イノセントで透明感のある歌声と声のレイヤーを重ねて構築する独自の作曲スタイルで唯一無二の音世界を表現するアーティスト・Jun Futamataが初めての劇伴制作へ。これまでにも石田スイ原案のゲーム「ジャックジャンヌ」のコーラスや映画『アイの歌を聴かせて』の劇伴での歌声でその甘美で透明感ある声を聴かせてきた彼女は、それらコーラスや自身のオリジナル曲では聴かせることのなかった“黎明の音”をアニメ「REVENGER」の劇伴で響かせる。そんな初挑戦の劇伴について、そして彼女自身について話を聞いた。
INTERVIEW & TEXT BY えびさわなち
――まずはFutamataさんご自身の音楽歴を教えてください。
Jun Futamata 音楽のスタートとしては高校生くらいのときです。アンダーグラウンドな音楽をたくさん聴いていました。たとえばヒップホップやハウス、ガレージサウンドやドラムンベース。そのあたりの音楽に触れる中でだんだんサンプリングなどで使われている、楽曲の元ネタを辿っていくようになったんです。そうするとジャズやアコースティックなサウンドに辿り着くことが多くて、自分自身が生音の要素に惹かれていると気づいてからどんどんジャズやブラジリアンミュージックへと気持ちが傾倒していって、それが歌うことに繋がったと感じています。スタンダードなジャズにはルールがあり、その中でどう自分を表現していくかを学ぶことが、スタート地点になったのではないかと思います。そこからより深く勉強をするためにNYに行きました。コードワークの中でどう自分を表現するかを学んだり、現地のミュージシャンたちと毎晩セッションをしていた時期もあり。日本に戻ってきたあたりから音楽の仕事が本格化していきました。
――音楽の仕事はどのようなことを?
Jun フィーチャリングボーカルや企業CM、それに劇伴の中で歌うようなお仕事をいただけるようになって、シンガーとして歌うことをメインに活動をしていました。その後、2019年に、作りたいテーマが生まれ、2021年にリリースしたオリジナル作品では作曲とアレンジ、歌唱を含めて自分で手がけました。そこをきっかけに作曲に対しても興味が湧いて、今に至ります。
――高校生でアンダーグラウンドな音楽を聴くようになられたとのことですが、それまでに楽器を習っていたとか歌を習ったというような“素地”はあったのでしょうか。
Jun そういったものはなかったです。ただ、幼少期から歌うことが好きな子供でした。でも「歌が好きだ」と気づくことはないままに、一度は社会人になって、そこで「やらずに生きてきてしまったことがあるな」と気づいて、勉強を始めた感じでした。実は5、6歳の頃に2年くらいヤマハ音楽教室には通っていたのですが、下地になるほど身にはつかなかったです(笑)。ただその当時、兄がピアノをやっていたのですが、兄の影響で自分も習わせてもらっていたので、たまに兄が「これはなんの音だ」と和音を聴かせてくれるのを、全部当てていたんです。兄との遊びの中で知らず知らずのうちに絶対音感を身に着けていたところはあって。今、思うといい幼少期だったなと思います。でもそこから楽器はやっていなかったですね。
――なぜNYで学ぼうと思われたのでしょうか。
Jun NYに行く前に日本でスタンダード曲を「どうしたら歌えるだろう」と調べていたら、ほかの楽器の方たちとセッションができる場所があるということを知り、まずは譜面を書けるようになろう、と友人に教えてもらいながら譜面を書いて、セッションをしているジャズクラブに集まった人たちとセッションをしていたんです。そこからさらにもう少し踏み込んで音楽にコミットしたいと考えたときに、もっと音楽について学ぶ必要があるなと感じました。どんなことを学びたいかと考えたときに、インプロヴィゼイション(即興演奏)であったり、コード進行の中でフリーでどう遊ぶかであったりをキャッチしたいと思ったので、それならばNYだろう、となりました。
――独学で譜面が書けるようになるのは相当すごいことだと思います。
Jun 当時はそこまで複雑な譜面を書けたわけではなく、セッションのために必要なコードワークとメロディとテーマの構成を示す程度のものでした。どういう流れで、みんなでどう料理していこうか、セッションしていこうかというレシピが楽譜なので、そこを共有するための必要最小限なものでした。当時は夕方4時くらいから現地のトップミュージシャンのライブを4、5本見て、その後、夜中の1時からセッションをはじめて朝7時ごろ家に帰るという生活をしていました。尊敬するアーティストさんのワークショップに通ったり、インプロヴィゼイションの中でどう自分を表現するかを教えてくださる方を探して、その方に直接習いに行ったりもして、コードワークの中でどのようにラインを紡いでいくか、コードとメロディの関係性についてはNYにいた期間に深めることができたと思います。
――そんな中、劇伴に初挑戦となったアニメ『REVENGER』。そもそも劇伴に対してはどういったイメージをお持ちでしたか?
