ハッピーバースデー!」とお馴染みのコールで客席が多幸感に溢れる。
ちなみに同日の夜公演では、ドラムフィルと夏川による4カウントで「ラブリルブラ」が始まるかと思いきや、演奏が突如ストップ。楽器を下ろすバンドメンバーに「ついにストライキ?」と慌てふためくなか、バースデーケーキが登場するサプライズも。会場中の「ハッピーバースデー」の合唱ののちにくす玉が割られ、ステージは色とりどりのテープで埋めつくされた。28歳の抱負として「ステージ上で転ぶなどの怪我をしない(笑)。あとは28歳の私も、ヒヨコ群を笑顔にします!今年もよろしく!」と叫び、改めて「ラブリルブラ」がスタートしていた。
MCパートでは「本日28ちゃいになりました。モンスター的に言うとそろそろ進化してもおかしくないかも」と誕生日当日ならではのトーク。「Pre-2nd」のリベンジということで3年ぶりに袖を通した衣装、特にブーツについては「ジャストサイズだから、むくんだらもう入らない」とのこと。ハードなセットリストで本人曰く「超絶むくむツアー」も最終日。「夜公演もあるけどセーブしたりはできない、調節弁が備わってないので全部出し切って。TrySailみんなでお揃いで買ったマッサージガンで、昼夜の間にミリミリミリ!ってやって乗りきります(笑)」とラストスパートへの意気込みを語った。
ヒヨコ労働組合(夏川のバンド名)の紹介を兼ねての質問は「ライブ後の回復方法」について。ベースの伊藤千明が「アミノ酸を運動後30分以内に飲んで寝ると全然違う」と答えると、即座に「マネージャーさん、買っといてください!28ちゃい、そろそろ私にも必要です」と舞台袖に声掛けする夏川。ギターの川口圭太は「本当はすぐに帰りたいけど、ちょっと無理して海に寄る」。夏川からの「何があるんです?」との問いかけに「なんもねえんです。寄って、すぐ帰って寝る」と説明するも、アミノ酸のように実践してもらえない流れに不満をこぼしていた。
ドラムのかどしゅんたろうは「なんもしてない、申し訳ない。50歳の年なんだけど健康ですよ」と語り「こんな50歳もいるの!?」と夏川を困惑させる。最後はギター山本陽介。「岩盤浴にストレッチポールを持ち込んで、1人ホットヨガが最高」と力説するも、「でもこんなライブしてたらすぐまた元に戻る。どうすればいいんだ!」とヒヨコ労働組合の過酷さを嘆いた。
メンバー紹介後は「みんなで一緒に踊りましょう!」と「フワリ、コロリ、カラン、コロン」で会場一体となってダンス。デビュー当時の初々しい振付に、ヒヨコ労働組合のヘビーなサウンドが現在の夏川椎菜と混ざり合う。続けて軽やかなビートの「That’s All Right !」。客席との「オーライ!」の掛け合いで、指揮者のように指を振り四拍子のリズムを共有していく。そしてコミカルなイントロから「ナイモノバカリ」へと繋がり、軽やかに欠落や不満を笑い飛ばす彼女の魅力が存分に放出された。
次曲のイントロの時点で客席からは自発的に手拍子が始まり、夏川からも思わず「さすが!」とこぼれる「チアミーチアユー」。「初めてのヒヨコ群もなんとなくついてくれば大丈夫。楽しいです!」と、チアや応援団のように手拍子を合わせて盛り上がるライブ定番曲へ雪崩れ込む。ギターとベースがステージ前へと迫り出し、3人並んでパーマネントなバンドならではのパフォーマンス。メンバーとあっち向いてホイをしたり、フロントマン以外も客席を煽りまくり、ヒヨコ労働組合がバンドという1つの塊となってライブを盛り上げていった。(なお夜公演では、お祝いのために用意されたクラッカーのテープが山本陽介氏のギターに大量に絡まり非常に華やかなビジュアルとなっていた)
“re-2nd”の元となった“Pre-2nd”は、2回目のツアーでありバンドを組んで初めてのライブ。夏川曰く、受け入れてもらえるかな、走り抜けられるかな、と不安があったという。「でも今は幕が下りている状態でもみんなが待っていてくれるのがわかる。私とヒヨコ群の間にはそんな不安は不要。私が煽ればついてきてくれるし、面白い話をしたら笑ってくれるし、私がかわいい風の動作をしたら……」と、おそらく彼女が思う最高のタイミングで、一斉に返ってくる「かわいいー!」の声。そうしてほんのりと茶化しつつも、「本当に素晴らしい環境でやらせてもらえて……私に自信をくれてありがとう!」と彼女らしく本音を語った。
