アニメ『終末のイゼッタ』は映像の素晴らしさもさることながら、優雅でありながらエキゾチックな要素も漂わせた音楽も注目を集めている。これらを作曲した未知瑠とはいかなる人物で、どのようにしてこの音楽が生まれたのかが今、アニメ音楽ファンの間で大きな話題となっている。そこで、本作ではじめてTVアニメシリーズの劇伴を担当するという彼女を直撃した。今、私たちは新星の煌きに立ち会っている。
――『終末のイゼッタ』の劇伴音楽に未知瑠さんを起用されたのは音楽プロデューサーの福田さん(フライングドッグ)とのことですが、まずはその経緯について教えていただけますか?
福田正夫 『終末のイゼッタ』はオリジナル・アニメということで、映像だけでなく、音楽でも個性を出したいという松竹の田坂プロデューサーの意向がありました。その際のオーダーとしてあったのは、TVアニメの劇伴をこれまで担当したことがない若手で、「エキセントリックなものを作ってくれる人を」ということでした。最近、日常系アニメを担当することが多くてパッと思い当たる作曲家がいなかったので、いちから探した結果、未知瑠さんのサイトを偶然見つけて、インディーズで出されているCD(1stアルバム『World’s End Village- 世界の果ての村 -』、2ndアルバム『空話集 ~アレゴリア・インフィニータ』)を買って聴いてみたところ、「これだ!」とピンと来ました。そのアルバムを藤森雅也監督、音響監督の長崎行男さん、脚本の吉野弘幸さんや田坂プロデューサーに聴いていただいたところ、満場一致で「まさにこれが『イゼッタ』の音楽です!」と言っていただけて、本作の劇伴をお願いすることにしました。
――未知瑠さんはこのお話を受けたとき、最初にどう感じられましたか?
未知瑠 福田さんが初めてコンタクトしてくださった日のことは忘れもしません、昨年のクリスマス・イブのことです(笑)。アニメの音楽にはぜひとも関わりたかったので、私としては見つけてくださったことに感謝するばかりという気持ちでした。
――未知瑠さんはアニメや特撮の劇伴を数多く作られている佐橋俊彦さんのアシスタントをされていらしたそうですね。
未知瑠 はい。佐橋さんの下では『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』や『ジパング』などを担当されていた頃からお手伝いをさせていただいていました。さまざまな現場に立ち会わせてもらったり、『仮面ライダー(響鬼.電王)』や『ウルトラマンメビウス』や『シムーン』などの音楽制作を通じ、バトル音楽ひとつとってもこんなにバリエーション豊かに作れるのだといったことなど、たくさん勉強させてもらいました。
――そうだったんですね。では『終末のイゼッタ』の音楽制作についてのお話を聞かせてください。手順としてはまずどのように進めていきましたか?
未知瑠 最初に福田さんと打ち合わせをした際に、作品の世界設定やキャラクターなどをご説明いただき、その資料を見た時点でもうイメージがどんどん刺激されていきました。それほどまでに作品自体が持つ力が強い、というのが『終末のイゼッタ』に対しての第一印象です。そしてまずはメインとなるテーマ曲や他数曲のデモを制作して、それを持って音響監督さんやプロデューサーの方たちとの打ち合わせに臨んだのですが、そこで最初の壁にぶつかってしまったんです。
――どういうことでしょう?イメージはすぐに湧いたんですよね。
未知瑠 それが、先ほどの福田さんのご説明にあったように、今回は「エキセントリックな劇伴」を望まれていたようで。でも、そのときに私が出したのは「普通の劇伴」だと言われてしまいました。
福田 補足すると、未知瑠さんは、シナリオや与えられた資料をきちんと読みこなして、そこから劇伴音楽としてはピッタリなものを作ってくれました。一般的な劇伴としては全く間違っているものではありません。でも今回の作品では、視聴者に対して「なんだか変だな」と思わせるのが狙いだったので、それに対して「普通すぎた」というだけだったんです。
未知瑠 そこで再度打ち合わせをした結果、私のオリジナル・アルバムに立ち返ることになりました。自分がアルバムで作ってきたような手法を取り入れて、「普通ではない」要素を出していこうと。
――『終末のイゼッタ』の作品については、まずどんなところに注目されましたか?
