今年TVアニメの放送から25周年を迎えた、渡辺信一郎監督によるオリジナルアニメ『COWBOY BEBOP』(以下、『ビバップ』)。宇宙開拓が進んだ近未来を舞台に、カウボーイ(賞金稼ぎ)を稼業とする主人公のスパイクと相棒のジェットたち“ビバップ号”一行を描いた本作において、ビバップばりの熱気とクールジャズさながらのスタイリッシュさを音楽の面から演出したのが、菅野よう子が手がけた楽曲の数々だ。
それらの音楽を収録したサントラとマキシシングル全7タイトルがアナログ盤ボックスとしてリイシュー、さらに菅野が新たに再編集した新規アナログ盤3タイトルが12月13日に同時リリースされることを記念して、リスアニ!では短期集中特集を展開。その第2弾として、『ビバップ』を放送当時から愛してやまない3人のリスアニ!ライター陣、澄川龍一・冨田明宏・前田 久による座談会をお届けする。『ビバップ』の音楽が今も色褪せることなく金字塔になっている理由とは?
INTERVIEW & TEXT BY 北野 創
――皆さんは『COWBOY BEBOP』(以下、『ビバップ』)にリアルタイムで触れた世代ですが、放送当時はどんな印象を受けましたか?
澄川龍一 テレビ東京で放送されたのが1998年4月だから、自分は大学生か。とにかく「こんなにも大人っぽくて面白いアニメがあるんだ!」と驚いた記憶があって。『ビバップ』は90年代のアニメ史的にもエポックな作品だったと思うんだけど、そのあたりは前田さんのご意見を聞いてみたい。
前田 久 色んな角度からアニメ史における重要性を語れるタイトルだけど、その後のアニメに与えた影響の大きさで言うと、やっぱり作画レベルの飛躍的な向上が大きいでしょうね。もちろん『ビバップ』の前に、95年から96年にかけて『新世紀エヴァンゲリオン』のTVシリーズがオンエア、そして劇場版の『Air/まごころを、君に』が97年に上映されて、いずれも爆発的な人気を博していた流れがあったわけだし、正確にはその少し前から、OVA並の内容をTVシリーズとしてオンエアする方法論の作品が出てくるようになってはいました。『ビバップ』を制作したのも、OVA作品の『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』(1991年)を作ったサンライズ第2スタジオ、後に独立してボンズになる超絶アニメーターが勢ぞろいしたスタジオで、その流れにあるものではあるんだけど、もう一段階上に押し上げた感があった……みたいな話を聞きますね。で、それがしかも、当時主流のラブコメやロボットアニメとは違う切り口のSF作品であったのも大きい。当時は“SF版『ルパン三世』”なんてよく言われていましたが、大人のハードボイルドな雰囲気で、しかも“男と女の関係性”や“男同士の嫉妬心”が物語の軸になっている。
澄川 うんうん。
前田 僕がライターとして仕事を始めた2000年代半ばの頃、当時のアニメの現場にいたプロデューサーの方がお酒の席で、『ビバップ』の衝撃を語る場に何度も出くわしたんですよ。TVシリーズで、これだけの映像美で、こんなテイストの企画を作っていいんだ……という衝撃がアニメ業界にあった、と。「自分は『ビバップ』みたいな、アニメファン以外の視聴者にも届くような渋いものを作りたいんだ」と語るプロデューサーが当時はたくさんいました。中には実際に作っていた人もいましたね。だから業界的には、一時期、ある意味では『エヴァ』以上のインパクトがあったように感じています。
冨田明宏 あと、当時としては珍しく、あまりタイムラグなくアメリカでも放送されていたのも大きいと思う。2001年にはカートゥーンネットワークで配信されていたという話なので。で、私も当時は子供ではなく高校生3年生になっていたわけだけど、その感覚で言っても、ハードボイルドでお洒落なアニメという強烈な印象がありましたね。地上波の夕方帯に放送されたアニメなのに、暴力や性描写に関してもちゃんと表現されていたし、個人的には『ルパン三世』よりも硬派に見えていたかも。
澄川 しかもテレビ東京で放送されたのは、本来2クールの予定を1クールに編集したエピソードがつぎはぎのバージョンだったので、その突き放したような感じにも大人の作品を感じたんですよね。「あれ?これは一人暮らしの大学生がWOWOWを契約しなくてはいけないのか?」って(笑)。結局実家暮らしの同級生にビデオを録ってもらったと思うんだけど。いずれにせよ当時20代に近づいていた我々の世代としては、“大人になっても観られるアニメ”という感覚があった。