Jun もともと声のお仕事でいくつか参加させていただいたことがあったんです。そのお仕事の中でも、歌詞の載っていないメロディをいかに声で表現するかということにとても興味があったんです。なので、劇伴のお話をいただいたときには歌だけではなくすべて手がけられるということに喜びを感じました。オファーについてはすごくうれしくて、心臓が止まるくらい「本当に⁉」と思った記憶があります。わたしが持っている要素としてはやっぱり“声”が大きいと思うのですが、サウンド作りの面でフォーカスしていただけたことがすごく嬉しかったです。ぜひ期待に応えたいと思いました。
――そのアニメ「REVENGER」の企画を聞いた際にはどのようなことを感じましたか?
Jun 虚淵玄さん(ストーリー原案・シリーズ構成)と、藤森雅也監督ということで、どんなお話になるのかとても楽しみにしていました。最初にいただいた第一話のシナリオが想像をはるかに超えて面白く、かつ心に傷痕が残るような鮮烈な作品だったこともあり一気に読み終えてしまったんです。ストーリーがとても重厚なので、どんな音楽が合うのか。会話劇が多く、その一言一言に重みもあるので、どのような音楽だと心情をより深く感じられるのか、というところは意識しました。
――メニュー打ち合わせはいかがでしたか?
Jun そういった制作の場所に参加することが初めてだったので、わたしはどう意見したらいいのかがわからず、スタッフさんに助けられながら参加していました。具体的なサウンドもまだイメージが固まっていなかったので、総合芸術としてどうしたらより深い感情を引き出せるだろうかと考えながら、まずは一度皆さんが感じていることを吸収しようと、聞くことに専念しました。
――メニュー打ち合わせで印象的だったことを教えてください。
Jun 江戸時代の長崎が舞台なのですが、現実とは異なる世界線にある“長崎”ということをイメージし、そこから聴こえてくるサウンドはどんなものだろう、と皆さんの頭の中に描かれている絵をイメージしました。現実にはなくても、ここに描かれている長崎にはあったかもしれない世界を頭の中で構築し、どんな音が鳴っているのかな、どんな楽器が海外から入ってきていたのかな、と黙々と妄想していました。
――実際に劇伴のイメージがつかめたのはどのくらいのタイミングでしたか?
Jun まだ色はついていなかったものの1話目の映像が出来たところでテンポ感や、辛辣な描写もあること、ダークな要素の濃度が見えてきたあたりで、ギュンと世界に入り込めた実感がありました。それまでも湿度の高い様子や泥臭さや血なまぐささを言葉では聞いていましたが、映像ではさらにダイレクトに伝わってきて。そこからより深い表現になったなと思います。
――初めての劇伴制作で楽曲の制作に向き合われた際に、ご自身が作るからこそこういうものを、と意識したのはどんなことですか?
Jun 『REVENGER』は、ダークな要素やグロテスクなシーンの印象が強く、地域感や異国情緒を感じるディテールが随所に入ってくるので、そこからインスピレーションを受けつつも、自分の中でもう少しイメージを発酵させて、発展させて、この世界でどんな音が鳴っていたかをイメージをして音作りをしました。
――こうして出来上がった劇伴ですが、まずは象徴的なメインテーマです。劇伴は主には1分、2分、と短めな楽曲が多い中、このメインテーマは長めに作られている印象がありました。その意図するところはどんなことだったのでしょうか。
Jun 音響監督さんから長尺で作ってほしいというオーダーがありました。私としてもデモ作りの段階から、同じメロディですが前半と後半で違う印象に聴こえる曲にしたいという意図がありました。
――さまざまな楽器を使用されていますが、それもオーダーにあったのですか?
Jun 「この楽器を使って欲しい」という明確なオーダーはありませんでしたが、劇中にシタールの演奏シーンがでてくるので、シタールだけは使用楽器として考えて作り始めました。、全体的に「異国情緒を感じるサウンドにしたい」という狙いがあったので、あまり聴きなじみのない楽器を使いたいなとは思っていました。
――三味線は確かに時代感も届けていますが、さらにオンドモにカリンバに……。本当に多彩な楽器の音が登場します。使用する楽器のセレクトはどのようにしていったのでしょうか。
Jun 楽器は後から考えていきました。まず、音楽を作り、サウンド側から紐づけて、音に合う楽器を見つけていくという順番でした。
――ご自身で演奏している楽器も多いですが、初めて触った楽器もありましたか?
Jun いくつかありました。今回は楽器っぽくないものを楽器のように使ったりもしていて。お皿とスプーンが擦れる音を音楽にしてみたり、バイオリンの弓を使ってグロッケンを擦ってみたりもしていて、あまり耳馴染みのない、聴いたことのない音作りを目指していたので実験的なことをしながら随所にサウンドとして取り入れていきました。
――自分でも聞いたことのない楽器があったので調べました。チャフチャスとか。
Jun これはたまたま持っていたんです。水が流れるような音のする動物の蹄でできた楽器なんですが、その音が好きで、音色違いで3つほど持っています。
――たまたま持っていた……?
Jun ふふふ(笑)。民族楽器が好きだったのと、作曲を始める前のジャズやブラジリアンミュージックを歌っていたころに実際にライブで使っていたものです。当時はルーパー(エフェクター)で声を多重録音しその上で歌ったり、スタンダード曲をそのまま歌うのではなく、変拍子に変えて歌ったりしていた中で、パーカッションを自分で鳴らしながら歌うこともあったので、だんだんこういった楽器が増えていきました(笑)。
SHARE