INTERVIEW
2022.06.28
2021年4月より放送され、長月達平と梅原英司による壮大なストーリー、そして神前 暁を中心としたMONACAの音楽によって話題を集めたTVアニメ『Vivy -Fluorite Eye’s Song-(ヴィヴィフローライトアイズソング)』。放送から1年経った今もなお多くの支持を集めるこの作品の音楽が、同じく2021年から日本でもローンチされた新しい音楽体験「360 Reality Audio(サンロクマル・リアリティオーディオ)」によってリ・クリエイションされ、現在Amazon Music Unlimited・Deezerで聴くことができる。立体的・空間的に音楽を楽しむ「360 Reality Audio」によって『Vivy』の音楽はどう生まれ変わったのか?今回は360 Reality Audio制作にも携わった音楽プロデューサーの山内真治(アニプレックス)と神前 暁(MONACA)、そして主人公・ヴィヴィの歌唱を担当した八木海莉に話を聞いた。
今回『Vivy -Fluorite Eye’s Song-』と「360 Reality Audio」(以下、360RA)がどんな融合を果たしたのか、その話の前に「360RA」あるいは立体音響というものを説明しなくてはならないだろう。
「360RA」とは、ソニーが開発した360立体音響技術を用いた音楽体験である。“全方位から音が降り注ぐ、新体験。”というキャッチコピーの通り、聴く人たちが音に包まれているかのような感覚で音楽を楽しむことができる。
端的に言うと、これまではステレオなら2つのスピーカー(2チャンネル)、5.1chサラウンドなら5つのスピーカーとサブウーファー(5.1チャンネル)……と、スピーカーの数に依存した“チャンネルベース”での音響体験が主流だった。これをソニーはチャンネルベースから“オブジェクトベース”へと発想を転換、そして聴いている人を中心に球体をイメージし、そこにボーカルや各楽器などを自由に配置することによって、新しい音楽体験を実現することとなった。しかもそれがスピーカーからではなく、市販のヘッドホンやイヤホンで再現することができてしまうという、実に画期的な音楽体験を開発した。これによってヘッドホンで聴いているにもかかわらず、ボーカルが前から、足元からドラムやベースが、ストリングスやギターが上空から鳴るような体験をすることができるのだ。
では、そんな360RAを体験するのに必要なものは?お手持ちのスマートフォンに、360RA対応の音楽ストリーミングサービスのアプリをダウンロードし、ヘッドホンを接続して聴く、たったこれだけである。まずはこれだけでも試してみる価値はある。さらにそこから、個人最適化ができる360認定モデルのヘッドホンやイヤホンがあれば、専用のアプリを用いて、スマホで個人の耳を撮影し個人の聴感特性を解析することで、よりリアルな臨場感を楽しむことができるのだ。
どんな場所でも臨場感のあるサウンドを体験できる「360RA」。すでに日本でも洋楽からJ-POP、新曲から過去の名曲までと幅広く聴くことができる。現在すでにいくつかのアニソンが「360RA」で聴くことができるが、そのなかで注目しておきたいのが、今回特集する『Vivy -Fluorite Eye’s Song-』だ。現在はボーカルアルバム『Vivy -Fluorite Eye’s Song- Vocal Collection ~Sing for Your Smile~』の全曲がAmazon Music Unlimited・Deezerにて聴くことができる。
今回この制作にあたって、山内と神前、同じく『Vivy』の楽曲を手がけた高田龍一(MONACA)に日本初の360 Reality Audioに特化したスタジオ「山麓丸スタジオ」に入ってもらい、「360RA」を体験してもらった。そのうえで山内を中心に、詳細なディレクションと共にMIX作業に立ち会ってもらいながら完成へと至ったのが、本作『Vivy -Fluorite Eye’s Song- ~Vocal Collection ~Sing for Your Smile~』の「360RA」バージョンだ。
そして、本作で多くの楽曲で、ヴィヴィ/ディーヴァの歌唱を担当した八木海莉には、取材当日にスタジオで「360RA」を初体験し、座談会に臨んでもらった。「360RA」と出会うことで、『Vivy』の音楽はどんな変化が見られたのか。プロデューサー、クリエイター、シンガーそれぞれの視点で語ってもらった。
――まずは八木さん、先ほどスタジオにて「360 Reality Audio」(以下、360RA)を体験したばかりでしたが、実際に聴いた感想はいかがでしたか?
八木海莉 すごく感動しました。耳から音が入っているはずなのに、脳に直接音が鳴っているような……不思議な感覚になりました。
――これがいわゆる「360RA」特有の“音に包まれている”感覚ですよね。ヘッドホンで聴いているのに、左右の耳からだけじゃなく、前から後ろから、上から下から音が鳴る、まさに立体的に聴こえるというもので。
八木 色んなところから音が聴こえてくるので驚きました。それと今回「360RA」で聴いてみて、ヴィヴィが歌っている姿が想像できるくらいリアルに繊細に声が伝わってきて……それもまた感動しましたね。
――その「ヴィヴィが歌っている感」というのは今回の制作の1つのポイントになるのかなと。そこで制作に携わられた山内さんは、元々「360RA」についてはどんな印象をお持ちでしたか?
山内真治 一応用語としては知っていました。音響としても映画館の5.1chとかは体験しているんですけど、「360RA」というのは初めてだったので、それを作品にどう活かすかというのは色々考えましたね。
――実際に「360RA」を体験した感想はいかがでしたか?
