クリエイター・Tom-H@ckを中心に、これまでアニメを中心に独自の世界観を形成してきた音楽プロジェクト・MYTH & ROID。そんな彼らが初となるストーリーコンセプトミニアルバム『AZUL』を発売した。とある街を舞台に、“神の手”あるいは“死神の手”と呼ばれた少年、そしてその周囲の人々を描いたストーリーに、彼らはどのように向き合い、MYTH & ROIDとしてどのようなサウンドを鳴らしたのか。今回はTomとボーカルのKIHOW、そしてストーリーと作詞を担当するhotaruに話を聞いた。
INTERVIEW & TEXT BY 澄川龍一
――この度リリースされたコンセプトミニアルバム『AZUL』。コンセプトアルバムかつ連作というアイデアはどこから生まれたのですか?
Tom-H@ck 1stアルバムの『eYe’s』が、いまだに国内外からたくさんの反響がありまして。昨年くらいから国内のライブも活発に動くようにしてきたので、そろそろ最も得意としているアルバムを出そうという構想からスタートしました。というのも、『eYe’s』もストーリーのある作品だったんですよ。あれは義眼師の話で、そういうストーリー性をもっと色濃くして深く、世界観を掘り下げていくような作品にしようと思ったんです。それで、今回はコンセプチュアルなアルバムを、ミニアルバムとして2作連続で出すことになりました。
hotaru 2枚連続で出すと決まって、じゃあそのコンセプトをどうしようかみたいなところからまずは考えていったんですけど、色んな案を出し合って考えていくなかで、やはり“ストーリーもの”が一番手応えがあり、そこに落ち着いた部分があったんです。そこから、雑多に自分の中に浮かんだキーワードから、例えば今回だったら「海」とか、すごく漠然としたものから色々と調べてみて、何かピンとくるものがないかな?って考えていきました。そうやって探していくなかで、ある1枚の画像を見つけまして、それがスペインにある海底美術館だったんです。色んな彫刻や車とか、門みたいなものが海の底に実際に置いてあるその美術館の画像を見たときに、ピンときて。「生と死」が同居しているようなものにすごくストーリー性を感じられたというか……そこからインスピレーションが広がっていきました。
――その画像を僕も画像を検索してみたんですけど、海底に沈んだ様々なオブジェがすごく幻想的であり不気味でもあって……『AZUL』のアートワークにも繋がってくるものだと思いますが、TomさんとKIHOWさんはこのアイディアを見たときの感想はいかがでしたか?
Tom-H@ck このコンセプトをhotaruさんから聞いたときに、スムースジャズのようなちょっと丸い音というか、ヌルヌルとしてる感じの音が、その青い世界や海底、水などの雰囲気にすごく合うなと思ったんですよね。トレンド的にも、それこそビリー・アイリッシュとかがそうで、そういう音が最初にサウンドのコンセプトとしてイメージが浮かびました。
KIHOW 私も最初に画像を見たとき、すごく綺麗だなって思う反面、怖さも感じましたし、それがMYTH & ROIDが持っている音楽の像にすごく合ってるなと感じて。あと、ストーリー自体も第1稿と今公開されている話が少し違うんですよね。最初にいただいたストーリーはもっと暗い、救いのない感じの話だったんです。私も暗いものや怖いものが結構好きなので、それをどういう風に形にしていくのかなということを日常的に考えていましたね。
hotaru 一番大きく変わったのはオチなんですよね。主人公である少年が街の人に迫害されるなかで色々なことを受け止めている。今の状態でも、見る人によっては結構しんどい話だと受け取るかもしれない。でも、もしかしたら人によっては勇気や励みみたいなものを得られるかな、というバランスにしていますね。
――確かにラストシーンに少年がとった行動によって、捉え方が変わってくると思います。また、歴史上コンセプトアルバムというのはフィクションを描きながら現代をトレースするものが多いと思っていて、”神の手”と称賛された少年がやがて”死神の手”として迫害されていく過程での群集心理というのも、何か現代とリンクするものがあるのかな……と。
hotaru 今おっしゃっていただいたように、ここ10年くらいに現実の社会で起きたいくつかの出来事を想起するものが入っていると思います。お話の雰囲気としてはどこかわからない時代設定であり、神話や童話に近いイメージみたいなものは思考の底にあるんですが、その具体的な内容については僕個人が感じているものから生み出しました。ただ、このテーマが浮かんだときに、どう扱うかというのはかなり悩みました。僕たちが今まで活動してきたアニメ音楽のシーンでは、あくまでもエンターテインメントの考え方であり、社会的なメッセージというものがあまり内包していないジャンルではないのかなと思っていて。
