1年半ぶりとなるアルバム『ケーブルサラダ』をリリースする夏川椎菜。作品を発表するたびにより強固な個性を獲得してきた彼女が、今回は1作まるごとノーコンセプトで独自の愛と自我を振り回す。そしてその到達点で、5年前の自分に対してつけた「決着」とは――?
INTERVIEW & TEXT BY青木佑磨(学園祭学園)
――1年半ぶりのリリースとなる3rdアルバム『ケーブルサラダ』。本作はまずどのような取っ掛かりから作り始めたのでしょうか?
夏川椎菜 まず一番大きくは「ライブをやりたい」ですね。ライブをやるためにもアルバムを作ろうぜとなったので、明確にこういうアルバムにしようというのはなくて。
――クレジットを見るといわゆる専業作家ではないミュージシャン、バンドなどからの提供曲が過去作以上に多い印象を受けました。夏川さんご本人からの希望があって?
夏川 ほとんどそうですね。ライブに向けてアルバムを作るということ以外に縛りがなく作れたので、自分がやりたいことを優先して。今までのアルバムももちろんやりたいことは詰まっているんですけど、前作の『コンポジット』だと感情を軸にするという1つのテーマに沿って曲を絞っていたので。今回はみんなで歌えるシンガロングの曲をやりたいという希望があったくらいで、絶対にこういう曲をやらなきゃいけないというものがなかったんです。だから初めましての人に頼むときに、その方の色を出してもらいやすいかなって。
――「ちなみに感情がテーマなんですけど」と伝えた時点で向こうにとっての縛りになりますもんね。
夏川 好きで頼んでいるので自由に作ってもらいたいし、なるべくこういう意図で作りたいっていう情報は少ないほうがいいじゃないですか。なので大きなコンセプトのない今回は、お願いしてみたい人に「馬鹿なフリして聞いてみるか」がやりやすかったです(笑)。
――これは馬鹿なフリして聞きましたねえ、というラインナップが揃っております。アニソン業界ではあまりお名前を見ない方も多いですね。
夏川 私が好きで聴いている方たちにお願いしたので、かなり色が出ていると思います。
――それでは具体的な内容についてお聞きしていきます。「メイクストロボノイズ!!!」はHAMA-kgn氏作編曲、夏川さん作詞による楽曲。「ステテクレバー」などの流れを汲む尖ったサウンドとメッセージを感じました。
夏川 でも全然怒りって感じじゃなくて、むしろ清々しいぜ!という意味合いで歌詞は書きました。コロナ禍で声出しができないフラストレーションが溜まって、それが今どうやら解放されるらしいというタイミングで書きたいことを込めて。すごくいいものができたなと思っています。
――既に制限の渦中は過去のものとして描かれていて、そこから抜けられそうなこの先どうするかの曲であると。
夏川 そうですね。抜けた後にどう輝くかにフォーカスを当てた歌です。
――かつての夏川さんの「怒」の楽曲は、1つのことに怒っている最中に「そういえばあの件についてもさぁ!」と詰められている感覚がありまして。
夏川 めんどくさい女だ(笑)。「そういえば私あれも覚えてるからな!忘れてねーからな!」っていう。
――そういった全方向へのパワーを感じるんです。近年は鋭利な刃物になってきたというか、一方向に向けて明確な「これにはこういう問題があって、それに対して私はこう立ち向かう」という、的の存在が見えやすくなったように思います。その辺りの感情の発露についてご本人として変化は感じますか?
夏川 的を絞って書けるようになったのは、私の中で成長した部分なのかなと思います。歌詞を書くときに、2つや3つの要素を混ぜて1個にしていた曲も結構あって。だからこその複雑さが生まれて面白いと言っていただくこともあったんですけど、特にこのアルバムで書いた歌詞は「これを書きます」という1本がしっかりしてますね。ブレない、伝わりやすい歌詞が書けるようになったと思います。
――「この曲のテーマは?」と訊ねたら1曲1曲にちゃんと答えがありそうですよね。「メイクストロボノイズ!!!」の作詞作業はいかがでしたか?
