INTERVIEW
2024.02.02
今から17年前。『涼宮ハルヒの憂鬱』の熱が冷めやらぬなか、京都アニメーションから送り出された『らき☆すた』。そのハイクオリティな映像美で叩きつけられるネタの嵐に、全国のアニメオタクは度肝を抜かれた。そんな大ヒット作『らき☆すた』の原作コミックが今年で連載開始から20周年を迎え、それを記念して埼玉県は久喜市でオーケストラコンサートが開催されることになった。さらに、アニバーサリー・イヤーを盛り上げる行事の一環として、これまでパッケージの特典でしか手にすることができなかったオリジナル・サウンドトラックが発売!この歴史的出来事を前に、作曲者の神前 暁氏とプロデューサーの斎藤 滋氏に、当時の思い出を振り返っていただいた。ああ……何もかもみな懐かしい……。
INTERVIEW & TEXT BY 前田 久
――『らき☆すた』の放送から17年越しでOSTがリリースされます。率直なご感想は?
斎藤 滋 ストレートに、「出せて良かった」です(笑)。17年も経っているのに、まだ出させてもらえる状況にあるってすごいことですよね。
――このタイミングでリリース、それもフィジカルで出すというのはどういう流れで?
斎藤 まず、原作の連載開始から20周年という節目に、オーケストラコンサートをKADOKAWAさんが企画されたんです。それを盛り上げるために、ランティス側でも何かできることはないかな? と考えたときに、そういえば歌モノのベスト盤はかつて出したことがあったけど、劇伴は出していなかったなと思いつきまして。それでランティスの『らき☆すた』チームに提案させていただいた形です。
――正直、意外でした。「あれ?パッケージとセットでリリースされたものだけど、まだ単品のOSTがリリースされてなかったんだ」と。あまりに耳に馴染んでいるもので……(笑)。
神前 暁 同じような形でリリースされた『涼宮ハルヒの憂鬱』のOSTは出ていたんですけどね。
――神前さんは発売のお話をいただいたときのお気持ちはいかがでしたか?
神前 いやぁ、びっくりしましたよね。こういう過去作のリリースってタイミングが大事なんですが、『らき☆すた』は特にそういうものがない作品だと思っていたので。リイシュー(再発売)ならまだしも、完全に新規タイトルで出せるというのがびっくりです。でも作家としては当然、非常に嬉しいことですね。
――『らき☆すた』前後のアニメ業界はお二人の目にはどう映っていたのでしょうか。
神前 ちょうど深夜アニメが盛り上がり始めた頃といいますか。ゼロ年代のオタクカルチャーの盛り上がるのが、まさに『ハルヒ』『らき☆すた』の放送された2006、7年のタイミングだったと思うんですね。その少し前に『(魔法先生)ネギま!』のハピマテ(「ハッピー☆マテリアル」)があったりして、ネットと親和性の高いアニメ、ゲームみたいなカルチャーが、ちょうどその頃に始まったYouTubeやニコニコ動画の盛り上がりともリンクして、爆発的に勢いのあった時代だったな……という印象ですかね。ただ、当時はそれ以外の音楽シーンを知らない状態でいきなりポンッと渦中に放り込まれたものですから、比較とかではなくただただ「なんだかすごい業界だな~」と思っているだけでした。
――プロデューサーという立場だと、もう少し俯瞰的にご覧になっているところもあったのでは?
斎藤 そうですね。その時代を思い出すに、「まだアニメが市民権を得ていない時代だったな」という印象があります。「アニメが好きだ」といっても、周りからあまり理解が得られないことが多かった時代なのかな、と。ただ、そうした状況で良質な作品はたくさん生まれていて、「僕たちが好きなアニメーションは素晴らしいものなんだ!」って、ファンの皆さんが声を上げ始めた頃。市民権獲得のためにファンの方が運動を始めた時代だと思っています。「良いものは良いんだ!」って日の当たらない場所から声を上げるためのツールとしてインターネットがあって、だからこそのエネルギーが溜まっていたのかもしれないですね。
――そうした時代の空気感があり、ご自身たちとしても『ハルヒ』のヒットの勢いがある中での次回作としての『らき☆すた』だったわけで、気負いやプレッシャーはなかったのでしょうか?
神前 同じ座組ではあったんですけど、あくまで別の作品ですし、『らき☆すた』って割と日常アニメといいますか、地味目な素材だったのでそこまで大きなプレッシャーを感じることはなかった気がします。「あの『ハルヒ』の次!」って感じではなかったですね。
斎藤 同じスタッフでやった前の作品が大ヒットしていたとして、宣伝面では「あのスタッフが再集結!」というフレーズは使えるんですけど、当事者たちは割と気持ちをゼロにして作ることが多いと思っています。『ハルヒ』がヒットしたから頑張らなきゃ、っていう気負いはゼロではないんですけど、これはこれ、それはそれと割り切って、ゼロからスタートさせる気持ちのほうが断然強かったように記憶しています。
――最初の劇伴打ち合わせでは、どんな話をしたか覚えていますか?