前田 同時代に『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』(1995年)や大友克洋さんの『MEMORIES』(1995年)もありましたけど、それとはまた違う大人っぽさがありましたよね。思弁的で重厚なのではなく、軽妙洒脱な方の“大人”感といいますか。
澄川 そうそう。SF設定自体も巧妙だけどどこかシニカルさを感じさせるものだし、その世界観を突き詰めるというよりも、ユーモアが多分に入っていて。突然『トラック野郎』みたいなのが出てきたりするし。
冨田 ナベシン(渡辺信一郎)監督の好きなもののオマージュが色々入っていることが感じられましたよね。当時は“オタク向けのアニメ”とは別に“サブカルとしてのアニメ”というものがあったと思うんですけど、その入り口にあった作品の1つだったんじゃないかな。サブタイトルにローリング・ストーンズとかエアロスミス、ボブ・ディランの曲名とか、あと古い映画とかジャズのスタンダードナンバーが引用されていたり、ある程度は観る側の知識や教養も試されるというか。「この作品を観ている俺、イケてるでしょ?」と思えちゃう感じというかね(笑)。サブカル青年にはぶっ刺さりまくりましたよ。
澄川 わかるわー(笑)。アニメを知らない人にプレゼンテーションしやすいアニメという感覚はあった気がする。とにかくかっこいいのひと言に尽きるっていう。
前田 ちなみにお二人は、このとき、菅野よう子さんに対してどんな認識でしたか?僕は中学生の頃、『マクロスプラス』の劇場版(1995年公開の『マクロスプラス MOVIE EDITION』)を観に行って、そこでナベシンさんと菅野さんの名前を脳裏に刻み込まれて。だから『ビバップ』に対しては始まる前から「すごいものがきそう!」という予感を持っていたんだけど。
冨田 私、『マクロスプラス』は後追いだったんですよ。菅野さんに関しては、当時、坂本真綾さんの音楽プロデューサーとしての印象が強くて。今までの声優楽曲とは明らかに違うタイプの曲を作る方、という認識の延長にある感じだったので、『ビバップ』で「こういう音楽もやる人なんだ!」という驚きがありました。
澄川 そう、俺も同じ。坂本さんが主題歌(「約束はいらない」)を歌っていた『天空のエスカフローネ』(1996年)が名前を意識するきっかけだった。『ビバップ』の当時、菅野さんはすでに『マクロスプラス』『MEMORIES』『エスカフローネ』の音楽を手がけていて、同時期に『ブレンパワード』(1998年)もあって、その後に『∀ガンダム』(1999年)があるので、イケイケの時期でもあったんですよね。
冨田 でも、アニメ音楽史や菅野さんのワークスの中でも、『ビバップ』の音楽はちょっと特殊なんですよね。これは菅野さんから直接聞いたお話ですけど、ナベシンさんから作品の内容を聞いたときに「すごく地味で売れなさそうな作品だと思ったから、音楽で盛り上げなくちゃと思って、たくさん曲を書いた」みたいなことをおっしゃっていて(笑)。菅野さんの心配は杞憂に終わったわけだけどね。しかも今のTVシリーズでは考えられない予算をかけて、採算度外視でとてつもなくエッジ―な音楽を作り上げている。あらゆる意味で破格ですよね。
――作品の特徴として、スタイリッシュさやサブカル的な要素というワードが出てきましたが、その方向性に寄与しているのが菅野さんの音楽という側面もあると思います。皆さんは当時、『ビバップ』の音楽をどのように受け止めましたか?
冨田 ファーストインプレッションはやはり、OPテーマの「Tank!」のかっこよさですよね。当時、洋楽ロック漬けだった高校生ながらに「これはすごい!」と思いましたから。オープニングのムービーも含めて、お洒落すぎて衝撃的でしたよね。生々しいサウンドと、当時としてもレトロな感じの映像のタッチ。インストであれだけ胸ぐらを掴まれてぶっ飛ばされたアニメのOPテーマは、生まれて初めてでした。
前田 わかるなあ。
冨田 そういう話を昔、菅野さんにしたら、菅野さんは中高生の頃に吹奏楽部でブラスバンドをやっていたけど、当時やっていた楽曲がすごくつまらなくて、「何でこんなにつまらない曲を演奏しなくてはいけないんだろう?」という怨念をあの1曲で晴らした、みたいなことを言っていて(笑)。ブラスバンドの本来のかっこよさを伝えたかったっていう。あと、菅野さんは“ジャズ嫌い”という話がよく誤解されて伝わっていますが、あれは今でいう“切り取り”や揚げ足取りであって、菅野さんは別にジャズが嫌いなわけではないし、ジャズもファンクもブルースも、いわゆるブラックミュージックとされるものがかなり好きなんですね。
――というのは?
