【連載】アニメ音楽の現場<br>第1回:高橋祐馬(アニプレックス制作プロデューサー)

【連載】アニメ音楽の現場
第1回:高橋祐馬(アニプレックス制作プロデューサー)

2019.09.12
連載

ベテランから新人まで様々な魅力を持ったアーティストが活躍し、才能あるクリエイターたちとともに、作品に寄り添った楽曲を次々と生み出しているアニメ音楽シーン。この10年で世間への認知が広がり、ヒットも増えたことから、一見すると華やかな世界に思えるかもしれないが、その裏では様々な人たちが、素晴らしい作品やステージを世に届けるため、ユーザーの見えないところで尽力している。

このシリーズ連載「アニメ音楽の現場」では、そのように普段は表舞台に立つことのないアニメ音楽の陰の功労者、この10年のシーンをそれぞれの現場で見つめてきた人たちに取材。各人がどのような思いを抱いてアニメやアニメ音楽の世界に関わり、仕事をしてきたのかを聞くことで、シーンの10年を様々なアングルから振り返りつつ、その変化と未来をあぶり出していく。記念すべき連載第1回のゲストは、アニプレックスの制作プロデューサーで、かつては同社の名物宣伝マンとして名を馳せた高橋祐馬氏。その目に映った現場の景色について語ってもらった。

まず、高橋さんは現在どのような形でアニメの現場に携わってらっしゃるのかをお聞かせください。

高橋祐馬アニプレックス企画制作部のプロデューサーという立場で、企画の立ち上げから始まり、脚本会議などの制作関連ミーティングや音響現場などへの参加、ビジネスやマーケティングプラン立案、最終的なアウトプットのプランニングまでなどを担当しています。プロデューサーの仕事をわかりやすく例えるならレストランのオーナーみたいなものでして、一つひとつの企画は1軒のお店で、最終的にそのお店を人気店にして利益を生み、スタッフや関係社に還元する責任者が私の役割です。その例えで言うなら、料理(=作品)を作る総料理長は監督、キッチンの中の料理人たちはスタッフやキャスト、ホールスタッフは放送や配信、お店の情報を雑誌やWEBに載せるのが宣伝で、自分は直接料理を作るのではなく、「何の料理のお店にしよう?」ということを考えたり、それをシェフたちと相談したり、お店のレイアウトや出店場所を決めて、出店予算も確保する。そういったことを取りまとめるのが仕事になります。

“おいしい料理=良い作品”を届けるために、いろんな人と一緒にお店全体を形にする役割なんですね。

高橋そうですね。プロデューサーと言うと権力を持っていてえらそうなイメージがあると思いますが、僕にできるのは、誰かにお願いすること、感謝すること、謝ることぐらいで(笑)。ただ、自分にはできないことができるいろんな人たちと、みんなでどんなものを作るかを一緒に考えて形にしていく。もちろんそのためにはお金が必要ですし、テレビの放送枠やマーケティングプランなども考えなくてはならないので、全てを踏まえていかにお店を人気店にして利益を生むかということに向き合う仕事です。担当作品は、現在放送中のものだと『鬼滅の刃』、劇場作品は『Fate/stay night [Heaven's Feel]』、ほかにも鈴村健一さんと一緒に『AD-LIVE』という舞台をプロデュースしています。

高橋さんと言えば、以前はアニプレックスの名物宣伝マンとして活躍されていたので、その印象が強い人も多いと思います。宣伝のお仕事についてもお話いただけますでしょうか。

高橋宣伝は2006年から丸11年やっていました。先ほどのレストランの話で例えるなら、宣伝というのはお店や料理の情報を伝えて行列を作ることが仕事です。飲食店が町中に看板を出すみたいに、人の目につくところを選んで広告を出したり、ラーメン屋さんがコンビニとコラボパッケージを作るみたいに、アニメ作品と他業種企業とのコラボレーションを展開してみたりと、よりたくさんの人に作品を知ってもらうための施策を考え形にする。その方法も、紙媒体、WEB展開、店頭、イベントなどで変わってくるので、業務は多岐にわたります。

高橋さんご自身は、アニメの制作や宣伝のお仕事がしたくて、この業界に入ったのですか?

