REVIEW&COLUMN
2023.09.18
2010年に「リスアニ!」が「アニメ音楽専門雑誌」として発刊された頃、「アニメソング(アニソン)とは何か」を説明するために、アーティスト(歌い手)を目安にアニメ主題歌のタイプを大きく4つに分類する方法が編み出され、それが10年代を通じて定着していった。
(1)アニソンを活動の軸足に置いている(≒専業)アーティスト
(2)キャラクターソングの主題歌
(3)声優(あるいはユニット)のアーティスト活動
(4)J-POP系アーティストのタイアップ
作品傾向や時代の流れに応じて、シーンの中核は様々な変遷を見せていったが、長らく批評的な位置付づけが定着しなかったのが(4)のJ-POP系アーティストだ。
遡れば1980年代から存在し、ヒット作も多いアニソンの形だが、アーティスト作品としての評価と主題歌としての評価が乖離した作品が多かったこともまた事実。だが、ファンダムから作品解釈を巡る厳しい目が注がれたり、いわゆるオタク文化で育った側がJ-POPシーンで活躍し、待望のアニソンを手がけたり、J-POPアーティストとアニメ制作側との距離感が縮まったことで制作状況が大きく好転を見せた。その結果、多くのJ-POPアニソンの名曲が生まれ、ヒットを飛ばしていった。2020年代初頭のアニソンシーンの中心はこのゾーンにあると言える。
前置きが長くなったが、そんな現在のシーンに、J-POPアーティストの大御所・中島みゆきが「初挑戦」する。しかも、強烈な個性を持つ脚本家・岡田麿里による第2作目の監督作品劇場アニメ『アリスとテレスのまぼろし工場』に、書き下ろしで主題歌「心音」を提供するというのだ。これはアニソン業界・J-POP業界共にとっても大きな事件だ。
中島のデビューは1975年。「時代」、「空と君のあいだに」、「地上の星」、『ファイト!』、『麦の唄』など、時代や世代を超えた名曲を作り上げたシンガー・ソングライターだ。
「糸」は、2020年に菅田将暉・小松菜奈主演の映画の原案となったことで何度も脚光を浴び、新たな若いファンを獲得したり、2009年には紫綬褒章を受章するなど、名実ともに国民的人気歌手だ。自ら作詞・作曲・歌唱も行ない、すでに全方位的な評価と実績を兼ね備えた彼女がアニソンに「頼る」理由など、どこにもありはしない。もし彼女が挑戦するとしたら、それはアーティストとしての強い意志だ。
情念の強いセリフを武器とする岡田作品と、深い読み解きに堪える歌詞の世界観を持つ中島作品は、一見するだけで相性の良さを感じさせる。だが、それを思いついたところで実現するとはなかなか想像しづらいが、『アリスとテレスのまぼろし工場』のプレスキットに掲載されたプロダクションノートによると、岡田麿里監督は前作『さよならの朝に約束の花をかざろう』(2018年)の物語が「糸」と重なったことをきっかけに聴きだし、大ファンになったという。岡田は同記事で中島の魅力を「“選ばれなかった自分”や“置き去りにされた想い”を中島みゆきさんの歌はちゃんと見つけてくれる」と語る。さらに岡田の中で本作のイメージが中島の「二雙の舟」と重なったことでオファーをしたところ、シナリオを読んだ中島から快諾を受けたという。後にプレスリリースとして発表された中島のコメントが、また凄い。
「ゲームもアニメもさっぱりわからない中島に、御注文をくださるとは、なんでなの?と謎な気持ちで、届いた台本をおそるおそる読み始め、最後まで読み終わらないうちに、どっぷり、岡田麿里様のしもべとなっておりました。岡田麿里様は、中島の絶大なる『推し』です!スタジオで初めて岡田麿里様にお目にかかった日は、ただもう中島は物陰から、じぃっとお姿を拝見するばかり。一瞬だけ駆け寄って『この台本、好きです!』と言うのが精一杯でした。まるで中学生の片想いレベルです」
また、9月4日に開催されたプレミア上映に向けてもコメントを発表し、「アニメーションの世界と中島みゆきっていう組み合わせは、なんだか異種格闘技みたいな気がするんですけど、そのへんのビックリ感も含めてお客さまに楽しんでいただけたら、とっても嬉しいです。中島は、とにかくもう岡田麿里さまを尊敬申し上げておりますので、映画の完成を、期待に満ち満ちて、お待ちしているところです」と、驚くほどのリスペクトを示している。日本中に熱烈なファンを持つあの「恋愛歌の女王」が、「学校へ行けなかった」マリーにこんな言葉をかけるということに、trueな涙を禁じえない。
『アリスとテレスのまぼろし工場』の舞台は製鉄所の爆発事故によって出口を失い、時が止まった町・見伏。そこでは、いつの日にか元に戻れるように「何も変えてはいけない」というルールができ、人々は鬱屈した日々を送っている。ある日、中学3年生の菊入正宗は、謎めいた同級生・佐上睦実に導かれて足を踏み入れた製鉄所の第五高炉で、野生の狼のような少女・五実と出会う。
岡田自身の手による脚本・監督作品だが、元々は書き下ろし小説として発表する予定だった。「狼少年のように嘘つきな女の子と、狼に育てられた野性的な女の子、二人の異なる狼少女のお話を書こうと思ったのが出発点です」(同プレスキットより)。だが彼女の中で上手くまとめることはできず、途中で断念してしまいつつも、「キャラクターたちへの愛情はずっと残っていて、いつか書きたいという想いがありました」という。岡田は嘘つき少女として誕生した睦実のことを「普段はクラスの友達とうまくやっていますが、自分の意志を押し込めて本音を隠してしまうタイプです。でも、押さえているものがいつ爆発するか分からない、そんな危うさを秘めた子です」(月刊アニメージュ2023年10月号より)と、説明する。
