INTERVIEW
2016.12.14
──衝撃的な種明かしの連続です(笑)。では続いてレコーディングでのトピックなどを聞かせていただけますか?
佐藤 悠木さんの歌、声のレコーディングでも、通常使用するマイクに加えて、ほかのマイクと使い分けてダミーヘッドマイクも使いました。この作品のレコーディングを始める少し前に別の現場でダミーヘッドマイクが話題になっていて、あるレコーディングでアコースティック楽器の収録に使ってみたんです。そのときによい感触を得られたというのもありまして。
──ダミーヘッドマイクの周りを悠木さんが動きながら録音した箇所もあったと聞きました。
佐藤 そういった使い方も含めてダミーヘッドマイクを特に多く使ったのは、今作で最初に録音した曲でもある「レゼトワール」ですね。ダミーヘッドマイクを中心に置いてその周囲を区分けした《バイノーラルの魔法陣》を組んだ絨毯というものがありまして……図版があるのでお見せしますね。
バイノーラルレコーディング立ち位置図
──こういうことなんですね。悠木さんから《魔法陣》とお聞きしてましたが、実は悠木さん独特の表現なのかなと思っていました。ですがこれはたしかに《魔法陣》ですね(笑)。
佐藤 はい(笑)。ダミーヘッドマイクに近い周囲をA、遠い周囲をBとして、それぞれを8方向に区切り、その16箇所に1Aから8Bまでの番号を振ってあります。これを敷いたうえで悠木さんには「5Aから5Bにかけて後ろに下がりながら歌ってください」のように伝えるわけです。
──こう動いてもらえばイメージどおりのこういう音を録音できるというのは、これまでの経験から把握しているものなのですか?
佐藤 それもありますが、悠木さんのレコーディングに備えて事前に、別の歌い手の方にご協力をいただいて、ダミーヘッドマイクとの距離感や方向を決めておくためのシミュレーションのレコーディングを行いました。椅子の上に立ってもらったり、上下に動いてもらったり……。なので、どのように動いてもらえれば、こちらのイメージに近いサウンドで録れるのかを、確実に把握しておきたかったんです。ですので「レゼトワール」のシミュレーション・レコーディングには3日を費やしています。
──悠木さんがレコーディングするときには、歌うこと、声で演じることに集中してもらえる環境を用意しておきたいということでしょうか?
佐藤 ええ。録音を「レゼトワール」からにしたのも、特に編成が大きく音の配置も複雑な曲だからです。また最初にこれをしっかり作ることで、以降の録音に向けてイメージの共有・蓄積を得られるというのもありました。加えていちばん大変な曲をいちばん先に録る方が、悠木さんの集中力を高め、維持していくうえでもよいと判断したんです。
──その準備や配慮のおかげで、悠木さんのレコーディングはスムーズに進められたわけですね。
佐藤 それでもこの1曲の録音に丸々2日かかりまして、「悠木 碧」レコーディング史上最長です。パート数は20パートくらいなのですが、これをいくつも重ねていくんです。これが譜面なんですけど……
──いわゆる“ブラック・ページ”、音符で真っ黒な譜面ですね。
佐藤 この各パートに対してマイクも、悠木さんがそのときに発する声に合わせてその場で選んでいかなくてはなりません。
──ダミーヘッドマイクならではの移動感などは事前にシミュレートしておけますが、一般的なマイクでレコーディングするパートでの、そのマイクのセレクトはその場でしか行なえないのですね。
佐藤 その日その曲そのパートで悠木さんが発する声にいちばん合うマイクを選びたいんです。このビクタースタジオにあるマイクのうち、イメージに近いものをあらかじめセレクトをすぐできるように準備をしてもらいました。例えばこの曲ではありませんが、普段ボーカルのレコーディングにはあまり使わないROYER(ロイヤー)のリボンマイクがその声にはぴったりだったので、それでレコーディングしたパートもあります。
──それだけの準備をしてなお、2日を要したわけですね。
佐藤 この複雑な曲を2日間レコーディングし続けた、悠木さんの集中力は本当にすごいなと感動しました。
──このレコーディングで使った手法の中でほかに、印象に残っているものはありますか?
