アニソンを手がけるアーティストは数多くいるが、なかでもnano.RIPEの存在は非常に感謝に満ちている。nano.RIPEが生み出すバンドサウンド、そのシンプルなロック精神は作品を開かれた世界へと導いてくれる。そんなnano.RIPEの魅力の1つは、ボーカル&ギターのきみコが歌詞に描き出す、抒情的で詩的な世界。nano.RIPEが4年ぶりにアルバムをリリースするにあたり、アルバム収録13曲についてゆっくりと話を聞き、我々を独特な世界へと誘う歌詞にふけってみる。
――オリジナルアルバムは4年ぶりではありますが、曲作りは続けられていました。この4年の間にベストや配信限定ミニアルバムのリリースもありましたが、今回のアルバムは何かコンセプトを掲げましたか?
きみコ オリジナルアルバムをずっと出したかったし、曲も書いていたので、アルバムが決まってから急いで、ということはなかったですね。書き溜めていた曲のどれを入れるか、というところから始めて、巻き戻ってストックの中から今出したい曲も探しました。だから、コンセプトの元に曲を作っていくということはなかったです。「良い曲」を上から選んでいった感じがありますね。ただ、楽曲というよりもアレンジ面で、新録の8曲はなるべくバンドサウンドにしたいと思っていました。
――新曲はリード曲から作り始めたんですか?
きみコ いえ、最後でした。最初は「クエスト」をリード曲に、という話もあったんです。でも、「クエスト」はいわゆる ”シンプルなバンドサウンド” ではないので、このアルバムのリードにするのは違うかもしれないな、と。
――もっとバンドっぽい曲を?
きみコ はい。それにこれまでは、アルバムのリードトラックでも暗めだったりバラードだったり、ライブの定番曲になるような突き抜けたポップはあんまりなかったんですよね。でも今回はあえてそういう曲をリードにしようという話になって、(ササキ)ジュンが書き下ろしました。
――わかりやすいリード曲を作ってこなかった理由はあるんですか?
きみコ 理由は特にないですね。あくまで出てきた曲の中からリード曲を選ぶという感じだったんです。リード曲、という考えで作ってはこなかったんですよね。
――今回、バンドサウンドをアルバムのカラーとして打ち出したいと思ったのはなぜですか?
きみコ メンバーが(ササキ)ジュンと2人になって5年くらいが経つんですけど、2人になった当初はせっかくだから自由にやってみようということで、色々なアレンジャーさんとやったり弦を入れたり鍵盤を入れたりしていて。それはそれで後悔はしてないし、良いこともたくさんあったんですけど、あたしが最初に衝撃を受けたバンドがTHE BLUE HEARTSであることや、nano.RIPEを結成したときにシンプルなバンドサウンドに憧れたことを思い出し、今のnano.RIPEだったら昔よりもさらにかっこ良くなるんじゃないかと思ったんですね。そこで勝負したい、という気持ちでした。
――たしかにバンドというスタイルがきみコさんの意識のスタンダードにある気がします。サポートメンバーも1メンバーとしているというか、行動を共にしますよね。ライブに限らず、YouTubeとかでも。
きみコ そうですね。サポートをお願いする際も、メンバーのつもりでやってくれる方、というのが大前提ではいます。ツアーの中でライブのスタイルやセットリストをどんどん変えていっても対応してくれるような。だからお互いに、ほぼメンバーという気持ちではいますね。
――バンドサウンドを重視したというリード曲「トリックスター」ですが、きみコさんとしては歌詞にどのような想いを込めましたか?
きみコ さっきも少しお話したように、ライブではアルバムのリードトラックがそんなに定番曲になっていなくて。だから、「絶対外せない」「みんなで歌って踊って楽しめる」楽曲にしたいというところでジュンが書いてきたんですけど、あまり明るすぎても希望がありすぎてもあたしにはそぐわないんですよ。コロナ禍は、みんなに会えることがどれほど幸せなことかと改めて考える時間になったので、その気持ちを素直に言おうと思い、ライブの景色を浮かべながら書いた歌詞でもあります。サビの、“続きを知りたくないような暗い夜は”という部分は、ライブに来てくれるみんながいつだって幸せで前向きな気持ちでくるわけではないし、もちろんあたしも浮き沈みがあって、だからこそ非日常であるライブ空間を守りたい、あたしにとってもバンドにとってもめちゃくちゃ大切なところだ、という気持ちを歌詞に込めました。
――ライブに来たあと、また憂鬱な日常に戻る人もいるでしょうし。だからこそ楽しい時間に。
きみコ そうですね。夢みたいな時間を作りたくて。ぼくらもそういう時間をみんなに与えてもらってるので。
――きみコさんの歌詞はネガティブな面を歌っていても強い気持ちが表れていますよね。気合いを感じるというか。
きみコ 自分に喝を入れていますよね(笑)。ずっと、自分の一番のライバルは昨日の自分、だと思って生きてきたので。スポーツをやっていたときは特にですけど。なので、根底に染みついているんだと思います。
――“かっ飛ばして”はリトルリーグでの野球や高校でのソフトボール部の経験があるからこそ出てきた歌詞に感じました。
きみコ 実は最初に浮かんだのは「ぶっ飛ばして」で。耳に残るような、簡単でわかりやすくて、でもちょっとカラッとしている言葉はないかとメロディを聴きながら考えていたら出てきました。でも、全部が「ぶっ飛ばして」だとちょっと怖いな、と思って(笑)。
――「ソアー」は野球の経験が活かされた曲です。以前の「ローリエ」「リリリバイバー」に続く高校野球ソングで、「高校野球ダイジェスト 白球ナイン」「第101回全国高等学校野球選手権埼玉大会中継」のテーマソングだった「ローリエ」に続く、高校野球中継番組のダブルタイアップソング(「第104回全国高等学校野球選手権埼玉大会中継」、「MRO北陸放送ラジオ高校野球中継」)でもあります。これまでの2曲と違うところはありますか?
