REPORT
2024.03.05
新しい旅立ちは、いつもちょっぴりの不安と、その不安をはるかに上回る喜びと期待が、いっぱいに満ちている。昨年4月のCHiCO with HoneyWorks一時活動休止宣言から約10ヵ月。満を持してリリースされた1stEP「PORTRAiT」を引っ提げて、2024年2月23日、神奈川県・KT Zepp Yokohamaで開催されたCHiCOソロ初のワンマンライブ<LAWSON presents CHiCO 1st Zepp Live 2024“PORTRAiT”>は、まさにソロアーティストとしての新しい旅立ちを、彼女と彼女の歌を愛する人のもとにしっかりと届ける、フレッシュで希望に溢れたステージになった。
PHOTOGRAPHY BY 江藤はんな(SHERPA+)
TEXT BY 阿部美香
この日は、冷たい北風が吹くあいにくの小雨模様だったが、開演が近づく頃には雨も上がってしまう。そんなところにも、CHiCOとCHiCOファンの想いが天に通じた感覚を覚える。2階までいっぱいに埋まった客席。ステージにかかった薄い紗幕の向こうに、ぼんやりと淡い光が見えている。これからどんなCHiCOの旅立ちの時が始まるのかとわくわくした気持ちを、みんなが一緒に共有している空気がひしひしと伝わってくる。
開演の18時を回り場内BGMが止むと、紗幕の向こうでバンドがスタンバイする。今回の大阪、横浜の2公演でCHiCOの歌声を支えるのは、バンマスの黒須克彦(b)、香取真人(g)※横浜公演、金井央希(key)、山本淳也(ds)(大阪公演のgは、Ommyこと城石真臣)。いずれも数々の大物アーティストをライブサポートしてきた実力派の面々だ。
オープニングBGMが鳴り始め、鮮やかな模様を照らすライトが照らし出す。一斉にフロアに赤いペンライトが灯り、白い衣装を纏った人影が、ステージ中央で足を止めるのが見える。歓声がさらに大きくなり、華やかなBGMが加速度を増す。一瞬の静寂の後、のびのびと会場を包んだCHiCOの歌声。それは「光のありか」だった。パッとステージが明るくなると、バンドセットの頭上には、ソロになってからの新しいCHiCOロゴが大きくあしらわれ、その周りにはポートレートの名にふさわしく、白地を取り囲む6つのフレームが飾られている。
お立ち台に上がったCHiCOが、明るく元気に「さぁ、“PORTRAiT”楽しんで行きましょう!」と呼びかけると、待ってました!とばかりに真っ赤なペンライトの波が激しくなる。「Oh~Oh~」と重なるオーディエンスの声を受け止めて、〈僕らの世界は 動き出したんだ〉と笑顔で歌うCHiCOの声が、彼女とファンとの旅立ち、その第一歩を表しているようだ。鮮やかに彩られた新世界が見えるようなオープニング。続く2曲目は、こちらも旅立ちにふさわしい明るい陽射しとさわやかな風が吹き込んでくる「TRUE BLUE SKY」。CHiCOに合わせて全員が両手を左右に振り、未来を祝福する。
「こんばんはー!……(みんなの)声、小っちゃい?」と笑いながら、ライブタイトルを叫んで挨拶する。「EP『PORTRAiT』を引っ提げてのワンマンライブ。CHiCOソロ最初のワンマンライブを、すごくすごく楽しみにしていました。最初から最後まで、みんなと一緒に楽しんで作り上げていきたいと思ってます!」。CHiCOが「よろしくお願いします!」と言うと、客席からも「お願いします!」の声が飛ぶ。ナチュラルにファンとやりとりするCHiCO with HoneyWorks時代から変わることのないフレンドリーなMCに、頬が緩む。
バレンタインデーは過ぎてしまったが、「まだ2月ということで、甘くて美味しい楽曲をお届けします!」と告げて、チコハニナンバーを2曲披露。ピンクのライティングとCHiCOの甘い歌声が混じり合った「カヌレ」では、“好き 好き 好き”を連呼しながらオーディエンスを指差し、客席からの掛け声にノリノリになった横浜公演限定の「ヒミツ恋ゴコロ」では、白いスカートの裾がひらめき、シルバーのビスチェを光でキラキラさせながらキュートにジャンプを決めてニッコリ笑う。
お馴染みの楽曲が続いたところで、次は「PORTRAiT」から「お家にいるオフのCHiCOを切り取った」ナンバーを紹介。「お風呂や寝る前のふとリラックスした瞬間に、心の中に抱えた小っちゃいモヤモヤが急にモワっと膨れ上がる時ってあると思うんです。そんな繊細な感情を、チャットモンチーのベースとして活躍されていた福岡晃子さんが書き下ろしてくれました」。そう言って歌われたのは「たがため」。ゆったりしたリズムに乗せて、優しい歌声がCHiCOの素顔を映し出す。ロックナンバーではタイトに、柔らかな楽曲ではまろやかにボーカルを支えるバンドの音色がとても心地いい。
「たがため」を歌い終え、改めて今回の“PORTRAiT”ライブのコンセプトを紹介する。「PORTRAiT」はソロアーティスト・CHiCOの名刺代わりになる1枚がコンセプトだった。同じように「ワンマンライブも名刺代わりになるようなライブをお届けすることをテーマに、新しいCHiCOも見てもらいたいんですが……ここで時を戻して、私の音楽のルーツをみんなにも覗いてもらおうかなと思います!」と告げる。「リスアニ!」のリリースインタビューでも語ってくれたが、『PORTRAiT』で迎えた作家陣は誰もがCHiCOの音楽の転機やルーツを彩ってくれた人たちだった。
