INTERVIEW
2023.07.26
2015年よりサービスを開始し、今や世界中で人気を誇るアプリゲーム「Fate/Grand Order」。魅力的なイラストで描かれるサーヴァントたち、そして何よりも人々を惹きつけてやまない奈須きのこをメインに紡がれる物語を彩る音楽も人気の要因だ。そして7月26日(水)には、止まることなく続いている物語の様々な場面を印象付けた楽曲を集めた、人気の高いサントラシリーズの最新作『Fate/Grand Order Original Sound Track Ⅵ』が全3枚組でリリースされる。あの日の、あの時の物語を、音楽を通して思い出す――。そんなアルバムについて、作品の音楽を担う芳賀敬太と、同作に作家として関わる毛蟹の両氏に話を聞いた。
(※本記事は「Fate/Grand Order」本編シナリオへの言及も含まれますのでご注意ください。)
INTERVIEW & TEXT BY えびさわなち
――「Fate/Grand Order」(以下、「FGO」)の楽曲制作に参加される以前の毛蟹さんは、このコンテンツに対してどのような印象をお持ちだったのでしょうか。
毛蟹 サービス開始時から「FGO」を始めていた一ファンだったので、当初は芳賀敬太さんという神様の作った楽曲を楽しむリスナーだったんです。TYPE-MOONが送る「新しいFate」に寄り添うように、芳賀さんも、今までの作品とは違う新たな挑戦をされているな、ということを最初に思いました。
――毛蟹さんに「FGO」の音楽をお願いすることになったきっかけはなんだったのでしょうか。
芳賀敬太 初期のCMソングに関しては自分の関わっている案件ではなかったのですが、そもそもの始まりは最初の夏イベのCM(2016年「夏だ! 海だ! 開拓だ! FGO 2016 Summer カルデアサマーメモリー ~癒やしのホワイトビーチ~ 」)のとき。制作サイドから僕が過去に制作した『Fate/hollow ataraxia』の楽曲を使いたいという要望があがったときに、「TYPE-MOONの仕事ならお金を払ってでもしたい!っていう方にアレンジを任せました」と言われたんですよ。そのときにはまだ「毛蟹」という名前は知らずに、そういう強い想いのある人にやってもらっているという形だけ聞いていて。その後CMソングについても詳細を共有してもらえるようになったときに「この毛蟹が以前話をしていた人物です」と言われたんです。
毛蟹 1.5部のCMソング(「一刀繚乱」)のときですね。
芳賀 うん、それと「清廉なるHeretics」の頃。それが2017年ですね。そこで知りました。
毛蟹 初めてお会いしたのは恵比寿のサントリーホールでした。「FGO」のオーケストラコンサートが企画段階のときだったんですが、「東京都交響楽団の演奏を見に行くんだけど、芳賀敬太さんと深澤秀行さんという二大巨頭が来るよ」とアニプレックスの山内(真治)プロデューサーからお誘いを受けて伺った先で、初めて芳賀さんとお会いしました。
――芳賀さんは、毛蟹さんの音楽についてどういった印象をお持ちでしたか?
芳賀 基本的には自分とは全然違う、という印象です。僕はフィーリングに任せて自由に作るタイプなのですが、毛蟹さんの音楽はどちらかというとこだわりの強い理詰めの感じがあるんですね。「ここでこういう表現をするためには、ここでこうじゃなきゃいけない」とか、あまり勢いでは作ってはいないだろうなという感じがしています。このようにお互いはっきり分かれるスタイルだったので、例えば「あえてここはカチッとした形にしたい」というときには、自分でやるよりも(毛蟹に)頼んだほうがいいかなと思うことは多いです。僕はピアノの曲を作ることが多いんですけど、しっかりとしたスタンダードな感じを出したいというときは、やはり毛蟹さんですね。「消えない想い」という曲のアレンジのときには、シンプルな感じで落とし込んでほしいとお願いをしましたね。
――期間限定イベント「徳川廻天迷宮 大奥」以降、劇伴制作にも関わられていると思いますが、こと「FGO」の劇伴制作においてご自身が意識されていることはありますか?
