INTERVIEW
2023.12.06
12月6日、アーティスト活動30周年を迎える梶浦由記が『30th Anniversary Early BEST Collection for Soundtrack』をフライングドッグからリリースする。劇伴作家としては初期にあたる2001~2009年に担当したアニメーション・ゲームから選りすぐりの71曲をリマスタリング収録、同作にはフライングドッグ作品のほか、サンライズ・バンダイビジュアル制作のアニメ『舞-HiME』『舞-乙HiME』の劇伴曲も入る。また、発売日同日には、SACRA MUSICよりゲーム・アニメ以外で主題歌・劇伴を担当した作品のサウンドトラックアルバム『The Works for SoundtrackⅡ』も発売され、梶浦由記の劇伴仕事が集約されたメモリアルなアルバムを同時に手に取ることができる。アニメの劇伴曲が多く収録される『Early BEST』を中心に据え、劇伴作家としても名高い梶浦の偉大なる足跡を、梶浦自身の言葉で振り返っていきたい。
INTERVIEW & TEXT BY 清水耕司
――まずは、2000年代に手がけた劇伴曲のベストアルバムがリリースされることについて、どのような気持ちかお聞かせいただけますか?
梶浦由記 アーリーベストはいつか出したいと思っていました。最近は配信という手段もあるので聴きやすくはなりましたけど昔の作品ほど聴く機会が失われますし、サウンドトラックなんて最近はCDにならないことも多いですよね。そうすると、ライブでやった曲のオリジナルを聴いていただけないことも多いんですよ。ライブ音源でのベスト盤を出していますけど、個人的には最初に作ったオリジナル音源に愛着もあるので、両方を聴いていただけるのならばとても嬉しいと思っていました。なので、30周年に合わせて初期のベストを出さないかとフライングドッグさんからご提案いただいたときはもう願ったり叶ったりで。ぜひぜひお願いします、という気持ちでした。
――同日に『The Works for Soundtrack Ⅱ』もリリースされます。ドラマ『永遠のニシパ 北海道と名付けた男 松浦武四郎』をはじめとしたNHKでの劇伴仕事、『風よ あらしよ 劇場版』の主題歌でKOKIAをフィーチャリングゲストに招いた「風よ、吹け」、中国映画『L.O.R.D: Legend of Ravaging Dynasties ~爵跡 無道王朝伝説』の主題歌・劇伴曲などなどのほか、フィギュアスケート女子のザギトワ選手やメドベージェワ選手が出演したことで話題となった『マギアレコード魔法少女まどか☆マギカ外伝』のCM曲がボーナストラックとして収録され、こちらもとても貴重な1枚ではありますね。
梶浦 そうですね。あちらはアーリーベストとは全然違っていて、ベスト盤という訳ではなく、ここ数年の作品の中からCD音源になっていないものを集めているので。武道館ライブ(『Kaji Fes.』)に合わせ、ありがたいことに『Early BEST』と協力し合うという形で発売日が揃うことになりました。
――まずはこの2枚を俎上に、梶浦さんの劇伴仕事のルーツについてお伺いしたいと思います。そもそも梶浦さんは歌物が好きであることをご自身でよく語られています。そのルーツとして、幼少期に住んだドイツでの歌劇体験、高校時代のバンド活動などが知られていますが、サウンドトラックやインストゥルメンタルの素地というのは?
梶浦 子供の頃は本当に歌物にしか興味がない人生を歩んでいて、クラシックもオペラと歌劇しか聴いていないんですね。しかもドイツにいた頃はABBAが人気で、それからPOLICEが出てくる、QUEENが出てくるというところでブリティッシュチャートが面白くてたまらない時代でした。ドイツのチャートにもブリティッシュが8人、ドイツ演歌の人が2、3人、たまに「ジンギスカン」みたいな色物が入るという状態でしたから、ブリティッシュチャートのラジオをよく聴いていたんですけど、日本に帰ってきたら当時は洋楽が入ってくるまでに1年くらいの時差があったんですよ。それにヨーロッパではクラシックやオペラを安く聴いたり観たりする環境が整っていますけど、日本では難しいこともあってどんどんとポップスの方に傾いていましたね。ブリティッシュチャートも日本ではあまりクローズアップされていなかったので、午前2時のブリティッシュベスト20みたいなラジオ番組を追いかけていました。幼稚園から高校までずっと合唱部で、歌ばかりの生活だったんですが、その頃ワールド音楽やニューエイジがチャートを賑わす時代に入っていくんです。ニューエイジって曲の半分がインストじゃないですか? マイク・オールドフィールドの「To France」を聴いて、そこから彼のインスト作品の面白さに目覚めるような感じでしたね。
――ブリティッシュサウンドからニューエイジの流れの中でポップスとインストの下地が同時にできてきたということですが、映画音楽を聴く機会はあったのでしょうか?
