nano.RIPEがアニメ『はたらく魔王さま!』にEDテーマとして「月花」「スターチャート」「ツマビクヒトリ」を提供してから10年。2023年7月から放映されている『はたらく魔王さま!!』2nd SeasonではOPテーマ「光のない街」を手がけ、堀内まり菜に提供した「水鏡の世界」を加えると計5曲の『魔王さま』楽曲を生み出してきた。今回のミニアルバムは既存の3曲をきみコが歌い直し、堀内への提供楽曲をセルフカバーし、nano.RIPE×『はたらく魔王さま!!』ともいうべき1枚を世に送り出す。
さらには、新曲であり、様々な想いを込めた「スポットライター」を収録したnano.RIPE盤もリリース。バンドの、自身の10年が浮かび上がる1枚を前にしてきみコが語るnano.RIPEとは?
INTERVIEW & TEXT BY 清水耕司(セブンデイズウォー)
――まずは今回のミニアルバムがどういった流れから生まれたのか教えてください。
きみコ OPテーマの話をいただいたとき、その前に(堀内)まり菜ちゃんに楽曲を提供させていただいたことがすごく大きくて。
――『はたらく魔王さま!!』1st SeasonのEDテーマ「水鏡の世界」ですね。
きみコ これで『魔王さま』シリーズに5曲も提供させてもらったことになるんですけど、1期はもう10年前にもなるので今回の2期から知った方もいるかもしれない、と考えたとき、この1枚を買えばnano.RIPEが関わった曲がすべて手に入る、という1つのパッケージを作りたいと思いました。でも、もしも「水鏡の世界」を自分たちの楽曲としてリリースしていたら、今回もシングルとして発売するだけで終わりだったかもしれないんですけど、実際には楽曲提供はしてもnano.RIPEの楽曲としては形になっていない。ただ『魔王さま』のために書いた楽曲であることは変わりがない。というところで、nano.RIPEの名義で出したいというところもありました。
――nano.RIPE×『はたらく魔王さま!』というところでまとめれば2つの願いが一度に叶う、と。
きみコ そうですね。自分たちで歌っていなかったことがきっかけで逆に「全部集めちゃおう」という発想になりました。それと一昨年にリリースされた、アニメ『のんのんびより』の主題歌集『のんのんびよりでいず』がすごく良くて。あのときも、nano.RIPEも3期のOPテーマとして「つぎはぎもよう」を書いたんですけどシングルリリースはされず、その1枚に収録されたんですね。あのアルバムは聴いていると『のんのん』の世界に浸れる1枚だったので、同じような1枚がnano.RIPE名義であってもいいのかな、という想いも生まれました。
――一方で、既存曲のセルフカバーもしています。そのまま収録するのではなく、歌い直した意図はどういったものでしたか?
きみコ そうですね。そこは悩んだんですけど、でもあたしの歌もこの10年間で結構変わってきたので。
――ライブでも歌い続けてきた曲でもありますね。
きみコ なので、「今のnano.RIPE」という1枚にしたかった、というところですね。「(今歌ったら)どうなるのかな?」という気持ちもあったんですけど、自分たちでも成長しているとは感じていましたし、後悔ではなく「今ならこう歌うな」という想いもありました。なので、聴き比べると面白いというか、「10年経ってこういう歌になりました」というところを見せたいという意味でも、今の歌を収録したいと思いました。それに、「光のない街」は、(2022年発売のアルバム『不眠症のネコと夜』の)アルバムレコーディングと同じ頃に録ったので1年くらいは経っているんですけど、その曲と並ぶものにしたいという気持ちも大きかったですね。
――歌に関して、この10年間でどのような変化がありましたか?
きみコ ここ5、6年でレコーディングに対する苦手意識がなくなってきました。インディーズの頃からライブばかりしてきたバンドなので、狭いブースに入って自分の歌と向き合う、というのが苦手だったんですね。それで力んでしまった歌も結構多くて。それこそ10年前に「月花」「ツマビクヒトリ」「スターチャート」を録った頃は、「レコーディングだ、嫌だな」って気持ちになるくらいでした。
――歌が好きだからレコーディングで歌うことも好き、とはならなかったんですね。
きみコ 元々、歌うことが大好きというタイプでもなかったんですよ。
――そうなんですか?
