水樹奈々や上坂すみれといった声優アーティストへの楽曲提供でも知られるヨシダタクミ(vo、g)と、ユタニシンヤ(g)、ヤマザキヨシミツ(b)による3ピースバンド、saji。2019年にキングレコードからデビューして以来、数々のアニメタイアップ曲を手がけて存在感を増している彼らが、この夏、2本アニメ作品の主題歌を担当する。1つは、TVアニメ『Helck』第1クール EDテーマ「スターチス」。もう1つはTVアニメ『AYAKA -あやか-』EDテーマ「フラッシュバック」。ドラマチックなバラードとダンサブルなアップチューン、サウンドも歌詞も対照的な2曲を連続で放ったsaji流のアニメ音楽へのこだわりを、ヨシダにたっぷりと語ってもらった。
INTERVIEW & TEXT BY 北野 創
――まずは6月に配信リリースされた「スターチス」についてお伺いします。こちらは今夏より放送されるTVアニメ『Helck』の第1クール EDテーマですが、作品にはどんな印象をお持ちですか?
ヨシダタクミ タイアップのお話をいただいてから原作コミックを読ませていただいたのですが、めちゃめちゃ面白い作品だと思いましたね。第1巻を読み始めたときは、主人公のヘルクが魔王サイド、勧善懲悪の世界でいう悪者側にいるところから始まるし、コメディタッチの作風だったので、ここからどう物語が変遷していくのかな?っていう興味で読んでいたのですが、そこからどんどんシリアスな描写が増えて、キャラクターの心情を深掘りしていく作品だったので、尻上がりに引き込まれてしまって。たしか夜の22~23時頃に読み始めたんですけど、明け方頃までに全巻一気読みしてしまった記憶があります。
――原作ファンの方はだいたい、最初の印象とはガラッと変わるので先まで読み進めるようにお薦めしていますよね。
ヨシダ アニメのキャッチコピーになっている、ヘルクの「人間滅ぼそう」っていう発言にせよ、最初はギャグタッチでふざけて言っているように見えるけど、実はものすごく意味のある言葉だったりして。そういった伏線の回収の仕方も素晴らしくて、すごく面白かったですね。
――今回、EDテーマを制作するにあたり、『Helck』という作品のどんな部分に寄り添おうと思いましたか?
ヨシダ アニメのOPテーマとEDテーマにはそれぞれ役割があると思うんですね。OPテーマは作品の頭を飾るに相応しい熱量の高いものが求められることが多いですが、それに対してEDテーマはそういった熱量とのギャップを狙ったオーダーをいただくことが多くて。で、今回の『Helck』に関しては、連続2クールの放送が決まっているなかでの第1クールのEDテーマ、なおかつOPテーマは(アニメにキャストとしても参加している)七海ひろきさんというお話だったので、僕としてはヘルクの心の内を描写した曲を書きたくて、音も出来る限りそぎ落としたシンプルな構成の曲にしてもいいですか?と、アニメサイドに逆提案したうえで書きました。多分、そういったヘルクの心境が見えてくるのは、アニメの後半以降になると思うので、おそらく最初はアニメを観ていても、なぜこういう楽曲になったのかピンとこないと思うんですよ。でも、『Helck』という作品は尻上がりで盛り上がるイメージがあったし、アニメを観ていくうちにだんだん「この歌詞はこういうことだったのか」というのが見えてくるような楽曲にしたかったんですね。
――この楽曲で描きたかったヘルクの心情について、もう少し詳しくお伺いできますか?