夏川 一番作詞に時間がかかったのは多分この曲なんですけど、だとしても難産というほどでもなく。むしろ自分の中でちょっとした制限を付けながら書いたくらいの余裕が出てきていて。サビでコールができるように文頭の言葉を先に決めたり、遊びながら作詞しました。
――先にやりたいことを決めてから書き始めたんでしょうか?
夏川 頭の中にいくつかやりたいことがある中で、曲を聴いて「これだったらやりたいことリストのこれが当てはまるな」というのを引き出す感じでしたね。試してみてハマらなければ別のパターンにしてみたり。今回はHAMAさんの曲を聴いて「これはもうこれですわ、やりたいやつありました」とスッと決まりました。
――やりたいことリストとは「コール曲」のような楽曲自体のこと?それともメッセージ的な部分でしょうか。
夏川 どっちもあります。この曲はコールやシンガロングがしたいという楽曲としての役割でしたけど、前のアルバムでできなかったこととか、他のアーティストさんを聴いているときに「私もこのタイプの曲を作りたい」と思ったこととか。それが頭の中にあってチョコチョコと使っているんです。今回の中だと「羊たちが沈黙」がそれに当てはまりますね。今回も1曲書いてもらっているやぎぬまかなさんがやっていた、カラスは真っ白というバンドがあるんですけど、その中に「フミンショータイム」という曲があって。眠れない夜がテーマの曲で、それがすごく好きなんです。私も眠れない日があるので、そのときに延々とリピートしているくらい本当に助けられているんですよ。私もいつか眠りたい曲が作りたいって思っていたのを、今回この曲でやらせてもらった感じです。
――話に挙がった「羊たちが沈黙」は、「なぜこの音像でそのテーマを?」と思うほどにヘビーなサウンドになっていますね。
夏川 そうですよね、音としてはメタルな感じなんですけど。最初の「ネラレナイネラレナイ」って呪文みたいなところがあるじゃないですか。歌詞を書くってなったときに、あそこをまずどうにかしなきゃって思ったんですよ。何かインパクトのある、でもちょっと面白い……真面目に格好いいをやっても怖い感じになっちゃうし。
――本当の悩み事を言うと重くなりすぎてしまいますよね。
夏川 あまりかっこいいことがハマらない、私の中で「RUNNY NOSE」に近いというか。「RUNNY NOSE」は歌詞は格好いいけどタイトルで外した感じで、その路線だなと思ったときに、試しに「ネラレナイ」をはめてみたら「あ、良さそう良さそう!」って。最初に呪文のところから埋めた結果このテーマになっていきました。ワンコーラス分だけがデモで来ていたので、デモの段階でもうこの方向性で書いていって、途中でフルコーラスが届いたときに終わり方が「Zzz…」って眠りに落ちるのにピッタリなアレンジになってたんですよ。
――「不眠症の曲を作りたい」がやりたいことリストにあったんですね。
夏川 私が憧れたカラスは真っ白の「フミンショータイム」はすごく可愛い曲なんですよ。だから可愛い曲でやっちゃうと似てしまうから、こういうゴリゴリな曲だったら絶対に似ないしいいかなと。でもスピリットは同じで。
――可愛い曲だと語彙も似てきてしまいそうですが、結果サウンドに引っ張られて使われているワードもかなり特殊になりましたね。ラム(羊肉)とレム(睡眠)の言葉遊びであったり、これは筆が乗りそう。
夏川 乗りましたねえ。ニヤニヤしながら書きました。ラムもレムも歌詞で使うことはもう二度となさそう。眠りの象徴である羊を「ラム」っていうのも面白いなと思います。
――かつただぼんやりと眠れないのではなく、失言シーンのリフレインだったり自分由来の原因があって眠れないんですね。
夏川 私が眠れないときって大体そうなんですよ。10年前の失言シーンとか、ちょっとした黒歴史みたいなものを何故か思い出して(笑)。最初は普通に「今日は失敗しちゃったな、うまくいかなかったな」みたいなところから、「そういえばあのときも、あのときも、あのときも……!」ってどんどん遡っていって、ネラレナイっていう。
――学業から遠ざかって20年経ちますが、未だに学校のことを思い出します。
夏川 あー!そうですよね!思い出すんですよ、思い出しても仕方ないのに!「なんであのときあの子にあんなこと言っちゃったんだろう」って、その子に会うこともないのに!
