声優・寿 美菜子が、約5年ぶりとなるオリジナル作品をリリースした。イギリス留学や、その間に起きたパンデミック、そして久々のステージとなった今年5月のライブを経て作られた、自身初EPとなる『Curious』は、そうした彼女のこれまでの経験から生まれた想いを自身の作詞も含めて6曲に詰め込んだ傑作となった。久しぶりとなるインタビューではそんな『Curious』が生まれた過程をじっくり聞くとともに、その先に見える5年ぶりとなるツアーへの意気込みも語ってもらった。
INTERVIEW & TEXT BY 澄川龍一
――オリジナル作としては2019年のシングル「save my world」から約5年ぶりのリリースとなりましたね。
寿 美菜子 本当に久しぶりで、まずは「皆さんお待たせしました!」という気持ちと、「私も待ってたよ!」みたいな、割とお客さん寄りの感覚があります。この約5年の間に、私はイギリスに行ったり、それこそコロナ禍もあって色んなことが変化していったなかで、幸運なことに中野サンプラザの“さよなら中野サンプラザ音楽祭”に出演させてもらったのですが(5月3日)、それを観たうちのスタッフさんが「ちゃんと新たに何か生み出そう」「ライブもしよう」と思ってくださったんですね。あの日があって本当に良かったなと思います。
――今年5月のステージがきっかけで制作がスタートしたとなると、割とタイトな進行ですね。
寿 実はそうなんです。本当にバタバタと色んなことが決まって動き出しました。なのでもう1ヵ月半から2ヵ月弱くらいで曲を決めて歌詞を書いて……とかなりハードではありました(笑)。
――ハードではあるけれども、そのぶん濃密な制作にもなったのでは?
寿 そうなんです。濃密だったからこそ研ぎ澄まされたままずっと走り抜けられたという点では良かったですね。
――作品の方向性やソングライティングに関して、寿さんのこの約5年あまりの活動、それこそイギリス留学や、コロナ禍で満足にライブ活動ができなかったりしたことは影響しましたか?
寿 歌詞を書いたりするうえで、イギリスで感じたことというのはすごく影響しています。クボタカイさんというシンガーソングライターさんに「OMAJINAI」という曲を書いていただいたんですけど、「どういうキーワードがいいですか?」と聞かれたときに“気にしない”というワードが思い浮かんで。これはイギリスにいたときに私が思ったことで、日本にいるとありがたいことにお仕事をさせてもらえる間は自分の名前が表に出るぶん、常にプライドやプレッシャーがありました。でもイギリスに行ったら、海外の人あるあるなんですけど、「声優してます」って言ってもあまり気にされる方がいなくて、「へー」みたいな感じで。「そういう肩書もあるのね」みたいな、あくまでも私のオプションの1つとして捉えてくれる人が多くて。
――日本とはまた違った捉えられ方なんですね。
寿 英語がそんなに達者ではない私はみんなからすると子供のような感じだから、東京にいるときの私では全然なくて。そういう状態でも生きていていいんだ、生きていけるんだというのがわかったんですね。
――なるほど、イギリスは自分がフラットにいられる場所でもあったんですね。今回寿さんの歌詞や歌唱について非常に軽やかな印象を受けたのですが、そういった経験を経たからなのかなと。
寿 軽やかっていう言葉は嬉しいですね!イギリスにいる間もリモートで歌のレッスンはずっと続けていたので、それが歌にも詰め込まれたのかもしれないです。
――サウンドも、これまでのロックやダンスといった寿さんのディスコグラフィにあったものを、よりディープに捉えられている印象を受けました。
寿 音楽のジャンルは好きなものもどんどん変わっていって、ここ数年はどちらかというと自分が音楽に癒されたり、聴いていてエモいものがより好きになっていた感じがありました。なのでそういったサウンドやメロディラインという部分を今回は意識しましたね。ずっとご一緒しているディレクターさんも「ちょっと洋楽寄りで作りたい」というのはベースに思ってくださっていたので、「唇にWasp」は作曲・編曲の山本玲史さんが作家デビューする前に書いていたフルコーラスの曲が元になっていたんですが、あまりにも洋楽すぎてその当時は時代のニーズに合ってないという理由でストックしていたのを今回ブラッシュアップしてコンペに出してくださったんです。
――たしかに、今作は「唇にWasp」にしても非常に洋楽的な海外のエモのようなバンドサウンドが多く聴かれますが、それがただラウドなだけではなく、寿さんのボーカルとしっかりと調和しているという聴こえ方がすごく印象に残って。
寿 エンジニアさんが喜びます!(笑)。そこはすごくこだわって作りました。私がヵ所ヵ所で結構ニュアンスを入れて歌ったので、楽器の音を出しすぎるとそのニュアンスが聴こえなくなるんですよね。その塩梅をエンジニアさんもすごく探ったとおっしゃっていました。
――ではそんな『Curious』の楽曲についてそれぞれ伺ってきます。まずは先ほど話に挙がった「唇にWasp」ですが、タイトルも含めた歌詞が非常に不思議な、まさに不思議な夢のお話という内容で始まります。
寿 こういったタイプの歌詞を書くのは初めてでした。“夢”と書いていますが、本当に見たんです、唇に蜂がくっついちゃうような夢を。結構な恐怖じゃないですか(笑)。
――たしかに(笑)。一体何を示唆しているのかと……。