――確かに。
hotaru どちらかというとアニメシーンではフィクションを楽しむ場であって、色んな人生に対する前向きなメッセージというものを楽しむ傾向が強いように感じていたんですが、僕個人としては、そういった社会的な側面も含めてこそクリエイティブだよなって思ったんですよね。今この時代を生きているのは僕も聴いている方々も一緒で、そういう感覚をあえて排除する必要はないよなと思い、今くらいのバランスで落とし込みました。最終的には「あのシーンは、あのときに起きたあの出来事だ」と直接想起させるようには書いていないので、そういった具体的な出来事と結びつけずにそのまま受け取る人もいるだろうし、澄川さんみたいに思う人もいるかもしれない。これくらいの感覚がすごくフラットなのかなと思うんですよね。
Tom-H@ck 僕も、制作の中で「コロナ禍の“今”みたいなものを表現したいんだよね」って話したんですよね。コロナで世界が変わった部分ってたくさんあるじゃないですか。それを芸術作品に落とし込んで表現したいんだ、と。美しくて良い作品だけじゃなくて、それを聴いた人が現実世界にまた戻ったときに、それを吸収して人生に反映してほしい。そういうエゴみたいなものが自分の中にあって。MYTH & ROIDとしても、ただただ美しいことをやっている人たちじゃないんだよっていう部分を届けたいと思っていたので、今回のストーリーには個人的にすごく納得していますね。
KIHOW hotaruさんが書いたストーリーや歌詞には、そのときhotaruさんが思っていることやみんなに伝えたいことが書かれていて、一方でその中に私がこういうことを歌いたいんじゃないかという想いも入れてくれたんじゃないかな?って思うことがあって。私たちも去年の秋から国内での単独ライブを新たに始めていく状況で、アーティストとしてもより良い状態になっていこうとしているタイミングだと感じているんですけど、そういう状況の中でも「心強いな」って感じる歌詞が多いんですよ。ずっと一緒に活動しているメンバーの絆というか、チーム的なものを歌詞から感じることもあって、それが素直に自分の中に入ってきて力をくれるというか。
hotaru それはKIHOWちゃんが加入したときからそうで、ボーカルがこれを歌ったらどう見えるかな?というのを僕はかなり気にしているんですよね。ただ、今回のアルバムは逆に、そこまで見え方を強く意識したつもりではなかったんです。2枚のアルバムがあり、それに合わせるツアーも組むことが決まっていて、そのなかで思った通りの活動がMYTH & ROIDとしてもできるようになってきた。なので、KIHOWちゃんが感じ取ってくれた部分というのが、「ユニットとしての活動を、ここからもう1つギアを上げていきたい」という僕の気持ちも共通していたからなのかなって思います。
――ここからは、『AZUL』の各楽曲についてお伺いしていきます。まずは冒頭で本作のストーリーが朗読される「<Episode of AZUL>」を経て、「RAISON D’ETRE」へと続きます。このサウンドにはどういったイメージがありましたか?
Tom-H@ck コンセプトをもらってから作った楽曲としては、制作時期は中間くらいの曲かな?ほかの楽曲が出来上がっていくなかで、カラッとする感じの楽曲がなかったのが個人的な感覚として気持ち悪くて。なので、さっき言ったスムースのような雰囲気は持ちつつ、ライブでも盛り上がれて、みんなが良いなと思ってくれる求心力があるような曲を作りたかったんですよね。
――なるほど。サウンドとしてもフレッシュで、どこか不思議な感触もある印象ですが、そのなかでの歌詞世界というものは何を示しているのかなと。
hotaru この歌詞は、今回のアルバムの中である意味唯一明るい部分というか、平和な時代を担う立ち位置になっているんですよね。なので、その明るさというか、色んなものを詰め込みたいなと思ったんですよ。街がまだ平和な時代で、少年が街の人を見て「笑顔が素敵だな」とか様々な部分に感銘を受けているシーンで、街の人たちの営みをすべて詰め込みたいなと思っていましたね。
――平和と同時に、何かアートの享楽感も感じさせる明るい世界観になりましたが、そこでのKIHOWさんのレコーディングはいかがでしたか?