毛蟹 劇伴制作に携わらせてもらう形でいうと、基本的には芳賀さんのメロディを別の形に落とし込む作業が多いです。0を1にするのではなく、1を100にする作業ですね。元のメロディをこういう形にしてくれ、という発注がある状態で始めるので、そこで「『FGO』だからこうしよう、ああしよう」ということはあまりなくて。「FGO」ってバッファがすごく広いので、多分僕が出来ることは何をしても受け入れてくれるような懐の広さがあると思っています。もしもそこを飛び出してしまったときの監修は芳賀さんがしてくださるので、そこはお任せして。いただいたオーダーに対して、まずは自分なりの解釈をしてみる、ということが自分の作家論の前提としてまずあります。
――毛蟹さんからご覧になると、芳賀さんはどんな音楽家なのでしょうか。
毛蟹 まずはやっぱり、神様です。神様のお一人であり、作家業の大先輩であり、お師匠様であり、そして今は同じ「スパイラル・ラダー」のメンバーでもあり……難しいですね。僕にとってどんな方かと言われればそういう表現になってきますが、音楽家としての芳賀さんは奈須(きのこ)さんの書かれるテキストに、音の面から的確に寄り添う存在です。奈須さんのテキストを活かすための音楽を、この世でただ一人作ることができる人、という表現になります。
芳賀 ……どんな顔して聞いていたらいいのかわからないや(笑)。
――今になって芳賀さんの音楽を聴いていた世代がクリエイターとして台頭してくる事実は、ご自身としてはいかがですか?
芳賀 そうですね……もうそんなに経っているということにあまり気づいていなかったので、時の流れにびっくりしています。でも遺そうとか繋いでいこうというつもりで作ってきていなかったですし、1タイトル1タイトルなんとか世に出していく、という作業の繰り返しではあったので。毛蟹という存在が現れたことで、それを受け止めて、紡いでくれている人たちがいるということにようやく気付きました。目指していたわけではないですが、すごく嬉しくはあります。
――いよいよ発売となるサウンドトラックは第2部 第6章から先の物語の楽曲を収録しています。まず、収録されている「非霊長生存圏 ツングースカ・サンクチュアリ」(以下、「ツングースカ」)について、楽曲制作で意識されたことやこだわった部分を教えてください。
芳賀 第2部 第6.5章「死想顕現界域 トラオム」(以下、「トラオム」)もそうでしたが、音楽的な軸をどこに置くのかという部分が非常に難しかったです。特に「ツングースカ」はエリアマップでいえば寒いところと暑いところがあり、そこに生命と機械が存在する。これはいつものことですが、出てくるキャラクターの国籍も様々。例えば太公望がいるからといって中国風にするわけにもいかず、かといってロシアでもない。その辺りの的を絞っていくのがすごく難しかったなと思います。
――結果、音楽的な軸をどういったところに置かれることに決めたのでしょうか。
芳賀 結局それらがメインシナリオという観点で見たときに、何に繋がっていくのかと考えたんです。まず、「ツングースカ」をクリアするとタイトル画面と楽曲が新しいものに変わるんですよね。それは今までのタイトル曲を宇宙的にアレンジしてほしい、という要望で作ったものだったので、とりあえずそこに繋げようと思って。その手前のビースト戦はそれなりにシンセも入ってきますし、そういう空気感から逆算していく形でした。
――毛蟹さんはこのタイミングの楽曲をどのようにご覧になっていましたか?
毛蟹 ユーザー的な観点にはなりますが、「ツングースカ」や「トラオム」以降の音楽がすごく変わった印象があるんです。それこそ「ツングースカ」が終わったところでタイトル画面が変わることも1つの演出として考えられるんですが、サウンドが大きくなった気がしていて。今まで出てこなかった、使っていなかった楽器の音色や音の表現などが増えた印象があります。いよいよ最後というか……クライマックスに向かってスイッチが切り変わるような演出の1つが、「ツングースカ」が終わったタイミングであったんじゃないかなと思っています。これをユーザー目線として感じました。
――続いて、今お話に出てきました「死想顕現界域 トラオム」は「Lostbelt No.6」と「Lostbelt No.7」の間の物語です。楽曲制作ではどのようなことを一番意識されたのでしょうか。
芳賀 基本的には「ツングースカ」と合わせて第2部 第7章へのブリッジとなる物語ということで、音楽的にも第7章への助走であるというか、高めていく目的がありました。「トラオム」もキャラクターがたくさんいますし、何を中心に据えるかを悩んだのですが、ここでは“戦争”という状況を中心に捉えて、新しいタイトル画面と「トラオム」自体のラストシーンに注目することにしたんです。「トラオム」の、あの場面に収束するように意識しながら、タイトル画面から最初のマップ画面が一繋ぎとして聴こえるようなイメージをしていました。ほかにはキャラクターのバトルのテーマがありましたが、そこは各キャラクターに寄り添う感じで作っていきました。
――キャラクターのテーマを制作する際にはどんなことを意識されているのでしょうか。
芳賀 閃きみたいなものは、その時々で違ったりもします。基本的には物語の流れとそこに
おける役割から考えることが多いですが、例えば「トラオム」でのクリームヒルトはビジュアルのイメージが大きかったです。ここを物語という役割で作っていくと、よりダークで強力なバーサーカーをイメージした、もう少しいかつい音楽になっていたかなと思うんですけど、すごくビジュアルから得るものがあり、むしろ綺麗めな感じになっていきました。これは珍しい形に思いますね。(若い)モリアーティに関する楽曲はどちらかというと前者のパターンで、役割とキャラクター性からどういう要素が必要なのか、どういうフレーズがふさわしいか、というところを積み重ねていきました。
――毛蟹さんは「トラオム」のサウンドをどのように見ていましたか?