寿 夢占いで調べたら蜂の夢はだいたい良い夢が多いみたいなんですけど、あの時は、いい夢だって言われてもいい夢じゃない気がするっていう感覚をずっと胸にしまっていて、「これ、いつか使えないかな?」と思っていたんですよね。私も性格的にはちょっと言い過ぎちゃうところがあって、そういうのってみんなもよくあると思うんですよね。気をつけなきゃって思っていても口が滑っちゃうとか。それこそ英語をしゃべっている時間は、英語では伝えられないもどかしさもあるけど、日本語だとこんなにスムーズに伝えられるんだ、でも伝えられるからこそ言い過ぎたり伝え過ぎたりすることがあるんだな……ということを日々感じていたので、言葉を扱うお仕事をしている身としてそれを実感しながら書きました。
――教訓めいたテーマですが、一方で過去の経験を踏まえてすごくポジティブなムードも感じられて。サビは全編英語詞ですが、そこでのボーカルの厚みも含めてすごくかっこいい。
寿 サビは緊張しましたね。英語で歌詞を書く段階ではイギリスで仲の良かったお友達に確認してもらったりしていたんですけど、発音は自分でどうにかするしかないので。“L”と“R”みたいな、日本人的に難しい発音は苦戦しながら歌いました。
――教訓めいたテーマですが、一方で過去の経験を踏まえてすごくポジティブなムードも感じられて。サビは全編英語詞ですが、そこでの続いてはダンサブルな「Sense of Wonder」。
寿 この曲は最後に作った曲で、こういうジャンルは私の過去曲だと「save my world」や「i wanna be my precious one」があるのですが、今回もエレクトロニック系のサウンドを目指しつつも今風のエレクトロで、激しく行き過ぎるわけでもなく、でも熱さも感じるしというサウンドにしました。じゃあこれにどういった歌詞が合うんだろう?と思ったときに、最初はどちらかというとネガティブ要素が強かったんです。頭に浮かんだテーマは“I’m perfect”、“完璧じゃない”“不完全な”みたいな意味の言葉。そこから色々と考えたんですが、そのタイミングでジャケット撮影やMV撮影があって、すごくお天気に恵まれたんですよね。ちょっとスピリチュアルっぽくなっちゃうかもですけど、「持ってるな」「導かれてるな」みたいな感覚があって、それをみんなで一緒に共感したんですよね。
――なるほど。
寿 でもそういうのって目に見えないもので、その日がたまたま晴れただけだったっていうのもありますけど、そこで“Sense Of Wonder=(不思議なものを感じる感覚)”というのが思い浮かんで、ネガティブに行くよりも、前を向いていたほうがやっぱりいいなって思ったんですね。なので“Imperfect”は一旦置いといて(笑)、“Sense Of Wonder”をテーマに書きました。私自身も、イギリスにもちょうどロックダウンの1週間前くらいに入国できたり、帰国前は満喫できたり色んなお仕事の方と繋がったり、自分が選んだ道があるから今があるんだって思うと、すべては繋がっているなって。その感覚は子供の頃からずっとあって、それをライトに書くとこんな感じになりました。
――1つのバースの中でネガティブな要素からポジティブに転換するような書き方は、まさに今のお話そのままの流れですね。こちらは歌ってみていかがでしたか?
寿 暁月のひびね。くんが本当にかっこいいサウンドを作ってくださって。ひびね。くんは色々なジャンルの楽曲が作れるんですけど、今回はひびね。くんが私の曲を聴いてイメージして作ってくれた1曲になりました。なのでそこもすごく嬉しかったですし、レコーディングの時も声に対して「ここは1オクターブ上で、ウィスパー気味にこういうのを入れると面白いと思うんですけど」みたいな提案もたくさんしてくれたので、だからこそ出来上がっていった曲かなと思います。
――「DIVE INTO」はカラッとしたロックサウンドで、実に寿さんらしいですね。
寿 はい、これは普段応援してくださる皆さんや、アニメ好きな方々、それ以外のもうなんでもですけど、推し活をされている方々へのリスペクトの想いを曲にさせてもらいました。私もK-POPや韓国ドラマが大好きで推し活をしているんですけど、スフィアの(豊崎)愛生ちゃんはスポーツが好きで推しがいたりしていて、逆にはるちゃん(戸松 遥)はそういうのがなくて、「私も何か推し活をしてみたい!」っていう話をよくしているんですよ。みんながみんな推しがいるわけではないんだっていう状況も面白いなと思って。またイギリスの話に戻っちゃいますけど、その推し活のおかげで共通言語が見つかって、好きな韓国ドラマの話をして仲良くなって、それを英語で話すことでまた勉強になって……という経験もたくさんして、“DIVE INTO”するくらい楽しみながら学ぶことができるって本当に最高だなと思うので、今回はそこに恋愛要素を重ねて、上手いバランスで書けたらいいなと思って書かせてもらいました。
――何事も推しのある生活は幸せというか、その喜びに詰まった歌詞ですよね。それを歌う寿さんのボーカルも、ストレートに推しへの愛を歌うといいますか、その真っ直ぐさが素敵だなと。
寿 ほかの曲に比べても個性的な部分というか、ワードチョイスも普段あまりしないものもあるので、その感じのまま自分もラブリーな歌い方に寄せるとキャラソンっぽくなりすぎる、その塩梅が難しくて。やっぱり寿 美菜子が歌うなら、AメロBメロ辺りはちょっと女の子なニュアンスを出していこう、サビは割としっかりロックにしようと相談して歌いました。なので、真っ直ぐと言ってくださったのもすごく嬉しいです。この楽曲って初期の私が歌いそうな曲で、それを今歌うとどうなるだろう?ってトライした楽曲でもあったので、フレッシュさや真っ直ぐさを感じていただけたのかなと。
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