伊藤美来、通算12枚目のシングル「Now On Air」は、新人女性声優の青春模様を描いたTVアニメ『声優ラジオのウラオモテ』のOP主題歌。表向きはクラスメイトの仲良し声優コンビ、実はケンカしてばかりの2人の新人声優が主人公の本作で、伊藤はPyxisの相棒でもある豊田萌絵と一緒に主演を担当している。声優としての夢を追う気持ち、華やかな表舞台とそこで輝くための影の努力、自分1人だけでは越えられない壁。声優という職業の表と裏を実際に体験して、今ここに立つ伊藤美来だからこそ表現できるのが、エモーショナルな光に満ちた本楽曲だ。夢を追いかける人、そしてみっくと共に未来を歩むすべての人に贈るその歌とは。常に新しい夢を追いかけ続ける彼女のメッセージに耳を傾けてほしい。
INTERVIEW & TEXT BY 北野 創
――今回の新曲「Now On Air」は、人気ラノベ作品をTVアニメ化した『声優ラジオのウラオモテ』のOP主題歌ですが、本作とは以前からご縁があったんですよね。
伊藤美来 はい。作品のことは4年くらい前から知っていて、Pyxisのラジオ番組(「Pyxisの夜空の下 de Meeting」)でコラボレーションしたり、オーディオブックの朗読も担当していたので、満を持してのアニメ化で、しかも引き続き主演でご一緒させていただけて本当に嬉しかったです。さらに主題歌も歌わせてもらえることになったので、とても特別な作品になりました。
――作品自体にはどんな印象をお持ちでしたか?
伊藤 新人女性声優が主人公で、この業界のことがすごくリアルに描かれているので「(作者の)二月公先生は女性声優なのでは……?」と思いました(笑)。新人声優さんが一度はぶち当たる壁もしっかりと描かれていて、実際に声優をしている私の身からしても「あるあるだなあ」と思えるし、キャラクターたちの心情にもすごく共感できて。「これを声優ファンの人が読んだらどんな気持ちになるんだろう?」とも思いました(笑)。
――伊藤さんも新人だった頃の自分の気持ちや経験と重なる部分があった?
伊藤 初めてラジオの公開録音をやるときに(渡辺千佳/夕暮夕陽が)緊張で震えてしまうシーンは、わかるなあと思いました。作中でも描かれますけど、今の新人声優さんは色んな種類のお仕事があるんですよ。それこそラジオ番組をやったり、歌ったり、踊ったり、写真を撮ってもらったり、舞台に出たり。本当に色んなことをやらせてもらえる機会があるので、逆に自分の軸がブレてしまって「私は一体何がしたいんだろう?」という壁にぶつかりやすいと思っていて。実際に私もそう感じたことがありましたし、そこはありがたいところでもあり大変なところでもあると思います。
――伊藤さんは今回、主人公の佐藤由美子/歌種やすみ役を担当されているわけですが、演じるときはより気持ちが入れやすかったのではないでしょうか。
伊藤 すごく気持ちが入ってしまいますね。自分自身が経験したことのある出来事や、かけてもらった言葉と重なることがたくさんあって。気持ちを作るために自分の過去のつらかった記憶の引き出しも開けて、「うわー、これ思い出したくない……」と思いながら演じていました(苦笑)。でも、私は私で由美子は由美子だから、「私はあのとき、ただへこたれただけだったけど、由美子は違うな」というところもあります。自分自身に重ねすぎないことも意識しながら演じていました。
――『声優ラジオのウラオモテ』というタイトルの通り、声優・歌種やすみとしての姿と、女子高生・佐藤由美子としての姿の裏表が描かれますが、伊藤さんは由美子にどんな印象をお持ちですか?
伊藤 表向きは清楚で元気なアイドル声優で、学校では生粋のギャルとして生活しているんですけど、由美子自体に裏表があるとは私は思っていなくて。単純に見た目のギャップはありますけど、いつも元気でしっかりものだし、人思いでめちゃくちゃ努力家、考え方が大人で家事や料理も上手で、すごく真面目な良い子だと思います。
――表向きの清楚な声優のときと普段のギャルのときで演じ分ける必要があったと思うのですが、その点はいかがでしたか?
