2021年の澤野弘之は、SawanoHiroyuki[nZk]のニューアルバム『iv』のリリースから、自身が劇伴を務める『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』の公開、久々となる有観客でのライブを実施するなど、充実した1年を過ごしてきた。そんな2021年を締め括るのは、自身初となるピアノソロアルバム『scene』である。自身のオフィシャルファンクラブ【-30k】のコンテンツとして人気を博していたピアノ演奏を1枚にコンパイルした本作。そこから見えてくるものは、名曲たちの再発見であるとともに、澤野弘之が紡ぎ出すメロディの再発見でもあった。本作を軸に激動の2021年を振り返ってもらった。
――まずは10月9日に行われた、有観客ライブ“SawanoHiroyuki[nZk] LIVE 2021”の感想から。ライブを終えてみていかがでしたか?
澤野弘之 今年の2月に開催した“【emU】”も有観客だったんですけど、あれはサウンドトラックに特化したもので、いつもみたいにみんなで盛り上がろう、というのは今回のライブが久々でした。SawanoHiroyuki[nZk]としてのライブも2019年の“Rヨ/MEMBER”以来で、今回はお客さんもマスクをしたり声が出せないというのもわかっていたので、どういう感じになるのかなって思ってたんですけど、その辺りはボーカリストやミュージシャン、来てくださったお客さんのおかげで、声は出せなくても皆さんと音楽を共有し合える空間になったのはすごくありがたかったですね。
――たしかに歓声はないけれど、そのぶんの熱量というものが会場にはありましたよね。
澤野 声が出せないからこそ感動する部分もあったと思うし、僕自身も普段は鍵盤を弾くことに必死になっちゃって、お客さんのほうを見るのもMCのときか最後くらいしかなかったんですよね。だけど、今回はライブをするときにお客さんを見たいなという気持ちになって。それは色んなことがあったからこそより意識できたことだし、お客さんが音楽を楽しもうとしている空気を感じることができたのかなと思うので、改めて感謝しています。
――ゲストボーカルの盛り上げもそうですし、全体のセットリスト的にもニューアルバム『iv』を軸にしつつもお祭り感のある内容だったなと。また、ライブ後すでに話題になっていましたが、ゲストの岡崎体育さんとのコラボでダンスをされたんですね。
澤野 そうですね(笑)。今回のライブに岡崎さんが出てくれたことで、やれることが増えたことは大きかったと思うんですよ。ダンスについても、岡崎さんと「膏」のMVが撮れていなかったら繋がらなかったですし、そういったはっちゃける機会ができ、結果的にお客さんも巻き込めた部分は大きかったですね。ダンスは声を出さずにできるじゃないですか、結果的に今年のこのタイミングのライブでそれができて、楽しめたのは本当に良かったと思います。
――さて、そんなライブを経て、2021年も終わろうとしています。
澤野 そうですね。僕はもう、ほぼクリスマスモードですから。
――このインタビューは11月に行われているわけですが、クリスマス好きの澤野さんはすでにモードに入っている?
澤野 入っています。家にもクリスマスツリーを置いて、ピッカピカにしてます(笑)。僕はハロウィンが終わったら即クリスマスにしたいんですよ。なので、11月になったらもう次はクリスマスだ、と思って。街もそうじゃないですか、イルミネーションが点灯し始めたらもうこっちのものですよ(笑)。
――そんなクリスマスシーズンを彩る1枚がリリースされます。澤野さん初のピアノソロアルバム『scene』ですが、こちらは澤野さんのオフィシャルファンクラブ【-30k】の動画コンテンツ“PIANO[-30k]”が元になっているんですよね。それをCDにして、元々はライブグッズとして考えていたそうですが。
澤野 元々は【-30k】の中でなんとなくノリで弾いたものを会員の人が楽しんでくれたらいいなと思って始めたので、がっつりピアノアルバムを作る予定だったわけではないんですよね。なので、ライブ会場に来た方が興味を持ってもらえるものになればいいな、くらいに思っていたんです。でも、その話をスタッフにしたら「せっかくだったら出しませんか?」ってなって。会員のために弾いていたものなんですけど、時間も経ったし、こうやって作品のテーマをピアノで聴いてみたいっていう方がいらっしゃればそれはそれでありがたいなって思ったんです。
――たしかに澤野さんの初のピアノアルバムとなると注目度も高いかと……。
澤野 ただし!ただし、「がっつりピアノアルバムを作るぞ」と意気込んで作ったわけではないので、ピアノアルバム好きな人には広い心で聴いてもらいたいですね(笑)。期待されて、「坂本龍一さんはちゃんとやっているのに……」って言われてもそれは違うんで(笑)。
――たしかに澤野さんが影響を受けてきた坂本龍一さんや久石 譲さんと言った作曲家たちは多くのピアノアルバムを出していますよね。もちろん澤野さんもそうした作品を聴いてきたわけですよね?