そう告げて、時計は彼女の高校時代に巻き戻される。軽音楽部に所属していたCHiCOが、初めて組んだバンドでギター・ボーカルとして歌った楽曲。それは今歌ったばかりの「たがため」を書いた福岡 晃子が所属するチャットモンチーのナンバーだ。「そのカバー曲を歌います」と告げて放たれたのは、パンキッシュな香りを残す「風吹けば恋」。チコハニともCHiCOソロとも違うガーリーなボーカルが、シンプルなサウンドに乗って、また新しい扉を開けてくれた。
ルーツを辿る時計の針は、もっと幼かった頃の思い出へと巻き戻される。「小学生くらいの頃です。このアーティストのように歌ってみたい、こんな深い歌声で歌ってみたい」と憧れていたのは、シンガーソングライターの諫山実生。幼い頃に何度も歌ったという、ジャジーな「月のワルツ」をカバーする。美しいメロディ、ソフトで大人っぽい歌声。これもまたこれまでの楽曲では、味わえなかった一面だ。そしてステージはそのまま、CHiCOの強いリクエストで諫山実生の楽曲提供が実現したという「PORTRAiT」の1曲、「駅」へ。お立ち台に座り、白いライトを浴びたCHiCOの透明な歌声に、オーディエンスも静かに聴き入る。アウトロで繊細なフェイクを聴かせたCHiCOは、そのままスッとステージを去り、金井のピアノと山本のウィンドチャイムが余韻を残し、拍手が起こった。
静寂を打ち破るような激しいストリングスの音と、再びステージに登場したCHiCOの「もっと行くぞ、横浜!」という大きな声が重なり合う。スリリングな緊張感が押し寄せる次のナンバーは、『劇場版シティーハンター 天使の涙(エンジェルダスト)』公開記念ミュージックトリビュートプロジェクト第1弾として公開されていたPSY・Sのカバー曲「Angel Night ~天使のいる場所~」だ。先ほどまでの白の衣装から対を成すように、黒と濃いピンクのツートーンがビビッドな衣装に着替えたCHiCOがコケティッシュな歌声を疾走させ、突き刺さるようなフェイクで酔わせる。
「ここでバンドメンバーを紹介します!」と告げて、ドラム、ベース、キーボード、ギターが順にセッション。オーディエンスの手拍子が大きくなり、「そしてボーカル、CHiCOでーす! もっともっと声出して行きましょう!」の呼びかけに、またまた歓声が巻き起こる。バンドのブレイクと共に「真夜中エスケープ」とコールすると、グッと大人びたサウンドが、やるせない都会の夜を演出する。彼女がターンを決めてリズムを刻むたびに、柔らかくカールしたロングヘアが揺れ、ムードを作る。先ほどの「Angel Night ~天使のいる場所~」の鮮烈なフェイクでも感じたことだが、チコハニ時代にはあまり見ることのなかった「真夜中エスケープ」でのクールでダルなボーカルに、ソロアーティストとしてのポテンシャルの目覚めとスケールの増幅を感じることができる。
その覚醒は、次の「イバラヒメ」でもう1つの扉をこじ開ける。悪魔と契約を交わし、ステージで歌うこと、踊り続けることを止められなくなった哀しい歌姫のファンタジー。ラテンの香り漂うドラマティックなトラックに乗せて、繊細で高揚感に溢れたファルセットとダイナミックな歌声が絡み合い、そんな架空の物語をリアルなストーリーへと変容させる。歌いながら長い手を伸ばし、バレエダンサーのように艶やかなマイムで物語を紡ぐCHiCO。紛れもない“歌姫”の姿がそこにあった。
アウトロが終わり、気圧されたような一瞬の静けさのあと、響く大きな拍手。それまでのシリアスな空気を跳ね飛ばすかのような笑顔で「ちょっとかっこいい感じにお着替えしてきました、かわいいでしょ?」とチャーミングに客席に問うと観客もすぐに笑顔になって、熱くコール&レスポンスを交わす。ここまで、多彩な楽曲で、色とりどり、様々なポーズのポートレートを私たちに見せてくれたCHiCOは、「横浜行けますかー! いいねっ、その調子でぶち上がって行きましょう!」と声を張り上げて会場のテンションを一気に引き上げる。放たれたのは「アイのシナリオ」! 黒須と香取がお立ち台に上がり、CHiCOはステージの上手、下手を歩き、オーディエンスを激しく煽りながら、力のこもったボーカルで圧倒する。真っ赤なペンライトが負けじと大きく振られ、全員が大きな声を合わせていく。
その勢いは「決戦スピリット」になっても止まることはない。客席からの掛け声はますます激しさを増し、CHiCOがマイクを差し出すと、大合唱が巻き起こる。「まだ行けますか?」と煽りながら次の曲「エース」をコールすると、キャーッ!と声が挙がり、KT Zepp Yokohamaに渦巻く熱を、さらに高みへと押し上げる。“変わるんだよ 変えるんだよ 無理なんて思いたくもない”“叶うんだよ 叶えるんだよ いつだって本気であれ”……オーディエンスにぶつけられる言葉の1つ1つが、CHiCOが自分自身とみんなに与える終わらないエールだ。
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