きみコ そうなんです。むしろ、小、中学校での音楽の授業は大嫌いで、「なんで人前で歌わされないといけないんだろう」と思っていたくらい苦手でした。ただ、ライブはその空間を素晴らしいものにすることが一番なので歌の正解ってないんですよね。でも、音源は色々なタイミングで色々なところで聴かれるし、やはりピッチのように歌における正解があるので、テンションだけでどうにかなるものではないんですよね。だから、ヘッドフォンで自分の声を聴きながら歌うことは結構ストレスでした。もっとこう歌いたいのに歌えない、というところもありますし。
――苦手意識が払拭されたきっかけはあったのでしょうか?
きみコ メンバー2人が抜けたタイミングで肩の荷が下りたというか。もちろん大変な時期ではあったんですけど、ずっと肩肘を張っていたものが一回リセットされた感覚がありました。4人いた頃は「ちゃんとしなくちゃ」という気持ちが悪いほうに出ていたのが、それ以降のレコーディングでは良い感じに力が抜けるようになりました。それが実感できたことで「あ、レコーディングって楽しいかもしれない」と思い始めての最近、って感じですね。
――むしろ、2人になったことでより「頑張らなければ」という気持ちに至りそうな気もしますが、逆だったんですね?
きみコ もちろんそういう気持ちもあったんですけど、もうこれ以上の脱退はないだろうと思ったんですよね。2016年に脱退した2人も長く一緒にやっていましたけど、(きみコとササキジュンは)結成当時からのオリジナルメンバーとして高校から一緒だったので、どうしても「あたしとジュンのバンド」という壁が意識のうえであったと思います。それは誰がメンバーだったときも。
――レコーディングが楽しくなったことで歌にどのような変化がありましたか? 伸びやかになったとか?
きみコ そうですね。声に変なストレスがかかってないというのはすごく感じました。特に、4人で作った最後のアルバム『スペースエコー』はガッチガチだったんですよ、歌が。
――ここからは楽曲制作について教えてください。まず「光のない街」はどういったところから生まれた楽曲でしたか?
きみコ この曲はコロナ禍に書き留めたうちの1曲で、ワンコーラスだけデモとして作っていたんですけど、あたしもジュンもすごく気に入っていたんですね。今回お話をいただいて、『はたらく魔王さま!!』用にさらに書き下ろすことも考えたんですけど、ジュンと話す中でオープニングとしても良い曲だと思ったんです。なのでスタッフにも聴いてもらい、賛成してもらえたので選びました。エンディングだったらこの曲は絶対に候補として出なかったんですけどね。
――ワンコーラス分を作ったときのことを覚えていますか?
きみコ 覚えています。コロナ禍で活動も止まっちゃって、ライブもできなかったときに書いたんです。なので、タイトルもそのときのままで、ライブができず、みんなにも会えず、という想いをぶちまけた曲です(笑)。
――「光のない街」というタイトルですが、その中で光のある街を求める歌と感じました。
きみコ そうですね。明確な光が最後にあるわけではないんですけどそうありたい、と願う曲ですね。
――『はたらく魔王さま!!』にふさわしいと考えたのはどういったところですか?
きみコ 楽曲を書かせていただくときはいつも、「アニメのためだけの曲にならないように」「自分の気持ちは絶対に残そう」「自分たちの歌として胸を張れるように」と思っているんですけど、『魔王さま』の世界は戦っているどちらが悪でどちらが正義という正解がない世界なんですよね。それぞれに葛藤や悩みを持ちながら、もがいてあがいて生きていて。その一瞬一瞬が、ぼくらがコロナ禍で感じたこととすごくリンクすると思いました。“きみが笑う それだけでもう嬉しかった”と歌詞にも書いた瞬間ですね。
――2期というところで意識したところはありましたか?
きみコ 2期のストーリーの、アラスラムスに出会ってからの魔王の気持ちは「水鏡の世界」で結構込めたので、今回は強く意識はしなかったですね。むしろ1期から続く『魔王さま』全体の世界観に焦点を当てています。1Bの“いっそ捨てちゃえば楽になるかな そんなつもりさらさらないだろう”という部分は、勇者の気持ちでもあり、魔王の気持ちでもあり、その周りを取り囲む人たちの気持ちにも当てはまる気がしています。
――デモの段階で書いていた歌詞はどこでしたか?
