バンドとしてもこれまで携わってきた数々のアニメ作品でも存在感を放ち、今年に入ってボーカルのアヴちゃんの映画『犬王』での怪演が話題を呼んだなか、女王蜂がTVアニメ『後宮の烏』と新たにタッグを組んだ。作品から放たれる美しさ、それを女王蜂は「MYSTERIOUS」という楽曲にどのようにしてしたためたのか。
――女王蜂がオープニング・テーマを務めるTVアニメ『後宮の烏』ですが、作品の印象はいかがでしたか?
アヴちゃん たしか去年の年末のあたりに、そのときは正式なオファーをいただく前だったんですが、私はいつも主題歌の話が来るかもしれないよっていう段階で原作を買う癖があって(笑)、女王蜂が作品に合うと思ってくださる方が一人でもいるのなら、レコメンドいただいたと思って読んでみようというのが基本姿勢なんです。なので、今回も多分に漏れず原作を読ませていただいたんですけど、白川(紺子)先生の筆致というか、その語彙力や文章の紡ぎ方、美しさというものにすごく感動して。読んでいくにつれて、オファーが正式に決まる前の段階で「MYSTERIOUS」という曲にしようって思ったんです。
――正式オファーの前に曲のイメージが出来上がっていたと。
アヴちゃん 基本的に、私たちが今までいただいてきたアニメやドラマのタイアップというものは、お話をいただいてからいちから書き下ろすということが少なくて。元々自分たちの中に一番フレッシュに湧いているものに合うお話が偶然来る、というのが私たちにはあり、今回も『後宮の烏』には「MYSTERIOUS」という曲を当てていこうかなと思ったんです。
――原作が持つ美しさを受けて湧き出たものとはなんでしたか?
アヴちゃん 「MYSTERIOUS」という曲は、“一番いい役をやりましょう”という言葉を強烈に持っていきたくて。私自身が年末くらいから、演劇に対しての感度というものがすごく高い状態であり、すべてのアニメや本などが戯曲のようなかたちで自分の体を通っていって、それをどう表現していくのか、そういうアンテナを張りながら年末を過ごしていたんです。今回も今まであるものではなく、いち表現者として、舞台に立って戦っている人間として、そして自分の中にある筆致の美しさを、手癖ではなく新しいものとして出すことを考えました。
――なるほど。
アヴちゃん あとは、『後宮の烏』の原作に“烏漣娘娘”(うれんにゃんにゃん)というキャラクターが出てくるんですけど、私自身、小さい頃から人間のお顔をしながら体は別のものという、『デビルマン』だったらシレーヌとか、『遊戯王』だったらハーピーレディとか、そういうモチーフのキャラクターが好きで。烏漣娘娘は原作小説の中ではまだ絵として描かれていなかったんですけど、すごく私は惹かれたんです。超然とした、人間のことは知っているけどそれとは別の軸で生きている大きなもの、それと白川先生が書かれている筆致をあわせて、世界を作っている目線からものを歌うとどうなるんだろうかっていうときに、自然と歌詞に活かされたのかしらと思っています。
――そうした冒頭の“一番いい役をやりましょう”というフレーズをはじめ、歌詞の美しさが印象的ですね。
アヴちゃん これもちょうど年末くらいに考えていたんですけど、私、このままだと歌詞は書けるけど詩は書けない人になっちゃうなって、自分を見つめ直した時期があって。作詞作曲をやっていると、メロディと歌詞のシナジーというものはすごく考えますし、世界を作るという意味でメロディというものが制約であり自由になるものなんですね。これまで作ってきたものに対する自負は多分にあるんですが、このままだと音がついている言葉しか躍動しない人間になってしまうなと思って。そういったときに古今東西の詩人の詩を読んで詩の持つ言葉の強さを感じて、また白川先生の作品からも言葉だけで発生する、立ち上がってくるものをすごく感じたんです。私自身も「MYSTERIOUS」で詩というものを書きたいと感じたのが今回の収穫というか、書けてよかったなと思っています。
――そうした自身に対する想いを含めた音楽が作品の世界とシンクロしていくのは興味深いですね。
