INTERVIEW
2020.01.15
ロシア、歌謡曲、サブカル、メタル、ネット文化、ユーロビート、三国志、電波ソング……上坂すみれのニューアルバム『NEO PROPAGANDA』は、多芸多趣味で知られる彼女のディープな嗜好と突飛な発想、その独創性に魅せられた豪華作家陣による個性豊かな楽曲が詰め込まれた、曼荼羅絵図の如き様相にして唯一無二のポップソング集に仕上がった。どこまでも我が道を行く上坂すみれが新たに掲げる“プロパガンダ”とは一体どんなものなのか? 寄り道多めだが、本人にたっぷりと話を聞いた。
――上坂さんの作品は毎回独自の世界観が炸裂していますが、今回のニューアルバム『NEO PROPAGANDA』はひときわ濃厚になりましたね。
上坂すみれ 前作の『ノーフューチャーバカンス』は既存曲が多めでしたけど、今回は新曲が多いので、より濃い目な感じになりました。アルバム用の曲をたくさん作ったので、今までご一緒したことのない方にも楽曲提供をお願いすることができました。
――アルバムを制作するときは、あらかじめコンセプトを立てたり、上坂さんから何か提案したりするのでしょうか?
上坂 コンセプトははっきりとは決めていないですね。アルバムのタイトルも楽曲が集まってから決めています。曲についても私から細かく要望を出すことはあまりなくて、「この作家さんにお願いしたいです」と意見するぐらいです。あとは作家さんにお任せしたほうが、その方の良さが出た曲になると思うので。これまでにも何回かお願いしたことのある方であれば、私からテーマをお願いすることはあります。
――今回のアルバムにも幅広い方々が参加されていますが、上坂さんからの提案で新しくお願いした方は?
上坂 ビートまりおさんやgroup_inouさんは昔から好きな方で、お二方ともちょうど今年(※取材は2019年12月に実施)お会いする機会があったので、そのときに直接お話をさせていただいて、楽曲を提供していただきました。アイキッドさんや志磨(遼平)さんは、アルバムを制作するにあたってスタッフの方からオススメされて、私も相性が良さそうだと思ったのでお願いした方々です。
――せっかくなのでアルバムの収録曲について、1曲目から順番にお話していただければと思います。まず「予感(Extra stage)」は、上坂さんのアルバムでは恒例のオープニングを飾るインスト曲「予感」シリーズの新曲になります。今回、「Extra stage」と銘打っているのは?
上坂 これは今回で「予感」シリーズは終わり、というイメージですね。このシリーズは毎回プロレスの出囃子みたいなイメージで作っているのですが、5曲も6曲も入場曲があるレスラーはいないだろうということで。私自身はサンプリングの曲が好きなので、また別の形で何かできればいいなあと思うのですが、とりあえず出囃子系は今回で完結ということになりました。
――2曲目のシングル曲「ボン♡キュッ♡ボンは彼のモノ♡」はTVアニメ『なんでここに先生が!?』のOPテーマ。この曲では清 竜人さんに初めて楽曲提供を受けましたが、新しい一面を出すことができたのでは?
上坂 今までかわいい曲を歌うことがあまりなかったので、すごく新鮮でした。振り付けもMVもかわいくて、“かわいさ”を表現するのは難しいなあとは思いましたけど、私は清さんが以前にやってらっしゃっていた清 竜人25というユニットが好きだったので、その雰囲気を思い出しながら新境地に挑戦しました。
――上坂さんは「かわいい」という言葉を“毛深い”と言い変えることを提唱したり、自分自身をかわいく見せることに抵抗を感じている部分があったじゃないですか。この曲で真っ向から“かわいい”路線に挑戦してみていかがでしたか?
上坂 毎回はちょっとつらいのですが、たまに頑張るぶんにはいいかなと(笑)。この曲はかわいい作品とのタイアップだったので、よりイメージがしやすかったというのもありますね。
――続く「すーぱー呂布呂布ぱらだいす!」は、「三国志に登場する武将・呂布への思いの丈を形にしたMOSAIC.WAV提供の電波ソング。上坂さんらしい曲ではありますが、どのような経緯でこんな曲になったのですか?
上坂 これは私が呂布のことが好きだからです。MOSAIC.WAVさんには以前も「どうして!ルイ先生」という、ソ連の科学者の歌を作っていただいたのですが、そういった歴史上の人物と電波ソングを組み合わせるのが得意な方々なので、今回は「呂布とその周辺の人々をフィーチャーした曲」というお願いをしました。セリフや掛け声が入っていたり、「三国志」の大事なセンテンスも入っていて、学術的にも非常に優れた楽曲だと思います。
――なるほど(笑)。ところで上坂さんは呂布のどんなところが好きなのですか?