ヨシダ ネタバレになるのであまり詳しくは話せないのですが、ヘルクが過去に経験した出会いと、それによる心の変化を「スターチス」では描いていて。この楽曲は、ヘルクとその相手以外のキャラクターは一切いない世界の歌なんですよ。何も置いていない小さな狭い部屋の中に相手が1人でいて、それを主人公が見ているみたいなイメージで。そういう心の部屋に2人きりでいる話だから、楽器の音数も少なくしたんです。フィンガースナップの音でサビに入るんですけど、それも部屋に2人きりで何も楽器がないとしたら、鳴らせるのは自分の体しかないと思ってのことで。なのでオケは歌詞の世界観に合わせて作りましたね。
――「スターチス」とは花の名前で、その花言葉は「変わらぬ心」「永遠」。この楽曲の歌詞にも“永遠の愛”という言葉が出てきますが、歌い出しの歌詞が“約束するよ”とあるように、永遠の愛を誓うような強い意志を歌詞から感じました。
ヨシダ なぜこういった言葉を選んだかというと、まず1つは、僕が歌詞で“永遠”という言葉を使うときは、「永遠なんてものはない」ということをベースにしているんですよ。銀杏BOYZの「BABY BABY」という曲に“永遠に生きられるだろうか”という歌詞があるんですけど、永遠なんてないことを知っているからこそ、この限りある時間が愛おしいわけで、だからこそあえて言葉にする。この“約束するよ”という歌い出しも、永遠の誓いは叶わないからこそ、あえて口に出して約束する主人公の心模様を表現していて。ただ、彼の中には、永遠でないにしろ、揺るぎない決意、不変の心があって、何のために剣を振るうのかを考えたときに、それは君のためなんだということを、揺れ動きながらも最終的に確信する歌なんです。だから“君のように優しくなれたら 総てを赦して生きられるだろうか”のように、自分が心の中に鬼を飼っていることを自覚する瞬間が途中で出てきたりして。まだ揺れている最中だけど、でも僕はやっぱりこうやって生きるよ、という歌なんですよね。
――サウンド面に着目すると、いわゆるバンドサウンドらしい音色は抑えめにしつつ、ピアノやストリングスをフィーチャーしたミディアムバラードに仕上がっています。
ヨシダ そこがsajiの面白いところで、もちろんギターやベースが1曲を通して出てこない楽曲というのはありえないんですけど、登場の仕方についてはあまり手段を問わなくて。だから楽曲によってはベースが一瞬しか入ってなくてもOKだし、ギターがアウトロにしか入っていなくてもOKで。いわゆるロックバンド然としたパブリックイメージに捉われない、いい意味で自由なバンドなんですよね。この「スターチス」に関しては、例えばギターソロの部分はユタニ(シンヤ)が自由な発想で弾いていて。今回は印象系のギターが合うだろうということで、あまりフレーズっぽくない弾き方にしたんだと思いますが、あれは彼の解釈ですね。うちの場合、「物語にどう添えるか?」という意味で三者三様の意思が重なってくるし、バンドマンならみんな「この楽曲の自分のおいしいところはどこか?」というのを考えているので。そこはバンドならではですね。
――サビでバンドとストリングスのアンサンブルが重なるところは、ヘルクの意志や想いの強さが伝わってくるようでした。あと、個人的には締めのピアノのフレーズが、全体的にシリアスな雰囲気のなかで最後に少し希望が見えるようで心に残りました。
ヨシダ あのピアノのフレーズは僕がデモのときから入れていたものです。sajiのピアノが入る曲は基本、僕がデモとして弾いたものを、本職のピアニストの方に弾き直してもらうのですが、今回はそのままのフレーズですね。あのフレーズは定番ではありますが、学校の下校時に流れる音楽をちょっと変調させた感じのもので、ちょっとノスタルジーを誘うようなアプローチとして入れました。僕らが視聴者として知ることができるのは本編で描かれるところまでですが、作品に登場する彼らにはその先の物語があるわけじゃないですか。そう考えたときに、EDテーマは作品の締めでもあり、明日への繋ぎ役でもあるので、どうリザーブするかというのは考えますね。
――歌唱面について、ヨシダさんはタイアップ情報の発表時に「この曲のイメージはガラス(硝子)なので、壊れてしまわないように静かでシリアスな歌を目指しました」とコメントを寄せていましたが、そのイメージについてもう少し詳しくお聞かせください。
ヨシダ 先ほど「スターチス」は2人しかいない心の部屋のイメージで書いたとお話しましたが、おそらく2人はその空間内の手の届かないところにいるんです。そのお互いを隔てている壁は本当におぼろげなもので、触ってしまうと割れてしまって二度とみられない。だから君に触れたいけど、触れてしまうと消えてしまう予感がなんとなくあって。そのくらい繊細な気持ちで、強く歌わないように気を付けました。落ちサビに“君に触れたい”とあるのですが、他のサビではファルセットを混ぜてちょっと伸びやかに歌うところを、ここだけはかすれてちょっと弱々しい声で歌っています。