梶浦 私、本当に映像を見たことがなくて。TVも映画も。ただ、デビュー後にインスト曲も作りたいという気持ちはあったので、その頃に所属していたレコード会社さんからお話をいただき、サンプル曲を提出したら『東京兄妹』のお仕事をいただけることになったんですけど、大変申し訳ないことに市川準監督の名前を存じ上げませんでしたし、仕事を引き受けるか悩んだ記憶も一切ないんですよ。気軽に引き受けたというか。受けてからは必死でしたけど。
――では、初期の劇伴は歌物を作るのと同じような感覚でしたか?
梶浦 完全にそうだったと思います。私は歌曲が好きなんですけど、歌曲って主に歌とピアノだけというシンプルな世界なんです。そうなると、歌を何か別の楽器に置き換えれば、ピアノとメロディ、という世界はどこでも通用するじゃないですか? それに、サウンド感とかリズムから音楽を作るというテクニックもなかったので、最初のサンプルはほぼその構成でした。まずメロディありき、ですね。で、そのメロディを何の楽器で鳴らすか、伴奏を何にするか、という作り方が基本だったような気がします。今は作り方も変わって来ましたけれど。
――どういった点で作り方が異なりますか?
梶浦 例えば、『プリンセス・プリンシパル』という作品では、スチームパンクのかっこいい世界で女子高生が飛び回るような世界が面白そう、というところから「ジャズっぽいところにクールなコーラスを組み合わせてみよう」という考えから始めました。印象的なメロディを大切にしたい、という作り方は今も全く変わってはいないのですが、入り口として、サウンド的な面からとか、全体のスケール感を先に考える事も増えています。「これはやっぱり弦だろう」とか、「この人の旋律はフルートで高らかにならそう」というとこから入ったり。
――『Early Best』の収録曲についてもお聞きしたいのですが、いつもアルバムの選曲は森康哲プロデューサーがファン目線で叩き台を作り、そこにアーティストである梶浦さんが意見を出し……、という流れだったかと思います。今作も同じでしたか?
梶浦 そうですね。たた今回は珍しく、森さんが考えるベストと私が考えるベストが結構違っていて、「これも入れて」「あれも入れて」と随分と言いました。「これは音源が安っぽいからいやだ」とか(笑)。勿論、絶対に聴いていただきたい曲はどの作品にも一つか二つあって、そこはお互いに一致しました。『NOIR』なら「canta per me」や「lullaby」ですよね。曲の良し悪しではなく、待っている人がいるだろうから入れましょう、というところです。でもそれ以外の曲では多少食い違いがあり、そこは面白かったですね。
――梶浦さんとして思い入れがあった曲というのは?