上坂 私は横山光輝先生の漫画「三国志」で呂布のことを知ったのですが、そこで描かれている呂布はすごく人間味があるんです。とても強い武将なんですけど、金品や女の子にすぐなびいてしまうところが、嫌味なく描かれていて。中国では「裏切り者は良くない」という教えがありますから、本家・中国の「三国志」だと、呂布は本当に嫌な奴として描かれているんですよ。でも、日本の創作物では彼のダメポイントがキャラクターとして立つ要素になっていて。なので私は「日本人が考えるかわいい呂布」みたいなところが好きですね。
――あと、この曲を聴いて思わず吹き出してしまったのが、曲の最後に入っているセリフパートなんですよね。“あーん!呂布様が死んだ!”って、これ、ネットスラングとして有名なコピペのパロディですよね。
上坂 最初は全然違うセリフが入っていたんですけど、決定稿ではこのセリフに差し変わっていて、すごくうれしかったです。ただ、2000年代に生まれた人にはたぶんピンとこないのではないかという悲しみがありまして……年齢を少し感じますね(笑)。
――個人的には今まで字面でしか見たことのなかったネットスラングを、プロの声優である上坂さんがセリフとして感情を込めてしゃべっているところにグッときました。
上坂 声優さんがコピペを読むのはいいですよね(笑)。私もネットのコピペネタを声に出して朗読する機会はなかなかないので、すごく気合いが入りました。特にこのコピペは当時リアルタイムでよく見ていたので。こういうオールドコピペが末永く語り継がれるように、と思いますね。
――上坂さん、シリーズ化しましょうよ。
上坂 昔は長文コピペが多かったですから、みんなに読んでもらいたいですね。でも、どこに著作権があるんでしょうね(笑)。
――そういえばそうですね(笑)。じゃあコミケで同人として頒布するとか。
上坂 いいですね。私はコミケにサークルで参加するのが夢なので。どうやったら私だとバレずに参加できるかなあと考えているんですけど。
――ちなみにもしコミケに参加するとしたら、何を頒布したいですか?
上坂 何かな? マンガや小説の場合、コミケ前の締め切りは地獄だと聞いているので、原稿が必要なものは非常にシビアなことになると思うんです。なのでコスプレCD-ROMとかですかね。私は昔よくコスプレのイベントに行っていたのですが、有名なレイヤーさんは皆さんCD-ROMを出されていたので。
――ぜひいつか実現していただけると。では話を戻して、続いての「快走!ラスプーチン」はロシアの怪僧・ラスプーチンを題材にした80’sメタルな楽曲。ネットなどで人気の高いザ・リーサルウェポンズのアイキッドさんが提供されています。
上坂 このアルバムを作るにあたって、スタッフの方にザ・リーサルウェポンズさんをオススメしていただきまして。MVがすごく面白い方々だったので、ぜひ!と思いお願いしました。今回のアルバムは打ち込みの曲が多くなりそうだったので、アイキッドさんには「ロックっぽい曲にしてください」ということだけお願いしまして。そしたらラスプーチンの曲が上がってきたので、すごくビックリしました。
――上坂さんはラスプーチンのことも好きなのですか?
上坂 好きですね。ロシア史にはエキセントリックな人が多いですけど、その中でもラスプーチンは別のジャンルの変な人と言いますか。(ヨシフ・)スターリンや(ウラジーミル・)レーニンは、変わった人なんですけど実績がしっかりあるじゃないですか。皇帝にしてもピョートル1世とか派手な人が多いですけど、実績はある。でもラスプーチンは実績がよくわからない、本当にヤバい新興宗教家っていう。彼がロシア帝国を崩壊させたかはわかりませんが、急に出てきた架空の人物みたいなところがいいですね。銃弾を撃ち込まれても、毒を盛られても死ななかったらしいので、こういう歌にしてもたぶん怒らないと思いますし。
――なるほど(笑)。ザ・リーサルウェポンズはどんなところが気に入りましたか?
上坂 私は「シェイキン月給日」という曲が好きですね。計算している部分と計算していない部分が絶妙で、秀才と天才の狭間のような感じがして。歌詞もうまいギミックがたくさんありますけど、それを凌駕するセンスが唯一無二だと感じますし、あんなにダサいバンダナが似合うなんてすごいなあと思います。
――上坂さんは、こういう80’sメタルな曲調も好きなのですか?