――カラスは真っ白の話になったので、やぎぬまかなさん作詞作曲の「消えないメランコリー」についても。
夏川 やぎぬまさんは『コンポジット』で「サメルマデ」という本当に格好いい曲を書いてくれて。私がソロで活動するってなったときに、音楽を勉強しなきゃと思ったんですよ。自分が好きな音楽ってなんなんだろうということがまったくわかっていない状況で、とにかく色々聴き漁っていく中で初めて「うわ、このバンド超かっこいい!」と思ったのがカラスは真っ白で。そこからずっと聴いていたので、言ってしまえば私が音楽を好きになった原点なんです。やぎぬまさんやカラスは真っ白の曲と比べても、「サメルマデ」はかっこいい方向のもので作っていただいたので、今回はゆるめでふわふわした可愛い系を歌いたいと思ってお願いしました。2曲デモをいただいて、どっちもすごく可愛くて迷ったんですけど、「消えないメランコリー」のほうが曲調は可愛いのに歌詞が結構すごいことを言っていて。そのアンバランス感、ミスマッチな感じが最高に気持ちがいいなと思ってこちらを選ばせていただきました。
――憧れのミュージシャンからの提供曲、ボーカルレコーディングはいかがでしたか?
夏川 やぎぬまさんに書いてもらった曲だから、歌うにあたってどうしてもカラスは真っ白のイメージが大きいから寄っていってしまいそうになって。でもそれだと好きなものの劣化版にしかならないじゃないですか。なのでレコーディングはかなり気を使って、ちゃんと自分の色を出すとか、自分で考えるというか、あえてカラスは真っ白だったらどう歌うかを考えずに挑みました。
――自分なりの歌い方はスムーズに見つかりましたか?
夏川 不思議なもので歌っていくと自分でやりたいことがどんどん出てくるので、それを全部詰めした感じですね。内容について詳しい説明を受けることはないんですけど、本当に好きなんですよ、やぎぬまさんの歌詞が。抽象的な部分が多くて、主語がない感じ。主観が誰なのかわからなくて、でもそこが不安定で面白い。
――にも関わらず、具体的な物品や風景が突然登場してリアリティが現れたり。
夏川 そうそうそう。多分こんな部屋なんだろうな、そのカーテンのこっち側にいるんだろうな、というイメージが膨らんで。歌詞というより小説のような楽しみ方ができて好きですね。
――自身の作詞だと歌の主人公であったり、歌う際の声のキャラクター設定がしやすいと思うのですが、こういった主観の薄い楽曲における歌い方はどのように決めていくんでしょうか。
夏川 基本的に読んで全然共感できない歌詞は変えてもらうので、そういう意味でいうと自分。キャラクターを据えるというのはあんまり考えてないかもしれないです。聴いた人の頭に情景が浮かぶように歌ってやろうとはあんまり思ってなくて、それはそれですごい技術とは思うんですけど、自分はそれじゃない気がして。あくまで音として楽しんでほしくて、歌も楽器の一個だと思ってるんですよ。
――夏川さんの作詞はあんなにも感情が乗っているのに、確かに歌は「音」ですよね。
夏川 あんまり好きじゃないのかもしれないです、「大好き」って歌詞があったときに本当に「大好き」って言うみたいに歌うのは。私が普段声優の仕事をしているが故に、どうしても情緒たっぷりに歌うとキャラソン感が出てしまうんですよ。それが自分の中の区切りとして、夏川椎菜の歌としてちょっと違うなと。あくまで音に乗せてるんですよ。バックの演奏とか、歌詞の子音とか母音とか、グルーヴを割と優先している。レコーディングのディレクションも「〇〇みたいに歌って」みたいなことを言われたことはなくて。