未知瑠 まず、ライフルに乗って飛ぶ少女(イゼッタ)というビジュアルは、今までに見たことがありそうでなかったもので、惹きつけられる世界観でした。そういう魔法的な世界とは対極にある、とてもリアリティのある戦場の狂気的な描写も印象に残りました。架空の世界ではありますが、やっぱり1940年頃のヨーロッパを視聴者に想起させるわけですから、音楽にはオーケストラの要素は不可欠だろうな、と。さらにプラスして、この作品独自の部分だったり、個性的な何かだったりを付け加えていくような部分も必要だと考えました。
――その個性というのは具体的にはどんなことでしょうか?
未知瑠 オリジナル・アルバムに立ち返るにあたって、自分としてはどんなことができるのかなと考えた結果、3つの要素を打ち出していきました。1つ目は、ボーカルや息の音とか呟き声など女性ボイスを楽器のように使うことです。2つ目は古楽器奏者の上野哲生さんに演奏をしていただいて、その音色や即興要素を使って音楽を構築すること。3つ目は西川 進さんの即興的なエレキギターのサウンドです。これらの未知数な要素をオーケストラやバンド編成に取り込むことをしていきました。
未知瑠のオリジナリティを感じさせる3つの要素
――順番に詳しくお聞かせ下さい。まずボイスはどのようなところに用いていきましたか?
未知瑠 主にはイゼッタの魔法をイメージした曲ですね。そのとき彼女は心の中で呪文みたいなものを唱えているのではないかと想像し、つぶやきやラップのようなボイスを入れています。あとは魔石から魔力が浮かび上がるようなところでは、息の音を入れています。音響効果さんも偶然そこで息の音を使っていらっしゃるんですけど、音楽の中でもいろんな種類のブレス音をサンプリングして使用しています。その声は、オリジナルの1stアルバムで同様にボイスを入れてくれたAyu Okakitaさんで、ファイルのやり取りを経てディスカッションをしながら作り上げていきました。彼女とは、音と音で会話ができる関係なので、やりたいことを伝えて音楽を送るとすぐに分かってくれて、作業は非常にスムーズでした。
――つづいて上野さんによる古楽器というのは具体的にはどんなものでしょうか?
未知瑠 リュート(ギターに似た楽器。ルネッサンス~バロック期に中東からヨーロッパに持ち込まれた)、サントゥール(ピアノの原型といわれるインドの打弦楽器)、サズ(ギターに似たトルコの弦楽器)、プサルタリー(琴に似た古代ギリシャの弦楽器)といった独特なものですね。上野さんは私たちが普段なかなかお目にかかれないような古楽器をたくさん持っていらっしゃるので、この曲にはこの楽器はどうかといった形で楽器の提案もしていただきながら作っていきました。
――西川さんのエレキギターの演奏の凄さはTV画面からでもハッキリと伝わってきました。
未知瑠 西川さんからは本当に想像力を掻き立てるようなギターフレーズをいただいて、さらにそこから曲が変化していったりもしました。半分くらいはインプロヴァイズ(即興演奏)ですね。コードや構成が決まっている曲でも、最低限の決め事だけをお伝えし、どんなフレーズが出てくるかを聞きながら録音させていただきましたが、こんなサウンドが飛び出してくるんだという驚きの連続でした。
――キャラクターからインスパイアされた曲の作曲はいかがでしたか?
未知瑠 (サウンドトラックの曲タイトル)「フィーネ 愛のテーマ」はフィーネの国民に対しての愛情の深さや広い意味での博愛の思いを描いています。また「非情常なる皇帝」ではゲール皇帝の圧倒感や恐ろしさという、キャラクターの役割からインスパイアされ、テンポ感や低音でのモチーフや、オーケストレーションにそれが表れています。
――今回の劇伴で、メロディーやオーケストレーションを作る上でのポイントはどんなところにありましたか?
