INTERVIEW
2016.09.30
──「ハイレゾを聴いて違いがわからない」ということは、「CDって意外とよくできていたんだな」という感想ももちました。
佐藤 そうですね。それは本当に、ここ5年程のマスタリング技術の向上が大きいと思います。CDってまだまだ音良いな、まだまだフォーマットとして充分だなと思う部分がありますね。CDが出たばかりのマスタリングは、正直良くないものも多かったです。それはテクニックや哲学の問題ではなく、技術的にクオリティが下がってしまうということです。腕やノウハウで乗り越えて良いものを作る人たちもいらっしゃいましたが、やっぱり高いクオリティに至るだけのテクノロジーが追い付いていなかった。昨今パソコンの中でマスタリングするようになったり、コンバーターの質が上がったりしたことで、CD自体の音質も良くなっています。まだまだCDで充分な中でハイレゾユーザーは全体の2%程度なので、その2%のためだけに心血を注いでいるのって、この業界で僕だけなのかもしれませんね(笑)。
──そこまでハイレゾの普及に尽力するのには、何か理由があるのでしょうか?
佐藤 ニッチな業界ですが、僕はそのニッチなところに未来を感じているんです。今そういうクオリティを意識して作っておけば、10年後、20年後にまた評価してもらえる日が来るのかもしれません。例えばもっとマスタリングの技術が上がったときに、今聴いてもらっているものよりさらに良い表現ができるかもしれません。なので、元々の音源自体を高いクオリティで録っておこうという意識はあります。90年代のDATがマスターだった時代には、DATのフォーマットである16bit/48kHzでレコーディングされていたり、また迫力を演出するために過剰な音圧処理を行なう、いわゆる「音圧戦争」の時代へと突入してしまい、マスターの質自体が悪いものが多かったんですよ。今はリマスターもブームになっていますけど、元の音が潰れてしまっているものをハイレゾでリマスタリングしても良い音質にはなりにくいですよね。「音が潰れていることがかっこいい」という時代もあったので、それを「悪いもの」として否定をするつもりはありません。でも今のニーズである「広い音像」「ダイナミックレンジ※が広くてきれい」というものは、そこからは作り辛いという現状です。だから10年後、20年後のために、という気持ちで今のハイレゾを作っています。
※ダイナミックレンジ 発信されている信号の最小値と最大値の比率。アナログはdB(デシベル)、デジタルはbit(ビット)で表わされる。この数値が大きいほど細かく分解されているため、密度が増しているように感じる。端的に言うと情報量が多いということ。
──ハイレゾはCDと比べて、「これまで上下の帯域を切られていたものが、切られずに広がったもの」というイメージがあります。最近、歳でモスキート音が聴こえなくなってきまして(笑)、そういう人には違いがわからないんじゃないかと思うのですがどうなのでしょうか。
佐藤 すごく大きな誤解がありますね。確かにハイレゾを説明されるときには、「今までは何kHz以上の帯域は切られていて」と最初に言われると思います。そこも「耳で聴きとれない帯域で印象をコントロールできる」という大事な要素なんですが、実は一番の恩恵は別にあるんです。ハイレゾで一番おいしくなるのは先程も言った通り「解像度」、そして「ダイナミックレンジの広さ」なんですよ。
──最も弱い音から最も強い音までの範囲をdBで表したのが、ダイナミックレンジですね。
佐藤 そうです。小さい音から大きい音に移行していくときのグラデーションが、解像度が上がることで細かくなっているんですよ。実は人間が「良い音か悪い音か」を判断するとき、そのグラデーションが強く印象を左右するんです。f特と呼ばれる周波数特性も大事なんですけど、いちばん大事なのはダイナミックレンジの表現です。音が小さいところから大きいところに移行するその差に、人間は感動するんですよ。
──確かに静かところから音が盛り上がっていくときに、鳥肌が立ったりすることはありますね。
佐藤 もっと細かくいうと「アクセント」。抑揚は音楽が持っている一番の感動ポイントだと思います。解像度が高いとグルーヴを感じやすくなるんですよ。楽しいリズムを、より楽しく感じ取れるようになる。それは意識せずとも本能的にです。そこがハイレゾによって表現力が膨らんでいる一番の部分です。「歌が聴きとりやすくなる」とか「ノれる」とか、「スピード感をCDより感じる」という大事な部分に繋がるので、それを感じ取れることがいちばん大事だと僕は思っています。
──具体的に「ダイナミックレンジが広い」とはどういうことなのでしょうか?