――夏川さんご自身もそうだし、チームの総意であると。
夏川 だと思います。話し合ったことがある訳じゃないんだけど。思えば最初から「もっと可愛く歌って」「もうちょっと感情入れて」みたいなディレクションをされたことは一度もないですね。
――夏川さんの歌は演奏に対して、欲しいピッチ感が来るんですよね。
夏川 ああー、そうですそうです。
――ドカンと吠えるように歌う部分も「ここは感情たっぷりで」というよりかは、一番歌詞にあった気持ちいいピッチとテンションが来ると言いますか。
夏川 そうですね、意識している部分だと思います。
――バンドからの提供曲ですと、かわむら氏(ポップしなないで)の「ライダー」についても。
夏川 こちらはコンペ曲なんですけど、そもそものコンペがかなり幅広いお願いの仕方で曲を集めていて。割と自由に書いていただいたんだと思います。気が抜けたような曲が歌いたいなというのがあって、脱力感はあるのに大きなことを言っている、このシュールな世界観がとても好きだなと。
――希望と諦観のバランスが非常に夏川さんぽいなと感じました。大きなことを言っていて希望的には聞こえるけど、そもそもがある程度のマイナスというか、色々なことを諦めた地点からのスタートというか。
夏川 あははは、確かにそうかもしれないです。サビの「これが世界を変える歌になるって だれが信じてくれるか」というのは、共感というか私の中でもやろうとしていることなので。私の歌を聴いた人の何かを変えたくて歌っているけど、たぶんそれが多くの人に認められるものではないのはわかっているというか。だから隙間産業ですよね(笑)。私の大好きな隙間産業を表している言葉だとすごく思います。
――100万人を救う歌はもう別でありますからね。
夏川 そうそう!100万人からあぶれた1人を大きく変えるって信じているんだけど、100万人から見たら「なんだこの歌」って思われてもおかしくないっていう。
――それでも何かが気になって、歩み寄って初めてわかることも多いじゃないですか。そういう人たちのための歌ですよね。コンペであることが意外なくらい、夏川さんの通奏したテーマに沿っているなと思います。
夏川 そうですよね。何か変なこと言ってるわ、って。早口すぎてわかんないわ、って(笑)。思われてるのはちょっとわかってる、みたいな感じです。
――先程もしていた歌い方の話ですが、いつもは声にトゲトゲを多く出すピーキーな曲も多いじゃないですか。対して「ライダー」は限りなく丸いですよね。
夏川 丸いですね。あんまりやったことのない、出したことのないところから声を出しました。
――可愛いとかふわふわとも違う、柔らかくて丸い感じ。
夏川 ちょっと年齢も下げたというか、あんまなんも考えてない感じというか。力を抜いて身体を伸ばして、お風呂に入ったときの第一声に近いかも。そういう脱力感で歌えた曲だなと思います。
――感情のバランスが難しそうで、少し強めに込めると急に重たくなってしまいますよね。
夏川 そうですそうです。バンドの音も割とシンプルで、複雑なコードが出てくる訳でもないし、歌が目立つんですよね。だからとことん抜いていかないとくどくなっちゃう。そこはバランスが難しいなと思いましたね。
――歌い方のチョイスがバンドマンでいう「音作り」のようで面白いなと感じました。「今回はこのエフェクターを使ってみよう」「イコライザーで高音を抜けさせてみよう」的な。
夏川 確かに近いかもしれないです。結構曲によって歌い方を変えるので。
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