日本のアニソン界を牽引し続けてきたアーティスト・影山ヒロノブのデビューから今年で40年。“影山ヒロノブ40周年記念ライブ 40years on the road”が9月1日(金)に大阪・なんばHatch、9月3日(日)に東京・なかのZERO大ホールで行われた。ゲストに遠藤正明らが駆け付け、デビュー曲から最新アルバムまで40年間の音楽活動を凝縮したようなセットリスト。デビュー以来のファンから若いファンまで幅広い層の観客が集い、感動的なライブとなった。今回は東京公演の模様をレポートする。
現在では“アニソン界のプリンス”や“長老”といった愛称で親しまれ、JAM Projectのリーダーとしても知られる歌手の影山ヒロノブ。その音楽活動のキャリアは1977年7月25日、LAZY(レイジー)というロックバンドでデビューしたことによって始まった。それから数えて今年で40周年(ちなみに、1977年は王貞治選手が756号本塁打の世界記録を樹立、白黒テレビの放送が完全終了、「コロコロコミック」が創刊した年である)。“影山ヒロノブ40周年記念ライブ 40years on the road”はこの40年間各地でライブを行い、歌い続けた彼の“旅路”を象徴したタイトルだ。
ライブはまず、最新アルバム『A.O.R.』の楽曲からスタート。1曲目「Beginning」は、彼に多大な影響を与えたデイヴィッド・フォスター(セリーヌ・ディオンなどの音楽プロデューサー)が編曲したという曲。シンガーとしての影山ヒロノブの原点ともいえる憧れの人が手がけた曲を、記念すべきライブの最初の曲に選んだのだった。今回のライブはこの最新の曲から40年の歴史をさかのぼるように構成されていた。
5曲目では後輩でJAM Projectのメンバーでもある遠藤正明がゲストとして登場。遠藤は「ふたりで並んでると漫才師みたいだと言われた」と言って笑わせたが、このふたりが並んで歌った「She’s trouble & I’m such a fool!」で「Cheer!」という歌詞に合わせて乾杯のポーズを決める姿は、長年の友である男たちにしか出せない味わいがあった。遠藤は次の曲「おーりとーり」も共に歌い、ガッチリと握手を交わして影山の40周年を祝った。
7曲目の「Home~僕の大切な人達へ~」は、とある奇縁によって生まれた曲だということが語られた。奄美大島でライブを行った際、たまたま見学に訪れた西平酒造という造り酒屋の社長がかつて東京でバンドをやっていたということで、よくよく話を聞いてみるとなんとこの日もキーボードを弾いている影山の35年来の盟友・須藤賢一が所属していたバンドのボーカルだったことが判明したのだ。社長はその後音楽の道を断念し、奄美大島で家業である造り酒屋を継いだのだという。この曲はそんな社長の娘や仲間たちと共に作り、社長もコーラスとして参加した曲。夢をあきらめながらも南の島で家族や仲間に囲まれた人生を歌った温かい歌で、心にぐっと来るものがあった。
「みんな準備はいいかー!?」の声と共に、8曲目からはアニソンのゾーンに突入。ここまで座って曲に聴き入っていた観客たちも一斉に立ち上がった。まずは誰も知る代表曲「CHA-LA HEAD-CHA-LA」を歌うと、当然のように会場からも大合唱が巻き起こる。そして『真(チェンジ!!)ゲッターロボ 世界最後の日』OPの「HEATS」と熱い曲が続く。この流れに続いて歌ったのは特撮メドレー。彼がアニメ・特撮ソングを歌うようになったのは、1985年に『電撃戦隊チェンジマン』の主題歌で起用されたのがきっかけだった。この作品との出会いがなければ、アニソンシンガーとしての影山ヒロノブは存在しなかっただろう。そんな思い出深い「電撃戦隊チェンジマン」に始まり、「光戦隊マスクマン」、「鳥人戦隊ジェットマン」と立て続けに歌った。続く「こころはタマゴ」も『鳥人戦隊ジェットマン』のEDテーマで、勇ましい特撮ソングとは一線を画した歌詞が特徴。会場は優しい感動に包まれた。
次の曲「鬼神童子ZENKI」は同名のTVアニメの主題歌であり、リアルタイムで視聴していた世代以外にはなじみが薄いかもしれないが、影山自身は大好きな曲だという。「絵に描いたようなアニソン」との言葉通りにタイトル連呼系の熱いアニソンで、会場の盛り上がりもすごかった。それに続く「聖闘士神話 ~ソルジャー・ドリーム~」はTVアニメ『聖闘士星矢』の主題歌で、この曲ももちろん影山ヒロノブの歴史に欠かせない曲だ。