梶浦 『Xenosaga』シリーズのバトル曲は結構力を入れて書いていたので入れたかったですね。なので『Xenosaga EPISODE Ⅲ ツァラトゥストラはかく語りき 』の曲はすごく増えました。あの頃って私が大きな弦を使い始めた時期でもあったので、今聴いても生き生きとしていて「なんか楽しそう」って思うんですよ。絶対に生の弦でなければできない曲ですし、大きな弦でなければ出せないグルーヴがありますね。例えば「testament」とか。そのあたりは入れてもらいました。でも、その前の、『Early Best』DISC1の、初期の頃は、今聴いても1年、2年での差がすごく大きいですね。まだ本当にサウンドトラックのいろはを学びながらで、一作ごとに学ばせていただく事が本当に多かったんだなあと改めて思います。
梶浦 音源的に可能になったというところですよね。『NOIR』の頃の予算では大きな弦なんdてとてもとても(笑)。当時は深夜アニメなんて、海のものとも山のものとも、という時d代でしたから予算も非常に限られていました。予算のほぼ9割を10曲ぐらいにかけてスタdジオで録音Mixして、あとは全部宅録で録っていたんですよ。
『NOIR』の1枚目の8割くらいの曲は、当時録音機材も満足に持っていなかったので、自宅でMIDIでシンセを鳴らし、DATを回して一発録音というものすごく原始的なやり方で作っています。それはそれですごく楽しかったんですけど。あと、真下監督の『NOIR』や『.hack//』シリーズでは個人の内面みたいなところを描いていて、音楽を作る上でも案外、大きな弦の必要性を感じていなかったところもありますね。
――確かに『NOIR』などの劇伴はBGMというよりも歌的要素が大きいですね。
梶浦 そうですね。監督の要望もありましたが、感情を盛り上げたいところでは歌を使っていましたね。あと、大きな弦については、当時自分には無理だという想いが心のどこかにあったんですよね。「ちゃんと音大を出た作曲家さんがやることだ」って。
――『Xenosaga』シリーズ以外の作品についても個別に振り返っていただけますか? まずは『NOIR』から。先ほどから作品名は出ていますが。
梶浦 本当に申し訳ないんですけど、この頃は自分がやりたい音楽を勝手に作っていたというのが近いです。当時大好きだったMADREDEUSがやりたい! というところでポルトガルの民族歌謡であるファドをベースに、「canta per me」を作ってみたり。それに当時のアニメでは、作品にもよるのでしょうけれど最初にいただける資料は非常に少なかった。コンセプトが書かれた3行の文章だけ、絵は1枚もない状態だったこともありました。『NOIR』も初めの音楽を作る段階で脚本は一本もなかったですし、全ての曲を作り終えたときも結末がどうなるかはまだ決まっていませんでした。なので、発注いただく時も最近のように資料をぴっちり揃えていただいて「作品や、このシーンにぴったり合ったものを」という厳密なものではなかったですね。『NOIR』も舞台がフランスということから、ポルトガルなら同じヨーロッパだしOKかな!みたいな荒っぽい感覚ですよね(笑)。真下監督との音楽制作は、作品を完璧に理解して曲を作り始めるというより、まだ資料これだけだけどカッコいい音楽下さい! そこから逆にイメージして作品も膨らませます!というような作業だったような気がします。
――それでも「canta per me」は第1話から長尺で使われていました。
梶浦 もうびっくりしましたよ。ポカーンでした。「アニメってこういうものなのかな」って(笑)。
――曲を提出したときに真下監督から「すごく良かったです」と言われたということはなかったですか?
梶浦 あ、でも、真下監督は曲を出すとすごく褒めてくれる方なのでやりがいはありました。なかなかそういうことは真下監督以外ではないので。真下監督はすごく育て上手な方だと思うんですよ。今は曲を(楽器ごとや、さらに細かくトラックにわけた)ステムに落として渡しますけど、当時はそういうこともできないので、真下監督に「このパッドだけください」と言われたらそれだけ落としておくわけです。で、放映を見るとそのパッドしか鳴っていないシーンがあって、「これだけで成り立つんだ」「こういう会話シーンではオケを全部鳴らしちゃうとうるさいんだな」ということをこちらも学習するんですね。ただ、真下監督は「曲がうるさいからもっと少ない音数で作ってくれ」とは一切言わないんです。何気なく抽出してそれだけで使うんですよ。だから『.hack//』シリーズのときは、「使いやすいようにもう少し主張のない曲も入れておこう」と考えられるようになりました。それは、真下監督が曲をどう使うのか、絵を見ながら学ばせていただいたからですね。
――『アクエリアンエイジ』の音楽についても教えてください。
梶浦 あれはもう(元フライングドッグ音楽プロデューサー、現オン・ビート代表取締役の)野崎(圭一)さんのお仕事ですね。野崎さんがすべて仕切ってくださいましたし、原作がカードゲームということもあって、勢力図などの世界観説明といった資料もビジュアルも脚本も揃っていたので、すごく作りやすかった覚えはあります。あのとき初めて造語を使いましたしね。『アクエリアンエイジ』は現実世界と異世界を行き来するお話で、私は異世界の音楽を発注いただいたんですけど、その行き来があることによって、音楽の奥行きの必要性や影響のようなものも学ばせていただいた気がします。実写以上にアニメーションの絵って音楽の影響を結構受けるんだな、と。
――音楽の影響を受けるというのは?
