マルチメディアプロジェクト「カゲロウプロジェクト」の発表から10年――2021年に活動10周年を迎えたじんが、それを記念したミニアルバム『アレゴリーズ』を完成させた。ボーカロイドを用いた楽曲を中心に発表してきた彼が、今作では自ら歌唱。自身の創作の原点を見つめ直した「後日譚」、盟友・堀江晶太が共同アレンジした「消えろ」など、己の歌声によって新しい景色を獲得した作品に仕上がっている。表現者としてのターニングポイントにもなるであろう本作について、じんに熱く語ってもらった。
――じんさんは2021年に活動10周年を迎えられて、それを記念した色々な動きがありましたね。
じん この10年、酸いも甘いも含めて色々なことを経験しながら、あまり振り返ることなく走り続けてきたので、自分では10周年の節目を迎えることに気づいていなくて、周りの人に言われて初めて「もう10年も経ったのか」と思ったくらいだったんですね。そんななか、事務所の方や制作でご一緒している方から「記念に何か残したほうがいいのでは?」とお話をいただいて。それで新曲を発表したり、昔の楽曲をリメイクしたり、今回のミニアルバムもそうですが、割と活発に活動させていただいています。
――とりわけ驚かされたのが、4月に発表された「チルドレンレコード(Re:boot)」です。「カゲロウプロジェクト」を象徴する楽曲の1つを、発表から10年近くが経ったこのタイミングで改めて再構築(リブート)されて。
じん 僕は新しいものを作るのが好きなので、自発的にリブートをやろうとはあまりならないタイプなのですが、周りの皆さんからご提案いただいたことが、きっかけになったのかなと思います。10年近く前にリリースした楽曲を、今の自分が再構築・再解釈することにどんな意味があるのか、何か確信をもっていたわけではないのですが、実際にやってみたら色々な気付きもありました。
――それは例えば?
じん まず、自分は意図的に変化をしようと考えていなくても、変化してきたんだなと感じました。例えば、メロディの選び方、リズムを組み立てるうえでのテンポ感やタイミングを含めて、ある意味、他人が作ったものの感覚で聴こえたりしたんですね。過去の自分の作ったものに「なるほど」と驚かされることもあって。で、それが、昔の自分に負けたくない気持ちが自分の中にあることに気づくきっかけにもなりました。「昔のほうが良かった」とは絶対に言わせたくないし、年を取ったとも思われたくない。なので今回のリブートも「めちゃくちゃかっこよくなったな」と言われるようなものを目標に掲げていましたし、個人的にもそれは達成できたんじゃないかと思います。
――確かにじんさんは、常に攻め続けている印象があります。あらゆる部分において、妥協を感じさせないと言いますか。
じん きっとそれが本性なんだと思います。昔から攻めていきたい気持ちが強かったし、何かしらに迎合したくない気持ちをどうやって表現するか、常にそれと戦っているところはありますね。
――その意味では、今回のミニアルバム『アレゴリーズ』も、非常に攻めた内容になっています。なんと言っても、これまでボーカロイド楽曲を中心にご自身の作品を発表してきたじんさんが、今作では全曲ご自身で歌唱しているわけですから。
じん そもそも自分のマインドとして、モノづくりや自分の表現したいことを形にするのは好きだけど、別にアーティスト然とした活動をして、みんなに尊ばれる存在になりたかったわけではないんですね。人間として生きてくなかで生まれるジレンマ、言葉では伝わらないこと。それを音楽として表現することで、共感を繋いだり、自分だけじゃないと思うことができる。それが土台にあるので、例えば自分で歌唱することで承認欲求を満たしたいという気持ちは全然なくて。
――では、昨年8月に発表された本作収録曲「後日譚」で、初めて自ら歌唱したのには、どのような経緯が?
