透明感溢れる歌声でTikTokを中心に支持を集め、須田景凪やMAISONdesの楽曲に歌い手としてフィーチャリング参加するなど、今注目を集める新世代アーティスト「むト」。彼女にとって初のアニメタイアップ曲となるのが、TVアニメ『百千さん家のあやかし王子』のEDテーマ「愛故」だ。この世とあの世の狭間に建つあやかしの家「百千家」を舞台に、人間とあやかしの交流を描く本作を温かく包み込むようなこの名バラ―ドが生まれたのには、彼女自身の心境の変化も大きく作用していたという。リスアニ!初登場となる彼女に、これまでの歩みと今作に込めた想いを詳しく聞いた。
INTERVIEW & TEXT BY 北野 創
――リスアニ!初登場ということで、まず基本的なところからお聞かせください。「むト」の「ト」は半角のカタカナ表記ですが、このお名前の由来は?
むト 最初は「無色透明」という名前で活動していて、その後、漢字四文字の名前だと読みにくいと思って、「無色」の「む」と「透明」の「ト」を取って「むト」に名前を変えました。「ト」を半角にしたのは何となくなんですけど(笑)、名前に何かアイデンティティがあったほうが覚えてもらいやすいかなって。元々「無色透明」という名前にした理由が、私は歌っているときに「透明感のある声」と言われることが多いんですけど、当時の私はそう言われることがあまり得意ではなかったんです。
――それはなぜ?
むト 当時の私はかっこいい系の歌声に憧れていたんですけど、透明感はその真逆の印象があるので、自分の歌声があまり好きになれない時期があって。なので自分から「無色透明」と名乗っておけば、「歌声に透明感がある」ってわざわざ言われなくなるのかなと思って……今思うとすごく尖ってるなと思うんですけど(苦笑)。
――むトさんは2018年1月に歌い手としての活動を開始したとのことですが、当時はどんな気持ちで活動を始めたのでしょうか。
むト 元々、3DSに「うごくメモ帳」というソフトがあって、それを通じてネットにイラストを投稿したりしていくなかで、ボカロや歌い手といったインターネットの文化がすごく好きになったんです。そのサービスが終了してしまったんですが、歌うことも昔から好きだったので「自分もやってみたいな」と思ったのがきっかけです。それが中学3年生のときで、お年玉を使って勢いで機材を全部揃えて始めました(笑)。
――歌うことが好きだったんですね。
むト はい。10歳のとき、1/2成人式で将来の夢を話す機会があったのですが、そのときから「歌手になりたい」と言っていました。楽器も子供の頃からピアノを習っていたり、学校でも吹奏楽部に入っていて、音楽全般が好きでした。ただ、自分が歌で成功できる自信はなくて、ただ歌うのが好きという感じで。
――でも、ネットにカバー動画をアップするなかで反響を得られるようになったと。
むト 最初は観てくださる方もそんなにはいなくて実感はあまりなかったんですけど、TikTokでクリープハイプさんの「社会の窓」の弾き語り動画がバズってからは、一気にたくさんの人が観てくれるようになってびっくりしました。
@muto.k___ @りりあ。さんと@にんじんさんがかっこ良すぎてつい。 #クリープハイプ #社会の窓 #弾き語り #ギター #16歳 #運営さん大好き #おすすめのりたい #バズれ ♬ オリジナル楽曲 – 神透むト – むト
――ギターも弾けるんですよね。
むト はい。カバー動画を上げていくなかで美波さんというギター一本で弾き語りをされている方を知って、かっこいいなと思って私も始めました。今はピアノとギターとクラリネットだけですけど、もっと色んな楽器をできるようになりたくて、ゆくゆくはベースとドラムをやりたいなと思っています。
――活動を続けていくなかで、音楽活動に対する意識が強くなった瞬間は?
むト やっぱりTikTokでバズったときが転機でした。それまでは漠然とした夢で、音楽でやっていけるとは思っていなかったので「この機会を逃したらダメだ!」と思って、投稿に力を入れるようになりましたし、そこから音楽をやることを視野に入れて上京することを決めました。
――ちなみにどんなアーティストや音楽に刺激や影響を受けてきたのでしょうか。
むト 先ほどお話しした美波さんもそうですし、ヨルシカさん、ずっと真夜中でいいのに。さんのように、顔出しをしていないネットアーティストさんが好きで影響を受けました。ずとまよ。さんの場合は、楽曲やライブの作り込み具合1つとってもすごく世界観があって、別世界に来たような感覚になれる部分に惹かれています。ヨルシカさんは聴いていて心が穏やかになれるところが好きで聴いていましたね。歌はyamaさんみたいなかっこよくてお洒落な声質の方が好きで、あとはボカロを聴くことが多いです。リスナーとしては狭く深くっていうタイプで、あまり幅広く聴くタイプではないかもしれないです。
――ボカロ音楽には、どんなところに惹かれたのですか?