自らアコースティックギターを弾いて歌った「夢光年」はTVアニメ『宇宙船サジタリウス』(1986~87年)のED曲。彼が初めてアニメのOP・EDを歌ったのがこの作品だった。ソロシンガーとして不遇の時期が続き、全国を回って年間120本以上もライブをしていたという当時の彼にとって、アニソンという新しい扉を開き、現在まで続く道を作ってくれた曲といえる。「この世からいなくなるまでステージの上で生きていきたい」とMCで語った彼の思いが込められたような歌声だった。
最新アルバムのゾーン、アニソンのゾーンが終わると、最後は原点であるLAZYのゾーンとなった。バンド・LAZYは影山が16歳の時に故・かまやつひろしさんに見出され、上京してデビュー。影山はミッシェルという名でボーカルを担当していた。3枚目のシングル『赤頭巾ちゃん御用心』がヒット。LAZYはアイドルとして10代の女性を中心に人気となる。だが、もともとロック志向が強かったためハードロック宣言をしてアイドル路線から転換、1981年には解散してしまう。そして影山はソロのシンガーとして再出発したのだった。
この日、2人目のゲストはLAZYのキーボード・ポッキーだった。ポッキーは解散後、アニソンの作曲・編曲をするようになり、音楽プロデューサーに転身した。現在、株式会社ランティスの代表取締役社長である井上俊次氏その人である(従って、ポッキー=井上氏にとっても今年が音楽活動40周年となる)。アーティストとプロデューサーという異なる立場でアニソンの発展に尽くしてきたふたりが、この日はバンドのメンバーとして同じステージに立ったわけだ。
ヒットナンバー「赤頭巾ちゃん御用心」を歌うと、当時からの女性ファンもJAMのファンと思われる若い男性たちも熱狂。ライブ本編最後の曲、「Hey!! I Love You!!」はLAZYのデビュー曲で、会場一体となって盛り上がって幕を閉じた。40年前の曲を、さまざまな世代のファンたちで盛り上がれる。しかも当時と変わらない振りやコールで――。それはなんと幸せなことだろうか。
アンコールで彼が語ったのが、JAM Projectの曲のタイトルであり、ユニットとしてのテーマともいえる“No Border”という言葉について。現在、世界はさまざまな対立や争いに満ちているけれど、音楽は境界を越えて人々をつなげてくれる――それは絵空事のようにも聞こえるかもしれないが、実際に世界でライブをしてさまざまな土地の人々と交流を重ねてきた彼にとって“No Border”は実感のこもった言葉なのだろう。「世界中がずっと今よりもハッピーで、幸せな未来が来るように、がんばってアニソンを歌い続けていこうと思います」と言って、アンコールの最後で歌ったのが「宇宙は僕らを待っている」だった。宇宙から見れば国境なんてないというメッセージ性の強い曲だ。
40周年記念のライブは、そのどこを切り取っても40年の歴史、人生の重みを感じさせるものとなった。ソロのライブに続き、今度はLAZY40周年記念のフルライブ“LAZY 40th Anniversary Special Live Slow and Steady supported by Rock Beats Cancer”が12月17日(日)に大阪・なんばHatch、12月27日(水)に東京・EXシアター六本木で開催されることが決定している。また、11月以降にはJAM Projectのツアーも控えている。5人いたLAZYのメンバーは、すでに2人が若くして亡くなってしまった。「その分も影山君にはこれからもずっと歌い続けてほしい」と井上氏は語っていた。
Text By 金子光晴
“影山ヒロノブ40周年記念ライブ 40years on the road”
9月3日(日)【東京】なかのZERO大ホール
<セットリスト>
M-1 Beginning
M-2 甘く危険な夜に
M-3 Mr.Travelin’Man
M-4 Life without you
M-5 She’s trouble & I’m such a fool!
M-6 おーりとーり
M-7 Home~僕の大切な人達へ~
M-8 CHA-LA HEAD-CHA-LA
M-9 HEATS
M-10 電撃戦隊チェンジマン~光戦隊マスクマン~鳥人戦隊ジェットマン(メドレー)
M-11 こころはタマゴ
M-12 鬼神童子ZENKI
M-13 聖闘士神話~ソルジャードリーム~
M-14 夢光年
M-15 赤頭巾ちゃん御用心
M-16 愛には愛を
M-17 Hey! I Love You!
EN-1 Stellar Compass
EN-2 感じてナイト
EN-3 宇宙は僕らを待っている
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