そして「自信という言葉を出すのもおこがましい、子鹿のような頃に作ってもらった曲です。そんな歌を今、聴いてもらいたいと思います」と始まったのは、デビューシングルの「グレープフルーツムーン」。“re-2nd”は当時の楽曲を通して、今の夏川椎菜を観るライブだ。ヒヨコ群から愛されている自信、自分がやりたいことや愛する音楽に対する自信。リベンジと銘打ってはいるがそこで立ち止まっているものは何1つなく、すべてのアプローチが表現力とパワーと自信に満ちている。
穏やかなミドルテンポの「HIRAETH」。海外の子供番組を思わせる、かわいらしくも少しひねくれたサウンドだ。続く「グルグルオブラート」は、オルゴールの音色から始まるウキウキのモータウンビート。『Ep01』収録曲はコンセプティブで、ラウドなロックサウンドが主軸のライブの中で大きな幅を見せる。旗を振りヒヨコ群をアジテートする反面、メンバーや客席から寵愛を受ける無邪気な少女の側面を同時に感じられるライブは他に類を見ない。
諦観を歌うオルタナティブロックの「キミトグライド」。夏川椎菜は2020年以降も時を止めず、欠落や喪失、足りないパーツを優しく認める唯一無二のシンガーとなった。強く立てるようになった今も、壊れてしまった大切なおもちゃを宝箱にしまっているような。どんなに先に進んでも、かつての弱い自分の向こうに今があることを忘れないような。儚げに、しかし力強い表情で1stアルバム『ログライン』収録曲を歌い上げる。
その後始まったMCパートで、夏川が突如うめき声を上げながらステージ上にうずくまる。「ぅー、気付いた!?気付いてない!?めちゃくちゃかっこ良く曲振りしたのに今まで飛んだことない歌詞が飛んだ!!」と「グレープフルーツムーン」で歌詞を間違えていたことを告白。ギターの山本陽介は「止めるかな?と思ったけどそのまま歌い続けたから強くなったなと思ったよ(笑)」と笑う。「すごい恥ずかしいから黙っててほしいんだけど、代わりにアカペラで歌うから」と1人でやり直しを始めるも、そのうえで歌詞を何度も間違える夏川。最終的に「さよならなんて~♪ 嘘って言ってよー!」と正しい歌詞を叫びつつも、リベンジ大成功となった。
リベンジライブということで、悔しい思い出にまつわるトーク。新宿について「諦めたものが結集している地」と語る。半年くらい行かずに会費を払い続けたホットヨガ。1回の体験レッスン以降それ以上近づけなかった暗闇ボクシング。3ヵ月通ったところで「続けますか?」と聞かれて「辞めます」と言ったパーソナルジム。これなら趣味にできるかも、が全部できなかった新宿。「これを機にリベンジしようかなと思ったけど、辞めます!私はライブでいっぱい体を使ってるから大丈夫。これからもいっぱいライブをやります! みんなも嬉しいでしょ?」と客席を煽った。
切り替えるようにダークな雰囲気の「ワルモノウィル」。原曲のデジタル感からグッとラウドにアレンジされ、より棘の部分が強調された暴力性が際立つ。続くダンスビートロックの「シマエバイイ」ではステージ上に設置されたふたつのミラーボールが強い光を放ち、会場はさながらダンスフロアに。8ビートのロックだけではなく16ビートのファンクがバシバシとハマるリズム感の凄みが、彼女の音楽遍歴の幅広さを感じさせる。
「ヒヨコ群諸君、まだまだ暴れ足りないよね! 君たちならもっともっといけるよね!」と披露されたのは、新曲「シャドウボクサー」。限界まで詰め込まれた譜割を情熱的かつ精密に駆け抜け、かつ掛け合いボーカルの部分は客席が請け負う。魂を燃焼させるように互いに言葉を紡ぎ倒し、終盤戦に向けてボルテージは上がり続けた。
「ラストスパートいくよ!」の叫び声から、「ステテクレバー」。1stアルバム『ログライン』収録曲で、本人による初期作詞曲だ。衝動に満ちた刃物のような憤りを、共有できる客席との一体感。鮮烈にフラッシュが焚かれ、「キタイダイ」では痛快な疾走感に乗せて澱みが切り裂かれてゆく。自身で「クソザコナメクジ」を標榜するように、彼女は巨大な内弁慶なのかもしれない。しかし彼女の発する音楽に、メッセージに、人柄に、心を震わせた人々が埋め尽くす大きな大きな「内」。そこで無償の愛に安心する幼子のように、「楽しい!」をすべて発散する姿こそが彼女の魅力なのだろう。
ラストに披露された「アンチテーゼ」では、「外」にある共通の敵を睨みつけるように仲間たちを鼓舞する。徒党を組んで無敵になれる場所と、シャウトで放出されるエネルギー。日常の不安も他者への憤りもすべて蹴り上げていくように、会場が揺れるほど轟く力強いシンガロングでライブ本編は幕を下ろした。
SHARE