梶浦 例えば、実写で草原が画面に映っているところにドライなピアノが流れても絵は縮まらないんです。草原を見ている自分の内面に立ち返るような、それはそれですごくいい感じになるんですけれど、アニメーションでは広いはずの場所にドライな曲が来ると一気に世界が狭くなる、なんてことがあるんです。草原が広いのであれば音も広くしておいてあげたほうがいいんですよね。実写の場合は、見ている私たちの想像力が簡単に画面の外にも及ぶけれど、アニメーションの場合「広い空間」の生成に音楽もちゃんと息を合わせてあげた方が上手く行くというか。余程トリッキーなことを求められない限り、曲が流れる空間を意識して、その空間の広さに音楽を合わせてあげたほうがいいのだ、ということは改めて学びました。特に舞台が異世界の場合。『NOIR』はファンタジーっぽいところがありますけど現実世界のお話だったんです。だから『.hack//』シリーズでは、ゲーム世界でのお話ということで世界の広さと音の広さを合わせようとすごく意識して作っていました。
――アニメーションは実写に比べて絵の情報量が少ないので、という話も以前にお聞きしたことがあります。
梶浦 実写映画では空気音もありますしね。ドライなピアノの音を足しただけでも広がりの音がもう入っているんです。でもアニメでは空気音も含めて音楽を作ったほうがいいんだと思ったことをすごく覚えています。
――そうなるとMixやマスタリングで意識する部分も大きいでしょうか? その点を踏まえて作曲する必要があるとか。
梶浦 そうですね。広がりやすい音を意識して、広がったときに気持ちいい音楽にしますし、Mixで広がりが足りないと思ったら広くすることもあります。だからいい経験でしたね。
――その意味では『The Works for SoundtrackⅡ』と聴き比べると面白そうですね。あちらではBGM作家に徹した梶浦さんのお仕事を感じられるので。
梶浦 そうですね。本当に徹することができているのか不安な部分もありますけど。「結局奏でちゃってるじゃん」みたいな(笑)。やっぱり私は基本的にメロディから作る人間なんだな、と思うところはありますね。
――『MADLAX』の劇伴についても教えてもらえますか?
梶浦 真下監督からは発注される音楽がどんどん長くなりましたね。『NOIR』でも『.hack//』でも指定はありませんでしたけど、『MADLAX』のサウンドトラックは全曲「4分以上でください」と言われた気がします。でもちゃんと使ってくださるんです。そうなると1分半の曲と4分超えの曲では作り方が全く違うので、真下監督の仕事は他とはジャンルが違うような感覚があります。
――どういったシーンに使われるかがわからない段階で長い曲を作るというのは難しくはなかったでしょうか?
梶浦 真下監督の発注時には脚本がないのでどのシーンで使われるかは全然わからないんですけど、その代わり発注する曲にユニークなタイトルがついているんですよ。「男は部屋の前に立ち、銃を握った」みたいな。一般的な音楽メニューは「悲しみ」だったり「愛の喜び」だったり、メニューと脚本を見るだけである程度「こんな音楽を作ればいいんだ」と予想が付くものなのですが、真下監督のメニューは情報量はやたら多いのにメニューだけではどんな曲を作ればいいのかさっぱり分からないんです(笑)。「孤独にたたずんでいる彼の目に映るのは○○だろうか」って短編小説みたいなタイトルの下に小説の書き出しのような説明があるだけだったり。だからすごくワクワクして楽しくはあったんですが、実際お目にかかって「で、どんな曲を書けばいいのでしょうか?」と伺うための細かい打ち合わせが必須でした。そんな複雑なメニューを書く理由を監督に尋ねたら、「悲しい曲、と伝えたら梶浦さんは悲しいだけの曲を作るでしょう? でも僕は悲しい曲ではなく、悲しさの中にニヒリズムと、どこかしらに喜びもあるような複雑な曲が欲しいんだ」と言われました。
――楽曲を使うシーンが真下監督の頭の中ではかなりはっきりと見えているということでしょうか?
梶浦 多分、刺激が欲しかったんじゃないかと思います。曲を聴きながら脚本を書くことがあるんじゃないかと。だから、こちらから返ってきたものをカンフル剤のように使われていたのかもしれません。そうだとしたらすごく嬉しいですね。あと、『MADLAX』ではキャラクターのイメージやテーマなどは最初から決まっていて、ラストがどうなるかはわからなくてもコンセプトがしっかりしていました。なので、そこのところはしっかり把握しながら作っていましたね。
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