きみコ ど頭ですね。最近は頭から順に書いていくことが多くて。この頭の2行は意識せずに出てきた言葉で、「やっぱりあたしはライブがしたいんだな」と思いました。
――ワンコーラスくらいのデモをジュンさんからもらって、という制作スタイルはいつも通りかと思いますが、その段階でジュンさんから楽曲に関する説明は何かありましたか?
きみコ やっぱり、ライブをイメージして作ったとは言っていました。「ライブで映える曲にしたい」って。「オー!」とか「アー!」といったコーラスがたくさん入っているのも、みんなが歌ってくれることをイメージしたみたいですね。それもあって、あたしも書いているときにライブの景色が浮かんできて、こういう仕上がりになったんだと思います。
――どのような気持ちで歌ったかについても教えていただけますか?
きみコ 1年前に録ったときは、ライブをやり始めてはいたんですけどまだ声出し解禁ではなかったので、完全な状態には戻っていないモヤモヤ感というか、「光のない街」から抜け切れていないところがレコーディングでも出ていたと思います。あとは、先ほどお話ししたように、登場人物たちが自分の使命を信じながらも、そこに向かって真っ直ぐ進めているのか悩んだり葛藤したり、というところは歌でも表現したいと思いながら歌っていました。
――今の、レコーディングが楽しくなってきたきみコさんが歌うことでどのような歌になったと思いますか?
きみコ そうですね、多分、レコーディングが苦手な時代に歌ったとしたら、とにかく力だけで押し切るような歌になったと思います。ただ、こういう強い歌詞とメロディーなので多少力が入ってはいても、今は程良いバランスで録れたとは思いますね。
――次に、2023バージョンとしてカバーした3曲について、どのような意図が込められているか教えてください。
きみコ この3曲は当時と楽器は同じで、歌だけ録り直したという形になっています。やっぱり、当時のnano.RIPEメンバーの音を残したいというところはあって。今の2人だけで録り直してしまうと過去からの繋がりも消してしまうように思えたんです。ライブでもよく「1回でもnano.RIPEのライブに来たらあなたはnano.RIPEです」って無茶なことを言ってるんですけど(笑)。でもそれくらい、関わってきた人がいたから今のnano.RIPEがある、と2人になってすごく思いましたし、当時のメンバーもnano.RIPEも否定したくはないので。あとは結局、タイアップ曲でもなければ好き勝手に変えてもいいとは思うんですけど、タイアップにはすごく責任があるんですよね。作品で流れていた楽曲を全然違うものに変えて出すというのは違う気がしました。特に『はたらく魔王さま!!』盤としても出すわけなので。となると、ただ弾き直す、叩き直すだけの作業になるくらいなら……。
――当時の演奏のままで。
きみコ はい。ただ、歌はどうしても録り直したかった(笑)。あと、Mixは新しくしているので印象はかなり違いますね。
――各曲についてどのように歌ったのかも教えてください。
きみコ 3曲全部がそうなんですけど、ライブでかなり歌ってきた曲なので。その変化が出ているとは思います。ただ、ライブほど崩してしまうのも音源としては良くないので、歌ったものをジュンと聴き直しながら「これはライブに寄せ過ぎているね」と調整しながら歌いました。
――では、ストレートにいつもの、今のきみコさんが歌った3曲になっているわけですね。
きみコ そうです。新しく作り直したとかではなく、ある意味、いつもの「月花」であり、いつもの「ツマビクヒトリ」「スターチャート」だと思います。
――歌ってみて何か感じたところはありましたか?
きみコ 苦手だったときは特にですけど、レコーディングするときはいつもライブの景色を想像しながら歌っていました。でも、今回は想像ではなく、記憶としてあるものを思い出しながら歌えたんですよね。みんながイントロでクラップしてくれているとか、サビで盛り上がってくれているとか、そういうイメージを持ちながら歌えたのはやっぱり10年間やり続けたからだと思います。
――レコーディングが好きになれた今ですが、さらに気持ち良く歌えた、みたいな。
きみコ そうですね。ライブの通り楽しく歌っている自分をそのままレコーディングに出せました。10年前はレコーディング経験も少なく、「これではない」「これでもない」と歌い回しに悩んでいましたけど、今は自信を持って迷いなく歌えますね。
――この3曲を作ったときはライブでの人気曲になる予感はあったんですか?
きみコ いや、全然なかったです。『魔王さま』サイドに1曲だけ選んでもらうつもりで3曲提出したら、全曲EDテーマとして使っていただけた、という流れだったので。こんなに愛してもらえる曲になるとは思っていなかったです。
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