1995年10月より放送されたTVアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』。TVアニメのサウンドトラックは3枚リリースされており、3作とも2013年にハイレゾ配信用にリマスタリングされている。ハイレゾの音源は、2004年にDVDオーディオのフォーマットにてリリースされる際に2chアナログマスターより作成された192kHz/24bit音源を元にしており、これをハリウッドにあるバーニーグランドマン・スタジオにて配信用にリマスタリングしている。
マスタリングを担当したのは、パトリシア・サリヴァン。彼女はジョン・ウィリアムズ、ジェームズ・ホナー、ダニー・エルフマン、マーク・アイシャム、ハンス・ジマーら名だたる作曲家作品のマスタリングを手がけている、映画音楽マスタリングのトップエンジニアだ。TVアニメのサウンドトラックだけでなく、映画『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に THE END OF EVANGELION』サウンドトラック『THE END OF EVANGELION』や『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』のサウンドトラック、吹奏楽アレンジ・アルバム『ヱヴァンゲリヲン新吹奏楽版』、ピアノアレンジ・アルバム『EVANGELION Piano Forte~エヴァンゲリオン ピアノフォルテ~』のマスタリングも行っており、ハイレゾ版の監修にあたった鷺巣詩郎も絶賛の出来栄えとなっている。
タイトルにある“Director’s Edit. Version”とは間奏にギターが追加された、シングルとは異なるアレンジのヴァージョンのことで、サウンドトラックのCDがリリースされた当初からこのヴァージョンで収録されている。長さはTVサイズではなくフルサイズのヴァージョン(「FLY ME TO THE MOON」もフルサイズで収録)。
ハイレゾではそのクリアな音質と情報量の多さに驚かされる。イントロのヴォーカルはエネルギーが漲るばかりに高く伸び上がり、そしてたおやかな姿を映し出す。高橋洋子の曇りのない歌声の実存感に圧倒される。高域の倍音も繊細に描写されており、ヴォーカルを包むように広がるコーラスもグラス・ハープのように響きわたり、その美麗さはため息が出てしまうほど。息づかいもリアルに伝わり、解像感の高さがよくわかる。
それは高域だけでなくリズム隊ら低域の音にも表われており、曲のグルーヴ感がいっそう増している。ドラム、パーカッションの音の抜けやシンセサイザーのキレも良く、曲の印象を新たにする鮮度が感じられる。
フランク・シナトラの歌唱でも良く知られるスタンダードナンバーで、編曲は「残酷な天使のテーゼ」と同じく大森俊之。ボッサのリズムを刻み、流麗なストリングスを奏でながら、落ち着いたジャズの雰囲気を漂わせるクラウス・オガーマンのような洗練されたアレンジが秀逸だ(大森俊之は、1993年から1996年までJR東海のCM「そうだ京都、行こう」シリーズで「マイ・フェイヴァリット・シングス」の編曲をストリングスで手がけている)。
こちらもハイレゾではCDよりも音像が整っており、柔らかな質感が心地好い。低域の量感がウッドベースに豊かな響きを与え、解像感の高さもクリヤマコトによるピアノの繊細なタッチから伝わってくる。なめらかに流れるストリングスの旋律も実に優美で、CLAIREのヴォーカルも深みと艶を増している。音質は華やかなれど、磨き上げられた真鍮の輝きといった渋い趣を感じさせる極上の仕上がりだ。
『エヴァンゲリオン』では「FLY ME TO THE MOON」の様々なヴァージョンが使われたが、このサウンドトラックの最後には、高橋洋子のヴォーカルによる「FLY ME TO THE MOON(YOKO TAKAHASHI Acid Bossa Version)」が収録。 シンプルなアコースティックサウンドにリズムマシーンを織り交ぜた“アシッド・ジャズ”ならぬ“アシッド・ボッサ”なアレンジとなっている。
劇伴はダイナミックなサウンドとして展開され、適度なコンプレッションは戦闘シーンのイメージと重なりその意図するところが明確。ストリングスは美しいだけではなく「ANGEL ATTACK」では不穏な雰囲気を醸し出すようにうねり、「EVA-00」ではアタックの強い高音が執拗に繰り返され不安を掻き立てる(その旋律には『サイコ』でもおなじみのバーナード・ハーマンの影響を感じさせる)。CDと比べるとストリングスが重厚であることはもちろんのこと、異なる楽器が重なり合ってその厚みを奏でていることがよくわかる。金管楽器の押し出してくる迫力も増しており、エリック・ミヤシロによるトランペットのハイノートもひときわ鮮やか。「DECISIVE BATTLE」では使徒を迎え撃つ緊迫感と勇壮さを表わすティンパニのインパクトが強い。
