アニメ音楽に特化した媒体「リスアニ!」と大阪のラジオ局・FM802のラジオ番組「802 Palette(ハチパレ)」がタッグを組んだ新たな音楽メディア「リスパレ!」。アニメ、ゲームカルチャー、ネットミュージック、そしてそれらの枠を超えた様々なアーティストの魅力を伝える本プロジェクトでは、「リスパレ!チョイス」として、今聴いてほしいアーティストを独自の視点で選出。その第1弾として選ばれた6組のアーティストを積極的に紹介していく。
今回は、インターネットを中心に活動を展開し、音楽ゲームや美少女ゲームの主題歌を担当するほか、物語性の高いコンセプチュアルなアルバム作品を多数発表している、リアルとバーチャルを行き来するシンガー、棗 いつきをピックアップ。近年ではリアルでのライブにも力を入れている彼女は、どんなことを大切にしながらアーティスト活動を行っているのか。その表現の核にある思いに迫る。
INTERVIEW & TEXT BY 北野 創
――まずは「リスパレ!チョイス」に選出されたお気持ちをお聞かせください。
棗 いつき 嬉しい5割、びっくり3割、怖い2割という感じです(笑)。まさかこういう場に選んでいただけるとは思っていなくて。ほかの選出されたアーティストさんのラインナップを見て、この並びに自分がいて大丈夫なのかな?と思ったんですよね。普段私の曲を聴いてくれているリスナーさんも私と同じで、「この並びに棗 いつきが入るのか!」みたいな感じでびっくりしている人が多くて。頑張らなくちゃなと思っています。
――そんな棗さんのことを読者の方に詳しく知ってもらうために、今回はプロフィール的なこともお話しいただければと思います。そもそもどんなきっかけで音楽活動を始めたのでしょうか。
棗 元々はお芝居に興味があって、小学生の頃に声優さんになりたかったので、中学では演劇部に入ろうと思っていたんです。でも、いざ中学生になって演劇部に入ろうと思ったら、親が演劇部は練習が大変で勉強がおろそかになるだろうからと許可してもらえず。なので科学部に渋々入ったのですが、どうしてもお芝居をやってみたい気持ちがあって、当時触り始めていたパソコンを使って、親に隠れて音声投稿サイトにセリフを投稿していたんです。でも、全然反響がなくて。で、何かのきっかけで「歌ってみた」的なものを投稿したときに、初めて今までにない反応をもらえたんです。それで「歌ならみんな聴いてくれるんだ!」ってちょっと気持ち良くなってしまって(笑)、それから「歌ってみた」のほうにシフトチェンジしていきました。
――そこからオリジナル楽曲を制作するようになったのは?
棗 私は元々小説を書くのが好きだったのですが、当時、自分の周りに個人でCDを制作して同人即売会で出している人たちがいたので、私も自分でストーリーを作ってオリジナルアルバムを作ってみたいなと思ったのが始まりで、最初に作ったのが『ビタミンノーツ』(2018年のアルバム)になります。「歌ってみた」中心だった活動と自分の趣味が噛み合っていく形で活動が広がっていって。音声や動画を投稿していた期間を含めると、気づけば10数年経ちました。
――小さい頃から何かを表現したりクリエイティブしたい気持ちが強かったんですね。歌うこと自体は好きだったのですか?
棗 元々は特に興味はなかったのですが、いつの頃からか「聴いてくれるのであれば歌ってみよう」という気持ちから「歌が好き」という気持ちに変わっていって、今ではすごく楽しんでやっています。当初は歌に対してそんなに思い入れがなかったので、最初に「歌ってみた」で歌った曲が何だったのか覚えていないくらいで(笑)。多分ボーカロイドの曲の何かしらをカバーしたと思うんですけど……。
――音楽はどういったジャンルのものに触れてきたのでしょうか。影響を受けたアーティストや楽曲があれば聞いてみたいです。
棗 ボカロやアニソンを中心に聴いてきて、自分の中で一番今の活動に影響を与えていると感じるアーティストさんが、supercellやEGOISTのryoさんです。1曲の中で物語が展開していくような作風、聴き終わったときに1本の映画を観終わったような満足感があるところがすごくて、自分もそういう作品を作れたらとずっと思っています。私がボカロ音楽にハマった時期は、今よりも物語っぽい楽曲を作る方が多かったので、ちょうど多感な年頃に物語音楽を浴びすぎたんでしょうね(笑)。
――じんさんの「カゲロウプロジェクト」をはじめ、物語と音楽が密接に結び付いた作品が多かったですものね。シンガーとして影響を受けた方はいますか?