山内 スタジオで聴いたときは「おお、すごい」って感じで。ヘッドホンをつけて聴いているときと、外してスピーカーからの外音で聴いたときの差があまりなかったというか、ヘッドホンをつけて聴いているときも、「あれっ、これスピーカーから鳴っています?」って言っちゃうくらいで。
神前 暁 あれはビックリしましたね。
――それが「360RA」を最初に体験するときの“あるある”なんです。ヘッドホンで聴いているのに、外音が鳴っているような空間的な鳴りがするんですよね。
山内 エンジニアさんに聴いたら、「いや、スピーカーからは鳴ってないですよ?」ってドヤ顔で(笑)。
八木 私も言われました。
山内 ドヤ顔だったでしょ?(笑)。
八木 してましたね(笑)。
神前 僕は技術としては知っていたんですけど、制作をしたことはないですし、ヘッドホンでこういう立体的な音響を聴くのは初めてだったので、ビックリしましたね。
――いわゆる“オブジェクトベース”という、聴く人の周囲に、自由に音を配置することができる。なので前からボーカルが聴こえたり、上空からストリングスが鳴ったりするような聴こえ方がするんですよね。
神前 そういう技術的なものが面白くもあり、一方で難しくもあるなあというのは正直なところですね。
――山内さんもTwitterで書かれていましたが、自由だからこそこれという正解がまだないというか、そこに辿り着くのが難しいというか。
神前 そうなんですよね。なので、今回『Vivy』という作品でこの技術をどう使うかというのを、山内さんにすごく考えていただいて。
山内 最初、神前さんに「『Vivy』でやっていいですか?」って聞いてご快諾いただいたんですが、考えれば考えるほど音楽的正解から遠のいていくような気がして……一度僕のほうで巻き取っていいですか?という流れになったんですよ。
――そのなかで山内さんはどこを着地点としようとしましたか?
山内 幸いにして『Vivy』というアニメでは、劇中で歌っているシーンが多かったんですよね。なので聴いている人がそのシーンにいるかのような、特等席で聴くことができるようなものが1つの正解なのかなって。同じヴィヴィが歌っているにしても場所やシチュエーションで聴こえ方も違ってくるし、脳内でというか、目を瞑って聴くとそこにいる感覚になれるという形を目指して、あれこれやらせていただきました。
――「360RA」を使ってアニメのシーンに即した音響を作り上げることで、聴いている人は作品の追体験ができるという、また新しい音楽の聴き方ができると。山内さんからエンジニアさんには、各曲が鳴るタイミングのストーリー解説から場所の説明、またそのシーンの動画までを貼りつけたオーダーシートを作られたんですよね。
山内 そうそう。全部の曲に映像のリンクを貼り付けて、2日徹夜しました(笑)。どの曲も歌われている会場の大きさ、それこそ横のサイズや奥行きのサイズ、天井の高さって全部違うんですよね。なので、「音楽的には正解かわからないけど、こういう場所にいるような気持ちにさせてください」みたいなことをかなり細かく伝えました。同じニーアランド(作中のAI複合テーマパーク)のサブステージでも、お客さんがいる状態といない状態とでどう差をつけて表現するかとか……っていうのをやってください、っていう無茶振りもしましたね(笑)。
神前 イメージとしてはそういうゴールが見えているのは大事ですもんね。
山内 ほかにもニーアランドのメインステージの音も、まず殺戮が始まる前の状態で汎用型の曲(「Happy Together」)の音像を作ってもらい、それを元に、ステージが破壊し尽くされたあとにヴィヴィが歌う曲(「Fluorite Eye’s Song」)では、瓦礫が色んな音を吸収したり反射したりというカオスがあるところで、かつ別の場所で戦っているマツモトが「意識だけでも聴きたい」って思ってステージの上空3メートルくらいの高さから聴いている感じにしてください!……って(笑)。
神前 すごいオーダーだ(笑)。
山内 だからあの曲は、客席よりちょっと高い位置で聴いている感じになっているんです。
――場所やシチュエーションで、どういう聴き方をしているのかすべての曲ごとに細かく設定して作っていったわけですね。
山内 でもこれ、神前さんがなんて言うかな……って思いましたね。本来の2MIXとは全然違うものが出来ちゃった。わかってはいらっしゃるだろうけど、どう思うんだろう……?って。
神前 2チャンネルだったものが「360RA」になり軸が増えたので、どう解釈を膨らませて軸を増やしていくか、っていうのは色んなやり方があるんですよね。そのうえで僕は音楽的なバランスを整えていくというか、元に寄せるわけではないんですけど、「360RA」に広げたうえで技術的なディレクションに終始した感じですね。コンセプト的な部分はお任せして。
――八木さんは、改めて「360RA」という新しい音楽体験による『Vivy』の楽曲を聴いた感想はいかがでしたか?
八木 最初に『Vivy』の楽曲を歌ったときは、自分のクセというものを残していただいていたみたいなんですけど、それは当時自分ではよくわかっていなかったんです。でも今回自分のクセが強く聴こえてきて、びっくりしました。
山内 当時「八木節は封印すべきではない」っていう話があったんですよね。
神前 そうそう、懐かしい。
八木 もちろんあれから1年経って、自分の耳が成長したというのもあると思うんですけどね。
神前 客観的に聴けるようになったというのもあるよね。
――その部分が際立った聴こえたと。「360RA」はボーカルなど各トラックを独立して配置するので、それぞれが際立って聴こえるんですよね。
神前 ボーカルに関してはセンタースピーカーから鳴っているように聴こえるのは大きいですね。自分の真正面に歌っている人がいるような感触は面白い。ステレオとはまたそこが違っていて、それによってボーカルにすごく存在感が出てくるなって思いますね。
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