アーティストデビュー以前から音楽制作を行っていたほどの音楽好きである声優・伊東健人が、ソロアーティストとして川谷絵音のプロデュースによりシングル「真夜中のラブ」でデビューを果たしたのが2022年9月のこと。あれから1年。コンスタントにリリースを重ねてきた彼が、11月22日に4th配信シングル「サッドマンズランド」をリリース。今作は、今注目のキタニタツヤが作詞作曲を担う。鋭い感性と感性のコラボレーション、まさに「伊東健人×キタニタツヤ」が引き起こすビッグバンで生まれた1曲について聞く。
INTERVIEW & TEXT BY えびさわなち
――アーティストデビューから1年が過ぎました。ここまで音楽活動をしてきた今、振り返るとこの1年はどんな時間でしたか?
伊東健人 自分の心の中は1年前と今とで変わっていないです。ところが肩書が1つ増えたということもあり、“アーティスト”として見られますし、インタビューなどで「今は音楽活動もされていますが」という前置きをされることも増えたので、そういったタイミングに自分がアーティスト活動をしているのだと再確認しています。でも、本質的には何も変わっていないです。声優の仕事でいえば、代表的な出演作が1つ増えたのと同じ気持ちです。そこには感謝や責任感といった気持ちが増したなぁ、ということは感じています。
――そもそも音楽がお好きな伊東さんだからこそ、普段の活動や日々耳にする音楽に対してもご自身の活動にフィードバックするような観察や分析もされていそうですが、いかがですか?
伊東 確かにそのアンテナはより拡げて、周囲を見ることにはなったと思います。「今の音楽ってなんだろう」と流行りのものに対してはより意識が向かうようになりましたね。僕はいつでもそういった音楽や要素は自分の作品に取り入れたいと思っていますから。
――昨今の音楽シーンをご覧になっていると、どんなことに気がつきましたか?
伊東 見ているだけでも感じるところはありますが、実際にクリエイターの方に話を聞くと、“今”の曲の作り方に対して驚くようなこともあるんです。例えばサビだけを何曲か作ってSNSで載せて、そこで反応の良かったものから、そのサビを広げて曲にしていくやり方があるそうなんです。それってすごくイマドキだなと思いました。あとはサビのフレーズの使い方や、曲によっては踊りもあるし、もはやラップは当たり前。そういったものもありつつも、10年、20年も前にリリースされた曲でも今また改めて流行っているような曲もある。そういった事象の理由を考えてみるのもすごく面白くて。当時は“渋谷系”と呼ばれていたものが“シティポップ”と呼ばれるようになってもいますし。あとは流行りは繰り返すものだなと感じました。あえて音数を少なくした打ち込みの曲が支持されていることもあるし、そういった時代の流れに対して「不思議だな」と思うこともありますし。そういった意味でも自分の作品作りのためにも、過去も未来も目を向けていかなければいけないなと思っています。
――時代の求める音楽を取り入れながら柔軟に制作を進めていく?
伊東 はい。特に「こういうアーティストだ!」というような売り出し方をしていないですからね、最初から。始まりからバンド編成で、ロックなものをやっていくぜ!ということならロックを突き詰めて進んでいくのでしょうけれど、なんでも出来るのがいわゆる声優アーティストというものですし、アニソンも“なんでもあり”の音楽ですから、色々とできることはまだまだあるんじゃないかなと思いますし、そもそもまだ1年しか活動していないですから、貪欲にいきたいなと思っています。
――その1年の中で音楽制作を通して川谷絵音さんをはじめとした様々なクリエイターとコラボレーションをしてきた伊東さんです。ご自身の音楽観に影響はありましたか?
