花譜や星街すいせいらの活躍によって、ますます盛り上がりを見せているVTuber/バーチャルシンガーのシーンにおいて、透明感のあるシルキーボイスと豊かな表現力によって近年注目を集めているのが、バーチャルアーティストに特化した音楽レーベル&プロダクション「RK Music」に所属するアーティスト・HACHI。この度リリースされた2ndアルバム『Close to heart』では、ササノマリイ、春野、tee teaといったアーティスト/クリエイターからの楽曲提供を受け、“心に寄り添う”をテーマに多彩な全8曲を表現している。「歌が好き」という純粋な気持ちでこの世界に飛び込んだ彼女が、その歌を通して届けたいもの、実現したいこととは何なのか?リスアニ!初登場インタビューで迫る。
INTERVIEW & TEXT BY 北野 創
――HACHIさんは、歌声や楽曲からはクールな印象を受けますが、生配信ではよく笑いますし、かなり気さくな感じでお話されていますね。
HACHI 普段の配信では日常会話も交え明るい雰囲気でしゃべっています(笑)。私はすごくよく笑うタイプだし、普段は細かいことをあまり気にしない性格なんです。人並みに悩むこともあるのですが、寝たら忘れる、みたいな(笑)。楽しいことしかやりたくないので、いつも楽しんで音楽活動ができています。
――歌や音楽をやりたい気持ちは昔からお持ちだったのですか?
HACHI 子供の頃からカラオケで歌うのが好きで、学生時代は軽音部でボーカルをしていたこともあり、日常的に音楽と触れる機会もあったのですが、HACHIとして活動を始める前は、音楽の仕事とは無縁の生活をしていました。そういうのは自分からすごく遠いものだと考えていたんですね。でも、コロナ禍に入る前の頃に、「REALITY」という簡単にVTuber活動ができるアプリの広告を見かけて、興味本位でゆるい感じの歌配信を始めてみたところ、今私が所属しているRK Musicのマネージャーさんが声をかけてくださって、とんとん拍子で事務所に所属して活動することになって。なので、まさか自分が音楽の仕事をするとは想像もしていなかったです。
――でも、何かきっかけがあればやってみたい気持ちがどこかにあったんでしょうね、きっと。
HACHI そうかもしれませんね。歌はずっと好きだったので。
――その「歌が好き」という気持ちは、活動を始めたことで何か変化しましたか?
HACHI いえ、「歌が好き」というのはずっと変わっていなくて。昔も今もなのですが、私は1人でいるとき、常に音楽が傍にある環境で過ごしているんです。昔から携帯で音楽を流し聴きするのが好きで、何かの準備をするときも、お風呂に入るときも、常に音楽をかけているし、別の言い方をすると、無音の中で生活ができないんですよ。それと母親が音楽好きということもあって、小学生の頃は週1のペースでカラオケに連れて行ってもらっていたし、そこで昔の歌謡曲を覚えたりとかもして。その影響で昔から玉置浩二さんがすごく好きなんです。
――そう、別媒体のインタビューで玉置浩二さんの名前を挙げていて、渋いなあと思いました。
HACHI ですよね(笑)。玉置さんは歌の抑揚の付け方が独特で、場所によって静かに歌ったり、張って歌ったりする展開の付け方がすごく面白いし、それによって歌詞がよりダイレクトにドン!って心に響いてくるんですよね。歌声で鳥肌が立った経験をしたのは、玉置浩二さんとLiaさんで、昔から尊敬しています。
――Liaさんはアニメやゲームの主題歌を多く歌っているので、リスアニ!読者層にもお馴染みの方ですが、HACHIさんは何がきっかけでLiaさんのことを知ったのですか?