冨田 菅野さんが話していたのは、モダンジャズのソロ回しで演奏していない人が手持ち無沙汰になるのは退屈そうで好きじゃないということで、そこに陶酔なり倒錯なり何らかの意味があるものは好きという話をしていて。菅野さんは大学時代にブラックミュージックのグルーヴの源泉を知りたくて、アメリカの西海岸から東海岸まで極貧横断旅行したくらいなんですよ。グレイハウンドバスに乗ってニューオーリンズまで一人旅をしたことを考えると、いかに菅野さんのジャズやブルース、ファンクといったブラックミュージックやブラスミュージックに対する愛情が深いかがわかるし、それは「Tank!」を聴けば一発で伝わるわけで。あの1曲で世界中をノックアウトしたことも、『ビバップ』という作品の重大な事件だと思います。
澄川 プラスして、この「Tank!」という楽曲自体、ジャズという切り取り方だけでは括れないキメラ感があって、どちらかと言うと“菅野よう子の音楽”という部分が強いと思うんですよね。そこが面白くもあり奥深いところでもあって。その意味では、この曲をアニメのオープニングとして1分30秒でまとめたことがデカいですよね。その短い時間の中でしっかりと展開を効かせて、アウトロまでかっこいい曲ってなかなかないと思うので。
前田 これは今日の本題からはズレるんだけど、『ビバップ』が放送された1998年の4月クールには、「H.T」がOPテーマだった『TRIGUN』(1998年)も放送されていたんですよね。あの頃のアニメファンは同じクールでインストのOPテーマを2連発で聴いてぶっ飛んだっていう(笑)。
冨田 しかも今堀さん(『TRIGUN』の劇伴および「H.T」を手がけたギタリストの今堀恒雄)は『ビバップ』のサントラにも参加しているし。
前田 そうそう、人脈的にも繋がっていて。でも、お洒落なインストのOPテーマの流れって、ぶっちゃけ、その後が続かなかったですよね。ときどき、忘れたような頃にポン!と単発でいい曲が出てくるけど、継続的な動きにならない。
冨田 音楽的に言っても非常に技術が問われるものでもあると思うし、昨今で言うと、アーティストを売り出すためのタイアップとしての観点もあるので、たとえば監督とか原作者のこだわりを活かそうとする、クリエイティブファーストみたいなものが尊重される作品じゃないと、なかなか成立しないんだと思います。
澄川 それとアニメのOPテーマの本来の役割を考えると、色んな人に入り口として入ってもらいたいからポピュラー音楽になっているわけで、その意味でインストは難しい部分があるのかも。でも、「Tank!」はそれを凌駕するくらいに強烈な顔となるインスト曲だった。よく比較されますけど、大野雄二さんの音楽のような。
前田 やっぱり『ルパン三世』だよね。
冨田 確かに『ルパン』があったうえでというのは間違いないと思う。でも「Tank!」はどう考えても発明でしょ。一瞬で緊迫感を演出するイントロのフレーズも、あのお馴染みのリフもそうだし、アレンジも隅々まですごくて。菅野さんがいかに“退屈な音楽”が嫌いなのかが一発でわかる曲でもある。プレイヤーたち全員が活き活きしているもん。
澄川 よく“火を噴くような演奏”という形容をしますけど、管楽器の演奏が本当にかっこいい。あとはこの疾走感ですよね。BPMは136くらいなんですけど、このスピード感が気持ちいい。2000年代以降、中高生の吹奏楽部はこういうポピュラー音楽を演奏することが増えたっていう話だけど、これ、学生が吹けるのかな?(笑)。
冨田 でも、よく話題になってるよね。学生がブラスバンドで演奏した動画も観たことあるし。その意味では、ブラスバンドのかっこよさを教えるっていう、菅野さんの野望が果たされた曲だと思う。
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