伊東 絵音さんにしても今回のキタニタツヤさんもそうですし、もちろん普段から聴いている音楽からもたくさん影響を受けています。実際に自分がレコーディングをしたり、バンドのレコーディングを見ていても、やっぱり全然違う発見があるので、得るものは数えきれないです。例えばこの「サッドマンズランド」だと、自分の頭では考えつかない作曲やアレンジ、歌詞が入ってくるんです。そういうところはすべてが発見です。歌い方もそうですし、メロディの作り方も編曲も「ここでこの音をこんなふうに使うんだ」という発見は、曲ごとに増えていっています。これが自分で0から100まで作詞、作曲するのとはまた違う、色々な影響を僕にもたらしてくれています。
――そういった方たちと、視野を広げるように作業をされていると、ご自身の制作欲に火がつきそうですね。
伊東 今はこのような形でやっていますが、家で曲を書き溜めてはいます。浮かんだフレーズを録音したり、メモに取ってみたりすることはしていますし、溜まってはきました。
――書き溜めてきた作品群には時代感やその時々の音楽観は感じられますか?
伊東 やっぱりそういったものは入っています。聴く日の気分や、作ってからしばらく経過してから聴くと「これは違うな」と思ったり、「やっぱりこの曲はイケるんじゃないか」と思ったりとか、様々な感情が生まれますが、勢いのままに作ってもいます。
――そういった楽曲がいつか聴ける日を楽しみに待つなか、完成したばかりの4th配信シングル「サッドマンズランド」についてのお話を伺おうと思います。こちらはキタニタツヤさんとのコラボレーションとなりますが、そもそもキタニさんの音楽に対してどのような印象をお持ちでしょうか。
伊東 出会いというか、曲に触れたのは「プロジェクトセカイ」というゲームの楽曲提供でした。だからキャラクターとしてはキタニさんのカバーや書きおろしの曲は歌ってきていまして、ただ漠然と「かっこいい曲を作る人がいるな」と思っていたんです。そんなご縁があって存在と楽曲は知っていたのですが、実際に顔を合わせることはなかったものの、ある日、お会いする機会があったんです。そのときにかなり長い時間、話をすることができました。非常に熱意をもって作曲をされている方で。元々「キタニさんと音楽を作れたらいいな」とスタッフさんとは話をしていたのですが、キタニさんとお会いしたすぐあとに本当にスタッフさんがオファーしていたことを知りまして。当時すでに大活躍をされていたのですが、オファーを快諾してくださったのでご縁が繋がったなぁと思いました。それが彼の印象と、出会いと、コラボの経緯です。
――楽曲をやっていただくことになったときには、伊東さんからはどんなことをお話されたのでしょうか。
伊東 最初のときには漠然としたイメージではあるのですが、ご一緒するならどういったことをやりたいかなと思ったときに「ネットは疲れますよね」という話をしたんです。根っこはそれです。「インターネット、疲れるよね」です。それはSNSや自分が発信することの責任とか、そういうものに対してもあるし、「もっと気楽でもいいのにな」と思うこともあるし……。それを題材にしようとしたところで、実は既にありふれてもいるんですよね。そのテーマは。ただ僕は、インターネットに対して9割9分諦めているけれど、どこか諦めきれない自分みたいなものもちょっとだけいて。「諦め」と「逃げ場」みたいな感情のせめぎ合いを楽曲として表現できないかなということがスタートでした。僕的には本当に、ほぼほぼ諦めているんですけど、それでも諦めたくない自分がいる。それこそが僕の「サッドマンズランド」なんです。でもサッドマンは受け取り手のことなのか、もう発信はしないと諦めて閉じこもってしまう自分なのか、どっちかな?と、最終的にはみんなに委ねる。そのエネルギーを乗せようと思って歌っていました。
――それだけの想いを伝えたキタニさんから楽曲が届いたときの感想はいかがでしたか?
伊東 言いたかったのはこれだ、とはまた違う感情が湧きました。「そうきたか!」というか。自分の想いは超えて、さらに上乗せしてきてくださったので、非常に面白いなと思いました。だからその時点で自分の想いとは離れているというか、思った以上に飛んでいったな、というイメージでした。
お気に入りのポイントは1つには絞れないですが、強いて3つ、お教えします。
――キタニタツヤ×伊東健人。非常にパワーのあるこの曲を、どのように表現しようと思われましたか?