アヴちゃん アニメやドラマのお話をいただくときって、作中の言葉を散りばめるだけじゃ足りないんですよね。もう勝手にサイコダイブして作者の方のお家に心だけお邪魔して、枕元に立って、果たしてその人がその世界を書いて何を成したいのか、漫画家の方だったら一つ一つの線だったり、イラストレーターさんのペンダブの奥だったりとか、それこそ言葉を連ねる人だったら一文字に懸ける思いだったりとか……私の想像の範疇ですけど、どこまでも没入して「あ、これがしたいんじゃないのかな?」って考えるんですよね。ただ作品をなぞるだけの曲に女王蜂を指名するかな?って思うと、私はしないと思う。自分がそこまでダイブしたうえで、その作品の中に通底するテーマというものを、曲の中にゴロっと置く仕事なのかなって思って書いています。
――作品世界だけではなく、なぜ作品が生まれるのかというものにまで向かっていくというか。
アヴちゃん この曲でも最後に向かうバースで、「白紙に沈め墨たち 固い水面 泳ぐ髪」という言葉があって、そこは完全に書く人の目線ですね。私がものを書くときって“白紙に沈む”っていう感覚をいつも持っているんですけど、白紙を見て「さあ、自分の気持ちをそこに入れましょう」って思えることはすごく素晴らしいことだと思うんですよね。世界を作る、想像主として始める人間の覚悟がある。“呪いは願い 祈りは刺青”というフレーズもそうで、言葉の一つ一つのワードが全部覚悟に満ちている、だけど優雅というところがとても気に入っています。
――そうした歌詞の美しさの一方で、メロディやサウンドの美しさも印象的です。
アヴちゃん ここまで流麗にするのではなく、例えば『メリー・ポピンズ』の「チム・チム・チェリー」みたいな、ああいう寂しさを思いついていたんです。でも監督(宮脇千鶴)と打ち合わせたときに、「もうちょっとワールドミュージック的な幕が開ける感じ」という言葉をいただいたときに、じゃあスウィング感かなって思って。でもそこでブラスとかなんでも入れちゃう、昔のキャバレーミュージックみたいにすると、それは『後宮の烏』ではいけないのかなって私は思って、じゃあ美央(弦編曲)ちゃんのストリングスにしようと考えました。「大空へと戸惑う」というところでズーンと入っている音もそうなんですけど、美しいだけではなくて圧倒的に激しい、綺麗な美もあれば汚い美もあると思うんですよね。美しさってめちゃくちゃ広いと思うし、その振り幅を1曲の中で作らないと曲が小さくなっちゃうなと思って、そのバランス感覚というものは自ずと出来ていったのかしら、という感じです。
――ビートに頼らない重さというものは非常に感じるところで、またアヴちゃんのボーカルも今回では低域が印象的でしたが、そこも今回表現したいところだった?
アヴちゃんそうだと思います。あと今回は寝っ転がって歌ってみようと思って。今までのレコーディングは、お椅子に座っても立つにしても姿勢正しくして歌っていたんですけど、今回はたくさん椅子と毛布を組み合わせて、角度を作ってなんの抵抗も受けない、寝ているような姿勢で歌ったのは初めてやりましたね。
――寝ながらのRECというのは初めて聞きました。その体勢であの低域が出るとは……。
アヴちゃん 私の声は生命力がすごいので、寝転がったぐらいではなくならないから(笑)。寝転がりながら、歌詞を見る必要のないくらい気に入った曲なので、目を瞑りながら曲を聴いて、その世界に入ったつもりで、自分の輪郭がなくなるぐらいの感覚で歌いました。今までとはちょっと違うテイクが録れた気がします。
――あとはサビ前の「MYSTERIOUS」というロングトーンですよね。ここでの拍数などは事前に決めているんですか?
アヴちゃん そこは結構制限を設けずというか、クリックや拍数で割り切れないところが私は大事だと思っていて。ほかのところは何小節かで区切られているんですけど、ここは伸ばしたいだけ伸ばす、というのはうちの現場ではあることですね。そのほうが聴いていて面白いですし、割り切れるものだけで作られていないほうが好きなので、そういう“間”というものはよく入れますね。
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