未知瑠 かっこ良すぎるものよりも、ある意味ちょっとだけクサいものというか、例えば土着の匂いのあるメロディが自分は好きで、そういう要素はイゼッタのメインテーマ(Tr-2「終末のイゼッタ」)に入っていると思います。ちょっと話は逸れますが、個人的に大好きなアニメソングの一つに「葛飾ラプソディー」(『こちら葛飾区亀有公園前派出所』主題歌)があって、堂島孝平さんが絶妙にクサいフレーズを、絶妙に可愛い中性的ボイスで歌っていらして。そういう風にベタなものをちょっとねじった感じというか、独特の視点で見たようなものが好きで、自分もそういう曲を作る傾向にある気がします。劇伴も王道なものが基本好きで、例えば佐橋さんの現場で経験させていただいた劇伴で、これぞという感じでバシッと決まる爽快感やカッコよさを際立たせる曲、そういうものは少なからず私の体に染み込んでいるのだと思いますが、そこに自分の視点をちょっと加えていったという感じでしょうか。
――特に気に入っているトラックはありますか?
未知瑠 「ライフルの翼」はボイスやブレスを多用している曲で自分でも気に入っています。音響監督さんからの音楽メニューには「空中戦」とあったように、戦闘でよく使われている曲です。イゼッタが戦うシーンは見どころだと思うので、特に力を注いだ曲でしたね。
――このサウンドトラックはどの曲も長めに収録されていますし、作中でもバトル曲は長く使われていますね。
福田 メニューの段階でどの曲も1分半~2分半のオーダーだったんですが、未知瑠さんが作っていく過程で勢い余ってより長尺になってしまった曲も少なくないです(笑)。
未知瑠 なにぶん初めてなもので…(笑)。出来上がった作品を観ると実際に長く使っていただいたので、ビックリしています。
――長い曲と言えば、このサウンドトラックには収録されていませんが第1話で流れたモーツァルトの『魔笛』が映画的な迫力のある素晴らしい音楽演出でした。この曲も未知瑠さんの編曲です。
福田 この盤に収録していないのは、やっぱり未知瑠さんが作曲した音楽を聴いてもらうサントラにしたかったという意図と、制作した46曲中の30曲ですでにCDの収録容量限界にほぼ達してしまったという理由があります。『魔笛』を使うのは藤森(雅也)監督の当初からの希望で、音楽制作が始まる前から元来の『魔笛』に合わせてすでに映像を制作していたんです。ですので、そのタイムに合わせつつ編曲をする未知瑠さん、そして演奏する方々も大変苦労されていました。でも使うのは第1話の1回きりで、逆に言うとそれほどまでに監督の音楽へのこだわりが表れた作品だと言えます。
未知瑠 藤森監督は最初の打ち合わせの時も、「もっと未知瑠さんらしくやってほしい」と言われていましたし、第1話の『魔笛』に関しても細部まで計算された音楽演出だったり、さらに第3話ではエイルシュタット国歌まで作り、エンディングの演出としても独特のもので、音楽をとても有意義に使われる監督だなと思いました。
――「エイルシュタット国歌」はどのようにして制作されましたか?
未知瑠 これは脚本家の吉野(弘幸)さんが歌詞を書かれて、それをMarei Mentleinさんがドイツ語訳されています。その間、私はエイルシュタットのイメージを固めておく必要がありました。皇女フィーネの人柄に象徴されるような広い心を持った優しい国民性だったり、小さな国だけれども水と緑が豊かであるといったイメージを膨らませて、そのうえで実際のヨーロッパ各国の国歌を聴いて、方向性を絞り込んでいきました。設定上、架空の国ではありますが、ベースはやはり西洋の国歌で、かといってどこの国歌にも似通ったりしないように、イメージ作りをしました。そのうえで歌詞をいただいて読んでみると自然とメロディーが浮かんできて、制作としては結構スムーズに行なうことができました。
――映像と合わさったご自身の音楽を客観的に聴くことはできましたか?
未知瑠 映像と合わさったものを拝見して、音楽が私の手から旅立って『イゼッタ』の世界に行ったんだなと実感しました。それは劇伴の作り手として、とても幸せなことだと思います。ダビング作業にも何度か立ち会わせていただきましたが、作中では本当にていねいに映像と合わせて、しかも長尺で使っていただき、完成した映像を見たときは『イゼッタ』の世界が立体化したかのような印象で、非常に感激しました。
――未知瑠さんにとってはじめてのTVシリーズの『終末のイゼッタ』の劇伴を担当されたことは、音楽家としてどんな経験だったと思いますか?