高橋はい。僕は中学高校の頃アニメがすごく好きで、毎週いろんなアニメを観ていて、ある時期は放送作品をすべてVHSに録画していました。それで、大学時代に自分の将来について考えたとき、自分はアニメに加えて、誰かを楽しませることが好きだったので、自分のやりたいこととして「アニメで誰かを楽しませたい」というイメージがスッと出てきまして。そこで就職活動を始めたときに思い出したのが、学生時代に大好きだった『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』のオープニング映像の最後、製作のクレジットに書かれていたSPEビジュアルワークスという会社だったんです。その当時の僕は音楽のことに全然詳しくなかったので、そのSPEビジュアルワークスがSME(ソニー・ミュージックエンタテインメント)の関連会社だということを知らないままエントリーをしたのですが(苦笑)、そこで縁あって採用していただけたのが2004年でした。ちょうどその就職活動の最中に社名がアニプレックスに変わったんです。

先ほど、宣伝職に就かれたのは2006年とおっしゃっていましたが、入社当時はどんなお仕事をされていたのですか?

高橋最初は制作部のアシスタントプロデューサーとして、各所への業務連絡や素材の管理、DVDパッケージ制作などを行っていました。当時関わっていた作品は『R.O.D -THE TV-』(2003年~2004年)や『焼きたて!!ジャぱん』(2004年~2006年)、それと『シティーハンター』のDVDボックスの制作担当などです。各作品のプロデューサーの下でアシスタントとしていろいろ働いていたのですが、自分自身の力が足りずその頃の僕は仕事があまりうまくいかなくて……(苦笑)。そこで2006年2月に宣伝に異動になり、まずアシスタントとして宣伝の何たるかを学んだ後に、初めて宣伝プロデューサーとして担当した作品が『ひだまりスケッチ』(2007年)になります。さらに同じ年の劇場版『空の境界 俯瞰風景』(2007年)にも宣伝アシスタントとして関わらせていただいて、作品を通して一つひとつキャリアを積んでいきました。

そこから宣伝のお仕事を11年間続けられたということは、お仕事がうまくいくようになった?

高橋制作アシスタントのときは、プロジェクト全体の中で自分がやっていることが何なのかをきちんと把握できていなくて、そういう自分の視野の狭さや経験不足がうまくいかなかった原因のひとつだと思っているのですが、宣伝というのはもう少し俯瞰で作品に関わる立場で、お客さんとの距離も近くなり、たぶんそれが自分と水が合ったんだと思います。元々イメージしていた「アニメを通して誰かを楽しませたい」という自分の衝動とフィットした部分があったのかもしれません。だから「たとえ今が上手くいかなくても、きっと誰にだって輝ける場所があるんだ!」と思います。自分で輝いていたとか言うと感じ悪いですが(笑)、楽しく仕事ができていましたし、宣伝との出会いは自分にとってすごく良い出来事でした。

高橋さんはユニークな宣伝企画を展開される印象が強くて、個人的には『ひだまりスケッチ テレビショッピング』(2012年8月に放送された『ひだまりスケッチ×365』Blu-rayボックスの通販番組)で、自ら番組に出演して商品を宣伝していたのが記憶に残っています。

高橋あはは、自分で映像に出てやりましたね(笑)。今でもたまに後輩から「これ、祐馬さんですか?」ってYouTubeに上がっている映像を見せられてゾッとすることがあります(笑)。たぶん僕が唯一得意なことは“足し算”なんです。例えば、『ひだまりスケッチ テレビショッピング』は、世にあるテレビショッピングとアニメのDVDセールスを足してみたら面白いのではないか、という発想で生まれたものです。ほかにも『THE IDOLM@STER』(2011年)で「リアル765プロ企画」(『アイドルマスター』に登場するキャラクターに現実の仕事をオファーできる企画。2011年6月刊行の別冊「リスアニ!Vol.5.1『アイドルマスター』音楽大全 永久保存版」も本企画へのオファーにより実現した)をやったときは、キャラクターがタレント活動をしてもいいんじゃないかと思ったんです。それで『アイドルマスター』の作品性と現実にあるタレント事務所活動を足したらああいう形になりました。要は“カツカレー”みたいなもので、“カツ”と“カレー”は別々のものとしてありますけど、そのどちらでもなく“カツカレー”を食べたい、美味しいという気持ちってあるじゃないですか。自分に0を1にするオリジナリティがあるとは思っておらず、そういった面白そうな足し算・組み合わせを考えるのは得意で、それを宣伝としての武器にしていました。

そういった宣伝としてのキャリアの中で、ご自身にとって転機になった作品を挙げるとするならば?