きみコ 特に変化はなく、高校球児の言葉を今回も代弁するという気持ちで書きました。それと、高校野球というととにかく、白球を追いかけて泥まみれ汗まみれになって……というところを切り取りがちなんですけど、その裏側を描きたかったというところも同じです。野球が嫌いになりそうになった時期も絶対あると思うんですよ。あたしもなりましたし。で、あたしの歌詞はだいたいそういう言葉が2A(2番のAメロ)に出てくるんですよね。「ローリエ」もそうでしたし、今回も2Aで心が折れそうになるところを表現しています。
――きみコさんはリトルリーグ出身で知られますが、野球を始めたのはお兄さんがやっていたからとか?
きみコ 直接の理由は父かな。父がリトルリーグの監督で、兄がキャプテンで。
――そんな野球エリートな環境だったんですね。
きみコ そう、超英才教育なんです(笑)。父は多分、あたしがおてんばだったし、運動神経も結構良かったので、これなら野球をやるかもしれないと思ったんでしょうね。ある日突然「きみコも野球やるか?」と言ってきて。あたしはとにかくお兄ちゃんが好きだったので、「やる!」と言ったことから始まりました。それが小学2年生のときで、一応6年生まで在籍はしていたんですけど、4年生からミニバスも始めちゃって。で、5年生からはミニバスに振り切って、野球はたまに行くくらいでした。
――どうしてミニバスに切り替えたんですか?
きみコ バスケも楽しくなったというのはあるんですけど、小学校2年生で始めたときはあたしもプロ野球選手になるつもりで頑張ってたんですね。でも、4年生くらいでプロ野球選手には女性がいないことに気づき、「きみコはなれないんだよ」と言われたのも、多分きっかけだったと思います。
――「目指した頂」が最初から高かったんですね。
きみコ そうですね(笑)。やるからにはという感じで。
――スイッチヒッターだったとも聞きました。
きみコ それは高校のソフトボール部のときです。ソフトボールって左打者が有利じゃないですか?
――スラップ(=走り打ち)がテクニックとして有効ですね。
きみコ なので、入部したら練習させられたんです。だから、付け焼き刃でそんなに打てるわけではないんですけど。
――そういった背景を持っていることが歌詞にも表れていますね。野球を知っている感というか。
きみコ 高校野球の歌となるとやっぱり、青春を綺麗に切り取った曲が多い気がするんですけど、「あたしはそっちには行かないぞ」という気持ちではいますね。
――続けて全曲の歌詞をお伺いしていきたいのですが。次は2曲目、『のんのんびより のんすとっぷ』のOP主題歌だった「つぎはぎもよう」の歌詞について。
きみコ これで『のんのんびより』シリーズの曲を作るのは4曲目になるんですけど、一番苦しみましたね。監督からは「すごく心苦しいんですけど、同じような曲を」と毎回言われていて(笑)。やっぱり『のんのんびより』って「変わらない」美学がある作品なので、4回目ということでかなり悩みました。でも最終的には、これまでに書いた3曲のテイストを使ってもいいのでは?という気持ちになれて、そこからはスラスラと書けました。(第1期OPテーマの)「なないろびより」のサビで「季節」をキーワードにしていることに寄せて、この曲でもサビの頭で「明日」を何度も登場させるとか。
――冒頭の“いつもとおんなじ道の上 ちょっとずつでも違う空”にも、不変と変化が表れていますね。
きみコ はい。最初に書き始めたのはこの歌詞からでしたね。
――きみコさんが感じる『のんのんびより』の魅力ってなんですか?
きみコ すごく不思議な作品だとは思います。アニメを観るというよりも、実家に帰るときの楽しみのような、ホッとしたくて観るような感覚がありますね。ドキドキワクワクとかではないですし、本当にほかにはない魅力を持った作品だとすごく思います。
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