斎藤 神前さん、覚えてます? (音響監督の)鶴岡(陽太)さんとランティスの当時の社長である井上俊次さんがいらっしゃって。
神前 覚えてます。あと、(当時の)副社長の伊藤善之さんもいらっしゃいましたよね。伊藤さんは『らき☆すた』の音楽の現場には、大抵いらっしゃっていた印象があります。
斎藤 そうそう。井上さんは、多分『ハルヒ』がヒットしたから来たんだと思います(笑)。で、井上さんから「バンド系なんていいんじゃない?」とコンセプトの提案があって。具体的にはたしか、ビートルズの名前が出ていたことはぼんやり覚えています。
神前 ビートルズは誰かがおっしゃってましたね。井上さんだったかな?伊藤さんも言いそうですよね。どなたがおっしゃったかまでは覚えていないんですが、そのコンセプトは実際に完成した劇伴にも結構反映されてます。
斎藤 といっても絶対にそれ、というわけではなくて、「方向性を1つ決めよう」って軽めの話でしたよね。
神前 あくまで1つのキーワードとして、ですね。
――特に今回の2枚組でいうと1枚目に主に収録されている楽曲は、改めて聴くとかなりビートルズらしくて驚きました。
神前 そうですね。自分としてはビートルズっぽかったり、クイーンっぽかったり、もう少し広くブリティッシュ・ロック感を出したつもりではありました。
――それにしても、アイデアの源泉はどこだったんでしょうね。日常系アニメとビートルズを繋げる何かがあったのでしょうか。
神前 うーん、そこはなんとなくじゃないかな……。ビートルズの音楽性がどうこうだったんじゃないと思うんです。「何か1つ軸を定めなきゃ」と考えたときに、一番王道なものを挙げた、ということではないかと。
斎藤 確信をもって「バンドサウンドでいこう!」ってなったわけではないですよね。あれも良いね、これも良いね……と話をしているうちに、なんとなく方向性が決まった。
――そこから鶴岡さんの音楽メニューの発注があって。
神前 鶴岡さんって音楽を使うシチュエーションをあまり具体的に書かれないんですよね。大体「日常1」「2」「3」みたいな。
斎藤 あとはポエミーなサブタイトルが付いてるものもありますよね。「純粋な心で」とか。
神前 「形而上的な会話」とか。
斎藤 時々そういう、難しい日本語が混ざる。
神前 謎掛けみたいな感じですね。ただ、それでも当時はまだ比較的システマチックなオーダーが多かったです。「〇〇のテーマ」「楽しい会話」みたいな目的用途がリスト化されている感じでした。
――パロディ楽曲のオーダーは?
神前 それは最初からそういう想定で使用するシーンが具体的に書かれていました。ネタ曲をやるには許諾を取らなきゃだめですしね。
斎藤 KADOKAWAのプロデューサーの伊藤 敦さんが、一応大元のところには「こういうパロディをやるよ」とちゃんと話をしていたような記憶があります。少なくとも映像はやっていましたね。
神前 音楽も基本はそうなんですが、中には取っていないのもあります。似てるけど、権利的には大丈夫なものだとか。ただ、そういうものに関しては、元ネタありきで、あくまでネタとしてやっていることをしっかりとエクスキューズしていく姿勢をとっていましたね。
斎藤 映像の演出も込みでね。わかってやっているということをしっかりとそのシーンで見せる。
神前 それをやって「パクリ」と言われることはない。
斎藤 大元側も喜んでくださっている……と、思い込んでいます(笑)。コロッケさんがモノマネをするときに、大元の人が怒らないのと一緒かなって。
神前 でも、怒られたら「すみません」っていうしかないんですけどね(笑)。
――m.o.v.eのパロディ(「Gravity」)とか、あまりのクオリティでテレビの前でのけぞった思い出があります。
斎藤 本当に良い曲なんですよね、あれ。
神前 後々ご本家がカバーしてくださるという。あれはびっくりしました。
斎藤 パロディ曲は数もとても多かったし、神前さんには負担をかけましたね。
神前 アニメの中で一瞬だけ流れるゲーム音楽とかも、思い切りフル尺で作っちゃって……あのカロリーは高かったですよね(笑)。
斎藤 こういうことをやるとき、ほかの人にも発注する考え方もあると思うんです。でも、そんななかで『らき☆すた』では神前さんに全部お願いしたかというと、「何でもかんでも1人の人がやっている」というのも、盛り上がるネタとして世に発信しようと思っていたんです。『らき☆すた』はモブの役をくじらさんと立木文彦さんが全部演じていたじゃないですか。本来、お二人が声を当てないようなキャラでも、とにかくなんでもやる。あの感じが面白いよね、っていうムーブメントが現場にもお客さんにもあったので、音楽もすべて神前 暁が1人でやってる状況を作ったんです。
神前 あれってそういう判断だったんですか!?
斎藤 演歌の曲(小神あきらのキャラクターソング「三十路岬」)を作ることにしたときに、はっきりそう考えたはず。「ここまでやればくじらさん、立木さんに負けない存在感になるんじゃないか」みたいな話をスタッフ間でした記憶があるので。……でも本当に、今やったら怒られるような発注の仕方でした。ごめんなさい。
神前 でも、勉強になりました。量産をすることでしか得られない何かって、あるんですよ。
斎藤 量産するスキルとかね。
神前 あと、精神的なタフさ。
斎藤 発注する側の目線でいうと、「神前さんはどんなジャンルでも対応できる人なんだ」という認識もできた。
――職業作家として仕事を請けるうえで、そうした信頼を手にするのは大事なことですよね。
神前 言われたらやるしかないので、頑張ってやっただけですよ(苦笑)。
斎藤 でもそれで出来ちゃう人と、出来ない人はいますからね。神前さんはビートルズから演歌まで、どれもキレイにできちゃうので本当にすごいなと思いました。
――「ビートルズっぽい」サウンド1つとっても、バリエーションが多いですしね。いわゆるバンドらしいものから、インド音楽の要素が入ったりする中期・後期のビートルズっぽいサウンドまで幅広く書かれている。
神前 元々ビートルズは中期以降が好きなので、そこは単に好みが出てるんです。ギターが弾けないので初期のロックンロール的なビートルズにはあまり共感ができなくて、中期以降のアレンジの凝った作風の方が好きですね。
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