高橋本当のことを言うと全作品なんですが、あえて選ぶとするなら、最初期の担当作というのもあり、自分自身の育ての父親は『空の境界』、母親は『ひだまりスケッチ』だと思います。どちらも全然違う内容の作品ですが、『ひだまりスケッチ』はシリーズが長く続き、そのなかで宣伝のいろはを学ばせてもらって、ラジオ番組やイベントなどを含めたいろいろな施策が血肉になっています。一方の『空の境界』は映画に初めて触れた作品でもありますし、右も左も分からないなかでめいっぱいがんばった映画宣伝の日々の先に、公開初日に劇場が立ち見になるほどの満員になった、あの光景を見た瞬間の感動は一生忘れないと思います。

ちなみに「リスアニ!」との関わりで思い出に残っていることはありますか?

高橋「リスアニ!」の創刊が2010年4月で、僕はそのときにちょうど『Angel Beats!』(2010年)の宣伝プロデューサーを担当していたんです。この作品はストーリーやキャラクターの魅力はもちろんですが、音楽の要素も強くて、劇中バンドのGirls Dead Monsterや、OPテーマのLiaさん、EDテーマの多田 葵さんを含め、CDのセールスも大切にしていました。ただ、僕はその当時、音楽の宣伝を経験したことがなかったので、アニメ誌はある程度知っているけれど、音楽誌はひとつも知らず、音楽をどう宣伝すればいいのか全然わからない状態で。そのなかで、同じSMEグループ内にアニソンにフォーカスした「リスアニ!」というアニメ音楽誌が刊行されるという話を聞いたんです。それはタイミングを含め素晴らしい出会いでした。

『Angel Beats!』は2010年7月発行の「リスアニ!Vol.02」で表紙と巻頭特集を飾っていただきました。

高橋なかでも印象に残っているのが、2010年の6月にduo MUSIC EXCHANGEという渋谷のライブハウスで行った公開取材です。そのときは編集部の方からオファーをいただきまして、ガルデモのミニライブと公開インタビューを行ったんです。出演はLiSAさんとサプライズでmarinaさん、MCは澄川(龍一/元「リスアニ!」編集部所属、現在はフリーの音楽ライターとして活動)さんで、そこに僕も呼ばれて。そのときは単純に誌面に載ることだけでなく、こういう形のプロモーションもあるということが、足し算という意味でもすごく新鮮でした。自分自身、目の前でお客さんが楽しんでいる姿を見られるイベントというもの自体が大好きなので、あれはすごく思い出深いです。馬嶋(亮/「リスアニ!」編集長)さんと出会ったのもその頃で、当時はタワーレコードの方でしたよね。

馬嶋 亮そうですね(笑)。僕は当時、タワーレコード新宿店のイベントスペースフロアと邦楽があるフロアチーフをやっていて、それこそガルデモをJ-POPのコーナーに実在しているバンドのように展開したり、祐馬さんとはいろいろ相談させていただきました。

高橋ガルデモの最初のシングル「Crow Song」が4月に発売されるときに、タワーレコード新宿店とアニメイト横浜店で初めてのインストアライブを行いましたが、そのときのタワレコのご担当も馬嶋さんで。あの頃は『空の境界』でKalafinaが作品のためのユニットとしてデビューしたり、『化物語』(2009年)ではキャラクターごとのOPテーマが作られたりと、音楽とアニメが一つひとつの作品で近く感じられる流れを身近に体験していた中で、「リスアニ!」というアニメ音楽に特化した雑誌が刊行されたことは、すごく頼もしかったですね。当時そういう雑誌はあまりなかったので、援軍というか、味方が増えたような感覚がありました。