棗 影響を受けたというわけでもないのですが、パッと思いつくのはfripSideさんです。今はボーカルが代わりましたけど、(2代目ボーカリストの南條愛乃の)透明感のある歌声で、厚みのあるオケのテンポが速い楽曲を歌いこなしているのがかっこいいなと思っていました。それと最近はバーチャルシンガーのヰ世界情緒さんが個人的にすごく好きで。特徴的な歌声をものすごく使いこなしていて、聴いていて印象に残る表現がたくさんあるので、そういうものが自分の中に自然と残っているように思います。
――ご自身の歌声や声質に関しては客観的にどう捉えて活動していますか?
棗 元々自覚はなかったのですが、どうやら自分の声質には結構クセがあることに、ここ数年で気づきました(笑)。インターネットに「歌ってみた」を上げ始めた頃は、自分の声に個性や特徴があるとは思っていなかったのですが、活動していくなかで、どうやら自分が思っている以上に子供っぽく聴こえる歌声らしいことに気づき始めたんですよね。その声質が障壁になって、お仕事で「子供っぽい声で背伸びしているように聞こえる」と言われて徹底的にダメ出しされたこともあって。
――えっ、そうなんですか?
棗 自分の中でできる最大限のことをやっていたのですが、「これは無理です」と言われて悔しい気持ちをしたこともありました。自分としてはかっこいい楽曲をやりたかったので、最初は自分の声質のクセをなるべくなくして子供っぽく聴こえなくしようと思いながらやっていたのですが、それでもダメ出しされるので、一周回って「これは個性だろう」と割り切るようになってからは、自分の子供っぽく聴こえる声質を込みで1つのスタイルとして受け入れられるようになりました。
――個人的には、その「子供っぽい」と表現される部分が歌声のキャッチ―さに繋がっているように感じていて。ファンの皆さんもそういう部分に惹かれているのではないでしょうか。
棗 きっとそうだと思います。今、私の楽曲を聴いてくれているリスナーさんは、私が今の声質をかなぐり捨ててパワフルに歌ったら満足するのかと言うと、そんなことはないだろうと思いますし。
――音楽活動を行うにあたって大切にしていることはありますか?
棗 一番大切にしているのは、自分がそのときに思っていることを嘘偽りなく作品にすることです。自分で思ってもいないことを歌詞にしたくはないし、そもそも思っていないことを歌詞に書くことができなくて。特にアルバム単位になると、自分がやりたいことじゃないと作れないので、なるべく自分の気持ちに正直に活動しています。
――アルバムでは、作品ごとにコンセプトを明確に設定されている印象ですが、ストーリーありきの音楽を構築していきたい思いが強いのでしょうか。
棗 そうですね。物語を作るのであれば、手段としては小説でもいいと思うのですが、小説よりも音楽のほうが身近だと思うんですね。別に物語の内容を知らなくても、音楽としていいなと思ってもらえれば嬉しいですし、そこからより深く世界観を知りたい人には、毎回アルバムの特典として作品のテーマに沿った小説を書いて付けているので、そういうものを見てもらえたらと思っていて。自分の表現したものを世に出す以上は、なるべく色んな人に手に取ってほしいので、その意味でも小説より手に取りやすい音楽作品を制作しています。
――小説や物語的なものを自分で作り出すことにどんな魅力を感じていますか?
棗 物心がついた頃からずっと小説を書いてきたので、今さら「なぜやっているのか?」というのはわからない部分もあるんですけど(笑)、元々この世に何もなかったところに、世界が立ち上がること自体が面白いと思うんですよね。しかも、その自分の考えた世界が他人と共有されて、それに対して色んな意見が返ってくる。本来であれば何もなかったところにコミュニケーションが生まれていることが不思議ですし、それが「次はこれがやってみたい」というモチベーションになっています。
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