未知瑠 私自身今までアニメの一ファンとして視聴し、ワクワクしたり笑ったり感動したりしてきましたが、自分のオリジナルアルバムのような音楽がアニメに受け入れられたということにまず、驚きました。そして、福田さんが初めに言われた「エキセントリックな劇伴」という指令には、苦しみながらも、自分としてアニメの作品世界に音楽でどんな提案ができるか模索する、そんな経験をさせていただきました。アニメ文化は近年とても成熟して、音楽ひとつ取っても振り幅の広い多様な表現が可能ですが、これは「枠にとらわれないものを作ろう」という姿勢や意識があってこそなんだと思います。普遍的で王道な曲から斬新で変わった曲まで、アニメ劇伴での表現の土壌はとても豊かだと思うので、今後もより積極的な姿勢で、劇伴の制作をしていきたいなと思っています。
Interview&Text By 日詰明嘉
●リリース情報
TVアニメーション『終末のイゼッタ』オリジナルサウンドトラック
12月21日発売
品番:VTCL-60440
価格:¥2,900+税
<CD>
01. いつか見た夢
02. 終末のイゼッタ
03. 出撃せよ!
04. 白き魔女の伝説
05. 追跡
06. 大脱出
07. フィーネ 愛のテーマ
08. In The Air
09. ME・ZA・ME
10. ライフルの翼
11. 姫様への想い
12. 夜明け前
13. 敗色濃厚
14. 出逢い
15. 決死の覚悟
16. 反撃の火蓋
17. 非情なる皇帝
18. イゼッタの秘密
19. あの日の記憶
20. 作戦開始
21. Set Me Free!
22. ゾフィーの魔力
23. 異端者
24. エイルシュタット国歌
25. バトルモード突入
26. ゲールの猛攻
27. 一進一退
28. 魔石の力
29. 最後の戦い
30. フィーネ 愛のテーマ~piano solo~
全作曲・編曲:未知瑠
※24のみ、作詞:吉野弘幸 独語詞訳:Marei Mentlein 作曲・編曲:未知瑠
<未知瑠プロフィール>
作編曲家。1980年生まれ。幼少より周囲の自然や鳥の声などを真似てピアノを弾き遊ぶ。クラシック音楽をルーツとしながらも、その世界にとどまらずジャンルの垣根を越えて音楽を探索しポップ、Rock、Jazz、エレクトロ、民族音楽、現代音楽、等様々な要素を彼女独自の音楽へと変容させる。2004年東京芸術大学音楽学部作曲科を首席で卒業、2005年現代音楽界の第一人者「アンサンブル NOMAD」による委嘱作品『トルコ民族音楽による6つの小品』を発表。2006年同大学院修了。
映像音楽ではスタジオジブリ短編『たからさがし』(2011.宮﨑駿監督)、連続ドラマ『恋愛時代』(2015.日テレ.讀賣系列)、連続ドラマ『たべるダケ』(2013.TV東京)、ドラマ『検事・悪玉』(2016.テレビ朝日系列)等の音楽、横浜開国博パビリオン『氷山ルリの大航海』(2010)の音楽、また数々のCM,CF音楽を手掛ける。アーティストへの楽曲提供やアレンジワークでは、山下智久から石川さゆり、声優の内田真礼や高垣彩陽まで幅広く起用されている。
数々の映像作品やアーティストを支える音楽家である一方、ソロ名義でも2枚のアルバムをリリース。2009年1stアルバム『WORLD’S END VILLAGE-世界の果ての村-』、2015年には2ndアルバム『空話集 アレゴリア・インフィニータ』を発表。2作に共通して、強いエネルギーを内包し構築された壮大な物語のような音世界が繰り広げられる。
近作としては映画『真白の恋』(2017年公開.坂本欣弘監督)音楽を担当。
(C)終末のイゼッタ製作委員会
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