「嘘」は、中島を刺激するキーワードだ。
中島はデビュー直前、現代詩人・谷川俊太郎の詩に大きな衝撃を受け、大学の卒業論文のテーマにしたほど敬愛する。なかでも谷川の「うそとほんと」という詩を好み、後に「夜会」(演劇とコンサートを融合させたプログラムで彼女のライフワーク)が特集されたTV番組の中で朗読してもらったほどだ。また、リスペクトをしてやまないフォークシンガー・吉田拓郎に詞曲を提供した「永遠の嘘をついてくれ」では、ストーリー仕立ての歌詞の中で“永遠の嘘”を繰り返す。工藤静香に提供した「単・純・愛 vs 本当の嘘」では“本当の嘘”というワードでリスナーをも翻弄する。
公開の2年以上も前の2021年6月に配信された本作の「超特報」はシナリオが決定稿になる前に作られたものだが、本編の肝になるイメージはすでに固まっていたようで、菊入正宗は両目を、佐上睦実と五実は片目を隠し、この世界が作り物であることを暗示させ、古い日本映画風のフォントで「あたりまえの世界は 恋することで 終わりを告げる」と表示されたあと、正宗は目を開ける。
これなど、まさに中島の「世情』で歌われていた社会批評としての“嘘”の扱いと重なる部分だ。特報ではそのあともハイライトシーン映像とともに繰り返されるメッセージ性の強い言葉の濃厚なイメージや、情感溢れる作画・演出により、この映像が中島の参加にどれだけ影響があったかはわからないが、中島作品と共に歩んでいけそうなイメージは存分に伝わってくる。
こうした岡田の提示した世界観に対してアンサーソングのように書き下ろされたのが、本作の主題歌「心音」だ。
前半部分は作品の世界観を中島の言葉で書き上げられているが、サビになると中島らしい深掘りの解釈溢れる歌詞が展開される。
“綺麗で醜い嘘たちを 僕は此処で抱き留めながら 僕は本当の僕へと 祈りのように叫ぶだろう”
閉じられた嘘の世界、登場人物の胸にある嘘の心。“僕”が指しているのは正宗だけのことなのか。“綺麗で”“醜い嘘”とは。そして締め括りの“未来へ 君だけで行け”は何を示しているのか。映画に添えられた「恋する衝動が世界を壊す」のキャッチコピーはこの歌を昇華させる意味合いを持ち、2番のサビ箇所も含めて映画の解釈だけでなく中島の歌詞世界を軸にしても堪能できる。劇中で流れる場面だけでなく、予告編でのMV的な合わせ方も示唆的であるため、本編と合わせて味わいたい映像作品だ。
また、中島の「二隻の舟」は、岡田が書くなかで作品イメージと重なっていたというだけあって、作品を観終えてから歌詞を読むと読み解くうえで重要なピースになるもう一つの主題歌と言える。“おまえとわたしは たとえば二隻の舟 暗い海を渡ってゆく ひとつひとつの舟 互いの姿は波に隔てられても 同じ歌を歌いながらゆく 二隻の舟”のあたりは鑑賞後に読むと、まるで岡田がこの歌詞の解釈をストーリーに盛り込んだかのように読み取れる。
コラボレーションとは元来、共同開発という意味を持つ。互いの作品に対する解釈を自作に採り入れ紹介していった本作こそがそれに相応しい作品といえる。やはり競争を勝ち抜いたJ-POPのビッグネームが正面から取り組み作品を解釈する力は凄まじい。しかも作家同士の魂の場所が近いことは何倍もの効果をもたらす。本作は間違いなく、2023年を代表する1作となるだろう。複数の作品に渡って同じ音楽アーティストと組む監督の前例は存在する。両者の幸せなランデブーがまた次回作でも見られることを一観客として願わずにいられない。
TEXT BY 日詰明嘉
●作品情報
『アリスとテレスのまぼろし工場』
全国公開中
※メイン館は「丸の内ピカデリー」です
【キャスト】
榎木淳弥 上田麗奈 久野美咲/八代拓 畠中祐 小林大紀 齋藤彩夏 河瀨茉希 藤井ゆきよ 佐藤せつじ/林遣都 瀬戸康史
【スタッフ】
脚本・監督:岡田麿里
副監督:平松禎史
キャラクターデザイン:石井百合子
演出チーフ:城所聖明
美術監督:東地和生
色彩設計:鷲田知子
3Dディレクター:小川耕平
撮影監督:淡輪雄介
編集:髙橋歩
音楽:横山克
音響監督:明田川仁
音響制作:dugout
製作プロデューサー:木村誠
アニメーションプロデューサー:野田楓子、橘内諒太
企画・プロデューサー:大塚学
制作:MAPPA
配給:ワーナー・ブラザース映画 MAPPA
主題歌:中島みゆき「心音(しんおん)」
<作品情報>
変化を禁じられた世界で、止められない“恋する衝動”を武器に、未来へともがく者たちの物語
製鉄所の爆発事故により出口を失い、時まで止まってしまった町で暮らす14歳の正宗。いつか元に戻れるようにと、
何も変えてはいけないルールができ、鬱屈とした日々を過ごしていた。ある日、気になる存在の謎めいた同級生・睦実に導かれ、
製鉄所の第五高炉へと足を踏み入れる。そこにいたのは、言葉を話せない、野生の狼のような少女・五実ー。
二人の少女とのこの出会いは、世界の均衡が崩れる始まりだった。止められない恋の衝動が行き着く未来とは?
Ⓒ新見伏製鐵保存会
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