佐藤 宣伝ながらに言いますと、ランティスでは『ラブライブ!』などの32bitのマスタリング・シリーズを出しています。これは元のマスターは24bitなんですけど、マスタリングのコンプレッサーやイコライザーで拡張しているんですね。CDが16bitというのは、ダイナミックレンジで数値化すると96dBなんです。つまりまったくの無音から、ちょっと大きな音のコンサートホールくらいのダイナミックレンジがCDには収まるんですね。対して24bitは144dB。無音から鼓膜が破れるような爆音までの幅です。そして32bitのマスタリングシリーズは、192dBまで表現できるんです。人間が認識できるダイナミックレンジの限界が28bit相当らしいので、現状、人間の耳を超えたダイナミックレンジを表現できているということです。それを再生する機械はあまりなかったんですけど、ちょうどAstell&Kernさんから対応した唯一のポータブル機が発売されたので、タイミングを合わせて32bitシリーズを作りました。「何kHz以上が入ってる、入ってない」というのは、入ってるに越したことはないんですが、そこがいちばん大事なことではないんです。ダイナミックレンジがいかに広く収められているか、作品として表現されているかがハイレゾと普通の音源の最大の違いであると思います。
──高周波帯域の話を聞いて、「年寄りはハイレゾの恩恵を諦めなければならないのか」と思っていたのでありがたいです(笑)。
佐藤 高周波はあれば良いけどなくても良いし、それはハイレゾの本質ではないということですね。
──音の密度を楽しむためという方向にユーザーの視聴環境の変化が起きるかもしれませんね。
佐藤 今までは「ラジカセからiPhoneまで」を指針に作っていたのを、積極的にターゲットを「iPhoneからハイエンドオーディオまで」に広げたということが、ランティスのハイレゾが打ち出した方向性です。僕はハイレゾ版に関しては、「よりハイエンドな環境を持っていればいるほど、良さやこだわりが伝わる」という部分にポイントを置いて音を作っているんです。滅茶苦茶にハードルが高い音源を作っているつもりなんですよ。2~3万円のハイレゾプレーヤーから始めた人でも、例えば10万円のプレーヤーを買って同じ音源を聴いたときに「すごい!」と気付いてもらえるように。
──より良い機材を買ったときに、必ず以前の環境より感動が増すということですね。
佐藤 ハイレゾ配信を始めた頃に、自分が作った音源を持ってオーディオマニアの人の家に行きまくってたんですよ。そこでこだわりやノウハウを教えてもらいながら……「リモコンの蓋を外した方が音が良くなる」とか、そういう話もありましたが(笑)。そういった話を真面目にも話し半分にも聞きつつ、「オーディオマニアが聴きたくなるポイント」「ハイレゾマニアがおいしいと思うポイント」を研究しました。何千万円かけて揃えたオーディオでも、そうでないプレーヤーでも、どちらでも良く聴こえるようにというのは意識して作っています。
(Vol.2に続く)
●教えて純之介さん!Lantis音楽プロデューサー佐藤純之介がズバリ回答!!「ハイレゾQ&A」Vol.2はこちら
「アニソンに適した再生環境ってどんなもの?」「ハイレゾの良さを理解するには、どんな楽曲を聴けばいいんですか?」など、アニソン・リスナーが気になる質問を佐藤氏に聞きました。オーディオの観点からアニソンの特徴が浮かび上がってくる興味深い話が満載です。
佐藤純之介
1975年大阪生まれ。YMOに憧れ90年代後期よりテレビや演
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