HACHI 昔、ニコニコ動画をよく観ていた時期があったのですが、たまたま観た組曲の動画の中にLiaさんの「鳥の詩」が入っていたんです。私はエンタメとして楽しみながらその組曲を聴いていたのですが、「鳥の詩」が流れた瞬間に空気感が変わったので「えっ!?」と思って。「これを歌っているのは誰?」と思って調べたことがLiaさんとの出会いでした。それからLiaさんの色んな曲を聴くようになったのですが、ライブ映像を観たときに、心に響きすぎて、鳥肌が立って涙ぐんでしまったんですね。Liaさんの歌声には美しさや綺麗さ、繊細さがあるし、歌から情景が伝わってくるじゃないですか。青空や白い雲、夏の風景だったり。そういう情景がブワッと浮かぶ歌声に憧れるようになりました。
――HACHIさんの歌声にも、Liaさんのような透明感や独特の空気感を作り出す力を感じますが、ほかにシンガーとして影響を受けた方はいますか?
HACHI 「目標にしています!」というのは恥ずかしいのですが(笑)、歌うときに参考にしているアーティストさんは何人かいらっしゃって。それがLiaさんだったり、宇多田ヒカルさんやAimerさんだったりします。私は少し哀愁のある歌声の方が好きで、音楽を聴くときも、元気に気持ちを上げてくれる感じよりも、切なさにフォーカスした楽曲を選ぶことが多いですね。自分自身もプラスの感情よりマイナスの感情に寄り添って歌っていきたい気持ちがあります。
――今回の2ndアルバム『Close to heart』は、CDの販売に先駆けて配信リリースされていますが、ファンの方々からの反応・反響はいかがですか?
HACHI 正直、かなり手応えを感じています。というのも、iTunesのJ-POPジャンルのアルバムランキングで1位を獲らせていただくことができたんです。1位になったのは初めてだったので、びっくりしました(笑)。今回のアルバムは、「世界でたった1人のあなたに寄り添うこと」をテーマに制作したのですが、感想を見ていると「はちたや(HACHIの愛称)の歌を聴いて元気が出た!」という声もあってすごく嬉しかったです。それと少し意外だったのが、「空が待ってる」という楽曲の手応えが良かったことです。この楽曲、HACHIにしては珍しく希望に溢れた内容なのですが(笑)、「意外だったけどすごく良い!」と言ってくださる方が多かったので、今後、こういう方向性の楽曲を考えていくのもありだなと感じました。
――HACHIさんは以前から“あなたの心に寄り添う歌を。”というテーマを掲げて活動していますが、今作はそのテーマに改めて向き合った作品なんですね。
HACHI 先ほど、私の日常には常に音楽が身近にあるというお話をしましたが、そもそも自分が今こういった活動をしている理由は、今まで音楽に救われる経験がたくさんあったからなんです。私は昔、すごく気にしやすい性格で、日々の色んなことを気にしてしまって、夜になると「明日が来るのが嫌だなあ」と思って眠れない時期があったんです。そのとき、眠るまで傍にいてくれたのが音楽で。だからつらいことがあったとき、逆に嬉しいときやハッピーなとき、日常の色んなシーンにそっと寄り添えるような歌をうたえる存在でありたいと考えていて。なので今回のアルバムも、クリエイターさんやアーティストさんそれぞれが考える“心に寄り添う曲”をテーマに、皆さんのらしさを出した楽曲を書き下ろしていただきました。
――今回のアルバムには、ササノマリイさんや春野さんといった、ご自身もアーティスト活動を行っている方たちも楽曲を提供されています。
HACHI 私は昔からボーカロイド楽曲がすごく好きで、ササノさんと春野さんもボカロPとして楽曲を発表されていた頃からのファンだったので、今回ぜひお願いしたくてご相談させていただきました。お二人ともゆったり穏やかでチルな雰囲気の楽曲が多いですが、私もそういう曲調が好きなので。
――ササノさんが書かれた「Deep Sleep Sheep」は、チルなローファイヒップホップの流れを汲むしっとり聴かせるナンバー。受け取ったときの感想はいかがでしたか?
HACHI ササノさんのちょっと夢の中にいるような音作りが大好きなのですが、まさにそれを感じさせる楽曲だったので、めちゃくちゃテンションが上がりました(笑)。今回、ササノさんにお願いするにあたって、“心に寄り添う曲”ともう1つのキーワードをお伝えしていて。それが“淀んだパステル”だったのですが、この曲もただ明るくポップな感じではなくて、夢にどんどん沈んでいくような重さを感じました。
――この楽曲のレコーディングでは、ササノさんご本人にディレクションしていただいたのでしょうか。
HACHI はい。今回のアルバムでは全曲、手がけてくださったアーティストさんがレコーディング現場にいらしてくださって。ササノさんはテイクを重ねるたびに「良い感じです!」と褒めてくださって、結構波長があった気がしています(笑)。ササノさん自身も歌をうたわれる方なので、ササノさんの楽曲を表現するにあたってのより良い歌い方を指導していただいて。それが普段の自分にはあまりない歌い方だったので、学びになりました。
――その歌い方について、詳しく説明してもらえますか?
