リスアニ!WEB – アニメ・アニメ音楽のポータルサイト

INTERVIEW

2023.09.27

TVアニメ『わたしの幸せな結婚』音楽:Evan Call インタビュー/美世と清霞の関係性と心情の変化、和”と“洋”の要素が混ざり合った劇伴音楽のこだわり

TVアニメ『わたしの幸せな結婚』音楽:Evan Call インタビュー/美世と清霞の関係性と心情の変化、和”と“洋”の要素が混ざり合った劇伴音楽のこだわり

明治・大正時代の日本を彷彿とさせる架空の世界を舞台に、不遇の少女とエリート軍人の“異能”を巡る壮絶かつドラマチックな恋愛物語を描いたTVアニメ『わたしの幸せな結婚』。緻密にして美麗なアニメーションとキャスト陣の趣き深い演技によって、キャラクターたちの心情の変化が細やかに描写される本作において、重要なファクターを担っているのが劇伴音楽。オーケストラを中心にした繊細なサウンドが、2人のシンデレラストーリーにさらなる奥行きを与えている。その音楽を手がけたのが、アメリカ出身の作曲家、Evan Call(エバン・コール)。昨年には大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の音楽を担当し、音楽家として一層注目を集めている彼が、今作に注いだこだわりについて話を聞いた。

INTERVIEW & TEXT BY 北野 創

美世と清霞、2人の関係性と心情の変化をピュアに描き出す音楽

――TVアニメ『わたしの幸せな結婚』の劇伴のお話をいただいたときの、最初の印象はいかがでしたか?

Evan Call 最初に原作の本のカバーを見せていただいたときから、とても美しい世界観だと感じましたし、その後、原作とオーディオブックを聞きながら読ませていただいたら、お話も素敵だなと思いました。余談ですが私の奥さんは普段こういった作品にあまり興味はないのですが、私が部屋で聞き流していたオーディオブックを隣で興味深く聞いていたみたいで、止めたら「続きが気になる!」と言われました(笑)。

――奥さんにも好評だったんですね(笑)。

Evan 私は元々大正時代の日本の文化に魅力を感じていて、特に建築は程良い和と洋のバランスが混ざっているところが好きなのですが、この作品はそういう世界観を舞台にしているところも良いなと思いました。キャラクターも魅力的で、なかでも(久堂)清霞は一見怖い人に見えるけど、実は世界一優しい人だと思っています。主人公の(斎森)美世は、最初は大変で悲しい状況ですが、清霞と出会ってから結末に辿り着くまでのストーリーも上手くできていて、原作を読みながら(音楽を)作りたい気持ちが高まりました。

Evan Call

Evan Call

――そこからアニメ制作サイドとはどのような形で話を進めていきましたか?

Evan まず、ティザーPV用にメインテーマが欲しいということで、監督(久保田雄大)からは「今回の音楽はピアノをメインにしたい」というお話をいただいたので、まずは自分が感じた作品全体のイメージを考えたうえで楽曲を制作してみました。ただ、そのときに作った楽曲はティザーPVに使うには少し優しくなりすぎてしまったので、もう一度作り直して今の形になったんです。その最初に作った楽曲が「Kiyoka and Miyo」で、この楽曲を“幸せ”をイメージしたテーマという位置づけにして、劇伴にも色んな形にアレンジして使っています。そしてティザーPVに使用したメインテーマ「The Dreams of Miyo Saimori」は、美世の内面や心の中を表現するような楽曲で、この楽曲もアニメの中で色んなリアレンジをして使用されています。

――その2曲が、アニメ本編の劇伴を作るうえでの指針にもなったのでしょうか。

Evan そうですね。PV用の楽曲を作ったあとにしばらく時間が空いたんです。実際に劇伴を作るタイミングになったときに、改めて監督やスタッフの方たちと打ち合わせをしたのですが、そのときには劇伴のメニューが出来上がっていたので、最初に作った2曲をベースにしつつ、どのような雰囲気でいくかを話し合いました。大正時代の日本をイメージした舞台のお話ですが、あまり和風に寄りすぎたものではなく、日本とヨーロッパの雰囲気を混ぜたような曲調が良いということだったので、和楽器も使ってはいますが、今回はほどほどにしていて。それと、シリアスなだけでなく遊び心のある楽曲もほしいということだったので、完全にオーケストラ編成の楽曲だけでなく、例えばギターと尺八とピアノを使った多少ポップス寄りな楽曲なども作りました。

――メニュー表で提示されたオーダーや方向性で印象的なものはありましたか?