――ヘルクはキャラクター的にほぼ最強の存在なので、どうしても強いイメージが先に立ちますが、そうではない側面を歌で表現されたわけですね。
ヨシダ そうですね。この楽曲は一貫して心の内の部分を表現しているので。誰しもそうだと思うんですけど、心の部屋って堅牢ではないと思うんです。心というのは本当に薄皮一枚の世界で、触れられると壊れてしまうから、そこを見られないように色んなフィルターをかけたり、気丈にふるまったりして強く見せているだけ。だからどれだけ勇猛そうな人でも、おそらく中に抱えているものは全員一緒っていう。そういう繊細さみたいなものは大事にしましたね。
――その意味では、『Helck』という作品に奥行きを与えるような楽曲にも感じます。
ヨシダ ありがとうございます。これはアニメタイアップの楽曲でいつも感じることなんですけど、楽曲が完成した時点では本当の完成ではなくて、アニメの放送が進んでいったときに初めてそれがどんな楽曲なのかがわかるんですよ。バンドマンがよく「ツアーで歌うまでこの曲は完成しない」って言いますけど、お客さんの前で歌って初めて自分の中で具現化される景色っていうのがあって。だから僕の仕事は楽曲を完成させることだけど、そこが完成ではないし、「スターチス」も『Helck』という作品と一緒に生きながらえていくことで、僕もどういう楽曲なのかを知ることになるんだと思います。
――そしてもう1曲の新曲、7月1日に配信リリースされた「フラッシュバック」は、同じく今夏より放送中のTVアニメ『AYAKA -あやか-』のEDテーマ。“ミタマ”と呼ばれる不思議な存在が生息する綾ヵ島を舞台に、特殊な能力を持った男たちの宿命と絆を描くオリジナルアニメです。
ヨシダ 楽曲を作るうえで設定資料や全話分のシナリオを読ませていただいたのですが、『Helck』では外見はすごく勇ましい主人公の内面にフォーカスしたのに対して、この『AYAKA -あやか-』では主人公だけでなくメインキャラクターそれぞれの人間らしさや心情にフォーカスを当てたほうがいい作品なのかな、と感じました。全員がそれぞれの過去や事情を抱えているので、「こう見えて実は……」みたいな部分を描きたい作品なのかなと思って。作品の世界観としては、いわゆる悪霊とされるものとそれを祓う人を中心とした、平たく言うと陰陽師的なフィクションの物語なんですけど、登場人物がみんな人間くさいんですよね。架空のお話だけど、現実を生きる僕らにも通じる部分があるというか。
――そういったキャラクターたちの関係性や心の機微を描く群像劇スタイルの作品なんですね。
ヨシダ 僕はそういう印象を受けました。例えば主人公の八凪幸人という少年は、過去に自分の特殊な能力で他人を傷つけてしまった過去があって、それが理由で自分自身を人にさらけ出したり、人と触れ合うことを恐れていて。でも、心の底では人との繋がりを誰よりも強く望んでいる。そういう「実はこうなんだ」っていう人の影の部分を映していて、それがすごくリアルなんですね。ほかにも沙川尽義という子は、酒とギャンブルが好きな飲んだくれのばくち打ちだったりして。こういうファンタジーな世界観のお話なら、別に破天荒な無頼漢っていう設定なだけでもいいじゃないですか。でも、そういう人間くさい部分を深掘りしている作品なんですよね。
――今お話いただいた、キャラクターの表面上の性格とその裏にある過去や想いという部分は、今回の「フラッシュバック」という楽曲のテーマ性とリンクしているように思います。
ヨシダ まさにその通りで、「フラッシュバック」はトラウマが甦ったり呼び起こされたときに使われる、本来は嫌な意味の言葉なんですけど、『AYAKA -あやか-』では自分の過去と対峙して逃げる選択肢もあるなかで、前に進むための覚悟を決めたり克服していく気持ちが描かれる作品なので、あえて「フラッシュバック」というタイトルにしたんです。過去から目をそらさずにどう生きていくか、トラウマと決別するのではなく、それを抱えたうえでどう生きるかっていう。それって僕たちリアルな人間にもあることなので、こちらは「スターチス」とは違って、アニソンでありながらも、リリックの部分で僕自身やリアルに生きてる人たちにも繋がるように意識しました。ただ、その代わりに言葉としてリアルすぎるものは省いて、聴いていて苦しくなる言い方はしないでおこうと。
――そのご自身や聴いている現実の人にリンクするテーマというのは?
ヨシダ 誰しも嫌な過去は絶対にあるし、嫌な過去ほど忘れることはできない、その過去を丸ごと消すことは絶対できなくて。だけど僕らの人生が止まることはなくて、生まれた瞬間から前に進むしかないし、その道がどこまで続いているのか、その先にゴールがあるのかもわからない。だったらあがいて生きるしかないし、いつ死ぬかなんて誰にもわからないので、人生明日が最後だったとしても後悔のないように生きるしかないじゃないですか。極端に例えるとそういうことを書いた曲ですね。
――アニメ制作サイドからは何かオーダーはなかったのですか?