KIHOW この曲がきっと、一番今までにない歌い方をしているかなと思います。具体的には、地声で歌っていますね。私の中だけの表現になってしまうかもしれないんですけど、ちょっとえぐみがある発声というんですかね、聴く人によっては「かわいい」みたいな印象の声なのかもしれないですけど、それを基本的に保つ形で歌っています。今までの曲だったらやってこなかったことだったので、すごく楽しかったです。初めてのことではあったけれど、不安な気持ちもなくただただ楽しく臨めたというか。ラップのようなパートもあり、そこも今までにない歌い方をしているので、聴いて驚く方もいるかもしれないですけど、嫌な感じには絶対ならないっていう確信がありました。
――続いては「MOBIUS∞CRISIS」。これはTomさんがおっしゃっていたような、非常にシンプルでスムースな印象もあるトラックになりましたね。
Tom-H@ck 2、3年前くらいから今までのトレンドを合わせたような感じの曲になっているんですけど、個人的にもずっとこういう楽曲を作りたかったんですよね。音数もドラムとベースとボーカルだけになっていて、なおかつ中毒性があるみたいな。一度聴いて、もう一度繰り返して聴きたくなるような楽曲を作りたいなと思っていて。あと、構成的にはすごいシンプルなんだけど、イントロとBメロとサビでベースの音が変わってるんですよ。
――それぞれで鳴らしている音が違う?
Tom-H@ck はい。鳴らしているシンセが違う。普段はソフトシンセで鳴らすんですけど、AメロとBメロはどちらもハードで鳴らしていて。YAMAHAのDXシリーズという昔フュージョン系の人たちがよく使っていたものがあるんですけど、そのリイシューのハードシンセでAメロBメロはベースを鳴らしています。サビに関しては、アナログシンセの金字塔のMoog。ソフトでやるとここまでの質感というのは出ないんですよね。シンプルに見えて表現できないグルーヴが出ているので、かなり細かいこだわりがあります。
――そのこだわりが独特の浮遊感もあり、明るいイメージのあった冒頭から暗い影を落とす印象にも繋がっているんですね。歌詞世界としても、そういう物語の転換にもなっているのかなと。
hotaru そうですね。アルバム曲としては、タイアップ楽曲となっている「ACHE in PULSE」(TVアニメ『アークナイツ【冬隠帰路/PERISH IN FROST】』OPテーマ)をのぞけばこの曲が一発目の制作だったんですよね。MYTH & ROIDの特徴の1つとして、英語の歌詞に対応しているというのがあるんですけど、一発目なのでアルバムとしての世界観の深さを出したくて全部英詞にしたいという想いがまずありました。そのなかで、最初はみんながこういうふうに言っていたけれど、言うことが変わってしまったという部分を表していて、立場の不安定さといいますか。自分は何も変わってないのにみんなが変わっていく不穏な感じ、不気味で恐ろしい雰囲気がこのあとも続いていくというニュアンスを表したいなと思っていました。
――ここで少年を取り巻く環境が不穏な方向に変化していくわけですね。
hotaru 歌詞では1B、2Bが、1C、2C、3Cが一緒のフレーズなんですよ。Aメロも、1Aと2Aも文章の形として一緒で、単語だけ変えて意味を反転させているんですよね。例えば、1Aでは“彼らはみんな僕を神の手を持つ少年と呼んだ”とあるのが、同じ文章の構成の仕方で2Aでは“死神の手を持つ少年と呼んだ”と単語だけ入れ替えて意味を反転させているんです。
――それを語るKIHOWさんのボーカルの温度感というのも、また惹き込まれる仕上がりで。
KIHOW 初めこの曲を聴いたときに、「こういうのを歌いたかった」と思って嬉しかったんですけど、レコーディングをした感想としては、独り言が漏れ出してるような感覚で、特別にどこかを強調したり、むしろそういうことをしないように平坦をキープする歌い方になったと思います。サウンド的にも音数が少ないぶん自分の声がしっかりと聴こえる楽曲なので、聴いていて飽きない声色を見つける必要があるなと思っていましたね。
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