その後、高橋さんは2017年の4月に制作の部署に移られたとのことですが、こちらはどのような経緯だったのでしょうか。

高橋その年の10月に劇場版『Fate/stay night [Heaven's Feel]』の第一章が公開されたのですが、自分は『Fate』シリーズ(『Fate/Zero』(2011年~2012年)、『Fate/stay night [Unlimited Blade Works]』(2014年~2015年))の宣伝をずっと担当させていただいていたこともあり、作品に対する思い入れも強かったですし、作品とより深い関わり方をしていきたいという思いもあって、自分から制作の部署への異動を志願しました。それ以前から鈴村さんとの『AD-LIVE』ではプロデューサーとして関わっていたので、より制作に集中したいという理由もありました。

その後、劇場作品では『Fate/stay night [Heaven's Feel]』や『君の膵臓をたべたい』(2018年)、TVアニメでは『はたらく細胞』(2018年)や『鬼滅の刃』(2019年)などを制作してこられたわけですが、宣伝時代と制作時代で作品に対する向き合い方が変わったのでは?

高橋宣伝として11年間、いろんなプロデューサーの方とお仕事をさせていただいていたので、自分の中ではその業務についてある程度わかっていたつもりだったのですが、宣伝と制作は自分が思っていた以上に違っていました。宣伝というのは膨大な作業量ではありつつ、すでに出来上がっているものの魅力を伝える仕事なので、ある程度の囲いはあるんです。中華料理を「フランス料理ですよ」とは宣伝できないですし、料理の味もわかった状態で向き合う。でも、プロデューサーという役割は、宣伝時代は外から見ていたキッチンの中に入って料理人たちと「どんな料理を作るのか?」というところから決めたり判断しなくてはならないし、“料理(=作品)”を作るということは本当に大変で、いろんな人たちと一緒に、少しずつ河原で石を積む作業をする感じなんです。アニメは企画を立ち上げてから放送や公開までに3年ぐらいかかりますし、本当に1日1日少しずつ進んでいきます。そのクリエイティブの繊細さや体感速度の違いというのは、面白いところでもあり、大変なところでもあります。ただそのぶん、監督や制作スタッフ、キャストといった方々と一緒に作品を作れるワクワク感がありますし、ヒットしたときの喜びや作品への思い入れは宣伝時代より更に強くなりました。

宣伝とは求められる資質も変わってくるかと思いますが、その中でご自身が制作に向いているのはどんな部分だと思いますか?

高橋「アニメが好き」という原風景と、宣伝で培ったマーケティング的な観点が自分の土台になっていると思います。僕がアニメ制作と向き合うときに唯一出来るのは、視聴者として「これは面白いのかな?」と考えることなんです。例えば脚本会議に参加するときも、いわゆるクリエイティビティに溢れる発言はあまりしていなくて、「この部分は少しわかりづらいので、こういうふうに変えませんか?」とか「もう少しキャラを増やしてワイワイしませんか?」みたいな、自分が視聴者として観たときに思うことを発言するぐらいです。それとマーケティング的な観点ということであれば、作品をどうやって大きく広めるかということを、作りながら同時に発想しています。例えば『はたらく細胞』だと、細胞や健康を題材にした作品なので、献血とコラボしたり、熱中症対策を啓蒙したりみたいなことは、作品制作中にイメージして、スタッフとワイワイ話したりします。基本的に持っているスキルはそれほど変わらないので、その使い方を少し変えて戦うという感じですね。

アニメ・アニメ音楽の現場はこの10年で大きく移り変わったと思いますが、高橋さんはその変化をどのように捉えていますか

高橋作品トータルのことで言うと“可能性が増えた”と思います。その“可能性”は何かと言うと、楽しみ方の“橋”が増えて、アニメファンが増えたということです。10年前はテレビ放送やDVDソフト中心だったのが今は配信など観てもらえる方法論が増えましたし、アニメ映画もたくさん上映されるようになりました。それに昔はコンビニにフィギュアやグッズが当たり前に並んでいるなんて考えられなかったですし、タワーレコードのような企業と作品がタイアップしたり、こんなにたくさんのイベントが行われることもありませんでした。作品数も多くなったので、そういう意味では選択肢や可能性がすごく増えていると思います。さらに海外でもサイマル放送という形で日本とほぼ同タイミングでアニメを観られるようになって、“Anime Expo”“Japan Expo”“AFA”といった大規模なイベントも各地で行われていて、日本から沢山のゲストが参加している。だから大きな意味でアニメの可能性が広がった10年だったと思います。