ヨシダ 『Helck』のときは結構自由に作らせてもらったんですけど、この曲はアニメサイドからリファレンスがあったんですよ。マイナー調でアップテンポすぎないけどテンポが速めのロックバンドの曲にしてほしい、と。要は「sajiさんのバンドっぽい曲をください」ということだったので、そのオーダーにある程度沿いつつ、いわゆる余白みたいな部分は用意してくださっていたので、ちょっと遊ばせてもらいながら作りました。僕としてはダンサブルな感じにしたかったんですよね。
――たしかに「フラッシュバック」はリズム面での遊びが効いていて、とてもダンサブルな楽曲に仕上がっています。アレンジ面ではどんな部分にこだわったのでしょうか。
ヨシダ 1つは、EDテーマは物語が終わった直後に流れるものなので、イントロを煌びやかにしすぎるとあまり良くないし、OPテーマとやってることが同じになってしまう。なのでイントロはヌルッと入れるように結構軽めにしました。それともう1つ、今回はせっかく「sajiらしいバンドの曲」というオーダーをいただいたので、メンバーには自分の中でかっこいいと思うものを自由に追求して弾いてもらいました。僕はもちろん作品を意識して曲を書いたけど、メンバーはそこすらも意識せずに、自分がやってみたいことをやってもらって。だから僕も最終的にどういう形になるかはわからなくて。
――実際、ユタニさんのギターもヤマザキヨシミツさんのベースも大活躍していて、「スターチス」とは対照的にプレイヤーとしての見せ場を打ち出した楽曲に感じました。
ヨシダ それくらい自由なことができたのは、OPテーマを担当するのがangelaさんというのも大きかったですね。angelaさんなら間違いなく物語としっかりリンクして、なおかつ派手で煌びやかなOPテーマをやってくださるだろうという安心感があったので、自分たちはある程度好きに遊んでも大丈夫だろうと思って。オープニングとエンディングはあくまでもアニメを主役としたうえでどう携わるかが重要だと思っているので、そのバランスを考えたときにすごくやりやすかったですね。
――ヨシダさんの歌も、「スターチス」の繊細な表現とは打って変わって、ダイナミックで熱量の高いものになっています。
ヨシダ ありがとうございます。これ、録るのがめちゃめちゃ早かったんですよ。「スターチス」はニュアンスに気を付けながら収録したんですけど、「フラッシュバック」は割と気の向くままに歌うというか、何テイクかつるっと録って、3~40分くらいで終わりました。僕は誰よりも遅く来て、ディレクターとかと談笑して、「歌録ってきます!」って言って、1時間足らずで今日の仕事終わりみたいな(笑)。
――さすがですね。特に終盤の歌唱はさらにエモーショナルになって痺れました。
ヨシダ あれもエモいテイクをパパッと録って。ああいうのは何回も連続ではできないじゃないですか。こなれてきちゃうので。だから初期衝動みたいな感じで歌った最初のほうのテイクを3つくらい残して、あとはディレクターに好きなように選んでもらいました。
――それとこの曲、歌詞にも気になるフレーズが多くて。特にサビの“来世 来世 来世 来世”や“愛染 愛染 愛染 愛染”と繰り返す箇所は、どんな意図でこの言葉を選ばれたのかなと。
ヨシダ 「フラッシュバック」では僕らの中で新しい試みがあって。1つはアニソンとしての遊び方を少し実験してみたかったんですよ。例えば歌詞に“エフェメラル”という言葉を入れたんですけど、“エフェメラル”なんて言葉、普段使わないし意味もパッと出てこないじゃないですか。アニソンの歌詞にはそういうのがよくあるなと思っていて。「魂のルフラン」の“ルフラン”ってなんだ?みたいな(笑)。そういう99.9%の人が日常で使ったことがないだろうけど、調べたら歌詞として意味がわかるギミックを入れてみたかったんです。
――なるほど。自分も“エフェメラル”は言葉の意味がわからなくて思わず調べてしまいました(笑)。
ヨシダ それともう1つ、リズムの遊びとしてリフレインすると中毒性のあるフレーズを入れてみたくて。そういうのがあると、言葉の意味とか関係なく耳に残るじゃないですか。だからみんなが聴いたときに違和感を覚える言葉にしようと思って、入れたのが“来世”と“愛染”でした。どちらも連続して言いやすいし、言葉の意味としても『AYAKA -あやか-』の世界観に馴染むものだったのと、“愛染”に関しては“エフェメラル”と同じで普段使わない言葉だし、“愛染 愛染 愛染 愛染”って連続で歌われたら、歌詞を見ないと何を言ってるのかわからないじゃないですか。あと「愛に染める/染まる」っていう言葉がおもしろいなと思ったんですよ。よく歌詞で「私の心が染まっていく」みたいな表現がありますけど、そういう比喩的表現の字面や歌詞的なおもしろさも含めて、耳に引っかかるように書きましたね。
――その意味では、sajiにとってのアニメソングにおける挑戦が詰まった楽曲でもあるんですね。
ヨシダ その通りです。僕は作品によって試験的に何かをやるのが好きなんですよね。それこそ『SHAMAN KING』の第3弾EDテーマとして書いた「ハヅキ」では、歌詞の中にキャラクターの名前を入れ込んでいて。『エヴァ(新世紀エヴァンゲリオン)』にもそういう楽曲(林原めぐみ「集結の運命」)があるんですけど、そういう仕掛けを入れたらみんな気がついてくれるかなと思って。僕の中での遊びは毎回やってるんですよね。
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