佐藤 「アイオイアオオイ」では、STUDER(スチューダー)のオープンリール・テープレコーダーを使いました。テープ独特のノイズ成分や、回り始めのピッチの不安定さがほしかったんです。私はあの不安定さに、何かが生まれる瞬間を感じるんですよね(笑)。その録音したテープをくしゃくしゃにしてからそれを伸ばして再生することで、さらに独特の音にしてあります。
──当たり前なやり方ではないのにもう、「この人ならそれくらいのこと、ごく自然な感覚でやってしまうんだろう」と当然のことのように思えてきてしまっています(笑)。
佐藤 (笑)。あとビクタースタジオには大変広い空間で、また天井がとても高いスタジオもありまして、その高いところにバルコニーのようなスペースがあるんですが、そこで悠木さんに歌ってもらったりもしています。
──お話をお伺いしていると、いくつもの凝りに凝った作業に対して楽しみながら挑んでいるような、活き活きとした現場の雰囲気が伝わってきます。
佐藤 たしかにそうですね。実際、楽しいんですよ!あれもこれも。「悠木 碧」の世界観を形にしていくのが楽しいからやってるんです。楽しすぎてやりすぎてしまっている面もあるんです(笑)。進めていくうちにエンジニアの高須さんたちからアイデアが出てきたりするので、さらに楽しさが倍になっていきます。
──悠木さんが「わたしのイメージにスタッフさんたちがアイデアを返してきてくれるのがとてもうれしい」としみじみ話していた姿がとても印象的でした。
佐藤 そう言っていただけるとありがたいです!
──アイデアの段階から、レコーディング、そしてマスタリングまで、皆さんが様々な挑戦を楽しんでこの作品が完成したんですね。
佐藤 もちろん自分たちが、ただ楽しみたいだけでは決してなくて、聴いていただく方に、そのアーティストが発するイメージや、感動を届けたくて、夢中になって作っているだけなのだと思います。なので、大変なことは山のようにありますが(笑)、辛いと思ったことはないですね。私は、自分の好きな作品を多くの人に紹介する、そのような仕事がしたくて、ビクターエンタテインメントに営業として入社しました。それが今では作品制作に関わる立場となり、それを完成させることを仕事にしています。でもポジションは変わっても、自分の好きなものを多くの方に届けたいという、その気持ちは全然変わってないんだなと、今日話していて気付きました。これからも、この気持ちを忘れないようにしようと改めて思いました。〈END〉
●悠木 碧『トコワカノクニ』インタビュー Vol.1 悠木 碧インタビューはこちら
●悠木 碧『トコワカノクニ』インタビュー Vol.2 作詞家・藤林聖子インタビューはこちら
●悠木 碧『トコワカノクニ』のレビューはこちら
佐藤正和
東京・青山生まれ。大学卒業後、ビクターエンタテインメント株式会社に入社。札幌地区、東京・渋谷の営業職を経て、2004年よりアニメーションの販売促進部門を担当。2008年より同アニメーションの音楽制作部門、株式会社フライングドッグの音楽制作部に異動。現在、悠木 碧のほか、May’n、野水いおり、Rhodanthe*、下地紫野の各アーティストを担当。
【担当作品】
●『きんいろモザイク』シリーズ
●『ステラのまほう』
●『アクエリオンロゴス』
●『セイクリッドセブン』
●『神様ドォルズ』ほか
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FlyingDog
2016.12.14FLAC・WAV 96kHz/24bit
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1.アイオイアオオイ
作詞:藤林聖子 作曲・編曲:bermei.inazawa
2.サンクチュアリ
作詞:藤林聖子 作曲・編曲:inktrans
3.マシュバルーン
作詞:藤林聖子 作曲・編曲:bermei.inazawa
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作詞:藤林聖子 作曲・編曲:bermei.inazawa
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