Evan メニュー表は基本、感情表現や心情の変化にフォーカスした指定が多かったです。この作品は、もちろん壮大なシーンもありますが、基本はパーソナルなお話、美世と清霞の関係性を描くことが重要で、自分の心の中の気持ちなどが多く描かれるので、その意味で監督もピアノをメインにしたいと考えたんだと思います。アニメ自体もシネマチックな作り方になっているので、今回はテーマとなるメロディをたくさん作るのではなく、先ほどお話した「Kiyoka and Miyo」や「The Dreams of Miyo Saimori」のように重要なメロディを数曲に絞って、それを色んな形でアレンジするイメージで制作しました。

――1つの感情、例えば“悲しい”という感情にあてた楽曲を作る場合も、色んなグラデーションやパターンが求められたわけですか?

Evan そうですね。例えば“嬉しさ”と“幸せ”は、フィーリング的には同じような感じですが、自分の中では“幸せ”は“嬉しさ”よりも深い印象がありますし、“悲しい”や“絶望”のように似たような方向性のものでも、それぞれの場面の雰囲気に合わせて当てはめてもらえるよう、なるべく似ないように色々な形で作っています。

――細かい心情を表現した楽曲を作り分けるのは大変だと思うのですが、エバンさんはそういったお仕事は得意な印象があります。

Evan 確かに、ものすごくドタバタしているコミカルな楽曲を作るよりは、心情系の楽曲を作るほうが得意だと思います。自分は作品に入り込むとより音楽を作りやすくなるタイプで、最初の数曲で色々試して、何が合っているかを判断してからはスムーズに作ることができるんですね。もちろん同じような心情の楽曲をたくさん作っていると悩むときもありますが、それが作曲家の仕事なので、何とかして良い曲に仕上げます(笑)。

――そういった2人の心情系の楽曲に加えて、今作ではオクツキ(作中に登場する亡霊の類い)の登場シーンなどで流れるおどろおどろしい楽曲などもありますが、こちらはどのようなイメージで制作しましたか?

Evan 最初にメニュー表を見たとき、不穏系の曲が多くあったのでどれくらいのトーンにすべきか悩みました(苦笑)、基本的に作品の色を裏切りたくはないので、音楽で作っている世界観に合うバランスで仕上げるようにしました。突然すごくかっこいい少年アニメ的なバトル曲になると味が違うと思うので。なので不穏系の楽曲でも、弦のカルテットやピアノを中心に作っていますし、あくまで場面をサポートするようなものを意識しました。

――アニメを観ていて特に印象に残ったのが、美世が母親のことを回想するシーンでよく流れる「A Home for the Heart」という楽曲です。これはそういうシーンで流れるという想定のうえで制作したのでしょうか?

Evan 実はこの楽曲は元々メニュー表の発注にはなくて、ほかの楽曲を全部作り終えたあとに少し時間があったので、完全に自分が作りたくて特別に作った楽曲なんです。メロディ的には少し和風にしているのですが、ほかの劇伴ではあまり日本的なメロディラインの曲はなかったので、せめて1曲はそういうものを作りたいという気持ちがありまして。なので元々は求められていなかった曲調だったのですが、あとで話を聞いたら「こういう楽曲も作っていただいて助かりました」ということだったので、作っておいて良かったですね。第1話の美世の過去が描かれるシーン、ほとんどセリフがない場面でこの楽曲が使われているのを観て、すごく奇跡的な使い方をされているなと感じました。

――この楽曲は女性コーラスが入っているのも印象的で。ほかの劇伴曲にもいくつか女性コーラス入りの楽曲がありますが、その辺りの意図についても伺ってみたいです。

Evan 確かに、この作品では女性のボーカルを結構入れていますね。単純に音的に好みだったというのもありますが、“優しさ”というか“ピュア”なイメージを表現したかったんです。実はこのコーラス、私の奥さんが歌っていて、自宅の作業スペースにマイクを立てて、「ちょっとこっちに来て」って無理やり連れてきて歌ってもらいました(笑)。奥さんは元々歌手だったわけでもないのですが、趣味程度でたまに歌っていて、こういうピュアな歌い方に合う声をしているんです。そのラフさ、ピュアさが、この作品の音楽にマッチしていると思って、色んな楽曲に入れました。

――奥さん、素敵な歌声をされていますね。

Evan 私もそう思います。本人は人前ではまったく歌いたくないらしいですけど(笑)。

――余談ですが、エバンさんもたまにシンガーとして歌われていますよね。楽曲クレジットをチェックすると、意外なところでエバンさんがコーラスに参加されていることがあって驚かされることがあります。

Evan ありがとうございます。元々ボーカルも専攻していて、昔は楽器よりも歌のほうをメインでやっていたので。日本で仕事をするようになってからは歌う機会があまりないので、練習をしていなくてスタミナもなくなりましたが、今でも歌うのは好きですね。今回の作品では、自分の歌は合わないので歌っていないですが。

――もしエバンさんも奥さんと一緒に今回の劇伴で歌われていたら、それこそ作品らしさが出たようにも思います。

Evan 確かに、タイトル(『わたしの幸せな結婚』)通りになりますね(笑)。

和”と“洋”、そして自身のルーツとなる要素が混ざり合った新鮮な挑戦