高橋さんの得意技である“足し算”もしやすい環境になりました。

高橋そうですね。ただ、だからこそ、面白い作品であることの価値がさらに上がっていると思います。世の中にはアニメだけでなく、音楽、ゲーム、ファッション、本など、エンターテインメントが本当に数多あるので、そのなかで“突き抜けて”面白いものができれば、たくさんの人に観て楽しんでもらえると信じています。メディアやソーシャルがこれだけ発展しているから、突き抜けて面白いものが見つけてもらえないということは、ほぼ起こらない時代だと思うんです。逆に言うと、世の中には超面白いものが山ほどあるので、ちょっと面白いぐらいではエンターテインメントの表彰台に立つことは難しい。「面白いのに見てもらえない」という恨み節は、気持ちはわかりつつも、残念ながらアニメを含む数多のコンテンツが参加するエンタメトーナメントで勝ち上がれなかった、他にそれより面白いものが沢山あったということなんだと思っています。

すでに半分答えが出ているかもしれませんが、それを踏まえたうえで、この先のご自身のお仕事での展望をどのように考えていますか?

高橋それはもうすごくシンプルで、“突き抜けて”面白いものを1つでも多く作りたいです。それはSF、ミステリー、恋愛、コメディ、あらゆるジャンルで可能性があることですし、テレビや映画やゲームといったいろんなメディアプラットフォームを含めて、そのどれもが世界中の人に届けられる恵まれた時代なので。僕は来年40歳になるので、40代は今以上に突き抜けた作品を生み出すことに邁進したいです。本当にそれだけで、それこそがすべてを、ビジネス感も世界も変える、と強く信じています。

さらに上をめざす必要があると。

高橋そうです。例えばアニプレックスは自社の国内配給作品で言うと、興行収入が30億円を超える映画の経験はまだありません。20億円台や10億円台の作品がいくつかあるというのはもちろんものすごく素晴らしい結果でそれぞれ大ヒットなのですが、日本で公開される国内外の様々な他社作品でそれ以上のヒットがたくさんあって、アニメや邦画が50億や100億を超える景色があることを見せてもらっているので、そういう誰かのヒットこそが勇気になるし、次は自分がそこに立つぞと思っています。これはテレビであってもゲームであっても同様です。なので「“突き抜けて”面白いものを作りたい」という思いは、この10年の変化の中で今まで以上に強く抱くようになりました。ありがたいことに今も素晴らしい作品と結果に巡り合えていますが、より高い景色をスタッフやキャストと見たいし、視聴者の方に楽しんでもらいたい、それに向けて進んでいきたいというのが今のシンプルな思いです。

アニメ・アニメ音楽の未来については、どのようにお考えでしょうか。

高橋希望しかないと思います。なぜなら、突き抜けて面白ければ、見つけてもらえるし、聴いてもらえるので。それさえ作ることができれば、そこにファンが生まれて、ビジネスが生まれる。だから、いわゆるマーケット変化や消費動向のことは全然何とも思わないですし、こういう話題でネガティブなことを語るのは、未来にとって邪魔だと思います。もちろん、一生懸命がんばっても残念ながら大きなヒットにならないこともありますが、それでも本気で打席に立ち続けて「これは面白いのか?」と問いながら歩んでいきたいです。

面白いものを作ることができれば、自然と多くの人に届くと。

高橋だからこそ、今はメディアにどう載るのかが重要だと思います。単なる紹介ではなくて、「本当に今これがすごいんだ!」という熱を感じる記事がとても力を持っている時代なんです。例えば映画の『カメラを止めるな!』にしても、WEBや雑誌で「この作品が本当に面白い!」という愛と熱のある記事を見て存在を知ったりするわけじゃないですか。そういう意味でメディアを通じたヒットの可能性は高まっていると思いますし、願わくば「リスアニ!」には作品に行列を作る雑誌であり続けてほしいです。もちろん今でも広義の意味でのアニソンやアニメを盛り上げていただいていますが、僕らはこれからも面白いものを一生懸命作るので、そこに行列を作る架け橋であってほしいなと。情報にはその力があると思いますから。

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