伊藤 演じるうえでそこのギャップは見せたいと思っていました。ただ、相方の千佳ちゃん/夕陽ちゃんは普段は陰キャっぽいけど声優として活動しているときはおっとりかわいい子で、裏表のギャップがさらに激しいので声の幅的にもガラッと変えることができるんですけど、由美子とやすみはギャルのときも清楚なときも元気なので、声だけで違いを付けるのが難しくて。しゃべり方や語尾でギャル感を出したのですが、現場では「もっとギャルを出して」と言われながらやっていました。「ギャルって何だろう?」と思いながら(笑)。
――ギャルと一言に言っても色んなタイプの子がいるでしょうしね。
伊藤 ギャルの定義は色々あるけど、由美子は「いえ~い!」みたいなわかりやすいタイプのギャルではなくて、難しいラインのギャル、例えるなら“常識人ギャル”みたいな感じなんですよね(笑)。自分の好きなものや声優という職業に対する情熱が強くて、声優になるためであれば歌ったり踊ったりすることも厭わない。そういう受け入れる心の広さも大人だなと思います。
――もう1人の主人公、渡辺千佳/夕暮夕陽役を務めている豊田萌絵さんのほうが、普段はどちらかと言うとギャルっぽい思考をされていますよね。
伊藤 萌絵さんはギャルですね、マインドは(笑)。
――伊藤さんと豊田さんは事務所の同期で、声優ユニットのPyxisとしても長らく一緒に活動されていますが、アニメでダブル主演を務める経験は?
伊藤 今回が初めてです。アニメのアフレコは全部終わっているのですが、やっぱり隣に萌絵さんがいるだけで安心感がありました。私はアフレコで毎回緊張をするタイプなのですが、萌絵さんがいるといつもよりもホームの雰囲気でいられるし、萌絵さんはコミュ力お化けなので先輩声優役を担当されている名だたる声優さんたちがいらっしゃるなかで、ムードメイカーとして現場をすごく盛り上げてくれて。それこそ2人で歌って踊ったりするユニットも一緒にやってきたので、環境的にも作品の2人と近くて、わかるなあと思いながら演じることができました。
――新人時代から共に活動してきた2人で一緒に主演を務めるのは、やはり特別な感情もあったのではないでしょうか。
伊藤 すごく嬉しかったですね。萌絵さんは覚えていないかもしれないですけど、すごく昔に「2人でいつか主演できたらいいね」という話をしたこともあったので……まあ、「え?そうだっけー?」と言われるのも嫌なので、今さら掘り返したりはしないですけど(笑)。なので私的にはエモいなあと思いましたし、続けていることは大事だなって実感しました。
――ちなみに、YouTubeにアップされている特別番組「声優ラジオのナカノヒト」でお話されていたところによると、原作者の方の意向で伊藤さんと豊田さんならではのネタがアニメに盛り込まれているそうですね。
伊藤 そうなんです。原作にはない要素、私たち2人の番組を知らないとわからないネタを追加してくださって、二月先生の愛をすごく感じました。ほかのキャストの皆さんも「これはどういう意味?」ってなるので、「実は私たちの番組で……」ということを説明するのも面白くて(笑)。
――伊藤さんが歌うOP主題歌「Now On Air」は、女性声優がテーマの作品ということで、もっと明るくて華やかな曲調になるのかと思いきや、かなりシリアスな楽曲だったので意外でした。
伊藤 私も最初はもっとポップな楽曲になると想像していました。でも、作品を観続けていただくとわかるんですけど、この作品はリアルな心情が描かれているので、シリアスで心が苦しくなるような場面も多いんです。お話が進むにつれてどんどん涙を我慢しながら観るような展開になるので、そのストーリーにも寄り添えるような、爽やかで疾走感があるけどどこか切なくて力強い、作品にぴったりのOP主題歌になりました。
――歌詞の内容的にはどんな部分が作品に寄り添っていると感じますか?
伊藤 「夢を追いかける」というのがこの楽曲のテーマの1つになっているのですが、“夢”はひとりではなくて“君”と一緒に叶えたい、というところが、作中で描かれる2人の関係性を表していると思います。2人だからこそつらいことも乗り越えて、夢を掴むための一歩を踏み出すことができる。あとは2番の“帰り道 強い雨に ずっと打たれ続けてる”の部分をはじめ、作品を先まで観ていくと「あのシーンのことかな?」と感じるようなフレーズも入っているので、アニメの2人の状況も思い浮かべながら楽しめる楽曲だと思います。
――その“君”と一緒に夢を叶えたい気持ちは、「声優と役柄(キャラクター)」の関係性にも当てはめられますよね。
伊藤 そうですね。声優さんは役柄やキャラクターありきのお仕事なので、そのキャラクターと手を繋いで進んでいく、というのは大事なことだと思います。それと私的にはやっぱり、ファンの皆さんに向けての気持ちが大きかったです。
――レコーディングでも、聴いてくれる皆さんのことを思って歌う部分があった?