毛蟹 少し不思議な印象がありました。先ほど芳賀さんがおっしゃられたように、キャラクターの要素が音から見えるというか。ストーリー上、やはり中心にホームズとモリアーティがいたので戦争の様相を呈してはいるのですが、少し「謎解き」的な要素、サスペンスやミステリーっぽい感触もサウンドの中にあるな、と感じていました。
――それこそ「ライヘンバッハに消ゆ」という1曲が、とにかくこの章の象徴だったと感じます。こちらの1曲の制作はどのように進んでいったのでしょうか。
芳賀 これまでメインで存在していたキャラクターの退場というのが、「トラオム」で一番大事なところだったのかなと思います。「FGO」の中のホームズもそうですが、僕個人としてはシャーロック・ホームズとの出会いは小学校3年生くらいで、そこから成長するにつれてジュブナイル版から一般書籍、そしてドラマや映画もあり、なんだかんだホームズにずっと接してきているんですね。「FGO」じゃなくても思い入れのあるキャラクターだったので、今回は「FGO」のホームズに対しての曲でしたが、そういう自分自身のバックボーンもかなり後押ししてくれたと思います。ホームズの曲ですし、軸にあるのはバイオリンじゃないのか?と当初は考えたのですが、TYPE-MOONらしい表現として、かつ自分らしい表現をするなら、という部分を考えてピアノでいこうと考えました。あとは彼をどんなフレーズで表そう、と思ったときに1.5部「亜種特異点Ⅰ 悪性隔絶魔境 新宿 新宿幻霊事件」が初出だった「その命題 ~GRAND BATTLE 2~」がふと浮かんできたので、そのフレーズも混ぜながら作っていきました。
――そして「Lostbelt No.7 黄金樹海紀行 ナウイ・ミクトラン 惑星を統べるもの(以下、「ミクトラン」)です。前後編とあるとても長い章ですが、こちらの制作はどのように進めていかれたのでしょうか。
芳賀 奈須きのこのシナリオの場合は、基本的に「これをどうしよう」と自分が悩むというよりも、この曲はこういうことを表すためにこういう音であってほしい、というしっかりとした発注をもらえるんです。なので、自分ならそれを具体的にどうするのか、という設計図を書くのが主な作業になります。どうすれば自分の音楽でこの要求に応えられるのか。そして出来ることならば、当ててみたら物語がもっと良くなった、と思われるようなところを目指しました。
――物語冒頭からこれまでともまったく違う世界に到達しましたが、楽曲の情報量での説明も多くなる作品かと思います。今回、「こういう音を使った」「これまでとは違っていた」という感触などはありましたか?
芳賀 当たり前ですが、基本的に音のライブラリーはたくさんあって、第1部序章から続くひとつの大きな流れの中で、徐々に変化させていっています。その中で「この音は中盤、こういう音は終盤まで取っておこう」みたいなこともずっとあったのですが、「ミクトラン」でようやく終盤でと思っていた音を解放し始めました。やはり最初から最後まで同じでは聞き飽きられてしまいますし。これまでは折を見て、物語の進行に合わせて少しずつ音を足していくようにしていたのですが、「ミクトラン」で求められた表現では誰が聴いてもわかるように新しい音を入れていかなければいけなかったので、思い切りやっています。
――毛蟹さんは「ミクトラン」の音楽をどのように聴かれていましたか?
毛蟹 僕、「ミクトラン」の話が始まる前に芳賀さんから「アヴァロン・ル・フェが辛かったから、次は楽しい冒険活劇だよ」というような話を伺っていたのですが、いざ始まってみたら重い……(笑)。それでも音の面では、今までの重厚な方向での派手さとはちょっと違う、ハリウッド冒険的な派手さに振っているように感じますした。ブラスっぽい音もあって、音だけの面でいえば確かに「冒険活劇」していたんだな、という印象です。
芳賀 そうですね。まぁ、「楽しい冒険活劇」という部分は、そういうセクションもしっかりあったと思うので、嘘はついていない。一部を除いて、聴いたら胸が痛む、という感じでもないですから(笑)。
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