毎週大きな反響を巻き起こし続け、大団円を迎えた『機動戦士ガンダム 水星の魔女』。「ガンダム」のTVシリーズ初の女性主人公である点以外にも、意欲的な設定や展開が多々盛り込まれた今作の壮大なドラマを支えた、ドラマチックな劇伴の数々が4枚組の大ボリュームのサントラで発売される。発売を記念して、本作の音楽を手がけた俊英・大間々 昂にロングインタビューを実施。作品の内容に呼応するかのような、挑戦的な仕事の背景をご堪能あれ。
INTERVIEW & TEXT BY 前田 久
――本作以前にも『機動戦士ガンダム Twilight AXIS』とヤングジャンプ×ガンダム40周年コラボPVでガンダム関連のお仕事をされていますが、ご依頼はそこからの流れだったでしょうか?
大間々 昂 そうですね。『Twilight AXIS』の音楽を監督やプロデューサーの方が気に入ってくださって、ご依頼をいただいたと聞いています。『Twilight AXIS』はショートフィルムだったんですけど、それも『水星の魔女』と同じ、女性が主人公の『ガンダム』だったんです。もしかしたら、そのことも関係していたのかもしれませんね。
ーー企画の最初の印象はどのようなものでしたか?
大間々 まずはじめに脚本を読んだときには、今までとはひと味違った挑戦的なシリーズになると感じました。女性主人公という点はもちろんですが、キャラクターデザイン、脚本のテンポの早さ、各話のヒキの強さと展開の大胆さ。すべての要素から、「新しい世代を取り込みたい」という強い意志を感じました。
ーー以前リスアニ!にて「ガンダムシリーズ」音楽大全という本を作らせていただいた際に、劇伴で携わった皆さんが口を揃えて、『ガンダム』という名前の大きさ、重さを語っておられました。その点、大間々さんはいかがだったでしょうか?
大間々 それこそ自分が音楽をやる前、子供の頃から親しんできて、ガンプラもたくさん作るくらいの『ガンダム』好きでした。作曲家を目指してからは『ガンダム』の音楽は誰にでもできるわけではないタイトルということは意識していましたし、一生に一回はやってみたいアニメ作品という想いはずっとありました。ただ、声をかけていただいたときは「憧れ」や「嬉しい」みたいな気持ちと同じくらい、「絶対に良い音楽を作らなければ」という良い意味でのプレッシャーも大きかったです。今の時代にはストリーミングの普及もあり、日本の視聴者の皆さんはもちろん、世界中の方にも作品が届きやすい。『ガンダム』もそうした海外からも注目される作品の1つなので、こういう部分も意識してはいました。
ーー作曲の作業はどのような形でスタートされたのでしょう?
大間々 『水星の魔女』に関しては、最初に前日譚である「PROLOGUE」の音楽制作から始まりました。この「PROLOGUE」ではヴァナディース事変という惨劇が起こり、エリクトがルブリスを起動させる……という、この作品の根幹みたいなところが詰まっていて、ここで掴んだエッセンスが、本編の曲を作るうえでも大きなヒントになりました。
ーーもしかして、「PROLOGUE」はフィルムスコアリング、映画のようにカット尺の決まった映像に合わせる形で作られたのでしょうか?
大間々 映像が出来上がる前に音楽を作る必要があったので、完全なフィルムスコアではなかったのですが、絵コンテなどを先にいただくことができましたので、割と明確に「この曲はこのシーンに充てる」とイメージを持って曲を書きました。それを音響監督の明田川仁さんに完全に映像に合った尺にエディット、調整していただきました。音楽の流れを計画するのは好きなので、そういったスタイルで制作を進めていけたのは楽しかったです。
ーー「PROLOGUE」では、曲調や使用楽器の編成については、どのようなオーダーがあったのでしょう?
大間々 「PROLOGUE」は第1話以降の学園ものとはまったく違う、戦争的な部分や人の死を描くので、音楽的にも「深み」や「重さ」が欲しいというお話がありました。また作品を通して重要なシーンの音楽には女性のボイスが入っているのですが、「PROLOGUE」の音楽打ち合わせの時点で監督から声の要素を入れて欲しいとの要望をいただきました。そのイメージをもとに最後のルブリス起動のシーンの音楽を作ったところ、監督も気に入ってくださったので、その後の本編にも大切なシーンの音楽にはボイスの要素を積極的に取り入れました。
ーーメインテーマは女性のボーカルがたしかに印象に残りますが、あれは監督の強い意向だったんですね。
大間々 そうですね。主人公はじめ、抑圧された登場人物たちの声にならない『叫び』を女性の強い声で表現して欲しいと。それが時には希望に聴こえたり、または呪詛の言葉にも聴こえたり色んな表情を持ったイメージで作って欲しいとお話をされました。
ーー「PROLOGUE」の作業のあとで、シリーズ全体の劇伴に取り掛かられたときは、いかがでしたか?
大間々 「PROLOGUE」の作業が終わってから、まず「柱になる音楽を作ろう」という話になったんです。それでメインテーマと、シリーズの前半で舞台になることが多い学園のテーマを二本柱として作っていきました。サウンドトラックの曲名でいうと、「The Witch From Mercury」がメインテーマ、学園のテーマが「Asticassia」ですね。
ーー制作の順番としてはどちらが先で?