じん 「後日譚」はアルファポリス(小説やマンガの投稿サイト)さんのCMソングとして書いた曲なのですが、誰が歌うかはまだ決まっていない状態でひとまず曲を作って、自分で仮歌を入れて提出したら、それが「すごくいい」という話になったんですよ。そこから自分で歌をうたうことになったので、あまり策略的な意図はなかったんですけど、その流れで今まで何回か企画は持ち上がったけど実現していなかった“歌のアルバム”を、10周年のタイミングで実現させようという話になって。
――それが今回のミニアルバムに結実したわけですね。ただ「後日譚」は、ご自身の創作活動の原点を見つめ直すような内容になっていて、10周年の節目らしい楽曲にも感じました。
じん 自分の中では“モノを作り続けること”をテーマにこの曲を書きました。アルファポリスは自分の作った作品をインターネットで発表したい人が集まる場所なわけですから、それに対して自分が曲を書くとなったときに、僕は小説や物語を書く人間でもあるので、文筆家としての自分、そして音楽と自分というものを形にしようと思ったんですね。実は「後日譚」のMVを作ってくれたINPINEさんは、小学校のときからの同級生なんです。
――えっ、そうだったんですね。
じん 彼は僕が中学で不登校になっていたときに、唯一家に通ってくれていた友人で。その当時、自分が好きだったバンドの曲を聴かせたら、「すごい!」って共感してくれて、「同じ高校に入って一緒にバンドをやろう」という話になったんです。それで僕は復学することができて、実際に一緒にバンドをやっていたんですよ。その後、お互いそれぞれの道へ進んだわけですけど、去年、縁があって話をしたときに、「また一緒にやらないか?」ということで、「後日譚」のMVを制作してもらって。MVにアクターが登場するんですけど、あれもINPINEさんご本人なんですよ。
――あのガスマスクを被った人ですか?
じん はい。当時の僕らは、北海道の田舎からどうやって自分というものになればいいんだろう?とあがいていた時期で。モノを作りたい・表現したいけど、大人は認めてくれない、どうしていいのかわからないフラストレーションを一緒に見てくれていた人物なので、音楽も映像も同じ方向を向いたなと思います。
――まさにじんさんの創作の原風景が詰まった楽曲だったわけですね。
じん そうですね。その原風景を描いたものがきっかけとなって、“歌のアルバム”を作る話に繋がっていって、僕もその流れのままに出会ったのが今回のミニアルバムというか。だから今作は本当に自然の流れで生まれた作品だと感じています。今まで以上に自分の美意識を基準に制作した、ある意味、10年目にして一番パーソナルな創作の筆致が出た作品だと思いますね。
――確かにシンガーソングライター的な側面が強く出ているようにも感じます。もしかしたら、この作品を制作するにあたって、自分自身と向き合う機会も多かったのでは?
じん どうですかね? ただ、今までは「カゲロウプロジェクト」やそのほかの小説も含めて、長編を作ることが多かったんですよ。ほかの人や作品に楽曲提供したものは別として、単発で完結するものをあまり作ってこなかった。その意味では、今作は初めて短編集的な位置づけの作品になったと思います。僕は創作において“本を書く”という精神が大きいので、自分と向き合うというよりも、例えば「友人が死んで悲しい」だとか「日常でふいに襲い掛かってくるドラスティックな感情」みたいなものを、一作一作に分けて連作のオムニバスシリーズとしてまとめた、という印象ですね。
――だからこそ作品タイトルも、比喩や寓意を意味する“アレゴリー”の複数形となる『アレゴリーズ』にしたわけですね。
じん はい、“寓話集”的な意味合いとして。自分の中ではショートショートがやりたかったというのもあります。1曲4分程度の曲を集めるアルバムのフォーマットは、小説に例えるとショートショートだと思うんですよ。だからシンガーソングライター的な普通のことを、文筆家的な目線から作ったのが今作なのかなと。ようやく普通のものを作れたなと思います。僕の場合、出発点がロックオペラという、いびつなものだったので(笑)。
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