ドタバタとした日常パートを描く活き活きとした演奏は清々しく響く。「MISATO」は斎藤 清のフルートの音色がグロッケンとともに小鳥のように軽やかに舞い朗らかに、「ASUKA STRIKES!」では桑野 聖のフィドルがやけに溌剌としておりちょっと微笑ましい。霞のごとく広がるコーラスに南 浩之のホルン、鍵和田道男のトロンボーンが雄大に響き渡る「TOKYO-3」は、音場の奥行きも相まって黄昏に美しく染まる第3新東京市の光景が目に浮かぶよう。煌びやかなハープが浮かび上がる「次回予告」は、30秒のなかに思っていた以上に音数とアレンジが練りこまれていたことに改めて気付かされる。
「ANGEL ATTACK」ではノイジー、「ASUKA STRIKES!」ではコミカル、そんな印象的なフレーズのギターを演奏しているのは芳野藤丸。松田優作主演のTVドラマ『探偵物語』や『俺たちは天使だ!』のテーマでもおなじみのSHOGUNや、松下誠らと結成したAB’Sのギタリストでもある。ほかにもこのサウンドトラックには多数のミュージシャンが名を連ねている。
“和製ウェザーリポート”との異名を持つフュージョン・グループ、ザ・プレイヤーズからベースの岡沢 章、ドラムの渡嘉敷祐一が参加。吉田美奈子のアルバム『LIGHT’N UP』で最強のグルーヴを生み出したリズム隊である。
ピアノは鷺巣詩郎の映像音楽では欠かせない存在である宮城純子は、鷺巣詩郎とともにTHE SQUARE(現T-SQUARE)初期メンバーであり、また「EVANGELION Piano Forte~エヴァンゲリオン ピアノフォルテ~」にもクリヤマコトとともに参加している。
コーラスはスキャットの女王、伊集加代子。『アルプスの少女ハイジ』の「おしえて」や『ルパン三世(TV第2シリーズ)』オOPテーマの“Lupin the Third”のフレーズ、シンガーズ・スリーの『水もれ甲介』などTV、CM参加曲の枚挙にいとまがないが、ネスカフェのCM“ダバダ~”のスキャットと言えばおわかりになる方も多いだろう。大滝詠一などポップスのアルバムにも多く参加しており、山下達郎のライヴ盤『IT’S A POPPIN’ TIME』には岡沢 章やシンガーズ・スリーのメンバーである尾形道子とともにクレジットされている。
また「LOVELAND, ISLAND」をはじめ山下達郎作品に多く参加しているハープの山川恵子など、ポップス/フュージョン界の凄腕ミュージシャンによって作られたサウンドトラック。クレジットからは、スタジオミュージシャン、プロデューサー、アレンジャーとして幅広く活躍していた鷺巣詩郎の多彩な交流がうかがえる。
当時のCDを改めて聴き直してみると、音像がこじんまりとしており平坦な印象を受ける。新しいものが必ずしも古いものよりも優れているわけではないが、このサウンドトラックに関してはハイレゾのほうが素晴らしい。レコーディング本来の音が蘇り、再び『エヴァンゲリオン』に没頭したくなる、活き活きとしたサウンドを体感できる。使徒が襲来し、初号機によって倒された2015年を過ぎた今、物語と同時代を生きる者のためのサウンドとしてハイレゾがとてもふさわしく思える。
鷺巣詩郎
NEON GENESIS EVANGELION 【2013 HR Remaster Ver.】
キングレコード
2013.12.18FLAC・WAV 192kHz/24bit
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作曲・編曲:鷺巣詩郎(except.1、2、21、23)
1.残酷な天使のテーゼ(Director’s Edit. Version)
Vo:高橋洋子
作詩:及川眠子 作曲:佐藤英敏 編曲:大森俊之
2.FLY ME TO THE MOON
Vo:CLAIRE
作詩・作曲:Bart Howard 編曲:Toshiyuki Ohmori
3.ANGEL ATTACK
4.Rei I
5.Hedgehog’s Dilemma
6.BAREFOOT IN THE PARK
7.RITSUKO
8.MISATO
9.ASUKA STRIKES!
10.NERV
11.TOKYO-3
12.I.SHINJI
13.EVA-01
14.A STEP FORWARD INTO TERROR
15.EVA-02
16.DECISIVE BATTLE
17.EVA-00
18.THE BEAST
19.MARKING TIME,WAITING FOR DEATH
20.Rei II
21.FLY ME TO THE MOON (Instrumental)
作曲:Bart Howard 編曲:鷺巣詩郎
22.次回予告
23.FLY ME TO THE MOON(YOKO TAKAHASHI Acid Bossa Version)
Vo:YOKO TAKAHASHI
作詩・作曲:Bart Howard 編曲:Toshiyuki Ohmori
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