伊藤 はい。夢を追いかける気持ちは、大人になってからもずっとあるもので、きっと今も自分のやりたいことをリアルに考えて追いかけている方が多いと思うんです。そんな人たちの背中をグッと押すような、「行ってこい!」と強めに伝えられるような楽曲だと思いますし、それでもつらいことがあるときは、寄り添いながら「一緒に頑張ろう」という気持ちも込めて歌いました。夢を叶えようと頑張っている人にも、夢を諦めかけている人にも届いてほしいですし、私としては応援してくださっている皆さんとこれからも一緒に手を取り合って、この先の未来を見ていきたい、という思いを込めています。
――“ひとりじゃ進めない”というフレーズもありますしね。苦い思いを感じさせる言葉もありますが、自分自身の過去の気持ちと重なる部分もあったのでしょうか。
伊藤 そうですね。この歌詞には「なんで届かないの?」みたいな苦しみを描いているところも多いので、その部分を歌っていると「あの頃はこうなりたいと思っていたなあ」とか「私だけは自分のことをわかってあげていると思い込んでいたなあ」というのを思い出してしまって。でも、そういう気持ちを経たからこそ歌える楽曲なんだと思います。あまりにも感情的になってしまうと、また別の意味を帯びてしまう楽曲だと思うので、歌っているときは1つ成長したお姉さんの気持ちで、キャラクターを含めてみんなを応援する側、支える側の気持ちで歌っていました。
――楽曲的にもドラマチックで展開が多いですが、歌の技術的に心がけたポイントはありますか?
伊藤 高い音が多くて、どこか神聖な雰囲気もある楽曲ですけど、あくまでも耳馴染みのある楽曲にしたかったので、ファルセットでサウンドと声の調和するいいポイントを探りながら歌を組み立てていきました。そうすることでふわっとした柔らかさも出しつつ、感情も上手く乗せることができたと思います。
――サビは2段階で展開していきますが、その後半のファルセットが一気に気持ちの高まるポイントになっていて。
伊藤 そこは大事なところで、聴いている方の気持ちをさらに引き込むために、ディレクターさんと相談しながら、声の出し方を変えて工夫しました。私も聴いていると自分の色んなことを思い返したり、昔思い描いていた夢を思い出したりするので、そういうふうに聴いてもらえたたら嬉しいなと思います。
――その意味では、この楽曲を歌うことで、自分自身の成長を感じる部分もあったのではないでしょうか。
伊藤 そうですね。こんなに難しい楽曲を歌えるようになったのも成長だと思いますし(笑)、デビュー当初は本当に人前で歌うのが苦手で、「ライブに出るのが怖い」とか「こんなに下手な歌、人前で歌えない」って泣きながらリハーサルしていたんです。その頃から考えると、今は堂々と歌うことができますし、それぞれの楽曲の中での自分の歌いやすいポイントを見つけられるようになったので、その意味ではアーティストとしてちゃんと成長しているのかな?と実感することがあります。
――MVは、伊藤さんが普段声優としてお仕事されている姿をフィーチャーした映像になっていますね。
伊藤 今回は折角声優の裏側を描いている作品の主題歌でもあるので、演じている役柄や歌詞の内容も踏まえて、私が普段やっているお仕事に密着していただいて、そのドキュメンタリー風のMVを制作していただきました。レコーディングしているシーンも撮影していただいて。
――配信番組「チームみくの会」の裏側の様子も映されていました。
伊藤 あれは実際に打ち合わせをやっている様子です。なので私の今の等身大の姿、配信やライブの裏ではどんなことをしているのかを知ってもらえる映像になったのですが、ファンの方にはどんなふうに受け止めてもらえるのかわからなくて、ドキドキです。いつものMVみたいにシーンを作り込んでいるわけでもないし、衣装も普通に私服だったりするので(笑)。「みんなはキラキラした私が見たいんじゃないかなあ」と思う気持ちもありつつ、仕事をしているときの自然体の私も受け入れてくれるといいなあと思います。
――この映像を観るといつも楽しそうにされていますが、お仕事は楽しいですか?
伊藤 周りの人に恵まれているので、皆さんが楽しくしてくれているというか、一緒に作っていくうえで素敵な時間を過ごさせてもらっていると思います……決して「楽しい」とは言わないんですけど(笑)。
――なんでですか(笑)。
伊藤 もう少し経験やキャリアを積まないと、お仕事を「楽しい」とは言えないかなっていう気持ちがあって。でも、みんなで作ったものを届けることができる、すごく達成感のあるお仕事だと思います。
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