むト 初めて聴いたのが中学生のときで、それまでは母の影響でJ-POPの楽曲を聴くことが多かったんですけど、ボカロみたいに早口だったり音が高い曲ってJ-POPにはあまりなかったのですごく衝撃を受けたんですよ。「こんな音楽があるんだ!」って新しい世界を見た感じがして。ピノキオピーさんとか、ヨルシカでも活動されているn-bunaさんとか。そこからボカロにズブズブはまっていきました。
――ボカロPにも自分の世界観を確立している方が多いですが、むトさんは固有の世界観を持っているアーティストに魅力を感じるんでしょうね。
むト 本当にその通りで、私も「むト」というアーティストの世界観を大切に活動しています。これはSNSでも言っていることなのですが、私は私個人と「むト」を別物として考えていて、「むト」というキャラクターになりきっているというか、「むト」の世界観や世界を作っているイメージがずっとあります。
――むトさんが考える「むトの世界観」とはどんなものなのでしょうか?
むト 言葉では言い表しづらいのですが……「むト」のアイコンを見ていただけると伝わると思うんですけど、あまり人間味を感じさせないというか、非現実的な世界観が私は好きなのでそういうものを作っていきたいなと思っていて。
――その意味では、むトさんの「無色透明」な歌声は非現実的なイメージにも紐づきやすくて、ご自身の描きたい世界観とリンクしている気がします。
むト そうなんです、私もそのことに最近気付きました(笑)。そう思えるようになってからは、やっと自分の声質も愛せるようになってきたところがあります。声に限らず、ずっと自分のことがあまり好きにはなれなかったんですけど、その意識の変化は大きいなと思いますね。
――むトさんは2022年12月、初のオリジナル曲「無知」をリリースされました。この楽曲ではご自身が作詞・作曲に関わっていますが(Fziとの共作)、先ほどお話しいただいたような非現実的な世界観、歌詞にもある“夢と現実の狭間”のような雰囲気が感じられます。
むト あの楽曲は高校生のときにパッと浮かんだ“だんだん無知になって”というフレーズから連想を膨らませながら作っていきました。リズムが早すぎず遅すぎない部分とか、サビ頭の音が高くて裏声で歌っているところにむトらしさが出ているんじゃないかと思っていて。歌詞は結構遠回しな言い方が多くて、だからこそ聴く人によって解釈が変わると思いますし、そういうふんわりした感じもむトらしさになっていると思います。
――言葉にし難い気持ちや感情、その中でも焦燥感やもやもやしたわだかまりのようなものが感じられる気がしました。ややネガティブな感触と言いますか。
むト そこは私が音楽というよりも「むト」に対して「負の感情」で作り上げている部分があるので、きっとそういう部分が楽曲にも出ているんだと思います。「無知」も前向きな歌詞というよりはダウナーなイメージが強いと思うんですけど、それは私の負の感情のはけ口が歌だったので、自然とそうなったのかなって。
――先ほど、自分のことが好きになれない時期があったというお話しもありましたが、そういったなかで「負の感情」を吐き出す場所としての側面が、むトさんの音楽活動にはあるのでしょうか。
むト だと思います。学生時代を振り返ると苦しかったときのほうが多くて、「しんどい」とかもやもやした部分を抱えていたんですけど、音楽を聴くことでその音楽が代弁してくれるというか、自分の吐き出したいものを代わりに吐き出してくれている感覚があったんです。その曲をカバーすることによって自分の感情を吐き出している感覚もありました。今は、逆に私が誰かのもやもやした部分や吐き出しづらい部分を代弁できるような曲や歌を発表して、誰かの力になれればいいなと思っています。
――それがむトさんが音楽を作るうえで大切にされていることなんですね。それともう1曲、むトさんが自分で作詞・作曲された3rdデジタルシングル「レブル」についてもお話を聞かせてください。
むト 「レブル」は私の20歳の誕生日にリリースした曲で。20歳というのは人生において重要な年だし、私の中で「むト」という存在がすごく大きいものだったので、その「むト」を題材に歌詞を書こうと思って作った曲です。「むト」はアイコンにもあるように天使の輪っかが付いていて、堕天使がモチーフなんです……言葉にすると中二病っぽいんですけど(苦笑)。なので、堕天使のことを調べて、そのなかでもルシファーをモチーフに書いた楽曲になります。
――なるほど。「レブル」というのは「反逆者」という意味もありますが、それが堕天使を表す言葉でもあったわけですね。ただ、先ほど「むト」の活動が負の感情のはけ口になっているというお話もありましたが、ここにはむトさん自身の中にある「反逆心・反抗心」のようなものも表現されているのではないでしょうか。
むト それは結構あると思います。この曲では、私がそれまで生きてきて感じた人間の汚い部分を題材にしていて……別に今もそう思っているわけではないんですけど、そのときは「結局、世の中にきれいなものはないんじゃないか?」ってすごく思っていたんです。そういう人間の愚かさ的な部分がこの曲には色濃く出ている気がします。もちろん私自身もそうなんですけど(苦笑)。
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