上坂 そうですね。私はメタルの中だとラットやモトリー・クルーといったLAメタルがいちばん好きなんです。歌詞を見ると、特に訳す必要がないような内容のないことを繰り返し言っていたりするのですが、でも聴いていると楽しくなる曲が多いんですね。この曲もLAメタルっぽく作っていただけたのはうれしいです。レコーディングもこの曲がいちばん早く終わったのですが、アイキッドさんが現場にいらしてくださって。とても慎ましい方でした。
――作られる楽曲はエキセントリックですけどね。上坂さんがラップ風の歌唱に挑戦した「MESSAGE」は、上坂さんが以前から好きだったというgroup_inouが楽曲提供しています。
上坂 私はAC部さん繋がりでgroup_inouさんのことを知りまして。特に「CATCH」という曲が好きなのですが、AC部さんの絵に世界一合う音楽を作ってらっしゃる方々だと思うんです。ラップは普段全然聴かないんですけど、group_inouさんはポエトリー的な、韻を踏むだけではない部分もあるじゃないですか。力を抜いた歌い方も素敵だなあと思います。
――楽曲を作ってもらうにあたって、上坂さんから何かリクエストはしたのですか?
上坂 それはなかったです。ただ、group_inouさんから「何か歌詞に入れたい単語はありますか?」と聞かれたので、私は「そのリクエストはなんだろう?」と思って「強いて言うなら、西高島平と味噌田楽があるとうれしいです」と言ったら、見事に歌詞に入れてくださりました。
――なぜ“西高島平”と“味噌田楽”をチョイスしたのですか?
上坂 (漢字で)4文字がいいなあと思って。あとは歌詞に突然駅名が入ってくるのが好きなので。“西高島平”はあまり歌に出てこないですし。
――上坂さんは“西高島平”と何か縁があるのですか?
上坂 縁はないですし、行ったこともないんですが、西高島平駅は都営三田線の終点じゃないですか。だから「どんなところなんだろう?」と思っていて。私の中では“決して辿り着くことのない謎の駅”という気持ちがあるので、たぶん行かないほうがいいんじゃないかと思うんです。だって改札があったり、西口とか東口とか書いてあったらガッカリしますから。
――上坂さんの中の“西高島平”像はどうなってるんですか(笑)。
上坂 やっぱり「9と4分の3番線」(『ハリー・ポッター』シリーズに登場する、魔法の世界の入り口)みたいな謎ゾーンとして存在してほしいですから。
――もう一方の“味噌田楽”も曲中でかなりキャッチーな使われ方をして、すごく印象に残りました。ラップ調の曲に挑戦してみていかがでしたか?
上坂 最初は全然できる気がしなかったんですけど、あまりラップっぽくない歌い方、セリフ調にして(音に)乗っける歌い方にすることによって、なんとかできたかなと思います。ラップは意外と滑舌が難しいなと思いました。
――トラックはヴェイパーウェイヴっぽい雰囲気ですし、歌詞の内容も謎めいていて。曲名は「MESSAGE」ですが、この曲にはどんなメッセージが込められているんでしょうね?
上坂 私はgroup_inouさんの曲からメッセージを受信したことはないので、きっとこれでいいんだと思います。空に放たれた感じで。
――なるほど、「空に放たれた感じ」というのは言い得て妙ですね。次の「last sparkle」は『ポプテピピック TVスペシャル』のOPテーマ。そして7曲目「女神と死神」は80年代の香り漂うアーバンなナンバー。前作の表題曲「ノーフューチャーバカンス」に通じる雰囲気があります。
上坂 「ノーフューチャーバカンス」がラ・ムー(80年代末に菊池桃子らが結成していたバンド)寄りだとすると、こちらの曲は中山美穂さん系のバブリーな歌という感じですね。「女神と死神」の歌詞は古めかしいほうがいいかなと思い、バブルな世界観をイメージして、自分で書いてみました。
――こういうテイストの楽曲を歌うときは、どんな心持ちなのでしょうか? 例えば当時のバブリーな時代を生きていた女性の気持ちになりきって歌うのか、あるいは……。
上坂 なりきるというよりは、そういう女性が出てくるような情景を思い浮かべる感じですね。架空のトレンディドラマがあったとして、そういう光景を思い浮かべられるような気持ちで、と言いますか。
――上坂さんは世代的にそういう時代の空気を実際に体験はされていないと思いますが、どんなところに惹かれるのでしょうか?
上坂 何でしょうね? みんな服が派手でいいなとは思います。なぜかみんな花束を持ちがちですし。プレゼントは大体花束で、それをデートのいちばん最初に渡して、そのあとどうするんだ?と思います(笑)。そういう見栄え重視なところがいいですよね。
――あと、タイトルの「女神と死神」がどういう意図でつけられたのか気になって。歌詞の内容とはあまり関係ないですよね?
上坂 タイトルは歌詞ができてから考えたんですけど、歌詞は“冬の歌”をイメージして書いたので、そのまま冬っぽいタイトルをつけるのもちょっと違うかなと思いまして。あえてあまり関係ないワードになりました。
――それもまた「空に放たれた」感じがありますね。
上坂 はい。
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