HACHI 私は歌い始めの音は綺麗にパン!と入るタイプなんですけど、ササノさんは下からググッと上がっていくような歌い方をされるんですね。この曲ではそういう歌い方をすごく意識しました。私は音のそれぞれをパキパキと歌うクセがあるのですが、その尖りをあえてなくして丸みをつけることで、きれいに繋げていく感じというか。
――確かにそういう歌い方のほうがチルっぽい曲調には合いそうですね。この楽曲はアニメーションMVも公開されていますが、そちらも独特の世界観があって素敵でした。
HACHI MVは“夢の中”にフォーカスして作っていただきました。現実ではありえない構図やシチュエーション、例えば、自分は真っ直ぐ走っているのに景色は上昇していったり、ビルの中をゆっくり落ちていったり、バスの中に水が張っていて魚がいたりして。ちょっと非現実な感じ、夢と現実のはざまをゆらゆら漂ってまどろんでいるイメージです。
――そして春野さんは、感傷的なアコギのフレーズと乾いたビートの組み合わせが印象的な「さよならfrequency」を提供。HACHIさんは以前に、春野さんの楽曲「深昏睡」のカバー動画をアップされていましたよね。
HACHI はい。2ndワンマンライブ(2022年9月23日に東京・池袋harevutaiでリアル開催された“HACHI 2nd ONE-MAN LIVE 「Midnight blue」”)でも「深昏睡」を歌唱させていただいたのですが、そのときに許可をいただくためにご連絡させていただいたのがご縁の始まりでした。春野さんにも、ササノさんと同じ“淀んだパステル”というキーワードをお伝えさせていただいて。というのも前作のアルバム『Midnight blue』が“夜”をテーマにしていたので、全体的に寒色系のイメージが強かったんです。なので今回のアルバムの楽曲はちょっとだけ温かみが欲しいなと思って、“心なしか暖色系”というイメージが自分の中にあったんだと思います(笑)。
――そうして出来上がった「さよならfrequency」にはどんな印象を受けましたか?
HACHI 私の好きな春野さん楽曲の要素が全部詰まっていて、「私の大好きな春野さんの楽曲だ!」って興奮しました。この楽曲はブルーノートがたくさん入っているので、歌うときのニュアンスが重要で、紡ぐように、漂うように、ゆっくりしっとり静かに歌うように意識して。春野さんからも歌い方の指導をしていただいて、それもすごく学びになりました。
――好きなアーティストの方から歌い方を直接教わる機会はなかなかないでしょうしね。
HACHI それとこの曲のレコーディングでびっくりしたのが、音が一番高くなる“こんな鏡じゃあ”のところをRecするときに、まず試しに歌ってみたら「このテイクでいきます」と言われたことで。春野さんは元々最初のテイクを使いたい気持ちがあったみたいなのですが、私は全然知らなかったので、「えっ!?」と思ってドキドキしました(笑)。あと、途中でハミングが入るところも色々あって……。
――色々ってなんですか(笑)。
HACHI ハミングを録る前に、曲が流れていたのでそれに合わせて本当にラフな感じで、マイクの前でフンフンと歌っていたんですね。そうしたら実はそれが録音されていて、結果「これでいいじゃん」ってなったんです(笑)。私は録っているつもりじゃなかったので、たまに顔を逸らしたりしていて、よく聴くと音も少し離れたりしているんですよ。でも、春野さんはきっと自然体でゆったりとした感じのテイクがほしかったんだと思います。私としては「本当にこれでいいのかな?」と思ったのですが、最終的に完成したものを聴いたらすごく良い感じにまとめていただいていたので、さすが春野さんだと思いました。
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