大間々 「学園のテーマが先に欲しい」というオーダーをいただいたので、「Asticassia」を先に作曲しました。Season1の前半は話がそこまで深刻ではなく、学園が舞台ということもありそこまでド派手ではない、前向きではありつつ、学園の日常感もあるようなイメージでオーダーされたのですが、僕としてはもう一歩チャレンジしたい想いがあって、スレッタをはじめ、登場人物の夢や希望、新しい環境での挑戦する気持ちを後押しできるような、少しスケールの大きめな曲にしました。学園といえ、この作品の舞台は宇宙でしたので、そうした意味でもかなりワイドに振り切ったものを作りました。提出したときは受け入れてもらえるのか心配でしたが、聴いてもらったところ監督や明田川さんにも気に入っていただけて、チャレンジして良かったです。
ーートランペットなどのブラスのアレンジのイメージは、大間々さんが広げた要素でしょうか?
大間々 ファンファーレのような要素は監督に伝えられた元のイメージの中にもあったんですけど、より壮大な世界観で提案しました。前半は少しおとなしめで、学園という新しい舞台での機体や不安をイメージしつつ、後半のブレイク後はしっかり盛り上げて、登場人物の気持ちを乗せられるような音楽に。そんな緩急のある曲になりました。
ーーその2曲でさらに方向性を固めたあと、劇伴の発注メニューに即した、より詳細な作業が始まったと思うのですが、そこで印象に残られたことは?
大間々 全体のメニューを見たり、監督や明田川さんとのやり取りで感じたのが、決闘シーンのようなエンターテインメント性の高いシーンについてはかなり音楽でもプッシュして、印象に残るメロディやサウンド感を全面的に押し出す一方で、何気ない日常シーンではセリフをきっかり聞かせたい……という意向でした。なので、日常パートはセリフの後ろに回って支えるような音楽で、かなり抑えた印象の音楽にしています。でも、ただ消極的に抑えるのではなく、上手い具合にセリフとそのシーンの空気感を融合する役割として機能する音楽を目指しました。僕は基本的には、音楽を結構変化させたいというか、飽きさせない工夫として1曲の中でかなり展開するほうなんですけど、会話のシーンで流れる曲に関しては展開を抑えてシームレスな変化を意識しました。
ーー制作が難航した曲はありますか?
大間々 あまり苦労した曲はありません。ストーリーがすごく面白く、監督の意思もはっきりしていたので、方向性に悩まず、ほとんどファーストインプレッションで作っていくことが出来ました。シナリオや絵コンテだけでも面白いのですが、さらに監督がしっかり丁寧に、登場人物の気持ちや置かれた状況をしっかり説明してくださって。「こういう音楽がほしい」と指定されるのではなく、心情を説明してもらい、それを音楽に翻訳してください……というようなスタイルのやり取りだったので、迷わず自由に曲が書けました。
ーー音響監督を挟まず、監督と直接やり取りされることも多かったんですか?
大間々 打ち合わせに関しては、もちろん音響監督も同席されていました。監督の話をじっくり聞いたあとに、音楽的なことを明田川さんが補足されたりアイディアを出されたりするような形でした。
ーーやり取りはかなり密に?
大間々 そうですね。「PROLOGUE」の打ち合わせ、メインテーマと「Asticassia」の発注の打ち合わせ、それ以外の劇伴に関しての打ち合わせ……複数回にわたって擦り合わせをさせていただきました。さらに、こちらからデモを送ったときも、しっかり迅速にリアクションをいただきつつ、修正があるときだけではなく、OKであっても「ここが素敵です」とか「気に入りました」とか、一言添えていただけて嬉しかったです。明田川さんのコメントもあり、非常にスムーズにクリエイティブで密なやり取りをさせていただけたと思います。
ーーちなみに大間々さんは作曲をどのような手順で行われることが多いのでしょうか。
大間々 時と場合によって変わるんですけど、映画をやるときは複数あるモニターの1つに映像を流しながらそれに合わせてフィルムスコアで曲を書きます。今回はアニメで、先に完成した映像がないので、大きな画面に脚本、サブモニターにコンセプトアートを表示しながらイメージを膨らませて作業しました。ただ、これが基本の作業環境なんですけど、実際にメロディやフレーズを思いつくのは、乗り物に乗っているときのほうが多いかもしれません。車とバイクに乗るんですけど、「The Witch From Mercury」のイントロのリズムも運転中に思いついて、ボイスレコーダーで録ったのを覚えています。バイクに乗っているときは危ないので、一旦どこかに停めて携帯で録ります(笑)。それを家に持ち帰って、頭から曲を作っていく。イントロやメインのモチーフが浮かぶと、そこからはバーッと進むことが多いです。曲の冒頭や取っ掛かりはとても大切かなと感じています。
ーー取っ掛かりのアイデアから完成形に持っていくまではどのように?
大間々 ツールはLogic Pro(※DAWソフトのひとつ)を使っています。曲想の広げ方も色々で、『水星の魔女』の曲に関しては、頭からいきなりオーケストラアレンジ込みで作り始めました。ピアノスケッチのようなもので全体を作ってから編曲する形ではなかったですね。イントロが出来たらブリッジ、ブリッジができたらさらに先の部分を……みたいに、あまり計画せずに、赴くままに冒頭から作っていきました。
ーーその手順の理由はあったのでしょうか?
大間々 理由はないんですけど、自分が作ったフレーズに影響されて次のフレーズが出てくる、みたいなことがあるんです。計画的に作れば安定感があるものが作れるんですけど、今回はそれより、自分でもワクワクしながら、手探りな状況で最後までいってみたかったんです。実際、楽しくてとてもエキサイティングでした。
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