澤野 もちろん聴いていました。なので劇伴作家初期の頃には、いつかそういうアルバムを出したいと思っていたんですよ。でもそこから自分は歌のプロジェクトのほうに気持ちが向いていって、わざわざピアノアルバムを出すぞっていうマインドはここ数年ではなかったと思います。なので、こういうきっかけがなかったら出さなかったかもしれないですね。
――それもあり、“PIANO【-30k】”で収録したものを1枚にコンパイルしたものにしようと。
澤野 そうですね、それくらいだったらあまり負担にならないので(笑)。僕もピアノをライブで弾いていますけど、色んなオケが鳴っているなかで弾いていて、そのなかでピアノソロを弾くことはありましたけど、がっつりピアノオンリーでライブをやることってなかなかないと思うんですよ。そこで僕のピアノを聴いてみたいっていう方たちにこういうものを届けられると、自分も楽しいですし……という気持ちでPIANO[-30k]をやり始めたのもあります。
――なるほど。
澤野 でもこのアルバムは意気込んで作らなかったからこそできたというか、今の自分に合っていると思うんですよ。意気込んで作るとほかのピアノアルバムと比較したり、こうじゃなきゃいけないと考えたり、変に狭めて、詰めて、詰めて……っていう感覚になったかもしれないな、と。それはそれで良いものは出来ると思うんですけど、自分の性格的には弾いてきたものが溜まってきたので出しまーすっていうほうが、気分的にもフラットに自分の音を出せたと思うので、そこはこの企画とマッチしていたのかなと感じますね。
――たしかにPIANO[-30k]の映像は、ピアノと澤野さん1人という空間で気兼ねなく楽しめる良さがありますよね。でもカメラを前に弾くのはいかがでしたか?
澤野 カメラ向けられるのは得意じゃないので……ただでさえピアノのレコーディングするときって、緊張感があるんですよ。レコーディングはピアノでもパンチインとかいじることはできるんですけど、それでもクリックが鳴った瞬間、普段とは違った緊張があるんです。そういう意味で気が張っているんですが、カメラを向けられて余計に気が張って「間違えちゃいけない!」って思っちゃうというか(笑)。でも、【-30k】のコンテンツで会員の皆さんに聴いてもらえるものということもあり、多少リラックスして弾けたかなとは思います。
――『scene』に収録されているものも含めて、これまでPIANO[-30k]では多くの楽曲をプレイしてきましたが、その選曲はどのように決めていますか?
澤野 なんというか、スタッフから「来月アップする映像がなくなってきたので弾いてもらっていいですか?」って言われて、「どうしようかな……これ弾くか」っていう感じで決めています(笑)。最初の頃は、自分の中でターニングポイントになった作品やお気に入りの曲を選んでいたんですけど、ある程度弾いてくると「どうしようかな」ってなってくるんですよね。ただ、ある程度皆さんが作品の中で知っているものを弾きたいとは思っているんですが、PIANO[-30k]を始めた当時は「なんだこれ?」って思われるくらいの曲も弾いてみたら面白いなって思っていたものの、それはまだ少ししかできていないかな。
――その収録も当然一発録りになるわけですが、事前にどう弾こうとかは考えていますか?
澤野 考えてないですよ。その場で過去の譜面を持ってきて、それをじゃあ弾きまーすってその場の雰囲気で。もちろん弾く直前にこういう感じかなってちょっと鍵盤を触ったりはしますけど。
――その場のインスピレーションで決めていくというか。
澤野 それはずっとそうですね。サントラでもメインテーマのピアノ崩しとかを入れたりしますけど、それと変わらない感じ。逆に、考えすぎるとそこに縛られてより緊張してしまうんじゃないですかね。それよりも、その場で弾きながら「ここをこう弾いたらこういけるな」って弾いているほうがやりやすいかなと思います。
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