伊東 ここまで色々と話しましたが、最終的には“考えない”ことにしたんです。考えないで歌っても結局、歌詞やちょっとした感情は絶対に乗ってくるんですよね。音遊びにももちろん乗ってきますし、色々なものに乗っかりながら表現しようというイメージでした。楽曲が起こす波に乗る。ドラム、ベース、ギター、キーボード、そして歌詞。そういうものに全部身をゆだねて乗っかってみよう、と今までの楽曲の中でも一番、そのことをイメージして歌いました。簡単に言うと、ライブ感かもしれない。歌いながら、そして歌い終わってからも思ったので「なるべく歌声を修正しないでください」と伝えました。なるべく歌ったままの音でいけたらいいな、と思ったので、それも含めてライブ感だったのだと思います。
――レコーディング時にはキタニさんは立ち合いされたのでしょうか。
伊東 僕がバンドレコーディングを拝見させていただいたときにお会いしました。バンドレコーディングではベースのフレーズや編曲をどうするかというタイミングにも参加ができて、楽しかったです。アレンジの会議では自分だったら思いつかないことの連続でした。あえてキメの音をずらしたり、ミストーンではないですが、あれ?と思うようなところもそのまま入れたりしていて、混ざったときにはどうなるんだろうと思っていたら普段とちょっと違う、この曲ならではのフレーズが生まれたりもしたんです。普段からバンドレコーディングは参加したいという意思はお伝えしているのですが、なかなか仕事の都合で参加できないことも多かったので、今回参加できて本当に良かったです。編曲のZEROKUくんとも会えましたし。本当に、どこで見つけてくるのだろうって思うくらい才能溢れる方たちでした。
――こうして完成した1曲。伊東さんご自身が「ここ最高!」と思っているポイントを教えてください。
伊東 1つに選ぶのは難しいです!
――では3つ!
伊東 よし(笑)。まずはBメロです。サビ前の、少し静かになるところ。そこでリズムも歌っている音も全部ガラッと、バシッと変わるところがあるのですが、そこは自分としても狙っていた表現が一番できた箇所かもしれないです。曲の中では一番静かですが、思ったようにできた達成感があって、お気に入りのポイント1つ目です。なんだったら「サッドマンズランド」のサビもそうですが、結構直接的な表現をしている部分とそうじゃない部分とありますが、ここでは直接的なことを言っていて、「誰も正気じゃいられないみたいだ」って。それこそが「サッドマンズランド」なんだよってことで、すごく気に入っています。
――では2つ目をお願いします。
伊東 2つ目は、2番の歌が終わったあとの間奏。ラスサビの前。あそこは二度と同じものはできないんじゃないかって思うんです。楽器隊と併せてやってみようってなったとしても。ドラムとかベースとか、楽器を注目して聴いちゃうぞって人は何回も聴いてしまう場所だと思います。僕も何回も聴きました。未だにあそこのリズムを合わせるのは至難の業ですし、何回聴いても面白いなって思うような、バンドマン泣かせなパートですね。
――3つ目をお願いします。
伊東 大サビの、ラスト。“君もおいでよ”のところです。ここは表現として、フラットであることを最後の最後でやめている。伊東健人からどれだけはみ出すかをある程度考えた部分でもあります。キタニ節みたいなものがあって、そこに一番寄った歌になっています。ここもサビの終わりで音がなくなるので。気持ちいいですよね。一瞬音が止まってから、楽器が音を出すときのアタック感は一番好きです。「これくらいのボリュームが一番好き!」みたいな塩梅でキタニさんがやってくださり、単純な好みとして好きです。イントロと同じフレーズに戻る瞬間も気持ちがいいです。
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